表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 01 - 暴虐のオウガ
7/127

【 第二章 】 白の少女と黒の世界。(3)

 ……

 …………

 ………………


「………………あれ、ここは――」


 あの黒い球体に触れたかと思うと、闇と共に意識が飲み込まれ――次に目を開けた時には、先程いた部屋の姿は跡形もなく消えていた。


 ――代わりに広がるのは、白い空間。

 壁も見当たらない。ただ白い床が延々と続いているだけの、不思議な空間。


 そんな場所に、僕は立ち竦んでいた。


「あのーっ! 誰かいないんですかーっ!?」


 大声で叫んだところで、誰からも返事はない。


 ――……困ったなぁ。


 これは夢なんじゃないか、とも思ったけども、僕の意識はハッキリとしている。

 別の世界に飛ばされた、とか。……いや、そんな物語の世界じゃあるまいし、ね。


 ――とりあえず、どっからきたのかわかんないけど、ここから出ないと。

 考えていても仕方ない。まずは出口を探さないと。そう思い、歩き始め――。


「……?」


 ――ようとした、その時。背後から、コツ、コツ、と。


 静かな空間に響き渡る誰かの足音を耳にして、思わず振り返る。


「……おにいちゃん……今日もきてくれたんだね……」


 そこにいたのは、僕と同じ、白い髪に紅い瞳の人物。

 ウェーブのかかった白髪を揺らし、紅い瞳で僕を見つめる、ワンピースの少女。

 夢のように儚げな、いまにも消えてしまいそうな存在。紅い瞳は、どこか淀みを感じさせるように虚ろなまま――ふらついたように不規則に足を運ぶ彼女の存在に、目を奪われる。


「――君は……?」


 どことない既視感を感じる。

 まるで出会ったのが、初めてではないかのような、夢の中の出会い。

 白い空間に佇む彼女のことを、しばしの間眺めていたが――ふと、本来の目的を思い出す。


「そ、そうだ! ねぇ君、ここから出たいんだけど、出口を知らない、かな?」


 いつまでもこんな場所にはいられない。

 ここにいた彼女なら出口を知っているんじゃないか、思い切って尋ねてみる。


「……ここから……でる……?」

「うん、ここから外に行きたいんだ」


 その言葉に軽く頷いた僕に、白の少女は首を傾げる。


「……そと……? そとにせかいがあるの……?」

「えっ?」


 意表を突かれた言葉に固まった僕に、白の少女は俯き、言葉を綴る。


「……わたし、ここからでたことがないから……」


 ポツリと零したその言葉に、逆にこちらが首を傾げる。


 ――……こんな場所に、ひとりぼっち? ……どういうことなの?


 その意味がわからず、唸り声を上げるが、俯いたままの少女を見ていると――放っておけないな、と。不思議に思っていたそんな疑問も、風のまま吹き飛ばされてしまった。


「んー……じゃあさ、僕と一緒に出口を探そうよ」

「えっ……」


 目の前の少女に微笑んで、この手を差し伸べる。

 少女は突然の誘いに困惑してか、僕の顔と差し出された手を交互に見比べ、目を丸くする。

 どうしたらいいのかわからず、「でも」と戸惑っている少女に、素直な気持ちを吐き出す。


「……実はさ、一人で出口を探すのが、ちょっと心細いんだ。だから、よかったらさ――」

「えっ……? …………ふふっ、そっか……おにいちゃん、さびしがりやさんなんだね……」


 ――その、否定はできないけどさ。


 こんな幼い少女に面と向かって言われると、流石に恥ずかしいものがある。

 でも、そのお陰だろうか。彼女の不安が取り払われたみたいで、僕の手を握ってくれた。

 か弱い少女の小さな手に、優しげな温もりを感じる。


「それじゃ、探しに行こっか」


 その言葉に、コクリと頷いた白の少女。彼女の手を引き、歩き始める。


 ――出口の宛はない。でも、歩いていればいつかは壁に当たるはず。そこから壁沿いに歩いていけば、いつかは出口が見つかるはずだ。確証はないけれど、たぶん、きっと。


 自信がないからこそ、少女の手をしっかりと握り締める。本当に、一人だったら不安で仕方なかったかもしれない。でも、二人なら――。



『――……行かせない』



「えっ?」

「……っ」


 ――そんな歩き始めた僕達の下に、威圧感さえ感じるような声が、頭に響き渡る。

 思わず足を止め、声の響いてきた宙を見上げると――。


「えっ、な、なに……なんなのこれ……ッ!?」


 ――白い空間に亀裂が入ると、時間と共に崩壊し、崩れ落ちる。

 白い破片が降り注がれる中、外の世界――黒い空間が姿を現し始める。


 超常現象。


 この天変地異を唖然と眺めていた僕は、その亀裂が床に入りはじめたことに気付けず――。


「うわぁッ!?」

「……おにいちゃ……っ」


 ――崩れ落ちた白い床と共に、闇の世界に――落ちる。


「しまっ――」


 バランスを崩した拍子に手放してしまった、少女の小さな手。

 気付いた時にはもう遅い。咄嗟に手を伸ばしたものの、その手は届かず宙を切る。


「――――ッ!!」


 白の世界が崩壊し、黒の世界に反転する中――落下の恐怖に意識が途切れるまでの間、届かないとしても諦めずに――闇の中に消える少女に向けて、この手を伸ばし続けた――。



    ◆



 ――永遠にも感じられるような時間。

 黒い闇に飲み込まれた意識は、そのまま闇の中に沈むのかと思われたが――。


「――だッ!? ……あいったたた……、……ここは?」


 ――身体全体に襲い掛かる、落ちた衝撃と共に自分の下へと返る。

 長い間落ちていた気がしたものの、身体の痛みは然程でもない。どれだけの高さから落ちていたのかはわからないが、痛み自体はベッドから落ちた程度の痛みだ。


 その痛みに強烈な違和感を感じるものの、とりあえずは状況確認だ。地面に横たわる身体を起こし、僕が落ちてきた上の方を見上げる。


「………………真っ黒な、世界……?」


 先程までの白い世界から一転。今度は黒に染め上げられた世界。


 ――……でも、暗いわけじゃない。


 自分の両手を見つめ、ハッキリと肌の色も服の色も見えることを確認する。


 ――ここは、一体……?


 なんだか、得体の知れない感覚に、鳥肌が立つ。この場所が寒いわけでもないのに、身体が自然と震え

るような――ここにいちゃいけない、そんな恐怖を訴えかけられる。

 無意識の内に、足が退いてしまうような――。


「……って、そうだ! さっきの女の子は!?」


 でも、そんな震えている場合じゃない。気を踏み締め、意識をこの場に引き戻す。

 ここが何処なのかわからないが、あの白の少女も一緒に落ちてきたはずだ。


 ――そこまで離れていないといいんだけど……っ!?


 幸いにも、暗い闇の中に落ちたわけじゃない。

 この黒の中なら、白い彼女は目立つはずだ。焦る気持ちのまま、慌ててこの世界を見渡す。


 右を、左を、前を、後ろを――。何処を見ても黒、黒、黒。見渡す限りの黒の中――。


「………………いたっ!!」


 見つけ出した。この場でただひとり、色の灯った白い少女を。


 ――……よかった。


 倒れたままみたいだが、大丈夫だろうか。

 逸る気持ちのまま、倒れている彼女の下に駆け出す。


「………………ッ!?」


 ――が。

 本能が駆け出した足を強引に引き止める。恐怖が止まった足を縛り付ける。

 倒れている少女の先に、黒い世界の闇の中に潜む何かに怯え、身体が完全に縫い付けられる。


 ――そこにいるのは、例えるなら、『恐怖』そのもの。


 見る者全てを怯え震わせ、心を支配する、絶対的な概念。

 敵わないとさえ錯覚させ、立ち向かう意思を根本から刈り取る恐怖。

 恐れ慄き、畏怖さえ抱かせる絶対的なその存在は――伝説上の“龍”にさえ等しい。


 その姿こそは黒と同調し見えないものの、そこにいるのは間違いない。

 殺気にも近い強烈な威圧感に睨まれた僕は、完全に心を縫い付けられた。

 身体が震え、足は凍り付き、目の焦点が合わない。目の前の存在を認識していながら、それを見ることを無意識に否定しようとする。


 ――逃げろ、逃げろ、逃げろッ!!


 頭の中を支配するのは、逃走本能。

 このままだと殺される。そんな本能が僕にこの場から逃げろと訴えかける。


 ――……でもっ!


 まだあそこには、あの子が居るんだ。

 この場所に潜む魔物に捧げられた生贄のように、眠り続ける白の少女が。

 あの子を助け出すためには、近付かなきゃいけない。――あの、『恐怖』そのものに。


 下手すれば、僕が喰われるかもしれない。近付きたくない。


 ――だったら、あの子を見捨てればいいじゃないか。

 魔物の注意があの子に向けば、僕だけは助かるかもしれない。そんな悪魔の囁きを、耳元で囁かれる。

 ――でも。



「……そんなこと、できるわけないだろッ!?」



 ――この足を縛る鎖を強引に砕き、ただ我武者羅に走り出す。

 手の震えが止まらない。恐怖で頭がどうにかなりそうになる。


 それでも僕は、あの子を助けたい。――いや、助けなきゃいけないんだ。


 目の前の存在から放たれる気配に、意識が飲み込まれそうになる。

 それでも自分の意思をしっかり持って、震えるこの手を握り締める。

 少女の下まで駆けつけると、その手を握り締め、軽い身体を起こす。


「ねぇ大丈夫!? 立てる!?」

「……おにい……ちゃん……?」


 ――よかった、意識はある。


 安堵に胸を撫で下ろしている暇はない。

 僕が近寄ったからか、彼女が目覚めたからか――その魔物は気配を一層増して、こちらに近寄ってくる。


「逃げるよ! 走るけど、大丈夫!?」

「う、うん……」


 起きたばかりで頼りない返事だけど、いまは構っている暇はない。


 ――今度はこの手を離さないから。


 少女の手を握り締め、即座に転進。迫り来る魔物から全速力で逃げ出した――。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ