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五話

アリエの両親はもてなそうとしてくれたが、それを断りすぐにアリエの双子の妹の部屋へ案内してもらうように頼む。しかしアリエの両親は頑なにそれをよしとしなかった。

アリエは怪訝そうに眉を寄せ、自身の両親を睨むように見つめるが、アリエの両親はそれを無視してアクアマリンの双子を一瞥した。


「ウィステリアを治してもらう前に、聞いてほしい話があるんです」


ウィステリアとはアリエの双子の妹の名前なのだろう。


「それはっ……」


アリエの父の言葉にいち早く反応したのはアクアマリンの双子、サフィアだった。サフィアは話さなくていいことだと言い募るが、アリエの父は首を横にふった。

トウィンカたちがしらない何かをサフィアたちは隠しているのだろう。アリエの両親に広間へと案内されて、設置されているソファへ座ることを促される。全員が座ったのを見計らって、アリエの父は口を開いた。


「アリエとウィステリアのことはすでにこの場にいる誰もが知っていると思います。だが、サフィアさんがウィステリアの命を助けていたことはアリエもしらないだろう?」


「ウィーテを……助けた?」


アリエは数回瞬き、呆けた顔のままサフィアへ顔を向ける。サフィアは申し訳なさそうに目をそむけた。


「どういうこと?」


「そのままの意味よ。人間は何も食べないまま何年も生らないでしょう?」


栄養剤の点滴などはあっても、それは一時しのぎにしかすぎない。アリエは現在十七歳で、ウィステリアが意識不明なのは十歳ときからだ。七年も食べずに生きられるはずがない。しかしサフィアはどうやって命を延ばしたのだろうか。疑問に思い眉を寄せていると、右隣に座っていたサランがなるほどと小さく呟いた。


「サラン?」


「そういうことですか。それならば、村の人がサフィアとツウィズを見たときの不思議な行動にも納得できます」


「ああ、そういうことか」


次いでレインも納得の表情を見せるが、トウィンカは全く意味がわからず困惑が広がる。アリエも同じようで、眉間にしわを寄せていた。


「ウィン、ドラゴンはどうやって生まれるか知っていますか?」


「うん、この前教えてもらった」


ドラゴンは雌の方が雄より魔力が多く、雄より体が弱い。そして雄は雌より魔力が少なく、体が強い。それは子どもを産むことに関係している。ドラゴンは妊娠してから、十年のときをかけて子どもを産む。その際に、自身の魔力をお腹の中にいる子どもに注ぎこむからだ。トウィンカの場合は、アリアが魔力を持たない人間、それも人間と同じ十月十日で生まれてしまったため生まれながら瀕死だった。それを救ったのがラゼルである。ラゼルは雄の中でも雌以上に魔力を持つ稀有なドラゴンだった。その全魔力をトウィンカに渡してくれたラゼルのおかげで、トウィンカはこうしてこの世に生を受けることができたのだ。

ドラゴンを生まれる過程は人間には知られておらず、妊娠中のドラゴンは魔力をほとんど持たないことから弱点ともなるため、ドラゴンだけの秘密となっている。


「もしかして……」


ある一つの答えが、トウィンカの脳内で閃く。


「母体がお腹の中の子どもに魔力を分け与えるように、サフィアもしていたってこと?」


「そうなります。そうなのでしょう? サフィア」


サランがサフィアに視線を向けると、サフィアは苦し紛れに頷いた。


「危険でも、ウィステリアを助けたかったんです」


サランがここに来て確認するということは、竜騎士の誰もがしらなかったということだ。サフィアの隣で心配そうに見守っているツウィズ以外は。

レインとサランは深刻な面持ちでため息を同時につく。


「どうしてそんな大切なことを言わなかったんだ」


「言ったら、竜騎士を続けさせてはくれないと思ったからです」


サフィアの意思は固く、その瞳は揺らぎなかった。


「当たり前だ」


レインが呆れと怒りの入り混じった声で肯定した。

魔力がなく、体力は雄に劣る。そんな状態で竜騎士を続けるには無理に等しい。竜騎士であっても、雌は雄に守られる立場にある。ツウィズの今までの心配そうな瞳には複雑な心情が込められていたのだろう。


「どうして、そこまで竜騎士を続けったのです?」


サランが一つの疑問をサフィアに尋ねる。サフィアは逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。


「ウィステリアがそれをのぞんだからです」


「ウィーテが? どういうことですか」


今まで黙っていたアリエが再び、声を出す。


「ウィステリアは意識のないままずっと眠っていたわけではないのです。魔力を分け与える間、ほんの少しではありますが、魔力を通して言葉を交わしていました。私のせいで起きられないウィステリアは言ったのです。竜騎士メイドになることが夢だから、竜騎士を続けてほしいと」


「ウィーテ……」


「私は出来る限り、ウィステリアの願いをかなえてあげたかった。それがウィステリアにできる唯一の償いだから」


最後の言葉は、心の底から思っていたことのなのだろう。敬語からいつ間にか、自身の言葉へと変わっていた。

アリエは魔力を分け与えることがどれだけ危険なことかしらない。それでもトウィンカたちの話す空気から、危険なことであることは伝わったのだろう。膝の上でスカートのすそを握りしめる。その手はぶるぶると震えていた。


「私、何やってるんだろう」


自嘲めいた声は小さく、左隣に座っていたトウィンカにぎりぎり届いたほどの音量だった。

そんなアリエの両手の上にトウィンカは自身の手を重ね合わせ、アリエの目を見つめる。


「過去はもう戻らないよ。だからさ、アリエ。今一番、とるべき行動をしよう?」


過去はもう戻らない。それはトウィンカも先日の事件で痛感したことの一つだ。だからこそ、前を向いて次からは一番とるべき行動をしなくてはならない。アリエも同じだ。


「うん、そうだね」


「そうだよ」


アリエはトウィンカと目を合わせたあと、少しずつ本来の自分を取り戻していく。ゆっくり目を閉じ、深呼吸を一回。閉じていた目を開け、極力目を合わせようとしなかったサフィアに視線を合わせた。今度はサフィアもその視線をそらすことなく、受け止める。


「ウィーテを助けてくれてありがとうございます。今からウィーテをウィンに起こしてもらいますが、ぜひサフィアさんも立ち会ってください」


「よろしいのですか?」


「はい。その方がウィーテも喜ぶと思いますから」


サフィアたちと合流して、アリエは初めて笑みを見せた。

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