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Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 02 - 服従のマリオネット
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【 第四章 】 想いは衝動。または激情。(1)

「……でも、返すって言っても……どうしたらいいのかなぁ……」


 ベーコンエッグを焼きながら、どうしたものかと頭を悩ませる。

 アヤネと別れ、そのまま帰宅したのが昨日の出来事。

 ――彼女に帽子を返す。そう心に決めたまではいいものの、返すにはどうしたらいいのやら。


 直接手渡さないと、彼女の下に届かない可能性がある。

 これが大切なものだと知っている以上、赤の他人に預けるには不安が残る。

 だから、直接届けないといけないんだけど――。


 ――この間のことを考えると、ライブの時に隙を見て渡すのは……無理だよね。


 あんな大勢の中、彼女に直接会える機会は、まずない。そもそも、ライブイベントのチケットもないし。

 ただ帽子を返したい。それだけなのに、方法が全然思いつかない。


 ――あやねちゃんの所属する事務所に行ってみる?


 確か、ミライプロダクション……だったっけ。そこへ行けば、彼女に会えるチャンスがあるかもしれない。

 とはいえ、面会の約束アポイメントもないのに会わせてもらえるとは思えない。普通に考えれば門前払い。更にはプロデューサーから、「金輪際、アヤネには関わらないでくれ」とまで言われている。面会するのは、ほぼ不可能と言ってもいい。


 ――……コッソリ侵入……いや、何考えてんの。ゲームじゃあるまいし。


 どこぞのゲームのように、事務所のセキュリティがザルなはずがない。

 見つかって追い出されるならまだしも、不法侵入で警察に突き出されるし。

 多少の無茶は承知の上。――とはいえ、やっていいことにも限度がある。


 ――……だったら、事務所の前で会えるまで待ってみる?


 それなら、まだ現実的と言えるが――彼女を一人で帰すだろうか。

 普通のアイドルならまだしも、彼女の場合、見送りがあっても不思議じゃない。

 プロデューサーと一緒なら、まず帽子を渡すことはできないし、他の人でもそれは叶わない。


 昨日、プロデューサーが帽子を投げ捨てた際の言葉。

『お前にはお前のイメージがあるんだ』

 普段の彼女のイメージとはかけ離れている、かわいらしい帽子。例え彼女が受け取りたいと思っていても、他の人に見られている場では、素直に受け取ることができない。


「…………はぁ……困ったなぁ……」


 正直言って、厳しい。

 いままでは向こうからのコンタクトだったから、会うことができたけど――。


 ――……こっちから会おうとしても、まず無理なんだよね……。


 彼女に会いたいファンは山ほどいる。

 表向きは僕も、そんなファンの一人に過ぎない。無理難題にも程がある。

 連絡先でも交換しておけばよかった、と思ったが――後悔してももう遅い。



 ――……でも、やるって決めたんだ。絶対に。



 慣れた手付きでベーコンエッグをお皿に盛り付け、オーブンに食パンをセットしていると、不意にダイニングキッチンの扉が開けられた。


「ん、もう起きていたのか。おはよう、マモル」

「……あ、姉さん。おはよう」


 いつものワンピース姿で現れたのは、姉のシズクだ。

 こちらの様子を伺っていた姉さんだったが、さり気なく僕に話題を振ってきた。


「昨日は大分疲れていたみたいだが……あの子となにかあったのか?」

「………………うん、ちょっとね」


 本当はちょっとじゃ済まないんだけど。

 姉さんに言っても仕方ないし、お茶を濁すような返事を返した。

 なんだか釈然としていない様子だったけれど、僕がそれ以上話す気がないと察すると、「そうか」と言葉を返した。ただ――。


「……あんまり一人で抱え込むんじゃないぞ。なにかあれば、私が力になるからな」


 ――そんな僕を心配してか、それだけ僕に伝えた。

 いつものことだけど、頼もしい。――……でも、先に一人席に着こうとする姉の姿を見て、ちょっとだけ意地悪したくなった。


「んー、だったら姉さんも料理できるようになって欲しいかな?」

「……うっ……それは……だな、その……」


 それが思わぬ返答だったのか、言葉に詰まった。

 真面目に受け取り、急に黙り込む姉に、思わず苦笑する。


「あはは、冗談。でも、姉さんもあんまり抱え込まないでよ? こないだみたいに倒れたら困るんだから」

「………………ああ、そうだな。善処しよう」


 相変わらず姉さんは堅物だなぁ。『善処する』って。

 いつも通りの姉の姿に苦笑すると、焼きあがったトーストをテーブルへ運ぶ。


 ――……それにしても、ホントどうしたらいいんだろ……?


 散々悩んだものの、未だに解決策は見つからない。

 一晩置いたことで少しは落ち着いたけど、一体どうしたらいいのやら――。



    ◆



「マぁーモぉールぅー!?」

「え、えっと、どうしたの、カイ?」


 学校に登校し、教室に向かおうとしていたところ、聞き慣れた声と共に――ってこの流れ、覚えがあるんだけど。現れるや否や、勢いのまま追い込まれ、壁に追い詰められるところまで一緒。

 ただ、前回と違い、今日のカイはまた受ける印象が違う。捕えた白兎えものを眺め、不敵な笑みを浮かべるカイは、やけに強気。思わず怖気づいてしまう。

 救世主ミナミの登場に期待……したいけど、そう都合よく来るわけもないし――絶体絶命だ。


「なぁマモル……お前、昨日の放課後、何してたんだ?」

「え、えっと……?」

「とぼけんじゃねぇぞ!? シズねぇも何も答えてくんねぇし……さぁ正直に吐いてもらおうか!?」

「い、いや、えっと――」


 そ、そう言えば昨日、カイを誤魔化して(誤魔化せてない)抜け出してきたんだった。

 ……さて、ここで問題。僕は昨日何をしていたでしょうか?

 はい。あやねちゃんと遊んでました。


 ――……言えるわけないじゃん!!


 だが、何も言わずに逃がしてくれるほど、カイは甘くない。


「この前も俺に黙ってあやねるのライブに行きやがって……今度はなんだ? 『彼女ができましたぁ』……ってか!? もしそうだとしても……お、驚かねぇぞ!?」

「そ、そんなんじゃな――」

「そんなんじゃ――ってことはやっぱ女か! 新しいガールフレンドか、まずはお友達から、ってか!? 親友に対してそっけねぇじゃねぇか、彼女じゃねぇなら俺にも紹介しろよっ!!」


 ――できるわけないじゃんッ!!

 内心でツッコミを入れながら、口車に乗せられていることに焦りが募る。

 正直、隠し通せる気がしないんだけど……このままじゃ、バレるのも時間の問題――。



 ――あれ?



 そこでふと、目の前の人物像を思い出す。

 お調子者で、軽い性格。のように見えて、実は友達思いで――とか、そういうのはいい。


「ねぇカイ、聞きたいことがあるんだけど」

「おいおい、いまはこっちが質問してんじゃ――、……なんだよ、マモル?」


 こちらにペースを握らせまいと、ヘラヘラ言葉を連ねていたカイ。

 だが、僕の眼差しが真剣なことに気付き、聞く姿勢に変わる。

 いままでずっと悩んでいたけど……カイなら何か知っているかもしれない。だから――。



「……あやねちゃんに会うには、どうしたらいいと思う?」



「……はぁ?」


 ――カイはあやねる……あやねちゃんのファン、らしい。

 なら、もしかすると彼女に会う方法を知っているかもしれない。


 真剣な眼差しで聞いてきたと思ったら、そんな突拍子もない――僕らしくもない質問。さすがのカイも困惑し、変な声が漏れる。


「……おいおい、なんだ? こないだのライブに行って、あやねるに惚れちまったのか?」

「………………」

「んな簡単に会えるわけねーだろ? 相手はアイドルの中のアイドル、スーパースターだぜ? ライブチケットも即日完売。会いたいから会えるような相手じゃ――」

「それでも、会いたいんだ」


 さすがのカイも様子がおかしいと感じたのか、疑惑の目を向ける。

 だけど、この眼差しは変わらない。


「……本気か?」

「最初から本気だよ」


 困惑するカイが聞き返すが、その問いに即答する。

 淀みのない決意。ただ会いたいだけじゃないことは、その目が正直に語っていた。

 やがてカイはひとつため息を零し、言葉を濁す。


「……相変わらずわっかんねぇヤツだな」

「何か方法はない?」


 バカ正直、かもしれない。

 ひたすらまっすぐな、ぶれない想い。カイは背を向け、悩むように声を放り出した。


「……ないこたぁ……ねぇかも、な」

「あるの!?」

「さぁ、どうだろうな。……だがな、先に答えろ。なんでお前はあやねるに会いたいんだよ? こないだまで名前も知らんかったお前さんが、急に変わりすぎだろ。……しかもちゃん付けとか、お前のキャラじゃねーし」


 ちゃん付けを指摘され、少し顔を赤くする。

 いや、僕のキャラじゃないのは知ってるけどさ。知ってるけどさぁ。


 とはいえ……この話をカイに言っても、いいのだろうか。

 誰かに聞かれれば、最悪彼女のスキャンダルになる。迂闊に話せる話じゃない。


 ――でも……。


 目の前のカイを、僕はよく知っている。

 普段は軽い性格……に見える、お調子者のカイ。


 ――でもカイは、言ってほしくないことは、絶対に口を割らない。

 ヘラヘラと嘘を並べても、しっかり秘密を守り通すような人物。

 少なくとも僕は、そんなカイのことを信じてる。だから――。


「……誰にも言わないって、約束できる?」

「たりめーだろ。んな人の内情ペラペラ喋るヤツに見えっか?」


 こんな信用しろ、と言われても、怪しすぎるお調子者の彼。

 だけど、僕はそんなカイに、いままでの出来事を話すことにした。



 ――キーン、コーン、カーン、コーン。



「……っ」


 だが、本題を語る前に、鐘の音が僕の声を引き止める。

 それはもしかすると、この廊下ばしょにいる別の生徒を意識した、天の声……だったのかもしれない。


「……昼休み、音楽室で」

「おう!」


 約束を取り付け、誰もいない場所を指定して、この場は収めることにした。



    ◆



 ……

 …………

 ………………


「はあああああああああああああああああああああああああッ!?」


 ――昼休みの音楽室。

 昼食も取らずにやってきた僕は、カイにいままでの出来事を伝えた。

 ……その結果がこれである。


 ――……ですよねー。


 こうなることは知ってた。知ってたから言えなかったんだし。

 予想通りというか……予想以上の反応に、乾いた笑いしか出てこない。


「おまっ!? お前なぁッ!! ここ最近おかしいと思ったら、おまっ……ああああああッ!!」


 発狂したかのように雄叫びを上げるカイ。

 ああ、うん。事の真実を明かす相手を間違えた、かも。後悔しても遅いんだけど。

 とりあえず、目の前のわけがわからないことになってるカイに声を掛ける。


「ちょっとカイ、落ち着いて――」

「――られっかよ!? おまっ、あやねるに直接会っただけに済まされず、二人きりでデートだとぉッ!?」

「いや、デートじゃな……デートじゃないから」


 ――じゃないよね?

 誰とも知れず自問自答をする。そもそも、そんな仲じゃない……はずだし。


「なんだその間は、その間はッ! クッソぉ……マモルめ、許せんヤツめ……ッ」


 嫉妬に囚われ、そのまま襲ってきそうなカイに後退る。

 だがやがて「はぁ……」と大きなため息を吐くと、纏っていた気配を霧散させた。


「…………で、なんだっけ。あやねるに会いたい、だったっけか?」

「……あれ? 教えて、くれるの?」


 先程までの雰囲気に怯えていた僕は、おずおずと聞き返す。

 その問いに釈然としない顔を浮かべながらも、カイは続きを語った。


「……まぁ、お前が誘ったわけじゃねーし……お前は誰かをデートに誘えるほど、大胆な性格してねぇしな」

「……それ、僕のことバカにしてる?」


 若干不機嫌気味な声を返した僕に、カイは笑って答える。


「信用してんだよ。んで、会いたい理由が『帽子を返したいから』とか……ま、マモルらしいバカな理由だな」

「……僕はバカでもいいよ。でも、大切なものなんだ」


 茶化したつもりなのだろうが、返す言葉は真面目一辺倒。

 あまりのブレなさに、カイも呆れて声を漏らす。


「……ま、んなバカ正直なお前さんは、嫌いじゃないぜ? ……で、まぁそうだな。俺から言えるのは、もしかしたらっつー可能性。ダメかもしんねーけど……」

「それでいいよ。可能性があるなら、それで十分」


 いままで光明の見えなかった道に、差し込んだ光。

 それがダメだったとしても、いま頼れるのはその光だけだ。

 僕の期待に応えられるかはわからない。そんな表情を浮かべながら、カイは自分の推測を述べる。



「……。もしかすっと、次のチャンスに割り込めるかもしれん」



 ――はい?

 いま、なんて言った? シズねぇ――僕の姉に、頼れ、と?

 どういうことかわからず、困惑の表情を浮かべる僕に、カイがどういうことか説明する。


「次のあやねるのイベントなんだがな、“GATE”とのコラボイベントなんだよ。確か予定は、次の日曜だったか」

「……うん? でも、それって姉さんと何の関係が――」


 まず、姉さんはアイドルには興味がない。

 そんな姉さんに頼ったところで、できることは高が知れてる。

 疑問の表情を浮かべる僕に、カイが「しょうがねぇなぁ」とばかりに続ける。


「言ったろ? “GATE”との、もっと言えば“Reverse”とのコラボイベントだ。シズねぇ、結構顔が広いみてぇだし、あの責任者の爺さんとも顔は合わせてる、とか言ってたろ? ……もしかすっと、今回ならコネで割り込めるかもしんねぇ」

「……!」


 これが普通のライブだったら、難しかったのだろう。

 だが、次の――“GATE”で行われる今回ならば、ワンチャンあるかもしれない。


「……ま、あんま期待すんじゃねーぞ? あくまで可能性だかんな」

「うん、わかってる。……ありがとう、カイ」

「感謝すんのは帽子返してからにしろよ。ダメだったら……ま、そん時ゃそん時だ。次の方法を一緒に考えようぜ?」


 清々しい笑みを浮かべ、グッと指を突き出すカイ。

 お調子者で、子供っぽいカイだけど――友達思いなカイは、とても頼りになる。

 カイの言葉に習い、いまは言わないけど……事が片付いたら、改めてお礼を言いたい。



 ――光明は見えた。後は、その可能性に賭けてみるだけだ。



「……で、返し終わったら、あやねるを俺にも紹介しろよ? ここまで付き合わせたんだ、直筆のサイン、いや握手でも――」


 いままでの素振りを茶化すかのように、いつもの調子でヘラヘラと笑う彼に。

 約束はできないけど――そのうち借りを返したいな、と思うのだった。



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