【 第三章 】 束の間の夢が終わる時。(2)
食事を終えた僕たちは、賑やかなファミレスを後にする。
夜の帳が下りる頃。気付けば空一面を焦がす夕焼けは、薄紫の浅い夜へとその色を変えていた。
時間も時間だし、そろそろ解散かな? ――と、考えていたところ、目の前で背伸びをしていたアヤネが、こちらに振り返る。
「ねぇマモル君。まだ時間はある?」
「んー、一応大丈夫だけど……どうしたの?」
「――行ってみたい場所があるんだ。……もうちょっとだけ、あたしに付き合ってもらってもいい、かな?」
◆
「……ねぇ、響さん」
「うん? どうしたの?」
急に足を止め、声を掛けた僕に、アヤネは首を傾げる。
どうやら、無事に目的地には着いた――そこまではいい。のだが――。
「……どうしてゲーセン?」
その辿り着いた場所が、よくあるゲームセンターだった。
僕の素朴な疑問に、「えっと……」と悩む彼女は、やがて回答をおずおずと口にする。
「……来たかった、から?」
「えぇ……」
なんというか、もう理由でもなんでもない。思わず呆れ声が漏れる。
そんな僕の様子を見て、付け加えるように言葉を紡ぐ。
「だ、だって……来たことなかったし……一人で来るのは寂しいし……」
――ああ、そっか。仕事が忙しいから、こんな時じゃないと来れないのかな。
「……理由はわかったけど……でも、どうして僕と?」
「……その、一緒に来れるような友達、いないから……」
気不味い沈黙。
思えば、僕なんかを誘って来ている時点で、気付くべきだった。
――普段の響さんしか知らない人じゃ、誘うに誘えない……もんね。
ゲームセンターになんかに誘った時点で、相手も違和感を感じるだろうし――もし来れたとしても羽目を外せないし、楽しめない……か。
――……とはいえ、どうして僕にはこんな一面を見せるのか、ちょっとわからないけど。
俯いたままの彼女の手を握り返し、声をかける。
「……んー、それじゃ行こっか?」
「……えっ? いいの?」
顔を上げ、戸惑いの声を上げるアヤネ。
さっきまで乗り気で案内してたのに、急に弱気になった彼女に苦笑する。
「そもそも断る理由なんてないし、ここまで来て『じゃあ、さよなら』はないよね?」
だから、今度は僕が手を引いて、彼女を中へと案内する。
――エスコートなんて、ちょっと恥ずかしいけれど。
「せっかくだし、楽しんで行こうよ?」
「……う、うんっ」
◆
「ふわぁ……!」
ゲームセンターへ足を踏み入れたアヤネは、思わず感嘆の声を漏らす。
様々なゲームの筐体が置かれた、賑やかなゲームの音が響き渡る空間。
楽しげな雰囲気に感化され、まるで子供のようにはしゃぎ、声を響かせる。
「……すごいすごい! この雰囲気だけで一曲書けそうだよっ」
先走らない程度に、ここから見える筐体に目を向けるアヤネ。
だが、彼女が零した一言を疑問に感じ、聞き返す。
「あれっ? 『一曲書けそう』……って、響さん、自分で作曲してるの?」
その質問を聞いて、彼女は素直に頷いた。
「うん、そうだよ。名義は別だけど、あたしの歌っている曲は、全部あたしが作った曲。他には……同じプロダクションのユニット、『⊿』の曲も作ってるかな。……知らない?」
「その……ごめん、知らない。……でも、すごいね」
彼女のスケジュールを考えると、そんな作曲する暇がある、とは思えないんだけど。
だが、そんな僕の疑問に、さも当然のように「好きだからね」と、彼女は答える。
「元々あたし、歌手志望だったんだ。自分の歌を聞いて欲しい、届けたい。そんな気持ちでオーディションを受けて――まぁ、その時は落ちちゃったんだけど。その時プロデューサーの目に止まって、アイドルデビューすることになったの」
――確か、カイの話では……デビューしたのが八年前、八歳の時……だったっけ?
でも、そんな幼い頃から、本気で歌手を目指していたなんて――。
「……響さん、音楽が本当に好きなんだね」
「うん。それこそ、あたしの人生といっても過言じゃないもの」
語るアヤネの瞳は、とても真剣で――眩しいほどに輝いていた。
――……そんな響さんだから、かな……。
だからこそ、あれだけの人の心を動かすだけの力を持っているのかもしれない。
でも、だったら――。
「あっ! ねぇねぇマモル君、あれ見に行こうよ!」
楽しげにある筐体に駆け出した彼女。その背中を見ていると、忘れそうになるけれど。
――だったら、どうしてこの間、『最後かもしれないから』……なんて言ったんだろ?
◆
「ねぇマモル君、ほら見てよっ! デビー君のぬいぐるみだよっ」
「……デビー君?」
先駆けたアヤネについていくと、あるクレーンゲームを指差していた。
どこか見覚えのあるような、黒ウサギのぬいぐるみ。デビー君とはこのキャラの名前だろうか。
『アクマでウサギ。』
そんなタイトルか、キャッチコピーか……と共に張り出されている。有名なのかな?
「あれ、知らない?」
「……その、ごめん。僕は知らないキャラ、かなぁ……」
気不味そうに言葉を返す僕を、逆にじーっと見つめる。
――え、僕、なんかマズいことでも言った……?
困惑する僕に、彼女の方が先に口を開いた。
「……マモル君ってさ、実は世間にあんまり興味ない?」
「え、ええっ!?」
「だってほら、あたしのコト知らなかったし、反応見た感じだとアイドルとか全然興味ないでしょ? こういうキャラクターにも反応ないし。逆にどんなコトに興味があるのか、あたしの方が知りたいよ!」
――い、いや。カイに言われるのはまだしも、響さんにまで言われるとか!
少なくとも、カードゲームにはある程度興味が――と、反論できればよかったんだけど。そういえば直前まで“Reverse”の存在を知らなかったことを思い出した。ああ、やっぱ反論できないじゃん。
完全に沈黙する僕に首を傾げていたが――「ま、いっか」と話題を流す。
クレーンゲームのコーナーを通り過ぎて、今度は別のゲームに目をつける。
「あっこれ、なんだか面白そう」
「ロックンミュージック?」
彼女が足を止めたのは、音ゲーの筐体。
アイドルらしく、そのメロディに興味を持ったのだろうか。
「ちょっとやってみよっかな?」
ふっふっふ、と自信ありげに不敵な笑みを浮かべ、コインを投入すると――様々な曲が並ぶ一覧から、彼女が目についた曲を選択する。――だけど。
「あの、響さん、その曲難易度高――」
「だいじょーぶだいじょーぶっ」
画面に表示されている難易度を気にせず、曲を選択した彼女は、意気揚々と挑戦する。
――が。
「えっ、ちょっ、音符多……ちょ、ちょっとぉ!?」
――ですよねー。
分かりきった結果。
リズムのいい曲に反して、リズムに合わない連打音と、彼女の悲鳴だけ。
初心者なりの必死の抵抗も、暴力的なまでの音符の山に飲まれ、あっという間にゲージが消える。
そして、無慈悲なシャットアウト。表示されるのはゲームオーバーの画面。
――いやまぁ、そうなるよね。
気不味い沈黙。どう声を掛けたものか迷っていると、
「もっかい! もっかいやればできるよ、あたし!」
「い、いや無理だって、リトライでなんとかなるレベルじゃなかったよね!?」
無謀な再挑戦に燃える彼女に、咄嗟に待ったの声を上げる。
なんとか静止の声を届かせることはできたものの、彼女は未だ不完全燃焼のようで、「ぐぬぬ」と唸り声を漏らす。
このままここにいると諦められないだろうなぁ、と、別の方向に連れて行こうとすると――。
「……あっ、これ楽しそうじゃない?」
そんな声と共に、僕の手を振り払って、新しいゲームに目をつけた。
『ダンス・ダンス・ミュージック』と書かれた筐体。先程と同じ音ゲーではあるものの、こちらは筐体の上で踊るタイプのゲームになっている。――僕はやったことがないけど。
やる気満々で筐体に乗った彼女は、今度はちゃんと難易度を見てから、程々の難易度の曲を選択する。
『――Are you Ready?』
軽い準備運動をし、ひとつ息を吸い込んだ彼女は。
――まるで本職だと言わんばかりに、軽やかなステップを踏み始めた。
「――♪ ――♪ ――♪」
リズムに乗って画面に表示される矢印を刻み、鼻歌を曲に乗せる。
出だしこそぎこちなかったものの、徐々に慣れた彼女は軽いパフォーマンスをステップに乗せる。さながら、ちょっとしたライブステージだ。
ノリに乗って、楽しげに踊る彼女の姿は、普段着のままでも十分過ぎるほど魅力的。声も忘れ、思わず見惚れてしまっていた。
――そんな中、やがて曲は終わりを告げる。
「ふぅ、楽しかったっ」
綺麗にポーズを決め、パーフェクトで締めた彼女の下に、自然と拍手が送られる。
僕だけじゃなく、その後ろからも。振り返ると、そこそこの人数が彼女のプレイを見ていたらしい。
トン、トン、と軽いステップを刻み、筐体から降り立った彼女は、「どーもどーも」と観客に軽いお辞儀をする。その様子がやけに手慣れているのは、本業のお陰だろうか。
「ねぇマモル君、どうだった?」
「……え、えっと……うん、よかったよ、すごく」
無邪気な笑顔と共に声を掛けられ、一瞬ドキリと胸に刺さる。
心から楽しんでいる様子の彼女は、まるで太陽のように眩しくて――。
「ねぇキミキミ、もしかして……あの『あやねる』だったりして?」
「……っぅ!?」
そんな中、先程のダンスを見ていた男性二人組が声を掛ける。
――……っ! も、もしかして……バレちゃった……!?
そりゃあこれだけ目立てば、さすがに気付かれても不思議じゃない……かも。
言葉に詰まり、焦りが募る。だが――。
「えー、まっさかー。そんなにあたし、あの『あやねる』に似てました?」
――はい?
当の本人と言えば、さも当然かのように別人を演じる。
――い、いや、確かに『逆に周りを気にしてる方が怪しまれるよ?』とは言ってたけどさ!?
あまりに自然過ぎる彼女の対応に、呆気にとられる。
「あぁ、似てたな。キミかわいいし、アイドルにもなれんじゃね?」
「なぁ、この後暇? よかったら俺達と一緒に、カラオケでも行かね?」
――っ!
そんな男性二人の誘いに、このまま黙ってられない。そう勇気を振り絞って、一歩前に出――ようとしたところ。
「ごめんなさいっ! 今日は彼とのデートなんですっ!」
「!?!?!?」
僕の腕を絡め取って、唐突な爆弾発言をかました。
――……ちょ、ちょっ、デートって、響さんッ?!
驚愕と混乱に頭が染まり、飛び出そうとした言葉は喉でつっかえる。
ただ、『デート』という単語と彼女の行動に、自分の顔が真っ赤に染まるのだけはわかった。
恥ずかしさで何もわからない僕を置いて、何かを理解した男性二人は納得の声を上げる。
「あー、そりゃ悪かった」
「少年、そんなかわいい子、逃がすんじゃねぇぞー?」
「ちょ、ちが――」
反射的に出掛かった言葉。
だが、その言葉は耳元で囁かれたアヤネの「しーっ」という声に、無理矢理飲み込まされた。
観客が僕達の様子を見て、続々と解散する姿に複雑な思いを感じながら――。
やがて二人になったところで、ようやく組んだ腕を離した。
――その、色々と言いたいことはあるんだけど……。
どこか納得のいかない、複雑な顔で、隣りにいる彼女の顔を見つめる。――が。
「えへへ」
どこか楽しげに微笑む彼女の顔を見て、言葉が消え失せてしまった。
――響さん、それはずるいよ……。
ただひとつ。彼女の卑怯な笑顔に、ささやかな不満を残して。
◆
「それじゃー……次はあれ、やってみない?」
音ゲーには満足したのか、今度はまた別のゲームに目をつける。
色々目星をつけるあたり、好奇心旺盛だなぁ……と感じながら、今度はなんだろう? と指差した方向に目を向けた。
「……うん? あれって、エアホッケー?」
「うんうん、一緒にやろうよ」
僕の手を引いて、エアホッケーの筐体に歩き出す。
――なんだかんだ、今日は響さんに振り回されっぱなしだなぁ……。
普段のカイ以上に、彼女に振り回されてる気がする。
とはいえ、やたら楽しそうにしている彼女を見ていると、嫌な気はしない。
――まぁ、たまにはこういうのも悪くない……かな。
まるで夢のような、こんな束の間の一時を、いまは思う存分楽しむのだった――。