タロットに導かれた力と魔術師
先日タロットカードを入手して、色々と遊んでいたときに思いついた内容です。
かるーい恋愛を入れた王道ファンタジーです。
「きゃぁ!」
私の目の前に巨大な熊が立ちふさがりました。
どう見ても私の三倍くらいの身長がありそうです。
昼間なのに私の身体は熊の影にすっぽりと覆い尽くされています。
その熊の太い腕の先には鋭い爪が生えていて、その膂力から繰り出される一撃は私を肉塊へと変えるに十分なパワーを潜めているでしょう。
完全に腰が抜けた私は地面にぺたんと座り込むだけ。
そんな怯える私を見た熊は、にやりと笑った気がしました。
いやー!
私なんてがりだしちびだし、食べられる部分なんて殆どないよ?!
私を狙うよりその辺にいる豚の魔物オークを襲ったほうが遥かにお腹一杯になるよ!
そう必死に目で熊に訴えるものの、舌を出していかにも「いただきまーす」なんて顔つきをしています。
私の十六年の人生はここで終わった模様です。
なむー。
目を塞いでその時を待っていましたが、一向に訪れてきません。
あれ? どうなったのでしょうか?
おそるおそる目を開くと、私の目の前にいた熊は大きく口を開いたまま立ちすくんでいます。
その胸には大きな剣が刺さっており、
と、次の瞬間、熊の口から真っ赤な血が吐き出され、私に降りかかってきました。
「わわっ?!」
更にはその巨体が私のほうへと倒れてきます。
ちょっ?!
あれが私の上に覆いかぶさったらぺちゃんこになっちゃう!
だが悲しいかな、まだ腰の抜けている私はそこから抜け出せません。
一難去ってまた一難とはこのことですね。身を持って体験しました。
私の十六年の人生はまたもやここで終わった模様です。
なむー。
巨体が私の上に圧し掛かる直前、一陣の人影が私の首根っこを捕まえ一気に遠くへと放り投げられ……。
「うぎゃぁ!」
身長に対して比較的大きめな私のお尻から地面に激突、その次の瞬間、ずずん、という音とともに振動がお尻に伝わってきました。
「いったぁい……」
「仙子、お前何やってんだ」
少し涙目になりながらお尻をさすっていると、私の頭上から低い声が飛んできました。
見上げるとそこには一人の男、桐生白夜が呆れ顔で私を見ていました。
「白夜! 助けるならもう少し優しくしてよ!」
「助けてやったのに贅沢言うんじゃねぇよ。それに第一声が文句かよ。まずは礼から言うのが筋ってもんだろうが」
「そ、そうだけど。乙女に対する扱いじゃないよね、今の?!」
「乙女だと? どこにいるんだ? ぜひとも俺に紹介してくれ」
「私が乙女だよ!」
「今日は四月一日だっけ?」
「ばかぁ! そもそもこの世界にエイプリルフールなんてないよ!!」
この世界とは。
私、仙田沼仙子と桐生白夜がいた世界、日本とは異なるところに今はいます。
ぶっちゃけ言うとへんな穴に白夜と一緒に吸い込まれて、気がついたらここに居たのですけどね。
最初は混乱したものの、とりあえずは元の世界へ戻る為、白夜と一緒に情報収集という名の旅をしているのです。
そして旅先の資金稼ぎという事で、今日は魔物退治に赴いたのですが……。
「GRUUUU!」
うめき声をあげながら次の大きな熊が、私と白夜に襲い掛かってきました。
周りを見ると、あと六~七匹はいます。
「いくらなんでも多すぎよ! 最初の話ではつがいの二匹だけと言ってたのに」
「ハッスルしすぎて子沢山になっちまったんだろ? ははははは」
「ハッスルって……何を言ってるんだよっ!!」
笑いながら自分の背丈ほどもある大きな剣を片手で軽々と持ったまま、白夜が地面を蹴りました。
一瞬で近くにいた熊との間合いを詰めて、一閃。
ぶぉんという音と共にあの巨体を楽々と真横に断ちました。
普通の人間に出来るようなことじゃありません。
そして白夜は再び地面を蹴って私の近くへと寄って来ました。
「仙子、いい加減うざくなってきたから、お前の魔法でぱぱーっと一掃してくれ」
「えー、あのまま白夜が頑張ればいいのに」
「俺、三匹くらい倒してるんだぜ。仙子はまだ一匹も倒してないだろ? いい加減働けよ」
「むー、わかりました。でもその前に……」
と私は白夜へ手を伸ばしました。
しかしあろうことか、不思議そうな顔で首を傾げる白夜。
「ん? どうしたんだ。何か俺にくれって言うのか?」
「ち・が・い・ま・す。腰が抜けて立てないの」
「……ぷっ」
「笑うな馬鹿! はよっ!」
「はいはい」
白夜の大きな手が私の小さい手を掴みました。
じんわりと暖かく、そして硬い手です。
しかもあれだけ大きな剣を振り回しても、手に汗一つかいてません。
そのままぐいっと私を持ち上げるようにした白夜。
私は彼にしがみつくように、何とか立ち上がりました。
むー、やっぱこいつ筋肉あるな。しかも私より三十センチ以上も高いし。
「ほらほら、はよ魔法使えよ」
「はーい」
一旦目を塞ぎ、意識を集中させました。
すると目を塞いでいるにも関わらず、目蓋の裏に外の風景がぼんやりと見えてきました。
更には私と白夜の周りに、金色に輝く二十枚のタロットカードがくるくると踊るように回っているのが目に浮かびます。
……本来であれば二十二枚ですが、事情があって今は二十枚しかありませんが。
私は左手は白夜にしがみついたまま、開いた右手でその中の一枚を掴みます。
目を塞いでいる私には分かりませんが、他人から見れば何もない空を手で掴んだように見えたでしょう。
しかし私の手にはしっかりとカードを持っている感触があります。
<アルカナの力を我に与えん。出でよ審判>
掴んだと同時に口ずさむ。
そして目を再び開けると、私の手には本物のカードが一枚握られていました。
そこには二つの羽を持った天使が描かれています。
タロットカード。大アルカナ二十枚のうちの一枚、審判のカードです。
直後、先ほどまで晴れ渡った青空が急激に曇って行き、ごろごろと雷鳴が轟き始めました。
<我等の敵に裁きの雷を!>
審判のカードを空へと掲げ、高らかに叫ぶ私。
その言葉が終わると、凄まじい音を立て三本の雷が天から舞い降り、残った大きな熊を次々と貫いていきました。
「おおー、いつ見ても迫力満点だな」
残った最後の一匹が雷に打たれ黒焦げになったまま地面に倒れこむと、白夜が拍手してきました。
「ふっふーん、どやっ!」
「俺にしがみつきながらのドヤ顔じゃなー」
「いいのっ!」
そのまま白夜に抱きつきました。
最近お風呂に入れなかったせいか、お互いちょっと臭うけど。
でもせっかく抱きつけたのです。目一杯堪能させてもらいましょう。
「いい加減離れろよ。もう自分で立てるだろ」
少し顔が赤くなっている白夜。
ふむ、もう少し攻めてみますか。
「おんぶー」
「子供かお前はっ!」
「ちがうもーん。白夜と同じ年だもーん」
「全く、初めて会った時は大人しく真面目っぽい奴だな、と思ったのになぜこんな風に変わったのやら」
「昔の事は忘れました! それとも、こんな私じゃ……ダメ?」
上目遣いで白夜を見る私。
「ば、ばっか! ダメな訳ないじゃん!」
「照れてる照れてる、白夜かわいー」
「やかましいわっ!」
楽しい。
やっぱり白夜といるととても楽しい。
でも初めて会った時……ですか。
「初めて会った時、覚えてる?」
「ああ? 覚えてるも何も、ついさっき初めてあった時は大人しく真面目っぽい奴って言っただろ。それとお前ちっこかったな。今でもちっこいが」
「ちっこい言うな!」
あれからもう一年。
楽しいと月日が経つのって早い。
あの日、学校で白夜と会わなかったら、きっと今の自分は無かったでしょう。
高校の部室で白夜と初めて会った時の事は、つい昨日のように覚えています。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高校に入学して最初のゴールデンウィークも過ぎ、そろそろクラスのカースト制度が決まる頃。
私はクラスの誰にも馴染めず、中学の時と同様一人で過ごしていました。
別に寂しくは感じませんが、ふとたまに誰かと下校してどこか寄り道してみたい、と思ったりもします。
でも、気の合う友達、というのがなかなか出来ません。
趣味と言えるものは占いだけで、それ以外にはテレビや雑誌なんて全く見ませんしね。
女子は大抵占い好き、とは言うもののあくまで一喜一憂するためのちょっとした小道具であり、私のように本格的に占いをする人は殆どいません。
話しかけられても占いの話題以外はついていけず、占いに関しても深すぎて他の人がついてこれません。
コミュニケーションをとるのが下手なのですよね。
なぜこうも占いだけしか興味の無い子になってしまったのでしょうか。
うちの家は代々占い稼業をやっていて、簡単な星占いから怪しい水晶占いまで手がけていますが、特にタロットカードが雑誌に何回か載ったことがあるほど有名です。
私も母や祖母の影響を受けて、子供の頃からおもちゃ代わりに様々な占いを教えてもらいました。
だからでしょう、私が占いオタクになってしまったのは。好きだから良いのですけど。
そしてここ数年一番多く使っている占いがタロットカードです。
神秘的な絵に籠められた深い意味。突き詰めれば突き詰めるほど底が見えない。
タロットカードは、日本では大アルカナと呼ばれる二十二枚のカードを用いて占う事が一般的ですが、外国では小アルカナ五十七枚も組み合わせる事が多いのです。
そして今朝も練習のため、自分自身の今日の運勢を占ったところ……。
<正の運命の輪><正の恋人>
この二枚が引かれたのです。
大小のアルカナカード、合計すると七十九枚ものカードがあり、更には正逆まで使っています。
このような大アルカナ二枚だけが正の形で引かれるなんて、とても珍しいことです。
それにしてもこれって……まさかね。
そんな事を考えていると、授業終了のチャイムが鳴り響きました。
大きく伸びをした私は、いつものように部活へと行こうとしました。
こんな私が入るような部活なんて一つしかありません。
それは占い研究部。
受験する前からここへ入ろうと誓っていたくらいです。まるで私のためにあるようなところですね。
「仙田沼さ~ん」
教科書をカバンに仕舞いこんで、さて席を立って部活へ急ごうと思っていた矢先、後ろから声をかけられました。
この声は荒木さん?
「はい?」
「あのね、仙田沼さんって占い得意なんだよね? ちょっと占ってほしいんだけどいいかな?」
「得意という訳ではありませんけど」
「いいからいいから」
「はぁ……」
渋々と自分の席に座り直しました。
押しの強い人って苦手なんですよね。
荒木さんは開いていた席の椅子を私の机の側に持ってきて座りました。
「それで何を占うのですか?」
「今日カレシとデートなんだけどさ。ちょっと行き先を占って欲しいんだよね」
リア充爆発しろ、何てことは一瞬しか思っていません。
中学の時もそうでしたが、クラスメイトから頼まれる占いなんて恋愛系が圧倒的に多いのです。
一々そんな事を思ってたら精神衛生上よろしくありません。
それでもちょっぴり、ほんの少しだけ羨ましい、という感情はありますが。
「部活がありますので、時間はかけられませんけど」
「それでもいいよ。お願いしている立場だから」
「はい、わかりました。どちらに行く予定なのですか?」
そう問いかけながら、カバンに仕舞ってある二十二枚のタロットカードを取り出しました。
素朴な絵と金色に飾れたカード。若干古さを感じるものの、傷一つついていません。
このカードは七年ほど前に祖母から頂いたもので、代々仙田沼家に受け継がれているカードだそうです。
代々、何て事を言われたもののこのようなカードが何百年も持つわけがないですし、新しく買ったのを私が遠慮しないようにと祖母は嘘を言ったのでしょうね。
でもなるべく丁寧に使っていたとはいえ、未だに頂いた時の状態を保持しています。
かなり高価なものなのでしょうね。
「カラオケか、ゲーセンかな」
手に馴染んだタロットカードを机の上に崩してシャッフルします。
そして一つの山にした後三つに山を分け、真ん中の山の半分を左側に、もう半分を右側へと乗せて再び一つへまとめました。
「ではカラオケ、ゲームセンターの順番で引いてください」
「緊張するなー」
彼女が引いたカードは<逆の力><正の塔>でした。
ああこれは、少し……ではなくかなり悪いですね。
「今日は諦めたほうがいいと思います」
「へっ? そうなの?」
「はい、きっとカラオケだとマイクの奪い合いで喧嘩、ゲームセンターだと何か悪いことがあって最悪別れる可能性もあります」
「うっわ、何それ。最悪じゃん」
「はい、ですので今日は大人しく帰宅されたほうがよろしいかと思います」
「うーん、仙田沼さんの占い当たるって評判だしなー。仕方ない、今日は諦めてもらうか。ありがとね」
「いえ」
その評判はどこから聞いたのか是非教えて欲しいところです。
でも尋ねる勇気も無く、愛想笑いをして私は教室から出て行きました。
廊下から部室へと歩いていくと、窓の外から運動部の練習している声が聞こえてきました。
今日は六限目まで授業があったので、外はそろそろ夕暮れに近づいています。
こんな時間なのに元気だな。
もう少し大きければ運動部に入っても良かったのですけど。
私の身長は百五十センチしかなく、よく部活の先輩にからかわれたりします。
いえ、大きくなってもきっと運動部には入らないかな。
渡り廊下を歩いて別館、通称部室塔へ移動し更に階段を登った先に占い研究部の部室があります。
占い研究部には五人在籍しています。
でも一年は私一人だけで、残りは三年や二年の先輩たちです。
しかも殆ど部活動らしいことは一切やっていなく、大抵先輩たちはさぼって居ない事が多いのです。
今日もどうせ誰もいないだろうな、と思っていたのでノックしてすぐにドアを開けたのですけど……。
「ひゃっ?!」
中に入ると知らない男子が一人、椅子に座っていて思わず声を上げてしまいました。
「おっ、占い部の人?」
男子が席を立って私の方へと歩いてきました。
大きい……。
私がかなり見上げるくらいの背丈です。
少し軽薄そうな顔には何が楽しいのか、口元に笑みを浮かべています。
ちょっと気持ち悪い。
「あの……どちらさまですか?」
「俺、一年D組の桐生って言うんだけどさ」
桐生。
少し前に先輩たちが騒いでいたのを聞いていたことがあります。
確か剣道の特待生で入ってきた人でしたっけ。
うちの高校は剣道部が強くて、よく全国大会に出場しているらしいのです。
それで毎年全国から呼び寄せているそうですけど。
でも何故剣道部の人が占い研究部に?
「ちょっと占って欲しいことがあってな。なんかよく占いが当たる一年がいるって聞いてさ」
……この部に一年は私一人しかいません。
しかし荒木さんもそうでしたけど、一体どこでそんな評判を聞いてきたのか不思議です。
「この部に一年は私だけですけど」
「おお、じゃああんたが占いのプロか! ちっこいな!」
うるさいです、人が気にしてることを。
やっぱりこの人、気に入らないです。
でもプロというものは、占いでお金を貰っている人だと思います。
そう考えると母や祖母はプロですけど、私は貰ったことありません。
よって私はあくまで趣味の範疇と言うべきですね。
「いえ、私は趣味でやっているだけですから」
「趣味でも全然オッケー。実はさ、今度剣道で試合があるんだけど。勝てるかどうか占って欲しいんだよ」
占って勝てるのなら誰も苦労しません。
「試合に勝ちたいのであれば、占いよりも練習あるのみじゃないのですか?」
「練習もたくさんやってるさ! でも……やっぱ高校入って初の試合は勝ちたいじゃん! 特に俺特待生で入ったし」
ああ、なるほど。彼は勝てる、という自信が欲しいのでしょう。
確かに一年で、しかも入学してからわずか二ヶ月で即試合ですと、やはり自分の実力が高校でどの程度通用するか不透明な事も多いでしょうし、緊張するのでしょう。
占いは結果については、良い様にも悪い様にも捉える事が出来ます。
人に自信を持たせるのも占い師の役目、と祖母も言ってましたし。
この人は気に入りませんが、祖母の言った事は実行しなければいけません。
「分かりました。ではそこに座ってください。でも私のは単なる趣味ですので、そこまで期待しないでください」
「いやいや、占ってもらえるだけで十分さ!」
私も反対側の椅子に座って、先ほど教室で使ったタロットカードをカバンから取り出しました。
それを机の上にばらして一つの山にまとめ、三つの山に分けてまた一つの山にしました。
「へぇ、やっぱ手馴れてる感がするな」
「そうでしょうか?」
確かにこのタロットカードを祖母から譲ってもらってから、殆ど毎日触っていましたからね。
それだけやっていれば誰でも慣れるでしょう。
「では、次の試合の事を考えながらこの……」
山から一枚引いてください、と言おうとした時、なぜかカードが一瞬光ったように見えました。
数回瞬きした後もう一度カードを見ると、普段と変わらない金色に飾られているカードがありました。
夕日でも差し込んで光ったように見えたのでしょうか。
「ん、どうした?」
「いえ……何でもありません。この山から一枚引いてください」
「おう!」
彼は山の真ん中から一枚引きました。
私の手には少し大きく感じるカードですが、彼が持つとものすごく小さく見えます。
そして引いたカードを私に見せてきました。
<正の力>
あら、いい感じの結果ですね。
正の力は逆境を跳ね除ける、不可能を可能にする、努力が実を結ぶなどの意味があります。
ではどのように纏めて伝えましょうか。
と考えた矢先、彼の持つカードから突如眩いばかりの黄金色の光が溢れて出しました。
「きゃっ」
「なっ、何だこれ?!」
思わず目を塞いだ瞬間、低い声が室内に木霊しました。
<我、運命の輪なり。汝、桐生白夜の運命は力となり、今回り始めた>
運命の輪?
大アルカナ二十二枚のうちの一枚。
その意味は正ならば定められた運命、劇的な出来事、転換点など。
逆ならばアクシデント、不測の事態、事態の急変など。
思わず目を開けて部室を見渡したものの、占って欲しいと言った桐生という男子しか他に人影はありません。
ただし彼が持っている力のカードからは、もう光が止まっています。
「えっ、だ、誰だ!」
彼がそう叫ぶものの、運命の輪と名乗る者の声はその叫びを無視するように再び木霊しました。
<仙田沼仙子、汝の運命の輪を引くが良い>
「わ、私??」
突如一つの山にしていたタロットカードが私の目の前に浮かび上がりました。
まるで一枚引けと言わんばかりに。
ど、どうすればいいのでしょうか。引けば何かが起こるような予感がします。
<仙田沼仙子、引くが良い>
躊躇っていると、再びあの声が木霊しました。
逃げたほうがいいのでしょうか。
そう思うものの、足が竦んでいう事をききません。
<さあ引くが良い>
三度、声が木霊しました。
途端身体に抗いがたい甘美な誘惑が湧き上がってきました。
何かに誘われるように手が勝手に動き、空に浮いているタロットカードの山から一枚そっと引いてしまいました。
途端、さっき桐生という男子が力のカードを引いたときと同じように、眩いばかりの光が私の引いた魔術師のカードから溢れてきました。
<汝、仙田沼仙子の運命は魔術師となり、今回り始めた>
魔術師。
その意味は正ならば、何かを創造する、奇跡を期待するなど。
逆ならば、コミュニケーション不足、計画通りにいかない、消極的、優柔不断など。
例の声が聞こえた途端、魔術師のカードから出ていた光が私の身体の中へと吸い込まれるように消えていきます。
数秒経った頃、湧き出ていた光の全てが私の身体へと消えた時、いつもの部室の静けさが戻ってきました。
「な、何これ?」
少し呆然としてしまいましたが、ふと、さっきまで持っていた魔術師のカードが手から消えているのに気がつきました。
慌てて足元や机の上を見るものの、魔術師のカードはどこにも見当たりません。
いえ、それどころか空に浮いていたタロットカード、全てが煙のように消え失せていました。
……やばいです。
せっかく祖母から頂いたカード全て無くしたなんて、とても言えません。
「おい、大丈夫か?」
桐生という男子が心配そうに私の事を見ていました。
でも、力のカードは彼の手にはありません。
「き、消えちゃった……タロットカードが……」
「え? あれ? さっきまで持ってたはずなのに」
彼も周りをきょろきょろと見ました。が、首を振って気の毒そうに私を見て呟きました。
「ダメだ、どこにも無い」
「そ、そんな……どうしよう。ぐ、ぐすっ……」
じわじわと悲しみが襲い掛かり、目に涙が溢れてきました。
視界が涙で歪んでいきます。
「ちょっ、泣くなよ。カードくらいまた買えばいいだろ!」
「ひっく……あれは、ひっく……祖母から頂いたもので、きっと……とても高価なものなんです……う、うわぁぁぁん」
今朝占った結果、<正の運命の輪><正の恋人>。
まさかこれがカードを失うなんて結果なのですか?
それはあんまりです!
「誰か来たら大変な事になるから、泣き止んでくれよ! な?」
「うううー、えっぐ、ひっく……」
彼は必死で私を泣き止まそうとしているものの、おたおたするばかり。
両手で目をふさいで、いやいやとする私はまるで駄々っ子です。
と、またもやあの低い声が部室に木霊しました。
<これより汝ら二人の運命の輪が動き始める>
何ですかこの声は! 勝手なことばかり言って!
何だか無性に腹が立ってきました。
「ばかぁ! タロットカードかえせぇぇぇぇ、うわぁぁぁぁん」
「ちょっ、あぶねっ! まてっ! 当たるっ!」
泣きながら手当たり次第に近くにあったものを投げつけてやりました。
桐生という男子の声なんて気にしません。
絶対取り返してやるんだから!
「早くかえせぇぇぇぇ!」
「だから俺以外誰もいねーって言うの!」
<心配せずともタロットカードは汝、仙田沼仙子の中にある>
「中ってどこよっ! かえせ、かえせぇぇぇぇ! いきなり反応するなぁぁぁぁ!」
もはや私は支離滅裂状態です。
<……まあ良いか。行くが良い、アルカナに導かれし者たちよ>
「全然良くないわぁぁぁぁぁ!!」
「って、何だこれ?! ブラックホール?! ちょっ、す、吸い込まれる!」
慌てたような彼の声が耳に届きました。
そして私も何かに吸い込まれるように、身体が浮き上がりました。
しかしそんなことでは、私の心は折れません。
「はーやーくーかーえーせー!」
既に彼の声は聞こえなくなっていました。
でもそんなものはどうでもいい事です。私の心は、タロットカード返せ、で占められています。
じたばた暴れながら空を飛んでいく私。
そして見るからにやばそうな、黒い穴に吸い込まれていきました。
<健闘を祈る>
その言葉を最後に、ぷっつりと私の意識は途絶えました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あの黒い穴って何だったんだろうね」
「さあな。あれからあの声も聞こえてこないし」
あの黒い穴に吸い込まれた後、意識が戻った時、私と白夜は全く知らない草原で二人して寝ていました。
もうそれからが大変でした。
魔物と呼ばれる強力な生物が、その辺を闊歩しているような世界です。
でも、白夜には力、私には魔法という能力が備わっているのに気がついてから、二人でこのように魔物退治をしながら路銀を稼ぐ生活を続けています。
きっとあの時吸い込まれたタロットカード、あれが二人の能力になったのでしょう。
そのおかげで、私の体内にある大アルカナのカードは二十枚しかないのですけど。
「ま、心配するな。いつか俺が元の世界に戻してやるからさ」
考え込んでいるのを不安がっている、と思ったのか白夜が私の頭を撫でてきました。
「私は白夜が居ればどこだっていいんだよ?」
「そんな事言うなよ。それにほら、一応お前の親に挨拶しなきゃいけないだろ?」
途端頬が一瞬で火照りました。
「なっ、何の挨拶をする気っ?!」
「それはその時の秘密ってことで。だから必ず元の世界に、お前と一緒に帰るぞ」
「今日の白夜、何だかかっこいいセリフ言いまくりだね。悪いものでも食べた?」
「今朝食ったでっかい魚、やっぱ生だとまずかったかな」
「ちゃんと火を通さないと、寄生虫でいっぱいかもよ?」
「うえぇー、次から気をつけよう」
さて、と言いながら白夜は私を背負ってくれた。
「じゃあ街に戻るか」
「二匹と言いながらこれだけたくさん居たんだから、報酬五倍くらい貰っちゃおうね」
十匹近く倒したのです。報酬も五倍が妥当なところでしょう。
「……お前、ほんとに変わったな」
「白夜が私を変えたんだよ」
「そ、そうか? 俺そんなにがめつかったっけ」
「だから責任取ってね」
「何の責任だよ! というかそんなセリフを言うんじゃねーよ!」
「くすくす、さあ白夜号! 街まで戻るのじゃー」
「なんだよそれ!」
ぽんぽんと白夜の頭を軽く叩くと、彼は渋々ながら歩き始めました。
さて、今夜の食事は少し豪勢にいきますか。