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よんつぶめ




 女子が周りを囲んで、自分のことを見ている。

 みんな器用に口の端だけを上げていて、壱はそれがなんだか気持ち悪かった。


「なんの用? 僕、ドッジに行くんだけど!」


 見覚えはあるけど、同じクラスになったことのない、話したことのない女子達だ。呼び出されたから来たけれど、壱のほうに彼女達と話すことはなかった。

 壱の言葉にみんなはむっとした顔をする。リーダーのような一人も眉を上げたけど、なにか言いそうな仲間達を手で制し、笑顔になった。


「ひながさ、荻野に用事があんの」


「ひな?」


 ぽんと押されて、女子の中から一人、小さな子が出てきた。お下げ髪で、前髪が長く、顔が見えない女子だった。

 まさかの登場人物に、壱は目を瞬かせる。


「水瀬さんじゃん」


 去年、クラスが同じだった子だ。

 半年程は生物係で一緒になったけど、壱はメダカに餌をあげるくらいなもので、ハムスター小屋の掃除や餌やりなど、細かい仕事はほとんど彼女がやってくれた。

 月に一度、分担を決める時に「今回も僕がメダカ担当ね」と話しかけるくらいなもので、他は話したこともない(しかも水瀬は頷くだけだった)。


「水瀬さん、どうかしたわけ?」


 まさか、なにも言わないのをいいことに、仕事を押しつけ気味だったことを怒られるのだろうか?

 なまじ悪いと思っていただけに、顔を合わせるのは気まずい。壱は彼女から目を逸らした。


(まあでも、僕が悪いしな……)


 壱の所業については、担任の先生や伶からも叱られていたので反省済みだ。

 一応しぶしぶ謝ったけれど、彼女もなにか言い足りないのかもしれない。

 謝ったのに、一年経ってからこんなに友達を引き連れて、なんて文句もないわけではないが……水瀬の言いたいことなら、受け入れよう。そう思って壱は彼女の言葉を待った。


「あ、い、いやあの」


 だけど、いくら待っても本題に入らない。ちらりと水瀬を見ると、彼女は逃げ出したいのか、半身を翻そうとしていた。

 そこで壱は思い出す。そういえば、彼女と話そうとしても、こうやっていつまでも話さないから、煮え切らずに壱が勝手に話を進めていたことを。

 いらいらしているのは、周りを囲む女子も同じみたいだった。笑ってはいるけど頬が引き攣っていたり、中には隠さずに貧乏揺すりをしている者もいる。

 友達だから慣れてるんじゃないのか。そんな違和感を覚えて、壱は首を傾げた。


「やっぱり私……」


「ひな」


 そんな彼女を遮って、リーダーの女子が名前を呼ぶ。

 優しい声だった。それでも水瀬は小さな体をぴんっと伸ばすと、怯えたように小さく震える。

 やっぱり。壱は眉根を寄せた。去年、自分と話していた時とはなにか様子が違うように思えた。


「……なんか嫌がって、」


 つん、と袖口が握られる。壱が口を閉じると、水瀬は消え入りそうな声を出した。


「……すきです」


「え、」


 わっと歓声が上がる。

 俯いた彼女の顔は見えなかったけれど、きゅっと口をすぼめて、手のひらを固く握っていた。

 握られた袖口がぐしゃぐしゃになっていく。


「ねえ、荻野。聞こえた?」


「ええと」


「ひなと付き合ってあげてよ」


 リーダーが壱に向かってにっこりと笑う。

 怖気がした。付き合う、という言葉は、聞いたことはある。好き合っている男女が、抱きしめ合ったり、キスしたり──。


「いや、僕は、ひえっ」


 咄嗟に逃げようとすると、肩に手を置かれる。そんなに強い力なわけでもないのに、壱は足が竦んで、動けなくなってしまった。

 水瀬はずっとこんな場所にいるのか。ふとそんなことを思って、彼女のほうを見ると、小さな身体を縮めて、じっと固まっていた。

 声だけじゃなくて、水瀬自体が消えていくような気がして、壱はなんだか鼻の奥がツンと冷たくなる。


「ね、荻野。いいでしょ?」


 念を押されて、壱は思わずこくりと頷いてしまった。


(──嫌なこと思い出したな……)


 苦い顔をすると、壱は真琴の家のチャイムから手を離した。

 市原に言われ、告白について考えてみたが……ドラマや漫画で恋愛シーンをすっ飛ばす壱にとって、告白という行為の知識は、先ほどの記憶と、真琴がしていた告白だけ。ほぼ皆無である。

 好きと言えばいいのは分かるけれど、そんなこと考えただけで体が痒くなってしまう。壱は早々に考えるのを放棄した。


(真琴ちゃんに会ったら、ごめんって言って、そんで、チョコ渡して帰る。うん。それだけにしよう)


 真琴は壱が恋愛の話題が嫌いなことを知っている。きっと分かってくれるだろう。

 そう結論付けて、壱は、今度こそチャイムを鳴らした。

 ピンポン、と音が鳴って、中からドタバタと足音がする。


「はいはーい。……あら。壱くん?」


「あ、おばさん」


 ドアから顔を出したのは、真琴の母親だった。

 彼女はぱっと顔を輝かせると、中へ案内してくれる。


「お見舞いに来てくれたの?」


「うん」


 月曜日だから学校で顔を合わせるだろうと思っていたけれど、真琴は体調不良で休みだった。知らなかったことだが、なんと土日の部活も休んでいたらしい。当然塾も休んでいるのだそうだ。

 あの買い出しで喧嘩して、一週間、口をきいていないが、その間の真琴は咳をしてしんどそうだった。

 あの寒い中大きな荷物をばら撒いて放置してしまったのだ。風邪を引くのは当然かもしれない。完全に壱のせいだ。


「真琴の部屋に行っといて」


 言われた通り、壱は真琴の部屋に行く。彼女の部屋には今まで何度か入ったことはあるけれど、こんなに緊張して訪ねるのは、初めてかもしれなかった。


「いいよー」


 ノックをすると、中から呑気な声が聞こえてくる。普段は意識していない心臓の音が嫌によく聞こえて、壱はおそるおそるドアを開いた。

 真琴はベッドの上で寝そべって、スマホをいじっていた。母親とでも思っているのか、壱に全く気づく様子はない。


「ま、真琴ちゃん」


「……壱くん?」


 仕方なく近寄って声をかけると、彼女はばっと体を起こして、壱を見た。目をまん丸に開いて、驚いた顔をしている。


「えっと」


 なんて言えばいいのか分からなくて、壱は目線を落とした。


「…………」


 気まずい空気が流れた。

 真琴はしばらくじっと壱を見ていたが、やがて口を開く。


「なにしに来たの? 友達でもない女の子の部屋に突然来て、非常識じゃない?」


「うっ」


 棘のある声に肩を揺らすと、壱は手に持った紙袋を見た。

 中には、授業のプリントや、真琴のために買ったチョコレートが入っている。

 これを渡して、謝りに来たのだ。


「……バ、バレンタインさぁ。僕が試食をしなかったから、チョコを作れなかったんでしょ?」


 顔を背けると、壱は紙袋を押しつける。真琴はその紙袋を眺め、ひとつ息を吐いた。


「別に。女バレとか女バスの子達がやってくれたよ」


「え、」


「そんなことを言いに来たの?」


「いやあの」


 想定外の答えに、壱は完全に躓いた。真琴は眉根を寄せると、紙袋をベットの傍にあるローテーブルの上に乗せる。


「じゃあ、私、寝たいから」


「ご、ごめん!」


 そしてそのまま本当に寝ようとする。慌ててベットの側に滑り込むと、壱は横になろうとする真琴を押さえた。


「…………」


「あの。僕、僕のせいで、風邪、引いたんでしょ?」


「……悪化したのは自分のせいだよ。風邪気味でお菓子作りとかしてさ。うちの台所ちょっと寒いのに半ズボンで裸足だったし。ママにめっちゃ怒られた」


 横になるのを止めると、真琴はそのままベットを下りて、床に座り込んだ。


「……バレンタイン……終わっちゃったなあ」


 ぽつりと呟いて、真琴は紙袋を一瞥する。

 今日は十六日。学校では、バレンタインチョコは、今日渡されていた。


「壱くんこれ貰ったの? 美味しそうなやつじゃんね」


 力なく笑って、真琴は膝を抱えた。


「そりゃ、買ったやつのほうがいいよね。なにやってんだろ私。壱くんはこれ本命から貰ったの?」


「へ?」


「よかったじゃん。たぶん私と話さないから貰えたんじゃない? なんか私ら、学年内で公認カップルとか言われてたみたいだったしさ」


 ぐす、と鼻をすする音が聞こえる。知ってたんだ。そんなことを思って、壱はぽかんと口を開けた。


「壱くんと話さなくなってから、『別れたの?』って何回も聞かれたし。付き合ってないって言ってんのにさ。私、壱くんの邪魔してたんだ。そりゃ壱くんも怒るよね」


「あ、あの、真琴ちゃん?」


「でもチョコ貰った紙袋は使っちゃだめじゃない? 壱くんは中身しか見てないんだろうけどさ。あ、報告? それとも自慢したいのかな?」


 どうやら盛大な勘違いをしてるらしい。壱は紙袋からチョコを取り出すと、真琴を揺さぶる。


「真琴ちゃん! よく見てこれ!」


「?」


 ようやく真琴が顔を上げた。思った通り、涙で濡れていた瞳は、やけにきらきらしている。

 その瞳と真正面からぶつかって、壱は喉を詰まらせた。

 さっさとチョコを押しつける。


「これ、僕が真琴ちゃんにあげるために持ってきたの」


「……壱くんが私に?」


「コンビニで適当に買ったやつで悪いけど……せっかくチョコのおいしい日だからさ。今まで、ホワイトデーとかもあげたことなかったし……」


 ぽかんとする真琴に早口で話しながら、壱は袖口で彼女の涙を拭う。


「それは……だって試食だったし……」


「でもいつもおいしかったし。毎年クオリティ上がってんじゃん。店のやつにも負けてないし、なにも返さないのは、失礼だったかなと思って」


「…………」


 真琴はチョコをしげしげと眺めると、胸に抱いた。

 本命とは全く別の、ただの友達から貰ったコンビニ菓子なのに、まるで宝物を見るような愛おしい目をして、彼女はふにゃりと笑う。


「ありがとう」


「うん」


 いったい壱は、あと何回真琴に惚れたらいいのだろう。

 顔がカーッと熱くなって、壱は思わず巻いていたマフラーを外した。

 無意味に口元を擦っていると、真琴がふと自分の隣を指すので、大人しく隣に座る。


(ほんとやばい……)


 逃げ出したいのに、真琴の傍にいたいなんて。こんな感情、世の中の人達はどうやって処理しているのだろう。

 暴れ出したいのを堪えて彼女に目を向けると、真琴は声を弾ませた。


「壱くんは誰かに貰ったの?」


「……。貰ってない」


 毎年、義理チョコを配ってる女子から何かしらを貰っていたが、今年は誰からも貰えなかったし、壱もねだりにいかなかった。

 真琴と仲の良い女子達からの視線、とんでもなく怖かったし、壱もバレンタインの話題に触れたいと思わなかった。


「なんもなかったから、今年はそれだけ」


「…………」


 真琴がおもむろに立ち上がる。どうするのだと眺めていると、彼女は部屋から出ていった。




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