【 第一章 】 その出会いは、唐突に。(2)
あれから時は経ち、放課後。
ホームルームが終わると同時、逃げる隙も与えられずミナミに捕らえられたカイは、そのまま引き摺られるように連行されていった。
――というわけで、今日は僕一人での帰宅だ。
なんだかんだカイと二人で帰るのが日常だったので、僕一人で帰るのは久しぶりな気がする。帰り道の途中にある行きつけの本屋に寄って、CARD+PLAYER'Sの最新号を買った僕は、他に寄り道もせず帰路に着いた。
静かな商店街に、響き渡る足音。
見慣れた商店街の道なのに、やたら静かで、夢の中を歩いているような違和感を感じる。いつもなら横で騒ぎ立てる親友がいるから、だろうか。
――ちょっと寂しい……気もするかな。
昔はそんな友達もいなかったし、そんな事を思いもしなかったんだけど。
そうこうしている間に辿り着いた僕の家。――カードショップ“えちご屋”。
引っ越してきてから見慣れ続けた家を見て、妙な違和感を晴らし、その扉を開けた――。
◆
「ただいま、帰ったよー」
カランカランと音を鳴らし、店内に僕の声が響き渡る。
お客さんはいない。平日の昼過ぎだ。時間も時間ということで、静かな店内にいるのは、カウンターに座る少女――いや、女性店員の姿のみ。パソコンを操作していた彼女だったが、その声を聞いた彼女はその顔を上げた。
「ああ、マモルか。おかえり」
藍色のショートヘアー。鋭い印象を和らげるかのように、ゆったりとしたワンピースを着て、その上に店員である事を示すエプロンを着けた彼女は、他でもない“えちご屋”の店長であり――僕の姉である、岸道シズク。
僕の姿を見るや否や、パソコンを簡単に操作すると、最後まで消えたか確認もせず、立ち上がってエプロンを脱ぎ始める。
「すまないマモル、私はもう出ないといけない時間でな。……まぁそこまで長話にはならないとは思うが、その間留守を頼んだ」
「う、うん。……って姉さん、その格好で大丈夫なの?」
カバンを持って立ち上がった姉は、普段着と変わらない。
――いつもなら、オフィスカジュアルとかに着替えたりするんだけど。
流石に仕事の話にワンピースはカジュアル過ぎるんじゃ、と口にする。
「ん? ……ああ、時間もないし、今日の相手は知り合いだからな。まぁ大丈夫だろう」
僕の疑問にそう返すと、横を通り過ぎ「それじゃ、行ってくる」と飛び出していってしまった。
「………………まぁ、姉さんが大丈夫って言うなら、大丈夫……なのかなぁ……?」
姉さんのことだから心配ないとは思うけど、結構慌てていたようだし、ちょっと不安かも。……と言っても、もう出ちゃったからどうしようもないけど。
ともあれ、自分は自分に任された仕事をするだけだ。さすがに学生服のまま、とはいかないので、急いで奥に戻って着替えると、急いで戻ってくる。幸い席を外している間に来客はなかったようで、とりあえず一安心だ。
エプロンを着け、カウンターの席に腰を落ち着ける。が、まぁ、お客さんがいなければ、することも特にない。デッキの調整とか――って言っても、カウンターにカードを広げるわけにもいかないし。
「……っと、そうだそうだ。CARD+PLAYER'S――」
そこで、帰りに買ってきたカードゲーム専門誌の存在を思い出す。
雑誌なら、いつでも読むのを中断できるし、丁度いいよね。と、そこに置いたままのカバンから雑誌を引っ張りだすと、常連のお客さんが来る頃か、はたまた姉さんが帰ってくるか、そのどちらかまで読みふけることにした――。
◆
――やっぱり、というか、“Reverse”の先行テストの情報が今回は多い。
CARD+PLAYER'Sはカードゲーム専門誌、ということもあって、バーチャルやアクション要素の強い“Reverse”は大々的に取り上げてはいなかったんだけど――そこはやっぱり専門誌、というか、デッキ構築やカード紹介といった、カード部分を中心にピックアップされていた。
カードの基本的な使い方から、僕達が普段やってるような変わった使い方。デッキ構築のイロハや抑えておきたいポイント。後は、最初のパック情報なんかも公開されていた。
もちろん、先行テストの段階のため、正式サービス開始後は調整が入る可能性がある、と記載もされているけれど――。
もちろんプレオープンイベントの内容も触れられていたけど、そこは恥ずかしいので読み飛ばすとして、やはり注目のポイントは、今回表紙にさえなっているコラム。
――トップアイドル、響アヤネの独占インタビュー記事だ。
正直僕は、アイドルとか興味はなかったんだけど――カイに見せられた時から、この記事だけはずっと気になっていた。
――というのも、その内容が、非常に実践的なものだったから。
現実的でお手軽なコンボ。強力なカードを筆頭としたカード紹介。それを踏まえた上での対策。攻撃にも防御にも扱える汎用性の高いカードの効果。また、攻撃後の技後硬直等々。
『――アヤネさんは、今後どんな機能が追加されて欲しいですか?』
『……そうですね。最初の手札が悪い時、どうしようもない時がありますよね。そんな時、手札を入れ替えれる機能が欲しいです』
初期手札の入れ替え――“マリガン”の名称を知らないあたり、カードゲームは初心者なのかもしれないけれど、この内容は遊びでやっているレベルじゃない。
――この人、本気でやっている。
その事が文章から伝わってくるからこそ、読んでいるこちらも目を惹かれた。実際、結構やりこんでいるつもりだった僕でも、気付かされた事は多い。
「……攻撃にも防御にも使えるカード、かぁ」
何気ない咄嗟の行動で、使えるカードを防御に使ったりすることはある。でも、それを考えた上で、攻守のバランスを考えられたデッキ構築。防御の手段を捨てず、尚且つ、攻撃の手を緩めないバランス。
――……すごい。素直に、そう思った。
橄欖石のロングヘアーが特徴的な、このアヤネってアイドルの人。
少なくとも、僕なんかより格段にレベルが上なんじゃないだろうか。
……本当にアイドルなの? 実はプロゲーマーなんじゃない? そう思うほどの――。
カランカラン。
「……っと! いらっしゃいませー………………ッ?!」
その時、お店の扉が開かれる。
反射的に挨拶をし、慌てて読んでいた雑誌を閉じて、扉の方に目を向け――。
――その目を、疑った。
橄欖石のような、明るい黄緑色のロングヘアー。
それはまるで、いままさに読んでいた記事に出ていた、響アヤネのように見えて――。
――いや、ただの気のせい、だよね?
それをすぐさま否定した。……というのも、雰囲気が全然別物だったからだ。
恐らく初見さん。慣れない店内の様子を伺う彼女は、雑誌のアイドルとは全然違う。
クールビューティな大人なアイドル、響アヤネと違い、このお客さんは――どちらかといえば年相応に可愛らしいタイプ、というべきか。
歳は僕と同じくらい。特徴的な黒い猫耳キャスケットを被り、パーカーを羽織ったカジュアルな服装。確かに、同年代の子と見比べても可愛いのは間違いないけれど、あのクールなアイドルとは一致しない。
似通っているのは、その宝石のような綺麗な髪だけ。確かに珍しい色だけど――。
「……あの、よろしいですか?」
「あっ、はい、なんでしょうか?」
そんなことを考えていると、向こうから話しかけてきた。
声色も、なんだか人懐っこい印象。正面から見た感じ、確かに似てはいるけど――。
――別人、だよね。
そう結論付けて、いつものように応対する。
そもそも、こんな場所にそんな有名人が来るわけないしね。
「“Reverse”のパック、こちらで買えると見かけたのですが――」
「はい、“Reverse”ですね。……失礼ですが、規定で……IDバングルの提示をお願いできますか?」
正直申し訳ないとは思うんだけど、購入する際にはバングルの提示が必要なんだよね。テスト不参加プレイヤーによる買い占めを防ぐために、とかの理由で。
時々それを知らずに買いに来るお客さんもいるから、そうだったら本当に申し訳ないんだけど。
「……はい、これでいいですか?」
だけど、杞憂だったみたいだ。
慣れた手付きで、自分の腕のバングルを提示する彼女に、問題ないとひとつ頷いた。
「ご協力ありがとうございます。それで、何パック購入致しますか?」
「1ボックス、お願いします」
「はい。……はい?」
――……えっ、箱買い?
思わず動揺して聞き返す。
箱買いが珍しいかと言われれば、時々あるのは確かなんだけど、社会人が多い。カイもバイトしてるから新発売のブースターを箱で買って行ったりするけど。
でも、初見さん。しかも同年代の少女が『箱買い』という事実に、少し困惑する。
だが、こちらの様子に首を傾げる少女。どうやら聞き間違いじゃないらしい。
「……と、1ボックスですね。少々お待ち下さい」
――珍しいこともあるもんだね。
カイみたいに何かのバイトしてるのかな? とか思いながら、店の奥に潜っていった。
在庫を仕舞ってある倉庫から、“Reverse”の黒い箱を手に取る。
“Reverse”はまだ先行テストの段階だから、箱どころかパックを手に取る機会自体が少ない。最後に箱で買っていったのもカイだし。
でも、この黒い箱に、シンプルな装飾。
凝ったデザインではないんだけど着飾らず、無機質でありながらも新しさを感じさせるデザイン。僕は滅多に箱買いとかしないんだけど、やっぱりこの未開封の箱を見るとワクワクする。
「――っと、見惚れてる場合じゃないよね」
お客さんを待たせてるんだから。と、その箱を持ち、カウンターへ戻っていった。
「こちらでお間違いはないでしょうか?」
念のため、最終確認にその箱を見せて間違いないか尋ねる。
「……はい、間違いありません」
冷静に言葉を返す少女。……なのだが、この箱を見てからというもの、少女の瞳がキラキラ輝いているように思える。本人は気がついてないのか、平静を保ったフリをしているが、その姿が余計に可愛らしくて苦笑する。
「それでは、税込み六千円になります」
「……はいっ」
会計を済ませ、その箱を手渡すと、少女は嬉しげにその箱を受け取った。
お客様の笑顔が一番、とか言ったりするけれど、確かにこうして目の前で喜んでもらえると嬉しいね。
黒い箱を感嘆深そうに見ていた彼女だったが、ふと不思議に思ったのか、僕に尋ねかけてきた。
「あの、あちらのスペースは……?」
少女が指差すのは、店内奥のプレイスペース。
――“Reverse”のバングルを見せるあたりスムーズだったけど、カードショップ自体は初めてなのかな?
初々しさを感じさせる彼女に、丁寧に応対する。
「あちらはプレイスペースになります。実際にカードゲームで遊んだり、カードを見てみたり……それこそ常識の範囲であれば、ご自由にお使い下さい」
「…………あたしも、いいですか?」
「はい、もちろんですよ」
不安気な彼女に微笑み答えるのか、その答えに安心したのか、一礼をし、プレイスペースの一席へと向かっていった。なんだかやけに不安そうな表情だったのが気になるけど……まぁ、初めて入るお店、それも、慣れないお店ならそんなもの、なのかな。
――それにしても、初心者さん、かぁ。
この機会に“えちご屋”に居着いてくれれば――もっと言えば、“Reverse”のできる友達になれたらなぁ、とは思うけど……こればっかりは彼女次第、かな。
ここから見た感じ、買ったばかりの箱を丁寧に開けていってる。開封作業だろうか。
――……箱の開封作業かぁ、いいなぁ。
“Reverse”の開封作業は姉さんが済ませちゃったから、僕はできなかったし。カイみたいにバイトしてるわけでもないから、箱買いなんてできる程お金は貯まらない。あってお年玉とかの臨時収入があった時くらいだ。
楽しそうにパックの開封を始めた彼女に、つい目が惹かれてしまう。
――にしても。
……やっぱり似てるなぁ。雑誌のアイドルと。
“Reverse”をやっていることといい、その橄欖石の髪色といい。
あんまり異性をまじまじと見つめるのもあれだし、目を背けようとするが――やっぱり興味は尽きない。数少ない“Reverse”の先行テストプレイヤーでもあるし、何より貴重な初見さんだし。
――いまのとこ誰もいないし、声を掛けてもいいかな?
初心者さんだし、何か僕がアドバイスできることがあるかもしれないし。
なにより、ただ黙ってみているだけ、というのが……気不味い。――だったら思い切って話しかけてみようと、立ち上がった。
「あのー……、どうかな、いいカードは出た?」
「えっ? ……えっと……はい、そうですね。“【6】シルフィード・ブレーザー”とか、“【6】アース・バリスタ”とか……後は、“【5】ラストシンフォニー”とか、でしょうか」
「“【6】シルフィード・ブレーザー”!? いいなぁ。僕、風属性デッキ組んでるんだけど、どうしても決定打に不足しがちだからさ……シルフデッキの切り札になるそのカードは羨ましいよ」
その“【6】シルフィード・ブレーザー”だが、残念なことに僕のデッキには入っていない。レアリティの高いカードの中でも、汎用性に関しては段違いだし、値段も高い。大当たりのカードだ。
思わず素でテンションが上がってしまった僕に、思わず「あっ」と口を抑える。
「……え、えーっと、でも、“【5】ラストシンフォニー”とか、変わったチョイスだね。コストの色を気にしなきゃいけないから、どちらかといえば上級者向けのカードだし」
ついのめり込んでしまったと、露骨に話題を変えようと声を上げる僕に、逆に彼女は笑いかけた。
「……ふふっ、店員さんもやっぱり同年代の人なんだね」
「えっ?」
「なんだか、さっきまでのマニュアルみたいな対応とは、全然違ったから」
直接言われると恥ずかしい。……けど、なんだか彼女の、緊張のような固い雰囲気が解れた気がする。
「風属性のカードはいいですよね。物理オブジェクトを吹き飛ばせるので汎用性が高いですから。相手の攻撃を吹き飛ばしたり、相手プレイヤーを吹き飛ばしたり――」
予想外にも真面目な考察を交えて、彼女は会話に乗ってくれた。
初心者だと思ってたけど、こう見えて結構“Reverse”をやっている人なのだろうか。
「――変わった使い方では、イベントのエキシビジョンマッチの時、白兎の方が“【2】シルフ・アプドラフト”を自分に使うことで、回避から奇襲に繋げたり……とか……?」
そこまで彼女が語った所で、言葉が途切れる。
視線はこちらをじっと見つめ、動かない。まるで確かめるかのように、じーっと。
愛くるしいような、それでいて真面目な視線に、動揺する。
──その視線の理由に、なんか心当たりが――というか――。
「……あの、もしかして、店員さん。エキシビジョンマッチに出ていた、あの白兎の人じゃ……!?」
「………………え、えーと……あはは………………う、うん」
――ですよねー。
時間が経った事で忘れていたけど、一応僕、その節では有名人だったじゃん。
目立ちたくはないけど、嘘を吐く理由もないし、こうキラキラと目を輝かせて見つめられると……嘘は吐けない。観念するかのように、ひとつ頷いた。
「やっぱり、なんだか似てるなーって思ってたんだ! 凄いね、あんな大勢の前で戦って、あんな逆転劇を起こせるなんて! 実は裏で打ち合わせとかしてたの?」
「い、いや、本当にたまたま……というか、あの場に選ばれたのだって偶然――」
「だったら余計に凄いよ! そっか、やっぱ――……っ」
そこで興奮していた自分に気付いたのか、さっきの僕みたいに思わず口を抑える。
「ご、ごめんなさい。ちょっとエキサイトしちゃって……」
「いや、うん。別にいいんだけどさ」
──なんだろう、落ち着いた印象の子だったけど、さっきのが素なのかな?
まるでそのことをひた隠しにするように、再び開封作業に戻っていった。
「んー、出ないなぁ……」
「うん? 君は何か狙ってるカードがあったりするの?」
その言葉に顔をあげるとぽつりと声を漏らした。
「その……メロディデッキを組みたいんですけど、“【1】アンプ・ブースター”が足りなくって……」
――“【1】アンプ・ブースター”
確か、音系カードの効果を増幅させるオブジェクト設置カード。他の属性で言うところの加護にあたるカードだし、メロディデッキを組むなら必須かもしれない。
でも、レアリティはコモンで、特別手に入りづらいわけじゃない。けど、“Reverse”のブースターパックは、最初だからか、カードの種類が多い。二百種類以上あったはず。
そんな中、コモンとはいえピンポイントで狙うのは、ちょっと難しいかもしれない。
「その、“【1】アンプ・ブースター”狙いだったら、シングルカードとかどうかな?」
「シングル……カード……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる彼女に、僕は棚からファイルを持ってきた。
シングルカードのリストが表示された、カードリスト。盗難防止に入っているのはカードのコピーだけど、在庫有りと書かれたものは、倉庫に実物が保管されている。
「所謂単品買い。レアリティの高いものは値段が張るけれど、“【1】アンプ・ブースター”だったら、ほら」
手慣れた様子でファイルから、雷属性、コスト【1】の欄のカード、アイウエオ順に並べられた“【1】アンプ・ブースター”の項目を開いて指さした。
音系が不人気なのもあるが、値段は30円。実際にパックを買って当てるよりは遥かに安い値段だ。
「そっか、こんなのもあるんだ……」
まるで見惚れるようにファイルに目を通す中、そうだ、と言葉を続ける。
「僕の個人的なカードなんだけど、“【1】アンプ・ブースター”なら使う予定がないし、あげよっか?」
「えっ」
驚愕に染まった顔で、こちらを見つめる。
「で、でも……いいの?」
「うん、いいよ。とは言っても、皆には内緒にしてね?」
流石に僕のカードとはいえ、営業中にプレゼントなんかしたら、他のお客さんから不公平だって言われるしね。
そう言ってカウンターに一度戻ると、置いておいた学生カバンの中。教科書類のデータが詰まったタブレットの横にある、カードケースを手に取る。ゲーム用の正式なものじゃない、保管用のケース。
結構整理してないから、ちょっと探すのに時間がかかっちゃうかもしれないけど――。
――って、あれ?
顔を上げ振り返ると、なんだか彼女の様子がおかしい。
窓の様子を見て、そわそわしているような――焦っているような。
「ねぇ、どうし──」
「あ、あの、お願い! あたしを──」
声を掛けようとしたその時、彼女は慌てた様子で、縋るように声を絞り出した。
「――あたしを、匿って……!」