【 第二章 】 仮面の裏の彼女の素顔。(2)
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………………
不思議な感覚に身を委ね、感覚の変化に意識を集中させる。
時が引き伸ばされるような不思議な感覚。だが、それもやがて終わりを告げる。
「……っ」
スタッと響き渡る着地の音と、脚から伝わる自分の感覚に、意識を取り戻す。
静かに目を開けてみると、眩しいほどの明かりが目に突き刺さった。
「……ここは」
広々とした空間。四方を観客席に囲まれたこの場所は、ライブステージに似ている。
だが、薄暗い会場にサイリウムが飛び交うイマドキのステージとは、また雰囲気が違う。
本質を露わにするような、明るさと威厳に溢れたこの場所は、どちらかと言うと――。
「……コンサート、ホール?」
実際に演奏会とかを見に行った覚えはないものの、こんな感じの場所だった、ような。
それこそ、ちょっとした講演会の規模じゃない。本格的な舞台に、僕は立っていた。
――なんだか、不思議な感覚。
戦場の雰囲気に飲まれないように、ひとつ深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
その直後、僕の背後から何かが降り立った音に振り返ると、そこには――。
「…………っ」
――夜空のような髪を靡かせ、ステージに降り立った少女の人形。
現実の太陽のような輝きとは別の、落ち着いた夜の星のような煌めき。アイドル衣装のような、魔法少女のような独特な衣装を身にまとった彼女は、他でもない――アヤネのアバター。
隙が見られない綺麗な姿に、思わず目を奪われる。
「…………、……準備は宜しいですか?」
「……?」
僕の姿を見て何かを言いかけたものの――言葉を飲み込み、その手に武器を顕現させる。
現れたのは、星球型の鉄球を鎖で繋いだ連接棍――“モーニングスター”。
明確な敵意と共にこちらを睨みつける少女に、僕も同じように細剣を構える。
それを準備完了の合図と見たのか、「それでは――」との言葉と共に、手をかざすと――。
「オープン!」
「……オープン」
カードの展開と合図に、戦闘が始まった。
◆
――まずは速攻――ってぇッ!?
様子見とばかりに走りだそうとした僕に向けて、鉄球の弾丸が放たれる。
咄嗟に飛び退き、身体を掠める風圧に肝を冷やす――が、落ち着いている暇はない。
打ち出した弾丸を追い、その鎖を手繰るように距離を詰める人形。
怯んだ僕の隙を見逃さないとばかりに、一気に間合いを詰められ――。
「“【2】ペネト――」
「――させません」
彼女に先手を奪われたことを後悔する。
迎撃に放とうとした“【2】ペネトレイト”に割り込むように、その手に握る連接棍を横に振るう。
「っあッ!」
意識を正面に奪われたからこその、奇襲。
先程放たれた鉄球を繋ぎ止める鎖が、意識の外から脚を絡めとる。
――まだッ!
バランスを崩し、宙に投げ出された身体。だが、そのまま転がるように次へと繋げる。
なんとか態勢を整えなおそうとする僕に向けて、更なる追撃が加えられる。
再び迫り来る鉄球の弾丸。
この態勢じゃ避けるに避けられない――ならッ!
「“【2】アプドラフト”ッ!!」
自分の前に設置するように、“【2】シルフ・アプドラフト”を設置する。
上昇気流に吹き上げられるまま、上空に飛ばされる鉄球。――だが。
「――はぁっ!」
「なッ?!」
その気流を切り裂くかのように、鎖を引き寄せるように鉄球を横に払う。
更にそのまま勢いを乗せて、一回転からの気流を切り裂く横薙ぎへと――。
――マズいッ!?
頭で判断するや否や、咄嗟に前方に設置した上昇気流に飛び込む。
身体を風に任せ、上空へと逃げ延び――。
「……っ!」
――空振った鉄球が、観客席に叩きつけられる。
だが、驚愕は一瞬。次は逃がさないとばかりに鉄球を手繰り寄せると、空中の僕に向けて、全力で鉄球を打ち出した。
「そう何度も何度も――ただ振り回されてると、思うなッ!!」
完全に僕を捉えた一撃に手をかざし、反撃の一手へと変換する――!
「“【4】エア・ブラスト”ッ!!」
――鉄球の弾丸と風の弾丸が激突する。
勢いを受け止め、飲み込み、押し返す一撃。その重い一撃を、そのまま反撃の一撃へと移し替える――!
激突。
鉄球を飲み込み、返す一撃だったはずの、それは――。
「えっ……!?」
――忽然とその姿を煙と化す。
人形の姿と共にステージから姿を消した鉄球は、一体何処に――って、煙……?
風の弾丸によって即座に吹き飛ばされたが、あの煙は――。
「――ッ! しまっ」
「“【4】エア・ブラスト”です」
気付いた時には遅すぎた。
自分の背後に瞬間移動した人形が、背中に風の弾丸を撃ち込む。
「……だッ、がッ?! ……いっつ、っっ……」
不意の一撃により、空中から地面へ叩きつけられる格好となった。
地面をバウンドし、衝撃に呻き声を漏らす。
――“【1】アサシン・スキル”。
移動先が『相手の背後』という条件があるが、汎用性の高い瞬間移動カード。
発動時に煙を発生することが特徴で、見極めやすいカード、なん、だけど……ッ!
――タイミングが完璧過ぎじゃないっ?!
直撃したかに思わせるタイミング。
地面を砕いた土煙に見せることで、僕の判断を一瞬遅らせた。
衝撃に軋む身体を起こし、更なる追撃に意識を切り替える。
生半可な気持ちで勝てる相手じゃない。
神経を研ぎ澄まし、全力を尽くすことだけに集中する。
現状、互いにコストオーバー。
いまは、あの変幻自在な連節棍をいなすことに集中するしか――。
「“【0】リリース・ブラスト”」
「――ッ!?」
次はどうするか、手段の尽きた白兎に向けて、無慈悲な追撃が加えられる。
『リリース』の名を冠した、コストの代わりに【色】を消費するカード。こちらの切れる手札がないことをいいことに、一気に攻め立てるつもりだろうか。
“【0】リリース・ブラスト”。その効果は――。
――消費した【色】の数だけ、追尾する魔法弾を放つ攻撃……!
“【1】アサシン・スキル”と“【4】エア・ブラスト”で付与されたコストは、合計五個。
つまり――。
「……ッ! っぁあああッ!!」
だが、その思考に至ったが故に、一気に踏み込んだ。
逃げたところで、障害物らしい障害物のないこのステージじゃ、追尾を振り切れない。
――……なら! 追尾する前に一気に踏み込み、駆け抜けるッ!
前方に迫り来る、魔法の弾丸。
凄まじい勢いで身体を射抜こうと迫る追撃。
――でも、これに似た経験なら、カイ相手に散々やってきた。
「……軌道が読めるなら――避けられない、ほどじゃないッ!!」
迫り来る魔法弾から目を逸らさず、その動きを――見極める。
一発目を横に避け、二発目を跳躍で凌ぎ、三発目の下を潜り抜ける。
四発目を強引に左腕の籠手で受け流し、五発目を加速して振り切る――!
――抜け……ッ?!
「ッ!」
だが、まだ追撃を抜けていない。
更なる追撃。予想の外からやってきた六発目。
一瞬判断が遅れ、右肩を掠める。――更に、もう一発。
――七発目!
「はあッ!!」
完全に身体を捉えた一撃を、右の手に握る細剣で切り捨てる。
爆撃を受けたかのような衝撃に顔を歪め――だが、抜けたと不敵な笑みを浮かべる。
――今度こそッ!!
脚に力を込め、今度は自分の番だと一気に地を蹴り、踏み込む。
コストは【5】を下回った。今度はこっちのお返しだ。
「“【2】ペネトレイト”ッ!!」
「……!」
全身の体重を込めた、刺突攻撃。
コストは全部【黒】、個数はひとつ下がって【6】。――これをかわす手段は、ないッ!!
「はああッ!!」
持てる手段を使い切った人形に向けて、全力の一撃をぶちかます。
「ッ、っぁあっ!!」
衝撃に吹き飛ばされる身体。ここにきてやっとダメージらしいダメージを入れられた――。
だが、その時に気付いてしまう。先の攻撃が、迂闊だったということを。
“【4】エア・ブラスト”を放つ前に、コスト【2】の、別のカードを――。
――紫の気配を、纏っていたことに。
「……! しまっ――あああああああああああッ!!」
瞬間、自分にも返ってくるダメージ。
――迂闊、だったッ!! なんで気付かなかったんだ?!
彼女自身から、彼女の攻撃に意識を移していたが故の、見落とし。
とある条件を満たした際に、強制発動する罠カード――『気配』。
その際、属性の色の気配を発生させているため、注意していれば気付けたはず、なのに。
いや、“【0】リリース・ブラスト”が七発だった時点で、気付くべきだった。
今回の場合は闇属性の――“【2】トラップ:ハーフ・ダメージ”。
受けたダメージの半分を、攻撃した相手に返すカード。全力を込めた一撃が、かえって仇となった。
痺れるような衝撃に悲鳴を上げ、膝をつく。
――だが、そんな隙を見逃すわけもない。
「……ッ!!」
放たれる鉄球。
咄嗟に武器を捨て、腕を交差させ籠手でブロックする。
「……がッ!!」
全身に響き渡る、重い衝撃。結界を張ったわけでもないから当然だ。
鉄球と共に壁に叩きつけられ、意識を持っていかれそうになる。
「……っ、ぅぅ……」
放たれた鉄球を手繰り寄せ、瀕死となった白兎を見下ろす人形。
傍から見れば圧倒的な実力差。そう見えるかもしれない――でも。
「………………どうして、笑えるの?」
彼女のその一言に、笑みを零す。
こんな状況だというのに、彼女は臨戦態勢を解かない。
それはつまり、こんな瀕死な僕を、まだ脅威だと思っているということ。
「……そんなの、楽しいからに決まってるよ」
「………………」
「……これだけ追いつめられて、次はどうやって切り返してやろうかって――!」
「………………」
まだ喰らいついてくるつもりの白兎に、人形は顔を歪める。
「…………マモル君は、『もうダメだ』――とか、思わないの?」
「むしろ『これから』だよ。まだ、バトルは始まったばかりでしょ?」
こんなの、まだ初期手札の応酬。
最初の手札の良し悪しだけで、勝負を終わらせるつもりなんか――ない。
僕の言葉を聞いて、「……そう」と答えた人形は、後ろに跳んで距離を離す。
――……なるほど、ね。
その反応に不敵な笑みを浮かべると、自分のコストに目を向ける。
先程の会話で時間が過ぎたのか、コストは【6】から【4】に下がったところ。
つまり、距離を離したのは、僕の残った二枚の手札を警戒した、ということ、か。
響き渡る衝撃も引いてきた。これなら十分に動ける。
ゆっくり立ち上がると、今度こそ方針と覚悟を決める。
考える暇も、休息も、十分にあった。だから――。
「……ここから、反撃開始だッ!」