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Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 02 - 服従のマリオネット
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【 第三章 】 束の間の夢が終わる時。(1)

 ――約束の日。


 中央区に再びやってきた僕は、相変わらず慣れない道を歩き、待ち合わせの場所を探す。

 カイの誘いを今日だけは断って、この場所に訪れたのは、他でもない。

 響アヤネ。彼女が話したいことがあると、この日に会いたいと告げてきたのだ。


 僕にとっても、会いたいと……でも、叶うことがないと思っていた、願い。

 そんな誘いを断る理由は、僕にはなかった。


 こっちが用事で断るのは珍しいこともあって、カイには散々追求されたけれど……なんとか誤魔化すことが――結局できなかったよ。ミナミの助太刀のお陰で、その場から逃げ出すことができた。



 ――でも、帰ったらどんな言い訳すればいいんだろうなぁ……。



 嘘が下手、というのもあるんだけど、いまから次に会う時が億劫でならない。

 ……とはいえ、今日は今日だ。これからの事を考えよう。


 ――……でも、響さん……僕と話がしたいって、どういうことだろ?


 正直、心当たりは――ないわけじゃ、ないけど。

 わざわざ出向いてまで話すようなことは、僕には思いつかなかった。


「と、ここ……で、合ってるよね?」


 気付けば辿り着いた、待ち合わせの場所。

 華やかな都会の中に作られた、自然が満ち溢れるこの場所は、広大な敷地を持った中央公園。

 その中でも奥深い場所にあたるこの場所は、目立つものこそないものの、静かに流れる川のせせらぎと、草木が心を落ち着ける。

 騒がしい中央区の中でも、心休まるこの場所は、隠れた名スポットのように感じられた。


「……響さんは……まだ、みたい?」


 辺りを見渡してみるが、この場には自分以外に誰もいない。

 とはいえ、彼女の仕事を考えれば、時間通りに来れないのは仕方ないのかもしれない。


 とりあえず、公園のベンチに腰掛け、しばしの間待つことにした。



    ◆



 時刻は午後四時半。焼けるような夕暮れの空を見上げる。

 夜の訪れの前に魅せる、本日最後の空の輝き。日々の終わりを感じると同時に、この静かな場で一人ぼっち、だからだろうか――どこか儚いような、おもむきを感じる。

 ただ何も考えず静かに空を見上げ、この場の空気を楽しむ中、やがてその時は訪れた。


「お待たせっ! ……ごめんね、遅くなっちゃって」


 澄み渡るような明るい声。

 不意に掛けられた声に顔を向けると、そこにいたのは、見覚えのある少女。

 緩やかな風に色鮮やかな髪を揺らし、特徴的な黒い猫耳キャスケットをかぶった少女。――カジュアルな普段着に身を包んだ、響アヤネの姿があった。


「ううん、気にしてないよ。ところで、話って――」


 投げかけられた疑問に、何故か「んー」と悩むような声を漏らす。

 首を傾げる僕に改めて振り向くと、やがて微笑み、ある提案をする。


「……立ち話もなんだし、その話はどっか行ってからにしよっか」

「え? ここにベンチがあるし、座ったら――って、え、えっ?」


 そんな声を無視して、僕の手を握り締めると――そのままベンチから引き起こす。


 ――ちょ、ちょっと、響さ……っ?!


 僕が女性慣れしてないのもあるけれど、急に握られた手に思わず顔を赤に染める。

 そもそも彼女はトップアイドル。僕なんかが手を握れる相手じゃ――。

 動揺する僕を置いて、彼女は楽しげに――本当に楽しげに、その明るい声を響かせる。


「この辺りにね、あたしオススメのファミレスがあるんだ。そこ行こうよ!」

「え、ええっ?!」


 ――そもそも、響さんとはちょっと話をするだけ――だと思っていた。

 僕と違って忙しいだろうし……だからこそ、彼女の急な提案に驚いた。


「……その、嫌……だった?」


 だが、その驚愕を悪い意味で受け取ったのか、気落ちしたようにしゅんとした声に変わる。


「い、いや、別に嫌じゃな」

「じゃあ決まりだねっ」


 咄嗟に紡いだ言葉に表情をぱあっと変えると、その手を引いて歩き始める。


「で、でも響さん、時間は大丈夫なの?」

「だいじょーぶ。今日は予定空けてきたから、ねっ」


 やけに楽しげな彼女に、僕はそれ以上口を挟めない。

 クールビューティな表の顔とは、まるで真逆の素顔。

 ステージ上のトップアイドルと違い、喜怒哀楽の激しい、年相応の可愛らしさを持った彼女に――無垢な少年は、ただただ翻弄されることしかできなかった。



    ◆



 ――その後。

 彼女に誘われ、あるファミレスを訪れた僕達。

 時間が夕暮れ時、ということもあって、学校帰りの学生で混雑するファミレスは、賑やかな話し声で溢れかえっていた。


 少々の待ち時間の後、席に落ち着けた僕は、何を頼もうかとメニューを眺めるアヤネを見つめる。

 周りの目を気にしない彼女は……なんというか、とても有名人とは思えない。こっちとしては、逆に周りの目線が気になって仕方ないんだけど――。


「……どうしたの、マモル君?」

「いや、その……こんな人がいる場所に来て、大丈夫? もし他の人にバレたら大騒ぎになるんじゃ――」


 そんな僕の心配に、彼女は笑って答える。


「心配ないない、どうせバレないって。逆に周りを気にしてる方が怪しまれるよ?」

「う、うーん……そうかなぁ……」


 彼女の言葉の通り、周囲を見渡してもこちらを気にした様子はない。

 普通に考えれば、彼の有名なトップアイドルが、こんな日常に紛れ込んでいるとは思わない。一見して目を惹く可能性はあるものの、似ているだけの別人だと思う方が普通かもしれない。


「……それに……いまのあたしは、普段の私じゃないから……」

「えっ?」


 そんな彼女がふと零したのは、そのまま消えてしまいそうな寂しげな声。

 賑やかな店内でもしっかり耳に届いた声に、思わず聞き返す。


「だってほら、今日のあたしは、普段の――ステージの私とは、全然違うよね? ……こんなあたしの姿は、業界の人も、ファンの人も……誰も求めていないから……」


 トップアイドル。クールビューティ。大人びた少女。

 そんな周りの意見に固められた、彼女が見せる――ほんの少しの、弱音。


 メニューを置き、その両手でキャスケットを抱きしめる。まるで、苦しい気持ち耐え忍ぶかのように。――でも。



「……そんなこと、ないんじゃないかな」

「……ぇ?」



 ――少なくとも、僕はそうは思わなかった。



「その、上手いこと言えないけどさ。僕は……普段の、ステージ上の響さんよりも、いまの響さんの方が――す、好き、かな……?」


 上手いこと言葉にできず、やっとの想いで紡いだ言葉。だけど――。


 ――こ、これじゃあまるで告白みたいじゃないっ?!


 言った後に恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染め上げる。

 最初はきょとんとしていた彼女だったが。


「ふ、ふふっ、あははははっ」


 やがて可愛い声で笑い、その不安気な表情を和らげる。


「ふふっ……なにそれ、マモル君ったら……あははっ」

「わ、笑わないでよっ!?」


 こっちとしては、やっとの想いで紡いだ言葉だったのに。

 笑われたことで更に顔が赤くなり、そのまま火を吹きそうになる。

 だが、やがて笑い声が止むと共に。


「……ありがとね」


 と、小さな声で呟いた。

 きょとんとする僕に、手に持ったメニューを押し付けると、「マモル君は何にする?」と問いかける。

 色々メニューがあるみたいだけど――僕は一見して美味しそうだった『ほうれん草とたまごのドリア』と、ドリンクバーを注文することにした。



    ◆



「それにしても……ライブの時、響さんと戦うことになるなんて、ホントびっくりしたよ」


 アヤネの注文と共に、店員さんに注文を告げた後、コップに二人のジュースを入れて戻ってきた僕は、思い出したかのように話題を振る。

 だが、その言葉に「あ、えっと……」と気まずそうな声を漏らすアヤネ。不自然な様子に首を傾げていると、やがて彼女が声を張り上げた。


「……ご、ごめんなさいっ!」

「え、えっ?」


 あまりに唐突な謝罪に、意味もわからず困惑する。


「……今日、マモル君を誘ったのは、どうしてもそのことを謝りたかったの」

「……えっと、話が見えないんだけど……どういうこと?」


 どういうことかわからない、と聞き返す僕に、どこから切り出したものかと悩むアヤネ。

 やがてひとつ頷いて、その意味を語り始める。


「ライブが終わった後、聞いちゃったの。実は――」

「実は?」



「――あの対戦は、裏で仕組まれたものだったの」



 どこか神妙な、複雑な面持ちで――事の、真実を。



    ◇



「失礼しま――」


 会場の控室。

 ライブイベントが終わった後、プロデューサーとの会議に向かったアヤネ。

 だが、中から聞こえる話し声に、扉を開ける手が一度止まる。


『――思った通り……いえ、予想以上ですか。あの子とのバトル、盛り上がりましたねぇ』

『さすがはエキシビジョンマッチに出ていただけはある、知名度もバッチリでしたね。わざわざ彼を招待した甲斐がある、というものです』


「……っ!?」


 それは、プロデューサーとスタッフの会話。

 先のサプライズイベントの選出が意図的だったことに、言葉を失う。

 ――いや。もっと言えば、“このサプライズイベント自体が”ヤラセだったことに。


『それにしても危なかったですねぇ。勝てたからよかったものの、あのマモルって子にアヤネさんが負けたら、どうするつもりだったんです? 会場が一気に冷めちゃいますよ?』

『アヤネのことです。そのまま盛り下げるとは思いません。その時はまた別の手段で、会場を大いに盛り上げてくれたと、私は信じていますよ』

『ははは、またまたそんなこと言っちゃって。本当はこんな大舞台で、あの子が勝てるなんて微塵も思っていなかったんでしょう?』

『……そうですね、否定は致しません』


「……そん、な」


 掻き消えるような小さな声が、誰もいない廊下に響き渡る。

 もちろんこんな出来事は、この業界じゃゼロではじゃない。たまにあることだ。

 自分がその企画で担ぎ上げられるのは、まだいい。


 だが、ただ一方的に怒鳴りつけた少年を、謝罪と称して企画に利用したことに。

 サプライズというファンの期待に、己の作為を紛れ込ませたことに。


 ――そしてなにより、そんな作られた舞台に、自分が甘えていたことに。


 あのバトルの最後にマモルが放とうとした、“【0】リリース・シルフィード”。

 迷わずに撃っていれば、間に合っていたはずだ。――はずなのだ。

 だが、それをこの舞台が、させなかったのだとしたら――。


「……っ」


 どうしようもない怒りが込み上げる。


 ――だが、込み上げたところで、自分に何ができるというのだ。


 仮に告発したところで、炎上するか、もみ消されるか。

 自分にできることといえば、この衝撃の事実を聞いて尚、歯を噛みしめることしかできなかった――。



    ◇



「……だから、君だけでも、会って謝りたかったの。……本当に、ごめんなさい」


 そんな衝撃の告白。

 事の真実を告げ、深く頭を下げる彼女に――どうしたらいいか、困った。


 ――確かに、ちょっとできすぎてる、とは思ったけどさ。


「でも、それって響さんが悪いわけじゃないし、謝ることじゃ――」

「それでもっ! 散々マモル君に迷惑をかけたのは、違いないから……」


 徐々に小さくなる声。

 きっと、今回の件だけじゃない。先日の匿った件も踏まえた上で、迷惑をかけたと。そもそも僕と出会った日、匿ってもらわなければこんな事にならなかったと、後悔しているのか。


 ――……僕が許すのは簡単、というか、そもそも怒ってもないけど。


 だから少し悩んだ結果、分かりきった答えを紡いだ。


「……僕は、響さんに会えてよかったと思ってるよ。まぁ会ってから、まだそんなに経ってないけどさ。切っ掛けはどうあれ、響さんとのバトル、楽しかったよ」

「……え?」


 そんな当たり前の、彼女にとっては予想外の答えに、顔を上げる。

 ぽかんとした顔を浮かべる彼女に、少し微笑んで、その続きを話す。


「よかったらさ、またバトルしようよ。次こそ負けないからさ」


 僕の言葉に、何も返すことができず、目をパチクリさせるだけ。

 しばしの間その目を見つめていたものの、やがてその口を開――。


「あた――」

「お待たせしました。ご注文のハンバーグディッシュと、ほうれん草とたまごのドリアになります」


 ――ようと、したものの。

 その声は注文が届いた事により、遮られてしまった。


 「ごゆっくりどうぞ」と下がるウェイトレスに、間が悪いと唸り声を上げる。

 さすがにこれには僕も苦笑するしか――。

 と、思っていると、テーブルにバンと手をついて、声を上げる。


「またバトルしよっ! 今度は、今度はあたしも負けないんだからっ!」

「え、でも、響さん僕に勝っ――」

「あんなの勝った部類に入らないよっ! マモル君が迷わずカードを切っていれば、負けてたし! それに、あの後の攻撃、ぼーっとしてなければ避けられたよねっ!?」


 捲し立てるように言葉を並べる彼女に、返す言葉もない。

 いや、カードを切らなかったのも、ぼーっとしてたのも、僕の落ち度だけどさ。


 ――だが、だからこそ。


「次やる時は本気で、だからねっ!?」


 声を張り上げ、ヤケクソ気味にハンバーグを食べ始める。

 そんな彼女の様子に呆気にとられ――くすりと笑う。


「あははっ……うん、約束」

「ふぁくふぉく……ん、約束だからねっ」


 あるかわからない……いや、あると約束した、次の戦い。

 その次の戦いに、互いの約束を誓って――。



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