【 第二章 】 仮面の裏の彼女の素顔。(3)
猛る声と共に地を蹴ると、一気に距離を詰める。
僕の手札は二枚なのに対して、相手の手札は一枚。
コストは互いに【4】だけど、そこには決定的な差がある。
――たぶん、だけど……響さんは“カードを使えない”。
手元にあるのが唯一の結界か。
はたまた、単体では機能しない補助か、解放系のカードか。
攻撃できるカードではあるけれど、勝負を決められない低コストのカードか。
どれかはわからないけれど、読みが当たっていれば、カードを切れない状況のはず。
そうじゃなきゃ、さっきの時点で勝負を決めにきても不思議じゃない。
会話で露骨に時間稼ぎをしていたことといい、手元にあるのは勝負を決められるカードじゃない。
なら、このタイミングが最大のチャンス。
――……ここから、形勢を逆転させる。
果敢に突撃してきた白兎に向けて、一直線に放たれた鉄球。だが――遅い。
鉄球を軽いステップで避け、更に勢いを加速する。
「はぁっ!」
からの、横薙ぎ。
鎖がその脚を止めようと迫る。だけど、二度目は喰らわない。
跳躍で鎖を飛び越し、いとも簡単にいなす。
「まだっ!!」
変幻自在な鉄球は、その動きを止めない。
横薙ぎから回転、更には叩きつけとその動きを変化させる。
――確かにその繋ぎ方はお見事、だけどッ!!
予測困難な動きを魅せる星球。
でも、意識を集中させていれば避けられないほどじゃない。
手元の動きに注目すれば、自ずと鉄球と鎖の動きも読める。
そして、動きが読めるなら――この“脚”を止めることはできない!!
まるで野を駆ける兎のように、脚を絡め取る鎖を跳んで避け、迫り来る鉄球を華麗にいなす。
詰められる距離。迎撃しながら距離を離そうとするものの、速度が全然足りていない。
後方から引き寄せられ、迫り来る鉄球。だが、身を屈めそれさえも避ける。
「……っ」
このままでは埒が明かないと判断したのか、戦場の舞台をアリーナ席へ移そうと跳躍――。
「させるか――ッ!!」
――した彼女へ向けて、鋭い矢のように細剣を投擲する。
本来、重心の問題で思った通りに飛ぶはずのない細剣。だが、細剣は人形を捉え、逃さない。
「っ」
思わぬ奇襲に声を漏らす。
鋭い一撃。見てから避けるのは、この距離じゃ間に合わない――。
直撃。
空中で攻撃を受け、バランスを崩した身体。だが、反撃はこれだけじゃ終わらない。
「――はああッ!!」
「っ?!」
態勢を崩した人形に向けて、地を蹴って更なる追撃を加えようと、一気に迫る。
全力を込めた回し蹴り。
気付いたところで、もう遅い。彼女の横っ腹に鋭い蹴撃が叩き込まれる。
「……っ! ぁぁっ!!」
地面に叩きつけられる人形。
カードの力でも武器の力でもない、単純な――僕の出せる全力。
決定打には成り得ない。だが、軽いとは言えない一撃。
空中の細剣を掴み、着地。これで五分……いや、まだ若干不利、だろうか。
カードの使い方。変幻自在な武器。
立ち回りにしても、露骨な隙を見せたのなんて先の跳躍だけ。
――ただ、動きが固い。
それこそ、見切られていながらそれ以上の動きができないように。
カードの力を借りなければ、予想以上の動きが見られない。
そこが、彼女の最大の弱点。
「リロ――」
「“【1】シルフィード・ブレス”!」
「――っ?!」
――だから、カードを使わせない。
手札を空けると同時に、彼女のリロードを封じる一手。
当然と言えば当然。リロード中の数秒間は、一切カードが使用できない。――つまり、自分は無抵抗です、と知らせるようなものだ。
ここまで温存していた加護。
そしてこのタイミングでの発動。つまり、“先にリロードすれば、この切り札を切る”との宣告。
たった一枚で盤面がひっくり返る。その危険を知っている彼女は、迂闊にリロードができない。
――たとえそれが、ただのブラフだとしても。
一瞬の困惑さえ、チャンスに変える。
風の加護を纏った瞬間、動きが止まった彼女に向けて、猛攻をかける。
「……っ」
最初の一撃を辛うじて避け、態勢を立て直す。
止まらない猛攻、素早い刺突の連打。この至近距離、間合いに入れられた時点で、星球は役に立たない。僕のスピードに対して、攻撃の隙が大きすぎる。
彼女もそれをわかっているからこそ、回避に専念していた。隙に追撃を叩き込むには、スピードが足りない。回避に専念して尚、刃が身を掠め、ダメージを蓄積させる。
流れるような連撃。
刺突を叩き込んだかと思えば、即座に引っ込め横薙ぎへ。
細剣を振るった僅かな隙を補うように、踏み込み、位置を調整し、更なる追撃へと。
一瞬でも判断をミスすれば――最後のカードでフィニッシュまで持っていかれる。
だというのに、彼女は判断を間違えない。むしろ冴えているとさえ感じた。
避け続けなければいけないプレッシャーを抱えながら、一歩として優勢までは踏み込ませない。致命的な一撃には一度として当たらない。僕の誘導に従いながらも、その目論見までは果たさせない。
必要最小限のダメージで抑え、時間を見事に稼いでいる。
――ちょっと、マズ……い、かもっ……!?
思った以上にダメージが通らない。
圧倒的有利な状況に持ち込んだはずなのに、加護の時間を完全に稼がれている。
追い詰めているのは間違いない。だが、決着をつけるには時間が足りない。
だが、決着を急いだりしたら、その隙に付け込まれかねない。
――……くっ、仕方ないっ!
「はあッ!!」
横薙ぎをバックステップで避けた彼女に向けて、細剣の投擲をお見舞する。
だが、武器を手放したのなら気を使う必要はないと、星球で簡単に弾き返す。
軽い金属音が響き渡る、次の瞬間――。
「――リロード!」
「リロード」
――互いに手札をリロードする。
このままじゃ埒が明かない。相手にリロードを許すのは、正直キツイけれど――どのみち、次のタイミングまで時間を稼がれるのは目に見えている。次の手札に懸けるしかない。
弾かれた細剣を地を蹴って回収すると、残る八秒間、相手のライフを削ることに専念する。
再び鉄球が宙を舞い、僕の横腹目掛け飛来する。
――右手に重い衝撃が走る。
強引に、手に握る細剣でその鉄球を弾いた。
正直、ダメージはあるものの、思いがけない方向に飛ばされた鉄球は、その持ち主さえ振り回す――。
「――ってぇ!?」
――はずだった。
人形に「もういらない」とばかりに手放された星球は、鉄球の勢いのまま客席に飛び、光の粒子と消える。
目論見が外れ、少なからずショックを受けたが、彼女が防御手段を捨てたことに変わりはない。
更に加速。一気に攻め込もうとする――が。
「……ちょっとがっつきすぎ、だよ?」
「しまっ――?!」
瞬間、補充され浮かび上がった五枚の手札に、誘われていたと気付き――顔が青褪める――。
「――“【3】ソニック・ウェーブ”」
◆
鋭い風の刃。
ただ鋭いだけじゃない。威力を半分にすることで、結界さえ切り裂く一撃。
咄嗟に切った“【2】シルフィード・バリア”を切り裂かれ、その身に風の刃が叩き込まれる。
半減したとはいえ、直撃。ただでは済まない一撃を受けて――。
「………………!」
――尚。
ダンッ、と大きな足音を響かせ、その場に強引に踏み留まる。
『削りきれなかった』と判断するや否や、大きく飛び退いて距離を離――。
「逃がさない――ッ!!」
「……ウソっ?!」
――吠える。地を蹴る。
その突撃の速さに、人形は目を見開いた。
“【1】シルフ・ステップ”。脚に纏った風の加護は、その速度を強化する。
強引に耐えきった――風と化した白い獣が、瞬きの間に目の前に迫り、そして――。
――煙を、切り裂いた。
間一髪。
“【1】アサシン・スキル”を咄嗟に使い、避けてみせた人形。
だが、ズサーッと滑るような音が止み、続けて足音がホールに響き渡る。
――……まだ! まだだッ!!
止まない怒涛の猛攻。
玉砕覚悟でぶつかる白兎。
打ち出された鉄球が頬を掠めるが、その勢いは止められない。
全速力。最速のスピードから繰り出される、刺突攻撃。
「――これでッ!!」
今度こそ、勝負に決着をつける一撃を――。
「“【2】ガード・ブロック”っ!!」
「――っ?!」
ガキン、と硬質な音が鳴り響き、彼女が衝撃に身を吹き飛ばし――壁に激突する。
――“【2】ガード・ブロック”は特殊な防御カード。
次に受けるダメージを無効化する、結界の更に上。完全防御。
衝撃だけはそのまま受けるものの――次に繋げた。
脚に纏っていた加護が消え去り、速度が元に戻る。
だけど――!
「――もう終わらせる! “【2】シルフ・アプドラフト”ッ!!」
「……っ、ぁぁぁっ?!」
彼女のコストは【5】。もうカードは切れない。
その足元に発生した上昇気流に乗せられ、上空へと吹き飛ばされる。
逃げ場のない空へと。そして――。
「――“【4】シルフ・ブラスト”ッ!!」
――切り札を。
“【4】エア・ブラスト”が風を貫く一撃なら、“【4】シルフ・ブラスト”は――。
――風に乗る一撃!!
「いっけええええええええええ!!」
上昇気流目掛け放たれた風の弾丸……いや、砲弾は風に乗って、その力を、勢いを増す。
気流に飲まれた彼女には回避する術がない。迫り来る風の砲弾を目の当たりにして、何もできず――。
――炸裂する。
凄まじい風圧をその身に受け、衝撃と共に吹き飛ばされ、そして地面へと――落ちる。
ステージに、その身が叩きつけられる――。
――だが、しかし。
「…………はぁ、はぁ……はぁ」
「……ッ!?」
あの直撃を受け、地面に落ちた衝撃にもかかわらず。
彼女は、その一撃を、耐えた。
その身体を巡る五つの光の球は黒に染まり、今、ひとつ消える。
――まさか……!?
“【0】リリース・バリア”。
任意の数──今回はコストの全てを【黒】に変えて──。
その衝撃から、身を守り切った。
――でも、満身創痍。
上手いこと凌がれ、防がれ、耐えられ。でも、これが、最後――ッ!!
――これで、終わりだッ!!
「“【0】リリース――」
「……れないの」
――……えっ?
彼女が無意識に零した声。
その声に戸惑い、カードを宣言する勢いが削がれる。そして――。
「“【1】ブラック・アウト”っ!!」
「シルフィー、ド”……っ?!」
――彼女の切った最後のカードによって、僕のコストの色が【黒】に変わる。
力の消失。コストの力が失われたことによって、“【0】リリース・シルフィード”は空撃ちに終わった。そして――。
――今の、
「……はああぁぁぁっ!!」
「っ!?」
完全に意識を奪われ、その一瞬の隙。見逃されるわけがない。
無防備にその場に突っ立ったままの白兎に向けて、星球が振るわれ――。
「――がッ?!」
渾身の一撃を受け、薄れゆく意識。
それは、衝撃による朦朧としたものか、はたまた、ゲームセットによるものか。
浮かび上がる“LOSE”の文字さえ、今は気にならなかった。
いまは、彼女の事が。
無機質で、無表情。――だけど、いまにも泣きそうな、焦りに焦った彼女の姿が。
そんな荒い呼吸を繰り返す、彼女の姿だけを、見つめていた。
『……負けられないの』
彼女が不意に漏らした言葉。
何故か負けに怯える彼女の言葉。
その意味がまだ、わからないまま──。