【 第一章 】 始まりを告げる招待状。(3)
「おいおい、どういうことだよマモル? お前だけ特別招待とか、意味わかんねぇぞ?」
「いや、そう言われたって、僕だってわかんないよ……?」
「先行テストプレイヤーの募集人数、たったの二千人だったんだぞ!? それをお前だけ――ずっけーぞ、こんにゃろー!!」
「いたいいたいって! ……もう、カイったら!」
あの一連の出来事が終わった後、改めて帰路についた僕達。
――……だったんだけど、そのことをダシにカイにいじられる始末だ。こちらとしては堪ったもんじゃない。
「まぁよくわからんが、よかったじゃねぇか。なーんか釈然としねぇが、一緒にできるのはいいことじゃねぇか? テストプレイが始まったら一緒にやろうぜ?」
「んー……うん、そうだね」
釈然としないのは僕も同じ。
とはいえあの“Reverse”を一足先に遊べることには違いない。
変に勘繰っても仕方ないし、どんなゲームなのか、素直にカイと遊べる時を楽しみにしよう。
カイとそんな話をしながら商店街を歩き、辿り着いたのは一件のカードショップ。
僕の実家でもある、この商店街唯一のカードショップ、えちご屋だ。
今日は色々あって遅くなってしまった。カランカランという音と共に、扉を開けて中に入る。
「ただいまー」
「おっす、シズねぇ。今日も遊びに来たぜー」
「ああ、おかえり、マモル。それとカイ、シズクさんだ。さんをつけろ、全く」
帰ってきた僕達を出迎えるのは姉の声。相変わらずのやりとりに、思わず苦笑してしまう。
カウンターの席に腰掛けていた姉の下まで歩いて行くと、先に姉さんが話しかける。
「今日は随分遅かったが、また放課後にカードゲームでもしてたのか?」
そう問いかける姉に――それだけではないのだが、それも間違ってないと頷く。
「うん、まぁ……してたけど――」
「そうだシズねぇ、聞いてくれよ! こいつさぁ」
「だからシズクさんだと……それで、マモルがどうしたんだ?」
姉の言葉を聞いて、カイがこちらに「マモル、シズねぇに見せてやれよ」と語りかける。
姉さんもこちらを見つめる中、「ちょっと待って」と言ってカバンにしまっていた招待状を取り出し、見せるようにカウンターの机に置いて、説明しようと口を開き――。
「これなんだけど――」
「――ッ?! “Reverse”の招待状!? マモル、これはどうしたんだ!?」
――るのが先か後か、招待状を見た瞬間、姉さんの態度が豹変する。
バンッ、と手を叩きつけ立ち上がると、椅子が倒れたことも気にせず、声を張り上げる。
「ちょ、ね、姉さん、いきなり何――」
「いいから答えろッ!! これはどうした、どこで手に入れた!?」
普段の冷静な態度からは考えられないほど激昂した姉。グイッとカウンターから乗り上げ、襟元を掴みかねない勢いに怯え、先程の出来事を正直に白状する。
「そ、その、頼まれたんだ。さっき、学校の前で、“Reverse”の開発会社の人に先行テストプレイに参加してほしいって――」
「……ッ、誰にだ!? 誰に渡されたのか覚えているか!?」
「え、ええっと――」
必死に名前を思い出そうとするが、物凄い剣幕の姉に意識を揺さぶられ、集中できない。
そんな様子を見かねたのか、隣にいる人物が割って入った。
「お、おいおいシズねぇ、どうしたんだ? らしくないぜ?」
「……カイ?」
ヘラヘラといつもの調子で、それでも少し冷静になるように諭すカイ。
その言葉で頭を冷ました姉は――椅子を立て直し、席に着くと、改めて問いかける。
「……すまない、取り乱してしまった。それでマモル、誰に頼まれたのか覚えはないか?」
「う、うん、えっと……」
「マモル、確か名刺もらってたろ?」
「あ、そうだった。えっと、どこにしまってたかな……」
カイの言葉でそういえばと、受け取った名刺を探し始める。
「あったあった。Reverse Projectの最高責任者、黒澤真一さんに頼まれたんだ」
「……黒澤、真一か」
差し出された名刺を受け取ると、眉間にしわを寄せ、確認するかのように名前を反復する。
「もしかして、シズねぇの知り合いか?」
「………………いや、知り合いと言うわけではない。……が、仕事の関係で“Reverse”の完成発表会に出ていたからな、その時に見かけたことは覚えている」
「えっ!? 姉さん、完成発表会に出てたの!?」
「ああ、一応な」
――ちょっと初耳なんだけど。いままで“Reverse”の単語すら聞いてなかったのに。
「……まぁそれはいい」と露骨に話を逸らすと、改めて僕に何があったのか尋ねる。
「その黒澤さんは、どうしてマモルに参加してほしいと頼んできたんだ?」
「それが『言えない』って。ただ、この件に関しては僕じゃなきゃいけない、とか――」
その僕の言葉に「……ふむ」と答えると、改めて姉さんは僕に尋ねる。
「――マモル。お前はどうしたい?」
「えっ?」
「正直なところ、私は反対したい。この件、なんだか怪しすぎる」
「おいおい、そりゃないぜシズねぇ!? あの次世代機を遊べるチャンスなんだぜ!? なぁ!?」
「う、うん、そうだけど――」
――正直、カイが声を張り上げるのもわかる。こんな千載一遇のチャンス、次はない。
それと同時に、姉さんの表情が真剣なものなのも、感じ取れる。
「確かにこんなチャンス、早々ないだろう。だが、やましい事でもなければ、ちゃんと理由を告げるはずだろう? そこを言わないあたり、どうも嫌な感じがして、な」
確かに、姉さんの言うこともわかる。きっと、僕を心配しての言葉なのだろう。
僕も話していて、何か隠し事をしていることには感づいていた。――けど。
『――どうかその『勇気』を振り絞り、参加しては頂けないでしょうか……?』
――あんなに真剣に頼み込んできた黒澤さんの想いを裏切るのは、正直言って気が引ける。
まだ諦めていない様子の僕に、ひとつため息を漏らすと、僕の意思を問いかける。
「お前がやりたいというのなら、私は無理に止める気はない。止めたところで、正式に始まるまで、早いか遅いか程度の差だしな。――だがマモル。お前には、何があっても受け止める『覚悟』があるか?」
そう言って差し出された封筒を、なんとも言えない面持ちで見つめる。
たかがゲームに大袈裟なんじゃないの? とは思うけど、簡単に言い返せない気迫を持って。
――『覚悟』……かぁ。
大袈裟な言葉だが、自分の行動に責任を持て、という姉さんなりの忠告なのだろうか。――にしても、ちょっと大袈裟過ぎるとは思うけど。
姉さんと黒澤さん、二人の想いが込められた封筒。受け取っていいものか、逡巡する。
――でも、逡巡の後に僕はその封筒を手にとった。
『勇気』とか『覚悟』とか、僕はないけどさ。
それでも自分で考えて、自分で決めた結果だ。確かに黒澤さんが何か隠し事をしてるのは気になるけれど――その理由も参加しなきゃずっとわからないままだ。だから――。
「……そうか。……それがお前の選んだ道なら、それが正解なのだろうな、きっと……」
どこか趣きのある様子。まるで答えが最初からわかっていたように、その言葉を述べる。
「……というかシズねぇ、ただのゲームにちょっと大袈裟なんじゃねぇの?」
一言も発せない空気を破って、カイが茶化すように問いかける。
そんな当たり前の疑問が思いもよらなかったのか、「えっ?」と可愛らしい声が漏れる。
「い、いや、そんな大袈裟でもな――」
「大袈裟だろ。招待状見た瞬間に声を張り上げて、挙句の果てに『覚悟』がどうたらこうたらとか、たかがゲームだろ。進路の話でもあるまいし、大袈裟だっつーの」
「む、むぅ……」
その正論に言い返すことができず、唸り声を漏らした。
「あ、そういや、シズねぇはイベントに行くのか? 発表会に誘われるくらいなら、招待状も受け取ってるんだろ?」
「……ああ、確かに受け取ってはいるが……その日は用事があってな。午前は“Reverse”の発売準備、午後は出かけなきゃいけない用事が、な。だからイベントには参加できないんだ」
「ちぇっ、そっかぁ、そりゃ残念だな」
「……あれ、ってことは、ウチでも“Reverse”を入荷するの?」
「ああそうだ。マモルには“Reverse”のことを黙っていようと思ったんだがな――」
その言葉に、思わず首を傾げる。
「……というか姉さん、なんで僕には教えてくれなかったの?」
「私は完成発表会の時に、ちょっとプレイしたんだがな、絶対にお前はのめり込むと思った。マモルは大丈夫だとは思うが、人によってはゲーム廃人にすらなりかねん。それに――」
「それに?」
聞き返す僕に、少し思い悩んだ姉は、首を横に振る。
「……いや、すまない。こっちは企業秘密だ、忘れてくれ」
「うん?」と声を漏らすが、企業秘密と言われちゃそれ以上は追求できない。
――でも。
「ねぇ、姉さ――」
「というかシズねぇ、実際にプレイしたのかよ!? どんなゲームだった!? 教えてくれよ!」
「ん? まぁ私が話せる範囲で良ければ、話そうか。とりあえず、席を移そうか」
そんな僕の問いかけは、隣にいる友人によって遮られた。
「よっしゃあ!」と露骨にテンションを上げたカイを、プレイスペースの方へと案内する姉さん。その二人の背中を見て、ため息と共に目線を落とす。
そこには、僕の手に握られた招待状。改めて、誰とも知れず疑問を零した。
――でも、姉さん……これを見た時、なんであんなに態度が豹変したんだろ?
少なくとも、これを見せた時はまだ詳細を知らなかったはず。なのに、どうしてあんなに態度になったのだろうか?
「おーいマモル! 早くこっちに来いよっ!」
だが、そんな疑問も友人の声によって掻き消される。
話を聞くのが楽しみで待ちきれないといった様子の友人の声に、苦笑を漏らし、言葉を返す。
「ちょっと待ってよ、いま行くからさぁ!」
そんな楽しげな友人に僕まで感化されながら、二人のいる席に駆け出した。