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Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 02 - 服従のマリオネット
45/127

【 第三章 】 束の間の夢が終わる時。(4)

 ……

 …………

 ………………


「――ちゃん、あやちゃん?」

「……ココちゃん、ですか。……なにかありましたか?」


 場所はリハーサルスタジオ。

 先程までレッスンを行なっていたメンバーが、各々休憩を取る中、一人で佇んでいたアヤネの下に、桃色の髪の、ジャージ姿の少女が声を掛ける。


「えっとね、なんだか調子悪いように見えたから……だいじょーぶ?」

「……そう見えていましたか?」

「うん。完璧なんだけど、なんか余裕がないよーな気がしたってゆーか……こないだもレッスンを抜け出したりおかしかったから、なにかあったんじゃないかな、とココは思ったんだけど……」


 心配そうに声を掛ける彼女に、言葉を飲み込み、微笑み返す。


「私は大丈夫ですよ。次のステージも近いですし、ちょっと気を張り詰めていたのかもしれません」

「んー……そっか、無理しちゃダメだよ?」


 そんな無垢な彼女に、内心では苦しい思いを吐き出しそうになる。――でも。


「心配してくれてありがとうございます。……そうですね、プロデューサーが迎えに来るまで、控室で休んでおきます。もしこちらに来られましたら、そうお伝え下さい」


 無理矢理作り出した言葉を最後に、この場所から立ち去った。


 ――このまま、ここにいたら……そのうちボロが出ちゃいそうだから……。



 そんな彼女の後ろ姿を見て、桃色の髪の少女は声を漏らす。


「……本当に大丈夫かな、あやちゃん――」

「とぉーっ!」

「な、なななっ!? ちょ、ちょっとお姉ちゃん、急に飛びかかってこないでよぉ!?」


 だが、そんな杞憂も、他のメンバーの絡みによって吹き飛ばされる。


「こーちゃん、別にあやねるのことは心配する必要ないんじゃない? むしろウチからしたら、こーちゃんの方がずっとずっと心配だし」

「えぇっ!?」

「でも、ココが心配する気持ちもわかるわ。最近は“Reverse”関係のお仕事で絡む機会が多かったものね」

「この間のイベントでも、あやねるにフォローしてもらってたもんねー」

「はぅ! ……い、言わないでよぉ! ココはココなりに頑張ってたんだからぁ!」



    ◆



 ――その反面、アヤネは……といえば。


「…………大丈夫なワケ、ないよ……」


 誰もいない廊下に、彼女の弱音がポツリと零れ落ちる。

 昨日の出来事――マモルと別れた後から、自分の中で色々な感情が渦巻いている。

 ただ、それがいい感情とは言えないことだけはわかっていた。


 ――最初から全部……ただの夢に過ぎなかったんだ。


 一週間程前、奇遇なことに彼に出会ったことも。昨日一日、楽しい一時を過ごせたことも。全部。

 でも、それが本当に楽しかったから……それを失った今、どう笑えばいいのかわからない。

 自分でも、自分がおかしくなっているのは、わかっているのに――。


「………………っ!」


 無意識に、何かに縋るように伸ばした手。

 その手が自分の髪に触れ、求めていたものがそこにないことに気付いてしまう。


 あの時捨てられた、自分にとって大切な――大切な心の拠り所は、もうそこにない。

 胸が締め付けられるように痛む。涙が零れ落ちそうになる。


「……どうしたら、いいの……?」


 まるで全てを失ったかのような、耐え難い喪失感。

 頑張った結果、得たのはトップアイドルの称号。人気。収入。


 ――……でも、でもっ! それに何の価値があるっていうの……?

 あたしが求めていたのは、そんなものだったの?

 あたしが失ったものより、それは価値があるの?


 自分に残されたものに価値を見出だせず、ただ虚しさだけが木霊する。


「………………そうだ、歌……」


 色々なものを失って――そんな中、自分に残ったものといえば。

 自分にとって価値があると言えるものは――それだけだった。



    ◆



 ふらふらと控室の扉を開けると、他のものには目もくれず、自分のカバンからメモを取り出す。

 書き留められた様々な歌詞のアイディア。断片的な単語の数々。

 自分の中に眠る、鮮やかな音色を思い起こすように、ヘッドホンに耳を宛て――空想のメロディを再現するように、その歌詞を口ずさむ。


「♪ ~ Pop'n Pop Music Melody 楽しげな Sound Effect――」


 足でリズムを刻み、誰もいない控室に、アヤネの歌声が響き渡る。

 瞳を閉じ、想いを胸に。心に刻み込まれた旋律を、歌という形に変えて。


「♪ ~ Pop'n Pop Music Melody 軽やかな ステップ刻んで――」


 あの日見た夢を、あの時の光景を、忘れないように。

 思い浮かべるのは昨日の出来事。楽しかった一時の時間。


「♪ ~ まだまだ 終わらない 楽しい時間はこれから――」


 かけがえのない、大切な時間。

 まるで思い出に縋るように、その想いを優しいメロディとして、吐き出す。


「♪ ~ もしも これが『夢』でも この一時を 私忘れないよ――」


 あの時間が、例え束の間の夢だったとしても。

 その一時に、忘れられない憧憬を抱いて――。


「……――♪ ……――♪ ……――♪」


 出来はまだまだ拙い、即席の――洗練されていない一曲。

 それでも、あの思い出を楽しげに歌った彼女は、少しだけ元気を取り戻す。



 ――……そう、あたしには、もうこれしか……。



 抱き締めて離さない、大切なもの。

 それこそ自分の分身とも言える、メロディを抱き締めて――。

 ――だが。


「アヤネ、入るぞ」

「……っ」


 ――そんな心休まる一時も、簡単に崩れ落ちる。

 控室に入ってきたプロデューサーに、現実に引き戻されたアヤネは、いつもの自分を演じ、向き直る。


「もう少ししたら出るから、準備をしててくれ」

「……はい、わかりました」


 いつものように、静かな反応。

 だがその本心は、自分にとっての楽しみを邪魔され、不機嫌になっていた。

 そんなことを露程も知らない鈴木は、思い出したかのように次の予定を語る。


「そうだ、その後だが……先週の金曜日に言っていた件で、打ち合わせがある。覚えているか?」

「……先週の、金曜日……」


 ――……忘れもしない、あの日だ。

 ここから衝動的に逃げ出した日。逃げ出した先で、あの少年に出会った日。

 気付かれないように拳を握り締め、歯を噛み締める。というのも――。


「ああ、いままではアヤネに曲を作ってもらっていたが、こうも忙しくなるとお前も大変だろう? だから次からはプロの人に依頼することにした、あの――」

「大丈夫です、覚えてますよ」


 聞きたくもないと、無理矢理断ち切るように言葉を挟む。

 鈴木からすれば、アイドル業に専念してもらうための……負担を軽減するための、提案。

 もっといえば、優しさ、とも言えるのかもしれない。


 ――……でも、あたしにとって、それは――。


「それじゃあアヤネ、また後でな」


 最後に挨拶を告げ、鈴木はこの場から立ち去る。

 アヤネの本心に、気付けないまま――。



    ◆



「………………」


 鈴木が立ち去った後、アヤネはその場にへたり込む。


「……あたしにとって、歌はあたしの全て。でも――」


 ――その歌さえ取り上げられたら、あたしには……何が残るの……?

 ――誰かが作った歌を歌って……あたしの想いを届けられるの……?


 ただ、やるせない気持ちだけが募る。

 最初は、自分の歌を聞いて欲しい、届けたい。――そこから始まったのに。

 それさえ叶わなくなるのなら――後には何が残るのか。


 ――あたしには……もう何も、何も残らないじゃない……。


 心にぽっかりと空いた穴。それに誰も気付かない。気付こうともしない。

 いや、違う。聞かれても、あたしは話せないんだ。……さっきココちゃんから、逃げたみたいに。


 ――ああ、そっか。……あたしがマモル君には、色々話せたのは――。


 あたしの本心に気付いて、色々聞いてくれた――あたしが“話せる”相手だったから。

 誰にも話せない自分の本心を、唯一話せる相手だったから、だから――。


「……電話番号でも、交換しておけば……よかったな……」


 だが、会えない今となっては、過ぎた話だ。遅すぎる後悔をポツリと零す。

 誰かと、彼と話せれば……こんな気持ちも――少しは晴れたのだろうか。


「………………っ」


 無意識に涙が溢れてくる。


 ――思い出も、心の拠り所も、自分自身の歌さえも――。

 全てを失った後の自分は――一体何なのだろうか。



 ――……ただの……プロデューサーの操り人形じゃない。



 誰もが憧れるトップアイドル。でも、望んだものは何も手に入らなかった。

 ただ失ってばかりで――そして、最も大切にしているものさえ、失いそうになっている。


 利用価値いとで動かされる人形あたしは、どうしたらいいの?

 どうしたら……――。



 そんな絶望に暮れる中、ガチャリと控室の扉が開かれる。

 鈴木プロデューサーだろうか。……だが、それにしては声もノックもないのはおかしい。

 不思議に思いながらも扉に向き直ると、そこにいたのは――。


「こんにちは、お姉さん?」

「……? あなたは?」


 そこにいたのは、黒いゴシックドレスを身に纏った少女。

 特徴的な白いウェーブの髪に赤い瞳の、無邪気で幼い印象を受ける少女がそこにいた。


 ――プロダクションの人間じゃ、ない?


 少なくとも、自分の記憶にはない。見学の予定もなかったはずだ。

 ただ、その容姿――というか、その白髪赤眼という特徴が、『彼』の姿を思い出させる。


 ――……気のせい、だよね?


「んっと、ボクはねー……お姉さんを助けにきたの」

「どういうことですか?」


 どういうことか彼女の意図が読めず、首を傾げていると、彼女がこちらに歩み寄る。


「最近、何か困っていることがあるんじゃないかな?」

「……いいえ、そんなことは――」

「例えば……『自分の存在価値を否定されるような事があった』……とか」

「……っ」


 まるで自分の見透かすかのような、彼女の鋭利な言葉が胸に突き刺さる。

 「どうなの?」と無邪気に問いかける姿は、好感を持てないどころか、むしろ得体の知れない恐怖を増長させる。


「……ここは関係者以外立入禁止です。申し訳ありませんが、お引き取り下さい」


 これ以上話していると、嫌な感じがする。

 無理矢理自分の本心を暴かれるような、引きずりだされるような、恐怖。

 そして、そんな得体の知れない相手に、自分の本心を見透かされる、恐怖。

 表向きは凛としているが、こんな小さな少女に、内心では恐怖を抱いていた。


「……そっか、否定しないんだね」

「………………」

「怯えないで? ボクはお姉さんを助けに来ただけなんだから」


 この黒の少女が何を考えているのか、さっぱり読めない。

 ただ、これ以上踏み込まれたくない。そんな思いから、彼女のことを突っぱねる。


「……何を言ってるんですか。私に助けなんか必要な――」

「そんな表情かおで言われても、隠し事なんてできないよ」

「――っ?!」


 瞬間、少し距離を置いて立っていた少女が、急に目の前に現れる。

 思わず驚いて飛び退きそうになるところを、無理矢理その場に踏み留まる。


「お姉さんの仮面はもうボロボロ。どれだけその本心こころを隠そうとしても、そんな壊れた仮面じゃ、その素顔は隠せない」

「……あなたは……一体何者ですか?」


 得体の知れない少女に問いかける言葉は、強い口調だが、芯がない。

 本心では怯えている。彼女は一体何者なのか、そもそも人間なのかさえわからない。彼女の自然な微笑みさえ、安心させるどころか、恐怖を煽る材料にしかならない。そんな、恐怖を体現したかのような彼女は、一体――。


「……言ったじゃない。ボクはお姉さんを助けたいだけ、だから――」


 彼女がかざした手元に、大きな鍵が現れる。

 少女の身の丈、よりも少し低い、大きな鍵。それをクルクルと振り回し、構えると――。


「かは……っぅッ!?」


 アヤネの胸に、一思いに突き刺した。

 急に貫かれ、苦しげな声を漏らすが――いや、痛みはない。ただ強烈な違和感が、その身を襲う。


「な、にを……っ」

「ただの切っ掛け、だよ?」


 なんとも形容しがたい、この感覚。

 まるで別の世界に引きずり込まれるような、どこかで感じたような――。


「はぁ……はぁ……はぁっ……私に、何をしたんですか……」


 鍵を引き抜かれると同時、その強烈な違和感は途切れ収まる。

 貫かれたというのに、胸に穴は開いていない。自分の身に何が起きたのかわからず、息を切らしながら言葉を紡いだ。


「……ちょっとね。お姉さんにプレゼントをしただけ、だよ?」

「プレ……ゼント……?」

「そっ。強がりなお姉さんが、素直になれるおまじない。お姉さんには必要ないかもしれないけど……本当に耐え切れない時には力を貸してくれる、特別なおまじない。きっと役に立つはずだよ?」


 ――意味がわからない。

 少女の目的も、やったことも、理解できない。

 ただ少女は満足気に、この場から立ち去ろうと歩き出す。


「その力を使うかどうかはお姉さん次第。……でも、きっと助けになるはずだよ」

「……わけが……わかりません……それは一体――」

「んー、ごめんね。……もうさよなら、かな。またね、お姉さん?」

「ちょ、ちょっと、待っ――」


 少女がそこまで告げると、少女の背中を巻き込み、世界が歪み、やがて黒に染まる。

 一体これは、どういうことな……の……――?



    ◆



「――……ネ、――……ヤネ、……アヤネ?」

「ん、うぅ……ん?」

「ああ、ようやく目を覚ましたか。戻ってきたら寝ていたが……疲れが溜まっているのか?」

「プロデューサー? 目を覚まし……って……私、寝てましたか……?」


 朦朧とする意識の中、見覚えのあるスーツ姿の男性に、目を覚ます。

 鈴木は「ああ」と答えると、こちらを心配しているのか、問いかける。


「……アヤネ、本当に大丈夫か? もし辛いようなら、今日は私だけで――」

「いえ、大丈夫です。私が行かないと、お相手の方も心配するでしょうし……」


 ――そっか、夢……だったんだ。

 いつものように返事をすると、椅子から立ち上がる。


 さっきの強烈な違和感も、今は何も感じない。

 ただ、夢と割り切るには――あまりに現実的だったような……。


 ――あれは……何の夢だったんだろ?



『そっ。強がりなお姉さんが、素直になれるおまじない。お姉さんには必要ないかもしれないけど……本当に耐え切れない時には力を貸してくれる、特別なおまじない。きっと役に立つはずだよ?』



 あの時の言葉が脳裏に過る。鮮明に残り続ける、あの言葉。


 ――……本当に夢、だったんだよね……?


 身体の違和感は消えても、心に残る違和感は残り続ける。

 ただ今は先程の出来事は夢だったと納得させ、控室を後にした。



 ――そう。

 その『おまじない』が、効果を発揮する――その時まで、彼女は気付けないまま――。




「――……ふふっ、どうなるかな? ねぇ、お兄様?」




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