【 序章 】 当たり前の日常、始まる世界。
朝の日差しが差し込む静かな部屋。
少年はいつものように、学校に登校する準備を整える。
学生服を身に纏い、身だしなみを鏡でチェックする。白い髪に紅い瞳を携えた、あどけなさの残る少年。
――うん、問題ないみたいだ。
自分の姿を見て、そうひとつ頷いた少年は、カバンを手に、部屋から飛び出していった。
なんら変わりない、普通の高校生の日常。――ただ、ひとつ。
「……そうだそうだ、忘れものっと」
部屋から飛び出していった白髪の少年は、再び部屋に帰ってくると、その机に歩み寄る。
様々な“カード”が散乱する机。そこから、ひとつのカードケースを手に取る。
「あったあった。これを忘れちゃダメだよね」
自分だけの“デッキ”を手に、再び部屋から飛び出していった少年。
――ただひとつ、彼だけのことがあるとするならば。
カードゲームが好きなだけの、普通の高校生。……ということだろうか。
足音を響かせ、二階から一階へ降りると、誰もいないリビングを抜けて、玄関に。正確には、居住スペースを抜けて、店内の方に顔を出す。
『――それでは、ついに目の前まで差し迫った先行テストプレイに備え、“Reverse”の注目すべきポイントをおさらいしましょう!』
やけに明るい声、テレビのアナウンサーの声だ。店内に響き渡る声を無視して、少年はカウンターに座る人物に声を掛ける。
「……姉さん?」
「ん。ああ、マモルか」
ふと掛けられた声に画面を消して、彼女はその顔をこちらに向ける。
紺色のショートヘアーに、凛々しさを感じさせる藍色の瞳。紺と白のワンピースに身を包み、その上に『カードショップ えちご屋』と書かれたエプロンを着けた女性。その大人びた雰囲気を考慮しても、高校生程度にしか見えない彼女は――岸道シズク。
このカードショップ、えちご屋の店長であり、白髪の少年――岸道マモルの姉だ。
出る際の挨拶にやってきたマモルは、首を傾げ、その黒い画面を覗き込む。
「姉さん、なに見てたの?」
「ああ、ただのニュース番組だよ」
そっけなく笑って答えた姉に、「そっか」と声を漏らす。
改めてカバンを背負いなおすと、店の扉の方に向かって歩き出す。
「それじゃ、いってきまーす!」
「ああ、気をつけてな」
カランカランと音を鳴らし、元気に飛び出していったマモルを見送るシズク。
いつもと何も変わらない、平穏な日常。
マモルが確かに立ち去ったことを確認したシズクは、再びテレビの画面をつける。
『――完全没入型!? ゲームの世界実際に入り込む“リアルダイブ”技術は、空想科学として、物語の題材とされることはたびたびありましたが、そんな夢の技術がいま! 現実のものとなろうとしているんですよぉ! 歴史に残るゲーム間違いなしですっ!』
『――でも、ジャンルは“カードアクションバトル”……どんなゲームなんでしょうか?』
『――気になりますよね! いままでの常識を覆す、とは言われてますが、一体どんなゲームなのでしょうね? それでは、まずは公開されているムービーをチェックしてみましょう!』
そんな賑やかな画面を眺め、ぽつりと声を漏らす。
「…………完全没入型ゲーム……“Reverse”……か……」
世間どころか、世界中を賑わす、革命的なビッグタイトル。
しかし、そんな楽しげな画面の中と違い、カウンターの席に座るシズクの表情は暗い。
「…………それがただの“遊び”なら、よかったのだがな……」
それはまるで、この平穏な日常が壊れることを、危惧しているかのようで――。
視点は変わり、白髪紅眼の無垢な少年は、というと。
元気に商店街を駆け抜け、いつものように学校へと向かっていた。
これから巻き起こる出来事を、まだ何も知らないまま――。