表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Reverse Card -リバース・カード-  作者: 火鈴あかり
Episode 02 - 服従のマリオネット
38/127

【 第二章 】 仮面の裏の彼女の素顔。(1)

 ――あの出来事から、二日後。

 天気は快晴。あれから雨も降らず、天気予報の通りとなった。

 夏の予感を感じさせる日差しが、様々な人の行き交う交差点に降り注がれる。

 ここは中央区。日曜日ということで、賑やかな声が響き渡る、都市の駅前交差点。


 そんな中、こんな人混みに慣れていない、一人の少年の姿があった。


「……ええっと、こっちでいいんだっけ……?」


 スマートフォンの地図アプリを頼りに、道を辿る白髪の少年。

 地図上に示されたルートを確かめると、頼りない足取りでマモルは歩き出した。


 ――そういえば、一人で中央区に来るなんて……これが初めてかも。

 もう僕も高校生だし、子供じゃない。そもそも一人で来る理由がなかっただけで、大丈夫だし――と、強がってはみるものの、不安な気持ちなのは否めない。

 というのも、世間に興味がない僕が、トップアイドルのステージライブに――という時点で、ギャップが――。


「……う、ん?」


 なんだろう、自分で考えても不思議なんだけど――どうして僕は世間に興味を持たないのだろうか。

 関心がない、わけじゃ、ない。はず、なんだけど、あ、れ――?


「……っ、ごめんなさい」


 思考が別の方向に向いていたせいで、道を通り過ぎる他の人にぶつかってしまう。

 幸いにも向こうは気にしてないのか、黙って通り過ぎていった。



 ――――――…………。

 呆然とその背中を見つめていたが、それもやがて別の考えに変わる。


 ――……あれ? さっきまで何を考えて――。


「……っと、そうだそうだった、響さんのライブ!」


 その言葉と共に、再び歩き出した。

 もうひとつの疑問にすり替わるように。どこかにその疑問を置いて――。



    ◆



 昨日出会って、一目惚れ――というよりは、興味を惹かれた。

 来て欲しいと言われたから、というのもあるけれど。僕の知らない、彼女の一面ライブを見てみたかった。


 そしてできれば、先日アヤネに渡すはずだった“【1】アンプ・ブースター”。

 暇があれば、会って直接渡したい。もしかすれば、タイミングがあるかもしれない。



 ――結論。その考えは甘かった。……いや、甘すぎた。



「その、まだ時間に大分余裕があった、と、思ったんだけど……」


 会場の前に並ぶのは、見渡すかぎりの人、人、人。

 既に相当な人の山が、長蛇の列を成している。


 “GATE”のプレオープンイベントに比べれば、その規模は落ちるが――いや。

 たった一人の少女が、全世界が注目する一大イベントに匹敵するだけの人を集めている。


 ――……これが、トップアイドル……響アヤネ。


 ここで始めて、彼女がトップアイドルと呼ばれている意味を実感した。



『――マモル。もし行くのなら、時間に十分余裕を持った方がいいぞ』


 僕が最後尾に並んだはずなのに、どんどん人が後ろに並んで行き、気付けば最後尾が見えなくなる。

 最初姉さんに言われた時はどういうことかわからず、慣れない道だから、と思ってたんだけど……こういうことだったのか。いや、先日のイベントのことを考えれば、どういうことか理解できたはず、なんだけど――。


「…………なーんか、実感が湧かないなぁ……」


 ……こういう場に慣れてないからだろうか。

 または、僕にとっては彼女が、普通の女の子にしか見えないから、か。

 こんな現実を見せつけられても、なんかふわふわとした夢のようで――。


 ここにいるのは、あの子を見たい一心で訪れた人達。

 招待されただけの僕とは、愛の重さが違う。そのギャップが、妙な違和感と不安に駆り立てていた。


 ――僕なんかが来ても、よかったのかな……?



『……来てくれると、嬉しいな』



 そんな脳裏に過る、彼女の微笑み。

 静かな、それでいて心の籠った微笑みが、思い浮かんだ。


 ――……ははっ、そうだよね。ここまできて、何を今更怯えてるんだ。


 気付けば、震えは止まっていた。

 確かに、気持ちでは他の人に劣ってるかもしれない。――でも、彼女が全力で楽しんで欲しいと、そんな気持ちでステージに立つのなら――それを素直に受け止めたかったから。



    ◆



 それからしばしの時を経て、入場開始の時間と共に、列が動き始める。

 僕もその列に流されるように、徐々に前へ。お客さんもスタッフも慣れたもので、これだけの人数だというのに、列はスムーズに進んでいった。

 前の人の見よう見まねでチケットを提示する。――なんだか胸の鼓動が止まらない。

 緊張が収まらないまま、スタッフの方の「はい、どうぞ」との言葉に、先を促された。


 不慣れな僕はそのまま長蛇の列に、辿り着いたのは広い広いライブステージ。

 早い時間から並んでいたのに、止まった場所は中央より後ろ。僕の身長が低いこともあって、ちょっとステージが見辛いけれど──それはまぁ、仕方ない、か。後ろを振り返れば、まだまだ入場者が続いている。


 ――姉さんに言われた通り、早めにきて正解だったね。


 正直、この位置で早めなのか、と言われたら微妙なところだけど。

 ライブを前にした独特の緊張感に、自然と不思議な気持ちにさせられる。


 ──……そういえば僕、彼女の――響さんの事……全然知らないんだよね。


 知っていることと言えば、先日の出来事。

 無邪気な彼女の優しさと、クールで大人なアイドルとしての一面。それだけだ。

 彼女がトップアイドルとして、このステージに懸ける想いを、僕はまだ知らない。――だからこそ。


 ――ちょっと楽しみ、かな。


 未だ誰もいないステージを見て、これからのライブに期待が高まりつつあった。



    ◆



 やがて時は過ぎ、会場のライトが落ちると同時、騒然としていた会場が静まり返る。

 何が起きるのか、これからの出来事に不安が期待が渦巻いて――そして。


 ――主役の登場と共に、歓声が響き渡る。


『わあああああああああああああああああっ!!』


 色鮮やかなメロディと共に、ステージがライトアップ。

 同時に一人の少女が現れる。橄欖石ペリドットの髪を靡かせ現れたのは、観客にも演出にも負けない一等星。――響アヤネ。

 黒をメインとした落ち着いた、それでいて可愛らしいステージ衣装。ゴシック調のカチューシャが、明るい彼女の髪にかけられ、彼女の魅力を引き締め、引き立てる。

 思わず見惚れてしまうような、魅力に溢れた彼女に、目が惹きつけられる。


 ――……これが、トップアイドル。……響、アヤネ。


 会場に沸き立つ歓声すら耳に遠い。

 魅力に溢れた彼女の姿は、見る者全てを魅了する。

 まるで夜空に浮かぶ星のように、彼女は輝いていた。


「――――、――――、――――――♪ ――――、――――、――――――♪」


 手に持ったマイクで、その声を響かせる。

 透き通るような、耳を通して心にまで響き渡る歌声。


「――、――、――――――――♪ ――、――、――――――♪」


 僕が見ていた、太陽のように明るい彼女とは違う。

 僕が雑誌で見た、氷のように繊細な彼女とも違う。

 力強い歌声。彼女の想いが直接伝わってくるような、そんな歌声。


「――♪ ――、――♪ ――、――、――♪ ――――――――――♪」


 優しさの中に情熱を込めて。

 想いをぶつけるかのように、抑えきれないパフォーマンスを添えて。


「――――――、――――、――――♪」


 観客に負けないパワーで、その歌を響かせる。


 観客も、舞台も、演出も、衣装も――何もかも。

 この場の全てが、彼女を引き立てる材料にしかならない。


 ――………………すごい。


 ただ、心を込めた歌を響かせる彼女に、僕は見惚れていた。

 音楽にあまり関心のない僕でも、心を鷲掴みにされていた。


「――――――♪」


『わあああああああああああああああああっ!!』


 音楽の終わりと共に、会場が拍手と歓声で埋め尽くされる。

 僕も歌いきった彼女に、ただ無意識の内に拍手を送っていた。

 ペコリと一礼する彼女は、歌い切ると同時に──表面上はクールな彼女に戻っていた。


「……ありがとうございます。みなさん、今日は一日、楽しんでいって下さいね。それでは二曲目――『オニキス』!」


 ――こうして、彼女のライブは、幕を上げた。



    ◆



「……ありがとうございました。それでは次の曲――の前に、スペシャルサプライズがあります」


 ――……スペシャルサプライズ?

 予定に書かれていなかったサプライズに、会場が騒然とする。

 一体何が起きるのか、会場に声が響き渡る。


「“Reverse”」


 ――えっ?


「先月より先行テストプレイが始まった最新ゲーム――“Reverse”。生放送をご覧になっている方は、ご存知かと思われますが――本日は会場を訪れたみなさまの中から抽選で一名、私と対戦して頂きます」


 ――そっかぁ、対戦企画……企画…………はい?


 いや、いやいや!? ちょっと待って欲しいんだけど?!

 偶然にもこんなサプライズで、これまた偶然にも僕は先行テストプレイヤーで。

 更にいつもの感覚で、僕はデバイスをつけたまま――つまり、該当者に当てはまるわけで。


 思わず客席を見渡す。……確か先行テストプレイヤーは、二千人だったっけ?

 最悪該当者が僕だけってことも、十分ありえるわけで――いや、流石にそれはない、よね……?

 それに、僕が当たると決まったわけじゃないし……何を焦っているんだ、僕は。


 いや、こんな大勢の前で戦うのはもう勘弁して欲しいけどさ。

 響さんがどんな戦いをするのかは、楽しみ──。


「それでは、気になる代表の方はこちらです。――どうぞ」


 ――だけ、ど……?


「……えっ」


 そのアヤネの合図と共に、スポットライトが降り注がれる。


「……えっ、ええええええっ!?」

『わあああああああああああああああああっ!!』


 僕の精一杯の声さえ、観客の歓声に掻き消される。


 ――ちょっとちょっとちょっと、偶然にしても出来過ぎてない?! ありえないでしょ?!


 心の中で嘆いた所で、沸き立つ歓声が逃げる事を許さない。

 ステージまで足元がライトアップし、それ以外の道は暗く閉ざされる。


「それではみなさん、代表者に盛大な拍手を」

『わあああああああああああああああああっ!!』


 それはステージへと誘う言葉。人によっては天使の誘いにすら等しい言葉。

 でも、僕にとっては天使を通り過ぎて天国へ逝きそうになる言葉だった。


 ――うぅ、ちょっとぉ……なんでこんな事に……。


 そりゃもし機会があれば戦いたい、と思ってたのは否定できないけどさ。

 こんな大勢の前で戦うのは、もうコリゴリなんだってば……。


 この物凄い人の中、ステージまで歩くまででも相当な重圧だ。

 なんとかステージに上ると、改めて会場全体を見渡す。薄暗い中、無数の視線が集まるステージ。主役でもないのに、心臓の鼓動が鳴り止まない。震えが止まらない。

 ──こんな経験、もうないと思ってたのに……。


「…………だいじょぶ?」


 そんな中、小声で語りかけるアヤネ。

 全然大丈夫じゃない。でも、その首をゆっくりと縦に振った。

 ――……色々話したいことはある、けど――。


「……ごめんね」


 そんな僕のことを察してか、アヤネが先に動いてくれた。


「それでは改めて。お名前をお願いできますか?」


 元々知り合うはずもなかった二人。

 ここで初めて会ったかのように、帳尻を合わせる。

 差し出されたマイクに、緊張に震えながら名乗った。


「え、えっと……き、岸道、マモル……です」


 思ったように上手く声が出せない。

 震える小さな声で、なんとか聞こえる程度の声を絞り出す。

 すると、名乗り終えたその時、客席から誰かの野次が飛ばされる。


「私知ってる! エキシビジョンマッチに出てた人だよね?」


 その言葉を始まりとして、会場が驚愕に染まった。

 騒然とする会場。もう生きた心地がしない。

 ――ホント、なんでこんな事になっちゃったのかなぁ……。


「……それは本当ですか、マモルさん?」


 あくまでとぼけたフリをして、アヤネが問いかける。

 流石にもう声が出ない。ただ静かに、首をひとつ縦に振るだけだったのだが――それで十分だったのか、アヤネが話を次に進める。


「……そうですか、それは楽しみですね」


 ふふっ、と微笑みかけるアヤネ。

 ──だけど、その目はこないだと同じで――いや、こないだよりもより明確に、彼女が笑っていないことがわかる。より真剣で……どこか余裕がないような、複雑な――。

 彼女の微笑みの真意がわからず、どう対応したらいいのかわからない。


 ――……でも、せっかくやるんだ。


「……負けないからね」


 マイクの入っていない、思ったよりも小さな声。歓声にかき消される程度の声。

 でも、その声は彼女に届いていたのか、わからないけど。――少し雰囲気が変わった、ような気がした。


「……それではバトルを始めましょう。準備は宜しいですか?」


 アヤネのその問いに、こくりと頷いて手を差し伸べる。

 彼女もマイクを戻し、同じように手を差し出した。


 やがて、熱狂の渦が会場を巻き込み──そして、最絶頂に達した、その時。



「「──“Reverse”!」」



 ――戦いの火蓋が、切って落とされた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ