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一話

平和なナウラル国の首都ロビリィ。そのロビリィの三分の一を占めている王城から、一人の女性が唸り声を上げていた。その正体は、トウィンカ・ミルキークォーツである。


「ウィン、そんな唸っても仕方ないわよ」


「でもー……」


事件から一カ月の月日がたち、本格的な夏が到来した。ナウラル国は四季があり、その季節ごとに様々な料理や景色が楽しめる。四季の区切りがない国外からの人たちからも人気な国だ。竜騎士がいて、治安もいいことから、移住希望が絶えることはない。

トウィンカは部屋に置かれたテーブルに頭を突っ伏せていた。問題は夏独特のこの暑さではない。父、ラゼルが火属性のドラゴンだったからなのか、この暑さを嫌だとは感じない。うなだれている原因はこの現状にある。

苦笑しながら、困ったようにトウィンカを宥めるアリエを一瞥して、ため息をつく。


「アリエはいいのよ。仕事させてもらってるから。私は仕事どころか部屋から出してもらえないのに」


敵国ヴァラーズに攫われて起こった事件。事件で負った傷は完全に治っていた。むしろずっと安静を強要されていたせいで、発生したストレスを運動か何かで発散したいくらいだ。攫われてからというものの、トウィンカの護衛は竜騎士の仕事となり、その影響で部屋は竜騎士の住む建物へ移動となった。二階へは中々上がることができない。竜騎士メイドになりたての頃にそう言われたばかりなのに、今はその中々上がることができない場所に住んでいる。部屋の広さは竜騎士メイド時代の三倍ほどになり、カーテンやベッドの素材もずっといい素材が使用されている。クローゼットの中には竜騎士メイド服や家から持ってきた服のほかに、誰が用意したのか貴族たちが着るようなドレスが何着も入っている。


「しょうがないわよ。だってウィンはドラゴンたちにとって大切な存在なんでしょう?」


「うー」


アリエが言うとおり、治癒の能力を持つドラゴンはトウィンカしかいない。貴重な存在であることは自覚している。けれど自由に羽を伸ばして生きてきたトウィンカにとって軟禁状態の今は窮屈で仕方がなかった。唯一、アリエがこの部屋のほぼ専属メイドとなって訪ねてきてくれるのがありがたい。現状竜騎士メイドがいなくなってしまったが、基本竜騎士は自分のことは自分でやっていたため、それほど重大なことにはなっていないらしい。


「ちゃんと竜騎士メイドやるって宣言したのに。アリエの妹を治しにだって行きたいのに」


あれから再び竜騎士であるサランやレイン、そして王子であるアルバートを交えて王さまと話し合った結果、トウィンカが王城を拠点に住むことで話がまとまったらしい。トウィンカが王城を外出する際はサランかレイン、そしてアルバートが付きそう条件付きである。本人抜きに重要なことを話しあわないでほしいと思ったが、一応重傷のけが人だったのでそこは沈黙しておいた。


「でもそれはサラン様やレイン様が戻ってからって決まりじゃない」


「過保護すぎるのよ、あの二人は」


話題に出ている二人の姿を頭に浮かべる。ラゼルとは性格が正反対なのに、どこか雰囲気が似ているトウィンカの叔父にあたるサラン。そしてラゼルの幼馴染で、頼りがいのありそうなレイン。竜騎士の中でも飛びぬけて容姿端麗な二人だ。それでいて年齢は誰よりも上だというのだから驚きが隠せない。

現在二人は長老会が開かれた、自然に生きるドラゴンが棲む場所にいる。今後のトウィンカがどうするかと、本格的に竜騎士に身を置くということを伝えに戻っているらしい。まだ外は危ないからと二人が戻るまでは外に出ることを禁止されてしまったのだ。いくらハーフドラゴンとして力を得たといっても、部屋の外にいる竜騎士の護衛二人を倒せるほどの力はない。

やることと言えば、アリエと話して時間をつぶすことくらいだ。

そんなトウィンカにアリエは面倒とも言わずに律儀付き合ってくれるのだから、本当にいい親友を持ったと思いながらも、頬を膨らませていた。


(早く治してあげたいのに……)


アリエも早く目を覚ました妹と話したいだろう。それなのに、文句一つ言わない。文句ばかり言っているトウィンカとは大違いだ。

ため息ばかりついているトウィンカの耳に、ドアをノックする音が入ってきた。アリエが席を立ち、部屋を訪れた人の姿を見るなり、トウィンカに駆け寄ってくる。


「ウィン、ようやくあなたの願いが叶うわよ」


その言葉に腰をひねって扉の方を振り向けば、サランとレインが苦笑を滲ませながらこちらに歩み寄ってきた。

トウィンカは嬉しさのあまりイスを倒して立ちあがってしまったが、今はそんなどうでもよかった。


「ほら、早くアリエの実家に行こう!」


目をきらきらと輝かせて二人の顔をのぞきこめば、レインは笑いを堪えるように口元を手で押さえ、サランは頭痛を堪えるように眉間に手を当てている。


「あれ……?」


何か間違ったことを言っただろうか。首を傾げていると、隣に控えていたアリエにぼそっと耳打ちされた。


「そこは、おかえりって言うところでしょう」


呆れた声に、ため息のおまけつきである。トウィンカはあぁと納得し、二人に満面の笑みを向けた。


「おかえりなさいっ」


帰ってきたのは、呆れながらも、嬉しそうな二人の笑顔とただいまという言葉だった。

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