表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 02 - 服従のマリオネット
47/127

【 第四章 】 想いは衝動。または激情。(2)

 ……

 …………

 ………………


「ふむ、なるほどな」


 ――放課後。

 カイと一緒に僕の家、『えちご屋』に帰ると、いままでの事を姉さんに話してみた。

 険しい表情を浮かべていたが、真剣にその事を考えているようで――悩んだ末にひとつ頷き、姉さんは自分なりの答えを返した。


「……そうだな。まず、そのイベントに参加することは、可能だ。……元々その日は、私もそろイベントに参加する予定だったからな」

「「えっ!?」」


 姉さんの思わぬ一言に、僕もカイも驚愕の声を漏らす。

 その反応にきょとんとした顔を浮かべる姉さんが、疑問と口にした。


「……なんだ? 私がイベントに参加することがそんなにおかしいか?」

「いや、いやいや、おかしいだろっ!? プレオープンイベントの時は来なかったのに、今回は参加するとか……しかも、アイドルのイベントだぜ!?」

「あの日は予定が詰まっていたんだ。それに遊びじゃない、これも仕事だ」

「……仕事?」


 不思議そうに首を傾げる僕に、そうだとひとつ頷く。


「なんでも、イベントの取材らしい。昔の上司から、その手伝いを頼まれてな」


 ――……昔の、って。

 姉さん、確か通信制の高校を卒業した後、早々にお店を立ち上げてたと思ったけど――。


 そんな僕の余計な考えを断ち切るかのように、姉さんは本題の方に戻った。


「……そんなわけで、参加自体は問題ないはずだ。一人増えたところで問題あるまい」

「なぁ、俺は――」

「マモルのようにどうしても、といった理由はないだろう? 今回は諦めてくれ」


 カイの淡い期待を打ち砕く宣告に、肩をガクンと落とす。

 沈むカイを横目に、「さて」と姉さんは話を戻した。


「……それでマモル、イベントに参加できたとして、その帽子をあの子に返すタイミングはあるのか?」

「…………っ」

「彼女もまた、遊びで来るわけじゃない。その日はイベントの当日、スケジュールに余裕があるとは思えない。……マモルは、一体どのタイミングで手渡すつもりだ?」

「…………それは……」


 真理を突いた姉の問いに、返す言葉が見当たらない。

 イベントに参加するだけなら、チャンスは今後もある。だが一番の問題は、彼女に渡すタイミングがない、ということだ。渡せなければ意味がない。――そして、その答えを僕は持ち合わせていない。

 完全に沈黙した僕に、やれやれといった様子でため息を吐いた。


「……仕方ないな、私がなんとかしよう」

「えっ?」

「……可愛いマモルの頼みだ、幸いなことに心当たりはある。帽子を返す程度の時間なら、私が稼いでみせるさ」


 自信ありげに語る姉に、呆然とする。

 頼もしい……のはそうなんだけど、同時に心配が込み上げる。


「……大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない。……だから、これっきりだ。次はない」


 不安そうに問いかける僕に、姉はキッパリと真実を告げる。

 それはつまり、これがこちらから取れる、最初で最後のコンタクトだということ。

 彼女がまたウチを訪ねに来る可能性はあるが、これが最後になる可能性も高い。


 ――別れの覚悟を決めておけ。


 つまり、姉さんはそう言いたいのだと思う。


「んま、よかったじゃねぇか。なんとかなりそうで」

「……うん」


 本当は素直に喜びたい。

 色々な人に助けられ、掴んだこの最後のチャンスを。


 ……でも、これが最後だと思うと、なんだか複雑で――素直に喜ぶことが、できなかった。



    ◆



 ――あれから数日が経ち、次の日曜日。

 約束の通り、今日は姉さんと二人で外出だ。

 普段はお店がある関係上、二人で外出できる機会もなく。……一体いつぶりだろうか。


 とは言っても、姉さんは仕事も兼ねているから、キッチリとしたオフィスカジュアルに身を包んでいる。こうして並んでいると、あんまり似てないこともあって、姉弟とは思えない感じだ。


「徳田さん、いつもすまない。今日はよろしく頼む」

「おうよ。店ん事ぁ任せときな、シズクちゃん」

「だからちゃんではなくだな……」

「あはは」


 人当たりの良さそうなおじさん――徳田さんに店番を頼み、僕達は『えちご屋』を後にする。これからイベント会場である“GATE”に向かう、とのことなんだけど……。


「……姉さん、駅はそっちじゃないんじゃ?」


 進行方向は駅とは別方向。どことも知れず、歩き出した姉さんに声を掛ける。


「他に寄る場所があるからな。それに、今日は電車には乗らないぞ?」

「えっ?」

「……ああ、そうか。そうだったな。この街に来たとき以来だったか、マモルは」


 首を傾げる僕に返ってきたのは、どこか意味深な言葉だった――。



    ◆



「……あぁ、そっか。そうだったね」


 先程の言葉の意味は、すぐに氷解することとなる。

 向かった先は、商店街の端に用意された、共同駐車場。

 そこに駐車された一台の黒いワゴン車を見て、やっとこ思い出す。


 ――そういえば姉さん、車持ってたんだっけ。


 普段駐車しているのがこっちだったから、忘れてたけど。


「仕事には使っていたが、マモルを乗せる機会はなかったしな」


 一応、この街に引っ越してきたタイミングで乗ったことはあったけど、それっきり。こうして乗るのは、実に数年ぶりになるのだろうか。

 後ろの座席に乗り込み、ご丁寧に「シートベルトは締めたか?」と確認する姉に返事をする。


「さて、それじゃあもう一人の乗客を迎えに行こうか」

「えっと、姉さんの昔の上司……だったっけ?」


 正直、姉さんに上司がいるイメージって、全然湧かないんだけど。

 ただ、『上司』と言うからには、偉い人なのは間違いない、よね。

 僕はいつものカジュアルな格好(に加えて、大きめのキャップを被っている)なんだけど、大丈夫かなぁ……?

 だが、そんな心配を見透かすかのように、姉はその不安気な声を笑い飛ばした。


「ははは、まぁ、一応な。この前、『知り合いに会う』と、店を空けた時のことを覚えているか?」

「えっと、あやねちゃんが初めてウチに来た時、だったっけ?」

「ああ。私があの日会っていたのがその元上司だ。人当たりのいい方だし、心配することはないさ」


 雑談も程々に、車が動き出し、駐車場を後にする。

 窓から見える流れるような景色に、なんだか複雑な気持ちを抱くのは……。


 ――ああ、そっか。引っ越しの時を思い出すから、かな。


 もう朧気な記憶だけど。

 あの時は、やっとこ慣れてきた地域から離れることに、ひどく不安を覚えたものだ。


 ――こっちにきてから二年ちょっと。カイとか大切な友達もできたけど。


 この光景を見ていると、つい過去のことを思い出してしまう。


 ――……ノゾム君、あれから元気にしてるかなぁ……?


 振り返ることのなかった過去の記憶に、ついセンチメンタルになってしまう。

 いや、ダメだダメだ、これからやらなきゃいけないことがあるんだ。

 気持ちを切り替え、姉さんに何か話題を――そうだ。


「ねぇ、姉さん。この間その元上司の人に会っていたのって、今日の相談だったの?」

「ああ、まぁそんなところだ。後は……また別に、ちょっとした仕事の依頼をな」

「仕事の依頼? 姉さんに?」

「そうだ。バイト時代からの付き合いで、『えちご屋』を立ち上げる際にも、相当お世話になったからな。仕事は辞めてしまったが、なんだかんだいまでも付き合いのある人物だな」


 ――ああ、そっか。バイト時代からの付き合いだったんだ。

 確かに高校時代、生活費のためにバイトで家を空けてた記憶がある。

 昔の上司、というのも、バイトの話だったなら納得できる。けど――。


「……あれ、その人って何の仕事をしてるの? 取材とか言ってたけど――」

「まぁ……そうだな。それについては、着いてから紹介しよう」

「うん?」


 そんな疑問に首を傾げる僕を置いて、車は知らない街道を進んでいった。



    ◆



 ――あれから小一時間が過ぎ、やがて目的地に着いたのか、車が停まる。

 まだ都心部からは離れているが、そろそろ中央区に入っている頃、だろうか。

 姉が車から降りたので、僕も一緒に車から降りると――。


 そこにあったのは、大きなオフィスビルだった。

 何の会社なのか首を傾げ、先に降りていた姉に声を掛ける。


「姉さん、この建物って……?」

「ここは清栄グループ……と言ってもわからないか。CARD+PLAYER'Sの出版社、と言ったほうがわかりやすいかもしれないな」

「うん。……って、ええっ!?」


 急に名前を挙げられた、自分も愛読しているカードゲーム専門雑誌。

 そのまま流れで頷き――一瞬遅れて驚愕の声を漏らす。


「それじゃ、中に入るぞ」

「ちょっ、姉さ、姉さんっ!?」


 こちらの動揺を知らぬ顔で、堂々と正面から足を踏み入れる姉。

 戸惑い抜けきれぬまま、姉の後を追いかけ、僕も足を踏み入れた――。



    ◆



「すまない、待たせてしまったか?」

「そんなことないワ、シズクちゃん? アタシもさっき準備ができたトコなの、丁度よかったワぁ」

「だからちゃんではないと」


 綺麗なエントランスホールに腰掛けているのは、中性的な人物。

 紫の髪を伸ばした、独特な印象を受ける人物に、姉さんが声を掛けていた。


「アラ、そっちの子がシズクちゃんの弟さん?」

「ああ、マモルという。今日は無理を言ってすまないな」

「え、えっと、は、初めまして、こんにちは……っ」


 彼? 彼女? が、姉さんの言っていた元上司の人だろうか。

 初めて会う人物に、緊張しながらもひとつお辞儀をする。

 不安に怯える僕を一瞥すると、頬に手をあてて微笑んだ。


「あらカワイイ。アタシもこんな弟が欲しかったワ」

「…………そうか。マモル、こちらは清水……さん、CARD+PLAYER'Sの編集長になる」

「えぇっ!? へ、編集長っ!?」

「ウフッ、ヨロシクね? 気軽にシミちゃんって読んでチョーダイ?」


 いや、その呼び方はご丁寧に遠慮するとして。

 姉さんがCARD+PLAYER'Sの編集長と知り合い、という事実に、衝撃を受ける。

 前々からどこから情報を仕入れていたのか、不思議には思っていたけれど――。


「それにしても、相変わらずお硬いワネぇ、シズクちゃんは。とってもカワイイんだから、その魅力を存分にアピールすればいいのに」

「悪いな。私は生まれてこの方、この付き合い方しか知らないものでな」

「もうっ! そんなんじゃカレシもできないワヨ?」

「興味ないな。少なくとも、私の目的を果たすまでは、他に目を向ける余裕はない」

「あら、ツレないワネぇ。でも、そんなトコがカワイイんだけど」


 姉さんが会話に花を咲かせる姿は、なんだか物珍しいものを見ている気分だ。

 ただ眺めているだけ、というのも気まずいので、様子を見て声を掛ける。


「あ、あの、清水さんは姉さんとはどんな関係なんですか?」

「昔からのオ・ト・モ・ダ「ただの仕事仲間だ」


 同時、というよりは、途中で姉さんが切り捨てるように声を挟む。

 途中で断たれ、「もう」と拗ねた声を漏らすと、清水さんは続きを語り始めた。


「シズクちゃん、高校の頃、ウチに雑用のバイトで入ってきたの。真面目で熱心な子だったから、気になっちゃってネ、試しにちょっとしたコラムを書いてもらったの。それが、丁寧な解説で読者にウケてね。それ以来シズクちゃんには時々記事をお願いしてるの」

「……まぁ、私としては、カードショップを経営するためにも、資金とコネクションが必要だったからな。お陰でウチも軌道に乗せられて、助かっている」

「ホントはウチに来てもらいたかったんだけどネ。男性スタッフにも人気だったし、仕事も早いし。ホンっト惜しいワ」

「……そんなわけで、だ。たまにだが、その時の縁で仕事を任されることがある、というわけだ」


 ――ああ、そういう関係だったんだ。

 知らない姉さんの一面に、なんだか感心する。

 普段姉さんは自分のことをあまり話さないし。


「――あれ? いまでも仕事を任されたりするんですか?」

「え? い、いや、それは――」

「ええ、そうヨ。そうネ、ここ最近だと……SoulTakerの記事、最新弾のカード解説欄をお願いしたりネ?」

「清水さんっ!?」


 ――ああ、そっか、やっぱり。


 文章を見ててなんだか既視感を覚えるなー、とは思っていたけど。

 姉さんがカードリストを手に入れていた理由も、それで納得がいく。


 ――……あれ? だったら徳田さんも、関係者だったりするのかな?


 ふと姉さんの方を見てみると、恥ずかしさに顔を赤らめ、ぷるぷると震えていた。


「アラ、そろそろ時間ネ。それじゃあ行きましょっか?」


 そんな姉さんを置いて、先々歩いて行ってしまった。

 どうしたらいいのか、複雑な気持ちで――とりあえず声を掛ける。


「……ね、姉さん……?」

「…………………………」


 姉から返事は返ってこない。――いや。


「………………すまない。忘れてくれ、頼む……」


 ただ消え入りそうな声でポツリと零した呟きに。

 心の中で「それは無理だよ」、と返すのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ