【 第一章 】 始まりを告げる招待状。(2)
「んで、話は戻るけどさ。お前んとこでは“Reverse”のカード、入荷すんのか?」
「どうなんだろ? 僕は知らないけど――っていうか、まだ先行テストプレイの段階でしょ? ブースターパックとかの発売は正式サービスになってからじゃないの?」
「いんや、先行テスト開始が始まる日に、パックも同時発売されるらしいぜ。まぁ、カードの性能自体は今後調整される可能性がある、とのことらしいが」
普通に考えればテストプレイはテストプレイなんじゃ。――と聞き返してみるが、そうじゃないらしい。……先行テストプレイと同時発売とか、珍しいね。
「そっか。……それで、その先行テストプレイっていつから始まるの?」
「次の日曜。あぁもう、早くやりたくて仕方ねぇよ!」
そのカイの言葉に、驚きの声を漏らす。てっきり数カ月後とか、まだ間があると思ったけど。
「で、どうなんだ?」と問いかけるカイに、困った様子で唸り声を漏らす。
――入荷するんだったら、姉さんが何か言ってると思うんだけど……。
最近忙しそうにしているものの、姉から“Reverse”のことは何も聞いていない。
「……んー、ちょっと姉さんに聞かないとわかんないや。……でも、そんな話聞いてないから、あんま期待しない方が――って」
言葉の途中まで語ったところで、目の前にいたはずの友人が消えていることに気が付いた。
その当人といえば、早々とカバンを手に、教室から飛び出そうとしていた。
「そうと決まりゃあ善は急げだ。おーい置いてくぞ、マモル!?」
「ちょっと!? ねぇ僕の話聞いてた!? あぁもう、待ってよ!」
慌ててカバンを手に、教室から飛び出したカイを追いかけようとした、その時――。
「あだッ!?」
「きゃッ!?」
教室の入口で誰かとぶつかったのか、突如として軽い悲鳴が上がる。
なにがあったのか、慌てて追いかけると――教室を出たそこに、地面に尻餅をついたカイ。
それと、廊下側に二人の女子生徒。一人はカイと衝突したのか、同じように尻餅をついていた。
「ちょっとカイ、大丈夫?」
「ミ、ミナミちゃん、だいじょうぶ……?」
「いってて……あー、俺は大丈夫だ」
「あいたた……ちょっとなによ!? いきなりぶつかってきてなにが大丈夫なのよ!?」
「って、げっ、ミナミ!?」
「ミナミさん?」
響き渡る甲高い声は、カイが衝突した女子生徒のものだ。
改めて廊下側に目を向けてみると、その二人はどちらも僕らの知っている人物。
金髪の長髪をポニーテールに纏め上げた少女。尻餅をついたまま、物凄い剣幕で声を張り上げるのは、カイの幼馴染でもある少女――雨宮ミナミ。
勝気な性格で、カイとは幼馴染なのにしょっちゅう口論をしてる仲だ。まぁ、喧嘩する割にはそこまで仲が悪いようには見えないけれど。
それと、その後ろにもう一人。
唐突に起きた状況にあたふたとしているのは、隣のクラスの、ミナミの友人。
氷のような綺麗な水色の髪の、引っ込み思案な少女――ミリカルデ・アリア。
留学生とは聞いているんだけど……僕も高校に入ってから知り合った仲なので、まだ彼女のことはあまり知らない。ただ、そんなカイとミナミの二人の関係に振り回されてる少女だ。
ぶつかったカイといえば、その二人の姿を――正確には、ミナミの方に嫌な声を漏らす。
だが、迂闊にも漏らした声を聞き逃さない。ぶつかったことといい、さっきの嫌な声といい、怒りに震えるミナミに、カイがそそくさと逃げ出そうとする――が。
「わ、悪ぃな! 急いでんだ、ほらマモル、行ぐえっ」
「……ねぇカイ、ちょっと待ちなさいよ。何処に行こうっていうの?」
しかし逃げられなかった。逃げ出そうとしたカイの襟を掴み、笑顔のまま黒いオーラを放つミナミに、見ているだけの僕まで気圧される。
そのまま腕を絡めとると、無理矢理地面にひざまずかせ、そこから締め技に移行する。
「いでッ、いででででででッ!? ちょ、や、やめッ」
カイも逃げ出そうと必死にもがいているものの、抵抗したところで抜け出せない。
こちらに手を伸ばし助けを求めるが、爽やかな笑顔を浮かべるミナミとの間に、割って入る勇気は――とてもじゃないが、僕にはなかった。
「……何か言うことは?」
「ギブ! ギブギブ!! 悪かった、悪かったって! 反省してる、してるからッ!!」
「……本当に?」
「マジマジ! 本当だって!!」
相変わらず悲鳴を上げながら、必死の弁明が廊下に響き渡る。
それを聞いても、ミナミからは「ふーん」と冷めた言葉しか返ってこなかったが――。
「……ま、いいわ。このくらいで許してあげる」
カイの想いが伝わったのか、その黒いオーラを霧散させ、絡めていた腕を解放する。
やっとこ解放されたカイは、と言えば、地面に突っ伏して息を整えていた。――かと思えば、急に立ち上がると、そそくさとこの場から逃げ出した。
「――そ、そんじゃ、俺ら急いでるからまたな! ほらマモル、先行ってんぜ!」
「あ、ちょっと、待ちなさ――」
たったそれだけの言葉を投げやりに伝えると、話も聞かずに走り出すカイ。
ミナミがカイを引き止めようと声を上げた時には――既に廊下から姿を消していた。
「あのバカ……」
「ミナミちゃん……」
この場に取り残された僕と、ミナミとアリア。
カイの後ろ姿を唖然と見ていたものの、先程とは一転、どこか意気消沈した様子のミナミがぽつりと声を漏らす。
――このままカイを追いかけてもいいんだけど……なんだか放っておけないよね。
そう思い、どこか哀愁漂う二人に声を掛けた。
「ねぇ、ミナミさん。……もしかして、カイになにか用事だった?」
「……え?」
「よかったら、僕からカイに伝えておくけど……」
忘れ去られていたのか、意識が別の方向に向いていたのか、僕の方に顔を向けるミナミ。
「……マモル? それじゃお願い……いやでも、自分で伝えなきゃ意味が……」
「うん?」
何か悩んでいるのか、ぶつぶつと独り言をつぶやきつづける。
結論が出せず、逡巡していた彼女。どうするのか、首を傾げ返答を待っていたものの――。
「…………ああもう! いいわ知らないッ! アイツのことなんか知らない大ッ嫌いッ!!」
――最終的に、そんな捨て台詞を吐いて、どこかに駆け出していってしまった。
「ま、待ってよ、ミナミちゃんってばぁ!」
ミナミを追いかけて、同じ方角に走――る前に、振り返り僕にひとつお辞儀したアリア。
改めて追いかけるように走り出した二人を、唖然として見ていた僕は。
「何か用事があるみたいだったけど……なんだったんだろ?」
結局なんだったのか。そんな疑問と共に、一人この場に取り残されるのだった。
◆
「おう、遅かったな。ミナミのヤツになんか言われてたのか?」
「もう、ひどいよ。僕を置いて先に行っちゃうなんて」
玄関口で待っていたカイに追いついた僕は、ふてぶてしい態度のカイに抗議の声を上げる。
でも、効果なし。ただ笑って答えるだけのカイに、諦めてため息を吐いた。
靴箱から自分の靴を取り出し、履き替える途中――先程の出来事をカイに伝える。
「ミナミさん、なんかカイに用事があったみたい。……よかったの?」
「いーんだよ。どうせまた厄介事かなんかだろ。本当に伝えたいなら電話やらメールやらなんでも手段はあるだろ? 最悪ウチに乗り込んでくるヤツだしな」
「うーん……いいのかなぁ」
そんなぶっきらぼうなカイの反応に、どうも釈然としない。
さっきのミナミさんの様子を見た感じ、なんだか重要なことに思えたけど――。
――まぁ、カイの言ってることも一理あるよね。
いまのご時世、連絡手段は豊富にある。本当に重要なことなら、後からでも伝えるはずだ。
自分で伝えなきゃ意味が、とか言っていたけど、来週の学校の時にでも伝えられるはずだし、そもそも二人の家は近い。その気になれば直接会えるから心配は無用、なのかなぁ。
「そんなことより、えちご屋に早く行こうぜ? ゆっくりしてっと日が暮れちまうしな」
「……うーん、うん、そうだね」
考えていても始まらない。靴を履き替え終わると、帰路に就こうと玄関を潜り抜ける。
◆
「……ん? なんだ、あの車?」
「どうしたの?」
校門に向けて歩き出したところで、ふと門前に止まっている一台の黒い車に目が止まった。
新品のように綺麗な、淀みのない黒いボディ。一般の車とは思えない。車を知らない僕でも、高級感あふれる車だってことは、わかる。
その車の隣では、威厳ある大柄な老人。綺麗なスーツに身を包んだ姿は、貴族に仕える執事のようにさえ見え――少なくとも、僕達が知っているような育ちの人にはとても見えなかった。
そんな感想を抱いていた僕に、隣にいるカイが話しかける。
「お嬢様のお出迎えってか?」
「そんなお嬢様、ウチの高校にいないでしょ?」
「ま、そりゃそうだな」
僕と同じ感想だったのか、そんな言葉を紡いだカイに、苦笑する。
お生憎様、僕らの学校は普通の高校だ。そんなお嬢様がいるとか、聞いたこともない。
――……というかカイ。お嬢様って女性限定なんだね。
「ま、普通に考えて、学校に用事とか、そんなんじゃないか?」
普通に考えればそんなところだ。そう語るカイに、僕も「そうだね」と頷いた。
ただの学生である僕達には関係のない話。そう思って、車の横を通り抜けようとすると――。
「……失礼致します。そこのお二方、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい?」
急にその老人に声を掛けられ、不意に振り返る。
まるで値踏みをするように、僕達を――というか、僕をじぃっと見つめる老人。
――……え、ちょっと、どういうことなの?
突然の出来事に困惑する僕は、カイの方に視線を向けるが――カイも同じようだった。
むしろ、何故僕を見つめているのか、カイまで僕に疑惑の眼差しを向ける。
――そんな目で見られたって僕もわからないよ!?
声に出すわけにもいかず、目で訴える僕。
やがて目の前の老人はひとつ頷いて、改めて僕に尋ねかける。
「その白い髪、紅い瞳…………岸道マモル様。……間違いありませんか?」
「……えっ、と、はい。でも、どうして僕の名前を……?」
僕の容姿と名前を口にする老人。――確かに、この白い髪は珍しいかもしれないけど。
なにより疑問なのが、僕の名前を知っていること。隣にいるカイが「知り合いなのか?」と尋ねるが、僕は首を横に振る。少なくとも、僕には覚えがない。
「……そうですか、やはり――」
「やはり?」
「……いえ、こちらの話です。お気になさらず」
――うん? どういうことだろう?
疑問に首を傾げていると、老人は改めるようにひとつ咳払いをして、改めて自己紹介をした。
「改めまして、私、Reverse Projectの最高責任者、黒澤真一と申します」
「りばーすぷろじぇくと……って、えっ!?」
「あの“Reverse”の開発会社じゃねぇか!?」
紹介と共に差し出された名刺を受け取ると、そこには確かに『Reverse Project 最高責任者 黒澤 真一』と書かれていた。
――“Reverse”の開発会社の……それも最高責任者とかどういうことなの……?!
この老人――黒澤の正体に驚愕し、改めて戸惑いの表情を見せる。
「その……最高責任者の人が、僕に何か御用……でしょうか?」
目の前の相手、黒澤の立場を知って、思わず声が強張る。
伺いを立てるように尋ねてみると、黒澤は懐から一通の封筒を取り出した。
――見覚えのある封筒。それは、先程カイが見せびらかしていた、“Reverse”の先行テストプレイヤーに向けて送られた招待状と同様のものだった。
意図が汲み取れず首を傾げる僕は、不思議そうな顔を浮かべていたが、次の一言――。
「……マモル様にお願いがあります。どうか“Reverse”の先行テストプレイヤーとして、こちらのテストプレイにご参加願えないでしょうか?」
「えっ、えっ? えええええええええッ?!」
黒澤の思わぬ『お願い』に対して、その表情は驚愕へと変わった。
――ど、どういうことなの?
思わぬ僥倖……と、素直に喜べるわけもない。
僕は先行テストプレイヤーの募集に応募していない。募集があったことに気付いたのもついさっき。
なのに、“Reverse Project”の最高責任者直々に、僕を名指しで、先行テストプレイヤーに参加して欲しいだなんて、わけがわからない。
唐突なお願いに戸惑い、声を上げられないまま――僕の答えが返ってこないことに、黒澤が先に口を開いた。
「……やはり急な話でしたか……申し訳御座いません」
「い、いやいやっ!? あの“Reverse”の先行テストプレイに参加できるのは嬉しいですけど、なんというか、その……そもそもなんで僕なんですか!? 僕は応募すらしてないのに――」
その言葉に、思わず否定の声を張り上げる。
嫌じゃない。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。
――でも、ならば何故、僕を指名するのか、という当然の疑問が付き纏う。
カイの話を聞いた限りじゃ、“Reverse”は世界の注目の的。
そんなゲームの先行テストプレイヤー募集、ともあれば、それこそ想像もつかない人数が応募しているはずだ。――わざわざ僕みたいな一般人を指名する理由なんか、まずない。
挙動不審になる僕とは逆に、黒澤はこちらから目を逸らさず、強い口調で僕に説明する。
「今回の件ですが、私個人による“お願い”となります。――明確な理由は……ご事情によりお伝えすることはできないのですが……これは他ならぬマモル様でなければいけないのです」
――僕じゃなきゃ、いけない?
ますます意味がわからない。僕は普通の高校生だし、特別な人間でも立場でもないのに。
疑問に首を傾げる僕に、その心情を読み取ったのか、黒澤は言葉を続ける。
「困惑されるのも無理はありません。……ですが、他の方では駄目なのです。無理を承知でお願い致します。どうか――」
黒澤は藁にも縋るような声に、砕けない強い意思を込めて――。
「――どうかその『勇気』を振り絞り、参加しては頂けないでしょうか……?」
その願いと共に、封筒を僕に差し出した。
「………………」
正直、わけがわからないのは変わらない。どうして僕にこだわるのか。そもそも、ただのゲームに『勇気』とか、どういうことなのだろうか。疑問は増える一方、だけど――。
――こんなに熱心に頼まれたら、断れない、よね。
「……その、よくわからないですけど――わかりました」
苦笑いを浮かべながら、その差し出された封筒を、僕は受け取った。
「おお、ありがとうございます……。日時は次の日曜日、十時。場所は中央区、当日オープン予定のアミューズメントパーク“GATE”で行われます。急な話で大変申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
深いこと一礼し、「それでは失礼します」と車に乗り込む黒澤を、ただ呆然と見送る。
その場に残された僕は、その封筒を改めて眺めてみた。
横から「おいおい、どういうことだよ?」という言葉と共に、いままで黙っていたカイが覗き込んでくるが――僕にもわからない。というか、なんだか実感がない。
「んー、よくわかんない。……でも『勇気』って、どういうことだろう?」
様々な考えが渦巻き、想い耽る僕に、響き渡るエンジン音。
その音に顔を上げると、黒澤の乗る高級車が発進していた。その姿を見送る中――ふと。
――あれ?
その車の中、ちゃんとは見えなかったが――もう一人、誰かが乗っているような、そんな気がしたのは――ただの気のせいだったのだろうか。
◆
街道を走る音だけが聞こえる車の中、謎の声が響き渡る。
「お兄様、招待状受け取ってくれたみたいだね」
「……お嬢様、いつからいらっしゃったのでしょうか?」
あどけなさを感じさせる、少女の声。
後部座席に座っていた、謎の少女の声に、車を運転する黒澤は問いかける。
薄暗い車の中に、どこか無邪気な少女の声が、素っ気なく「最初からだよ?」と答えた。
その一言に、表情を僅かに強張らせる。
背後にいる彼女が語る最初とは、果たしていつからなのだろうかと。
楽しげに鼻を鳴らす少女を背後に感じ、思わず寒気が走る。
「マモル様は当日、会場に来て頂けるのでしょうか……?」
「――来るよ」
黒澤の疑問の声に、後部座席に座る少女は断言する。
「お兄様は絶対来る。来ないわけないもの」
まるでそのことを確信するように、言葉を告げる。
優しい儚げな声色の中に、不気味さを感じさせる含みを込める少女。
「……ふふふっ、楽しいことになりそうね、お爺様?」
「………………」
得体の知れない謎の少女は、これからの未来に想いを馳せ――不敵に笑った。