【 第一章 】 始まりを告げる招待状。(1)
「あー、クッソ! 負けたぁーッ!」
「あはは、お疲れ様」
放課後の教室。学生机を向かい合わせにして、カードゲームで遊んでいた僕達。
あと一歩のところまで追い詰めたものの、最後の最後で逆転を許してしまった友人が、嘆きの声を上げる。
いつものこととはいえ、その大袈裟なリアクションに苦笑してしまう。
目の前で天を仰ぐのは、学生服を着崩した、茶髪の少年。僕の親友――暁カイ。
僕の実家がカードショップということもあるけれど、こっちに引っ越してから始めての友達。そういう意味でも、カイは僕にとってかけがえのない友人だ。
――まぁ、ちょっとお調子者なのがたまにきずだけどね。
カードを片付ける中、カイがさっきのバトルを振り返って、負け惜しみを零す。
「はぁー……召喚できた時は『勝ったッ! 第三部完!』……ってぇ思ったのになぁ」
本気で悔しそうに語るカイ。
その台詞がそもそも負けフラグだと思うけど――でも、その気持ちもわからないでもない。
「でもさ、出された時は本当に焦ったよ。召喚条件が厳しいけど、ロマンだよね」
「おうよ。やっとこ出せただけにめっちゃ悔しいわ、クッソぉ……」
自分のデッキを片付け終わったカイは、改めて僕のデッキを指差し尋ねる。
「そういやそっちのデッキはどうなんだ? そのデッキ、シズねぇと試運転はしたんだろ?」
今回初お披露目の新デッキ。なのだが、その戦績といえば――。
「うん、だけど――」
「だけど?」
「――三戦して、三敗だったよ」
そんな惨敗の結果に、驚愕の表情を浮かべる。
「うわ、マジかよ。相変わらずシズねぇ強ぇのな」
「組んだ時はいい感じだと思ったんだけどね。――完全に機能停止させられてた」
――あの時のことを思い出すと、流石にため息が零れる。
三戦目には関してはこのデッキの切り札となるカードを召喚することすらできなかったし。
空笑いからそんな圧倒的な戦闘風景を悟ったのか、ここにいない姉にカイが気圧された。
「おおぅ、えげつねぇなぁ……。俺もこのデッキ、シズねぇに相談してみようかな……」
そんなことを呟き、自分のデッキケースを見つめるカイ。
――カイのデッキ、かぁ……。
姉さんに相談している風景を思い浮かべ――真っ先に思い浮かんだ光景を、一言。
「……姉さんなら真っ先にその切り札を抜きそうだけど」
「俺はこの切り札を使いたいのっ!」
そんな無情な一言に、子供みたいな我儘を叫ぶカイ。
いつものこととはいえ、そんなカイの様子に思わず笑い声を漏らすのだった。
◆
後片付けも終わり、帰り支度を進める中――不意にカイが質問を投げかける。
「そういやマモル。お前んとこでも“Reverse”のカード、入荷すんのか?」
カバンに自分のデッキを仕舞い込んでいた僕は、その妙なワードに疑問の表情を浮かべた。
「――……『りばーす』? ……なにそれ、新発売のカードゲームか何かなの?」
「はぁっ? ……ちょ、おまっ……えぇっ? おいマモル、“Reverse”を知らねぇのか!?」
――Reverse、逆とか反対の意味の英単語……とか、そういうの聞きたいんじゃないよね。
「入荷するのか?」と聞いているからには、恐らく新発売のカードゲームなのだろうか。
首を傾げ尋ね返す僕に衝撃を受け――捲し立てるように声を張り上げる。
カイの怒涛の勢いに動揺するが、知らないものは知らないし――ただ黙ってコクリと頷いた。
そんな僕の反応を見たカイは驚愕し、目を丸くする。
だが、それでもまだ信じられないとばかりに、“Reverse”について熱く語り始めた。
「おいおい、冗談だろ!? いまや世界中が注目する最高にホットな話題! あらゆるゲーム情報サイトはもちろん、テレビのニュースにさえなってる次世代型カードアクションゲーム“Reverse”ッ!! お前がいつも買ってるCARD+PLAYER'Sの表紙にデカデカと載ってたろ! こないだ見せてもらった時、特集ページがあったのハッキリ覚えてんぞ!?」
「……ごめん。興味なかったから読み飛ばしてた」
「っぅ~?!」
僕の思わぬ反論に、今度こそ声を失う。
――言われてみれば、確かに表紙にそんなことが書かれてたような……?
実家がカードショップだし、知らない方がおかしいのかもしれないけど――姉さんもそのことについて一言も言ってなかったし。そんなに有名ならちょっとは話題に出るはずなんだけど。
しばしの間フリーズしていたカイだったが、深いため息と共にそのフリーズが溶ける。
本当に呆れた表情でこちらを見つめるカイに、苦笑しか出てこない。
「……ほら。これ見ろ、これ」
カバンから取り出したタブレットを簡単に操作すると、投げやりな言葉と共に、半ば無理矢理その画面をこちらに見せつける。
「――『時代は画面の中から、新しい世界へ』……?」
そこに表示されていたのは、白を中心とした“Reverse”のティザーサイト。
目立つような大きなキャッチコピーと共にあるのは、謎の動画。
「………………」
興味に誘われるまま、その動画を再生しようと、画面に指を触れると、次の瞬間――。
「……!?」
再生すると同時、背景が白から黒へと――まるで反転するかのように、その色を変えた。
◆
――“Reverse”。それは新たな世界の扉を開く鍵。
画面の中の世界ではない。確かにそこにある、新たな“世界”への扉の鍵――
――次世代カードアクションバトル“Reverse”。
いままでの時代を変える、新時代の対戦型アクションバトルがいま、巻き起こる――
期待を煽る盛大なテロップが流れ、次の画面に切り替わると同時――。
「………………ッ!」
画面に映し出されたのは、広大な草原。その仮想空間で対面する、二人のキャラクター。
猛々しい獣人と物静かな精霊。二人のキャラクターが、激しいバトルを繰り広げていた。
どちらも負けていない、一進一退の激しい攻防。
ゲームのグラフィックとは思えない、リアルでアクロバティックな動き。
CGの3Dモデルのようなリアルさとはまた違った……例えるなら、現実とアニメの中間。
違和感を感じさせない鮮彩なキャラクターモデルと、その激しいバトルに心が動かされる。
まるで、そこで実際に戦っているような、そんな現実味を感じさせる。
だが、戦闘の一瞬の隙を突き、獣人の方に形勢が傾き、その拳を割り込ませる瞬間――。
「……!?」
精霊の手元に、突如として“カード”が現れると、同時。
その身体を守るように、周囲に結界が張られ――現れた結界に、獣人の拳が弾かれる。
弾いた隙を見逃さず、精霊は更なる追撃を加えようと手元の、手札の“カード”を切る。
すると今度は、激しい爆炎が巻き起こり、獣人の姿を焼き焦がす――かと、思いきや。
「えっ!?」
視点が変わり、突如として背後に瞬間移動した獣人が、その拳を振りかぶり――。
それに気付いた精霊が、振り返ると同時、手に持った杖で咄嗟にガードする。
ガキィン! と大きな効果音が響き渡りそうな戦闘画面。
注意して見てみると、獣人の周りに浮かぶ、カードの枚数が減っていた。
――精霊の魔法も、さっきの瞬間移動も、もしかすると――カードの、効果?
激しいバトルに見入っていた僕に、途中、音声が入る。
――様々な“力”が込められた数多のカード。どの力が必要なのか、自身の手で見極め……己のアバターと共に、この世界で戦い抜け――
――……えっ、なに、これ? ……これが、カードゲーム?
僕の知っている、お互いのターンでカードをやり取りするカードゲームとは、別物。
例えるなら、カードアクションバトル。リアルタイムで戦略が交差する、全く別のゲーム。
お互いの戦略を胸に、戦闘を繰り広げ、カードを活用した白熱の戦いに心踊らされる。
――そして、なにより。
戦闘を繰り広げる二人のキャラクターが、活き活きとしているのだ。
まるで本当に、そこで生きているかのように。
お互いの放った最後のカード。
大魔法と、それに立ち向かう獣人の拳が交差し――大爆発に、画面が白に染め上げられる中。
――いま世界は、君の手によって“反転”する――
最後の最後を見せず、期待を煽るキャッチコピーと共に、その動画は終わりを告げた。
◆
「な、どうだった? 面白そうだろ?」
「……う、うん、ちょっと興味が湧いた」
――本音を言っちゃえば、ちょっとどころじゃない。
だけど、動画が終わったことにより、改めて冷めた視点でこの動画を思い返す。
「……でも、どうせPV詐欺だったりするんでしょ?」
最初に見せる動画ではすごい面白そうに見えるのに、やってみると制限にガッカリするとか。期待を煽るだけ煽って、実際はいままでと大差ないゲームだった。というのはよくある話だ。
そもそも、あんな激しいアクションや自由度の高い動き、ゲームである以上できるわけがない。そう冷めた視点で語る僕に、カイが言葉を返す。
「いや、それがそうじゃないみたいだぜ?」
「えっ?」
期待と疑心、両方が入り混じった声で聞き返すと、カイは何やらニヤリと笑って説明する。
「この“Reverse”なんだがな、いままでにない完全没入型のゲームらしいぜ。情報サイトで発表会にプレイした人の感想が載ってたが、本当にあの動画みたいな動きができるらしい」
そんなカイのご丁寧な説明に、驚愕の声を上げる。
「えっ、ウソでしょ!? ……それに完全没入型って、どういう――」
「ほら、ラノベとかにあるだろ、VRMMOモノのヤツ。あんな感じで、実際にゲームの中に入り込めるらしい」
僕はラノベとか読まないし、VRMMOの意味もわかんないけど、最後の意味だけはわかる。
でも同時に、それだけは絶対あり得ないと言葉を返す。
「……ゲームの中に入り込めるとか、ありえないでしょ? どんな原理なの?」
「さぁ? 確かインタビュー記事では企業秘密だとか言ってたな。……でも、色んなサイトを見てみたが、ゲームの世界に入り込めるのは本当らしいぜ。どこも言ってる、“Reverse”は、世界を変える――ってな」
未だ信じ切れないが、カイが嘘を言っているとも思えない。
――それが本当なのだとすれば、やってみたい。
期待と興奮に、まるで胸が踊るような感覚を覚える。
「ねぇカイ、これっていつ発売するの?」
好奇心に駆られるまま、カイに尋ねてみるが、その返事は曖昧なものだった。
「さぁなぁ、まだ発売日は未定なんだよ。……ただ、ちょっと画面見てみろよ」
「画面?」
言われるまま、動画が終わったまま、机に置かれたタブレットに目を落とす。
黒から白に戻った背景に、動画のあった場所に今度は告知が表示されていた。
――先行テストプレイヤー募集中。
「先行テストプレイヤー……?」
「そうそう。“Reverse”を一足先に遊べる上に、ゲーム機を無料でプレゼントしてくれるんだってよ」
「えっ!? 本当!?」
思わず声を張り上げ立ち上がる。――が。
「まぁ応募期間はもう過ぎちゃってんだが」
次のカイの一言によって、勢いそのまま地面に落とされた。
ぐったりと机にひれ伏した僕は、落ち込んだまま抗議の声を上げる。
「もぉ……だったらそんな期待させること言わないでよぉ……」
「悪ぃ悪ぃ。まぁそんな落ち込むなって、俺がお前の分まで楽しんでやっからさぁ」
「……うん。……うん?」
――いま聞き捨てならない言葉を聞いたような……。
というかそもそも、“Reverse”が入荷するかどうか僕に聞いてきたってことは――。
「カイ、もしかして……」
沈んだ顔を上げ、疑惑の目を向ける僕に対して、どこかニヤニヤとしているカイ。
僕の疑惑を晴らすかのように――正確には、「その通り」だと宣言するかのように、嬉しさ交じりに言葉を紡いだ。
「いやー、実はな? 俺、先行テストプレイヤーに選ばれちまったんだよなぁ」
「えええッ!?」
やたら嬉しそうに語るカイは、それだけに飽きたらずカバンから封筒を取り出す。
カイ宛の封筒。“Reverse Project”と書かれた会社から送られてきた封筒。
なんとなく察しがつくが、あえて僕に見せびらかすように、その中身を引っ張りだす。
「じゃーん! いいだろ、羨ましいだろ!」
その言動がやたら子供っぽいのはいつものことなので、さておき。
確かにそこには、先行テストプレイヤー当選のお知らせと、もう一枚。それに伴い建築された、次世代アミューズメントパーク“GATE”で行われる、イベントの招待状が同封されていた。
憎たらしいほどにニヤニヤしているカイに……正直、強がりたい気持ちもあるけれど。
「むぅ、いいなぁ」
ただ素直に、その羨ましい気持ちを吐き出した。
――知らなかった僕も僕だけどさぁ、あんなの見せられたら誰だってやりたくなるじゃない。
「まっ、正式サービス開始したら一緒にやろうぜ?」
「もう……それがいつになるのさ、はぁ……」