三話
「レイン、サラン早く!」
トウィンカは久しぶりに外に出た解放感にうんと背筋を伸ばし、大きく息を吸った。隣ではアリエが先ほどの移動手段に驚きながらもトウィンカに合わせて着いてきてくれる。
「ウィンったら。サラン様やレイン様を焦らせたら駄目よ。先ほど帰ってきて疲れていらっしゃるのだから」
トウィンカの行動をたしなめているが実際は移動手段、肩に乗せられて移動するという行動に恐縮しているのだろう。ドラゴンをもう憎んではいないとまではいかないが、少しずつドラゴンを許し、尊敬の念を抱いてきたとこの間お喋りをしていたときにいっていた。そんなときに、いいなり肩に乗せられたのだ。恐縮するのも無理はない。
王都の外に出るまで顔をフードで隠しながらの徒歩移動で時間がかかってしまったが、 出てからはサランたちの肩に乗せてもらって移動したおかげで、日が少し傾いた頃にはアリエの家までもうすぐというところまで来ていた。
「大丈夫ですよ。私たちはドラゴンですので、これくらいでは疲れなどしません」
「それにウィンとの約束だしな」
「二人ともウィンに甘いですよ」
アリエの言うとおりであるとトウィンカもわかっていた。こんなわがままを竜騎士であるサランとレインが聞いてくれるのはラゼルの娘だからだ。少し前に起こってしまった事件に責任を感じてるのだろう。少し前に起こってしまった事件に対しても気にしないでとトウィンカが言っても、頷くだけでずっと責任を感じている。それに対してトウィンカができることといえばわがままを言うことだけ。サランとレインにもっとわがままを言ってほしいとお願いされたからだ。わがままを言って責任から気をそらすことしかできない。だからトウィンカはわがままになることを決めた。
数分四人で野原のような道を歩いていると、後ろから誰かの足音が聞こえた。人間にしては速度が速く、距離がぐんぐんと近づいてきている。
「レイン、サラン」
真剣味を帯びた声で二人を呼べば最初から気づいていたようで、すでに足音のする方向に視線を向けている。
「どうしたの?」
唯一気づいていないのはアリエだけだ。トウィンカはここ最近警護をしてくれている竜騎士たちにアリエがいない間、暇な時間を使ってドラゴンとしての教育を受けていた。まだ竜騎士たちのようにはいかないが、聴覚や視覚などが人間の姿でも人間以上に視える、聞こえるようになってきている。アリエよりも早く気づけたということは、能力が使えてきているということだ。竜騎士たちの教育の賜物だろう。
アリエとトウィンカを背に庇い、サランとレインが相手を威嚇するように魔力を練りこんでいると、慌てたように相手が姿を現した。
「待ってください。私たちは敵ではありません」
その姿と声を確認したサランとレインは知り合いだったようで、魔力を霧散させる。アリエでも視認できる位置までやってきた男女二人は竜騎士の証である白を基調とした軍服を着ていた。トウィンカは竜騎士に女性がいたことに驚きながらも、違うところに目を奪われていた。
まるで深海の海のように濃い紺色の二対の瞳。髪の色は全く違うものの、顔だちがそっくりだった。
「アクアマリンの双子か。こんなところまでどうした?」
レインの投げた疑問で彼らが双子であることが判明する。
透き通った青の長髪を一つに上の方でまとめている女性の竜騎士は、アリエを見るなり申し訳なさそうな表情をする。そんな姿を薄い緑の短髪の男性は心配そうに見つめていた。二人ともアリエの関係者なのだろうか、と思ったところで一つの可能性が脳裏に浮かびあがった。隣にいるアリエの顔を一瞥すれば表情が強張っている。この予想は間違っていないだろう。
女性の竜騎士はアリエからレインに視線を映し、次にトウィンカの顔を見るなり、頭を下げた。トウィンカはいきなり頭を下げられたことに困惑を隠しきれず、おどおどしながら彼女の言葉を待つことになった。
「私はサフィア・アクアマリン。隣の彼は双子のツウィズ・アクアマリンと申します。トウィンカ様お願いがあります。私どもをどうか、同行させていただけないでしょうか」
ツウィズ、と呼ばれた彼もサフィアにならって頭を下げた。
彼女たちはトウィンカに頼んでいるが、これはトウィンカが簡単に決めていい問題ではない。
「私はいいけど、聞く相手が間違ってるよサフィアさん。同行していいかどうかはアリエに聞いて?」
いきなり振られたアリエは強張ったままの顔をトウィンカに向けるが、真剣な表情のトウィンカを見て、表情を和らげていく。少しの沈黙の後、アリエは両手の固く握って小さく呟いた。
「……どうぞ」
アリエにとって大きな一歩を踏み出したことを、トウィンカは感じ取る。彼女たちがほっと息をつく中、アリエに思わず抱き着いてしまった。
「アリエっ!」
いきなり抱き着いたトウィンカに、アリエは驚きながらもトウィンカの背に腕を回してくれた。
「ウィンがそばにいてくれたから」
嬉しくてたまらないその言葉にトウィンカはさらにぎゅっと抱きしめた。




