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冷凍庫から、神

作者: 五十嵐 涼

私はシャケだ。しかも切り身だ。


ベッド横に立て掛けてある全身鏡に映っているのはライトブラウンのカーペットにモスグリーンの2人掛けソファー、それから白いペンキが塗られた木製のサイドテーブルに無造作にべちゃりと置かれた一枚のシャケの切り身。それは、その切り身は間違い無く私の姿だった。


「ちょっと…」


ソファーに腰をかけ、私がお風呂上がりのデザートに食べようと思っていたハーゲンダッツのカップアイスをそれは美味しそうに頬張っている少年に私は睨みを聞かせながら声をかけた。


もっとも、目も口も無いのにどうやってそれが出来たのかは謎だが。


「なぁに?願いを叶えてあげたんだもん。おやつくらい貰っても罰は当たらないでしょ?って、僕が神様なんだから罰は当たらないか、あははは」


今時そんな髪型の子供なんて見た事ないぞという「タラちゃん」ヘアをしたその少年は何故かピカチュウの着ぐるみパジャマを着ていた。


何を隠そうこの少年は神様だ、そうだ。


数分前まで私は普通のアラサー女子だった。


金曜の夜を婚活で費やし、しかし結局今夜も何の収穫も得る事なく一人暮らしのこの部屋に戻ると梅酒を飲み散らかし、シャワーを浴びて大好きなアイスを食べようと冷凍庫を開けると、何故かこの少年が中に入っていた。いや全くどうやって入っていたのか。


冷凍庫を開けた瞬間目に飛び込んできたのは、この子の真っ黒い髪とつむじだった。


驚愕のあまり硬直していると、あれよあれよと言う間に刈り上げられたうなじが見え、上半身が現れ、そして最後のつま先まで出て来るとくるりと宙返りをし、綺麗に床に着地をしてみせた。


身長は多分120センチくらいだろうか?うちの冷蔵庫はパーソナル用なので小型な為冷凍庫はかなりコンパクトだ。


一体どうやって中に居たのか。


しかも、いきなり発してきた言葉がこれだ。


「僕は神様です、願い事を3つまで叶えてあげるので何でも言ってみて」


あの時なんですぐに警察に通報しなかったのだろう。


ああ、私が馬鹿だった。


いや、そんな正常な判断が出来ないくらい私は切羽詰まっていたのだ。


去年、5年も付き合っていた彼氏と別れてしまった。


でも、原因は向こうにある。浮気をしていたのだ。


彼は4つ年下という事もありデート代だって私が殆ど払ってあげ、誕生日プレゼントには欲しがっていたブランドの財布まであげたのに、彼がくれたのはガソリンスタンドの割引券。


しかも私は自転車しか持っていないというのに。


いや、それでもバンドのメジャーデビューを夢見て頑張っている彼はお金が無い事を分かっていたので我慢出来ていた。


なのに、あの日他の女と彼が自宅マンションに入っていくのを見かけ問いただしてみると言った台詞が


「だまれ!くそデブ!!」


そんな酷い仕打ちある?!


しかも一緒に居る馬鹿みたいに派手な女は下品な笑い声を高らかに上げ「ひどーい、マジウケるー」とか吐きやがった。


あいつもあの女も絶対見返してやると心に決めた私はこの一年ダイエットと婚活にずっと励んできた。


ダイエットDVDだって買ったし、ダイエット食品も試した。半身浴だって思い出した時はするし、たまには階段だって使っている。


なのにちっとも痩せないし、婚活もちっとも上手くいかない。だから私はかなり焦っていたのだ。


それでこんな子供に本気で頼ってしまったのだ。


「どう?満足?」


少年はアイスを平らげると名残惜しそうにスプーンについた残りを舐めた。


「満足な訳ないでしょ!私は細身になりたいと言ったのよ?これは切り身よね!?完全に」


「ああ、そっか。惜しかったね。ま、いいじゃん。で、次の願いは?」


人をこんな姿にしておきながら全く反省しない所か性懲りもなく次を要求してきた。


しかし、このままでは絶対に困るのでここは願い事を言うしかない。


「元に戻してよ!」


「はい、はい、かしこまり〜」


ポワンと煙が私を包み込むと今度の私は熊の木彫りになっていた。


いや、熊の木彫りが口で咥えているシャケになっていたのだ。


「ちょっとちょっとちょっと!!!」


「いや、さっきのシャケなんだけどね、猟師が鉄砲で熊を撃ったら、たまたま口に咥えられていて猟師が家に持ち帰り切り身にしたっていうストーリーがあるんだよ。


でもさ本物の熊に噛まれたら痛いだろうからその時を再現した木彫りバージョンにしてあげたんだよ」


「なにがしてあげたんだよ、よ!!元っていうのは本来の私の姿に決まっているでしょ!誰が切り身の元の姿なんか頼むのよ!しかも木彫りになっちゃっているし!」


「えーーあの姿よりは木彫りの方がマシだろー?戻りたいの?あの太った君に?」


「失礼ね!あんたそれでも本当に神様なの!???」


こっちがこれだけ本気で怒っているというのに、少年はお腹を抱えて足をバタつかせ大笑いをし出した。


「勘弁してよ!確かに私は太っているし、決して可愛くもないわ。でも、ダイエットだって頑張っていたし…」


「あれで?本当に頑張っていたの?あんな程度が君の頑張った、なの!?」


「うっっっ」


痛い所をつかれ思わず言葉を詰まらせた。ダイエットをしている気分ではいたが、いつもどこかでまぁいっかと言って自分を甘やかしていた事は事実だ。


「別れた彼にも本当に頑張っていたの?そしてその彼は頑張ってあげる様な人だったの?自分の行いも見る目のなさも君自身に落ち度は無かったと言いきれるの?」


「そ、それは…」


「じゃあそんな駄目な自分に戻るより木彫りの方がずっとマシだって!ああ、僕が優しい神様で本当に良かったね」


「待ってよ!!確かに駄目な私だけど、それでも、こんなままはいやよ!私は太っていても可愛くなくても、それでも、それでも28歳の私大島優子に戻りたいのよ!お願い!」


「…はいはい、そこまで言うなら、かしこまり〜」


また煙が立ち上り、そしてそれが消える頃に鏡に映っていたのは、3Lの服を着た目つきの悪い一重瞼の女子、ではなく、いつもテレビで観る私と同姓同名のあの可愛らしい元アイドルの姿だった。


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