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ふたつぶめ




 あの後、流れで壱も雛子と連絡先を交換した。付き合っている間は、雛子がスマホを持っていなかったので、初めて雛子の名前が入った。なんだか不思議な気分だ。


「ひなちゃんかわいかったね」


 二人と別れてからの帰り道。今度は真琴の速さに合わせながら、ぼうっと歩いていると、ふいに真琴が話しかけてきた。


「……うん」


「壱くんの恥ずかしいエピソードとか聞いちゃおー」


「真琴ちゃんの面白人生に比べたら、僕の人生は普通すぎるからなぁ」


「なんだとう」


 真琴が下唇を少し突き出す。その顰めっ面がなんだか面白くて吹き出すと、真琴は目を瞬かせて、ふにゃっと笑った。


「よかった。あの二人に会ってから、壱くんなんかテンション低いんだもん。まあ朝からだったけどさ」


 まさかバレていたとは思わなかった。瞠目する壱の腹を、今度は真琴が突いた。


「元カノに彼氏ができててショックなんでしょ」


「そんなんじゃないよ」


「うそだぁ。かわいいもんね、ひなちゃん」


「……別に。本当、そんなんじゃないから」


 顔を逸らす。確かに、ちょっとショックだった。壱がどんなに頑張っても、雛子はあんな顔はしなかった。

 笑わせるなんて持っての他で、いつも泣きそうな顔をしていたのに。


(あれか……? ひなちゃんのこと好きだったのか……?)


 それもなんか、違う気がする。

 雛子といた時のことを思い出すと、今でも心臓がどくどくとうるさいし、なんだか息が上がってくる。いつも謎の切迫感があった。


「前にも自慢気に話してたもんね。あんなにかわいい子なら納得かも」


「え? あー、そういえばしたね」


 あれは、真琴にマウントを取るために話しただけだから、雛子のかわいさを自慢したわけではないが。


「よく覚えてたね」


「そりゃあね。衝撃だったからさ」


 そういえば、この唐変木に彼女が? と、ずいぶん驚いていた。


「失恋した壱くんには申し訳ないけど、私は本気で狙いに行くからね」


「なにを? 首?」


「恋人!」


 真琴が拳を握りしめる。壱は目を細めた。


「……。好きだって言ってた人?」


「うん」


「無理じゃない?」


 彼女の好きな人の話は、もう耳にタコができそうなくらいに聞かされている。

 塾で出会った大人な人、だそうだ。

 こんなにずっと一緒に居るのに、彼女は壱ではなく、塾で週に数回顔を合わせるだけの人を好きになったのだ。

 確か去年好きだった先輩は、一緒にいる機会が多くて好きになったと言っていたのに。


「だって、ちょっと話してるだけなんでしょ? 相手の人、真琴ちゃんが言い寄ってくるの嫌なんじゃないのー?」


 意地悪に問いかけると、真琴は眉を吊り上げる。


「大丈夫だもん。『笑顔がかわいい』って言ってくれるもん」


「お世辞お世辞」


 腹を抱えて笑うと、真琴が耳を引っ張ってくる。しかしぱっと離すと、鼻を鳴らした。


「壱くん。失恋には新しい恋だよ」


(……まあ……失恋はしているけど)


 呆れた目を向けるが、彼女は「分かってますよ」と言わんばかりに頷いた。

 壱の表情には気付いているようだが、理由までは分からないらしい。壱は半眼になる。


「別に、ひなちゃんはもうそんなんじゃないからね」


「またまたぁ」


 本当に分かってないんだな。鈍いふりをしてるんじゃないかと思ったこともあるのだが、そういうわけではなさそうだ。

 壱の思いにちっとも気付かないで自分のことばかり考えて。壱は頬を引き攣らせた。


「……僕、別に好きな子いるし」


 言ってやった。どくどくとうるさい心臓と、にやける口元を押さえる。

 絶対にないことだけど、壱がもし新しい恋を見つけたら、こんな距離で居ることもなくなるのだ。

 そうすると話を聞いてくれる人も、試食する人も、慰めてくれる人もいなくなる。その想像をして、ちょっとは壱のことを考えたらいい。


「えっ……」


 真琴は、ぽかんとしてから大声をあげた。


「え、うそ、好きな子いるの⁉ 壱くんが⁉」


「いるよ」


 自分に好きな人がいたらそんなに変だろうか。眉を寄せると、真琴は相当驚いたのか、顔をぐいっと寄せてきた。


「だって、壱くんって恋愛なんてくだらないとか言ってるじゃん」


「……。言ったっけ?」


「言ってる!」


 目を逸らす。

 惚れた腫れたの話題は、壱にはどうにも痒い話だった。だって、特定の人にデレデレして頭が上がらないとか、公衆の面前でいちゃつくのとか、すごくかっこ悪いから。


「水臭いよ。どうして教えてくれないの?」


 ぎゅっと腕を握られて、壱は身体を揺らした。


「……別にいいだろ。教えなくっても」


 真琴に好きな人がいると言うことは、それすなわち、告白である。


「だって、協力したいじゃん」


(……言うんじゃなかった)


 これは、名前を出すまでしつこく聞いてくるな。身体をガンガン揺さぶられて、壱は青筋を立てた。


「よけいな気回さないで。ややこしくなるから」


 ため息を吐くと、真琴はぴたりと動きを止めた。


「なんだよう……」


 寂しそうな声音に彼女を見ると、真琴はなんだか泣きそうな顔をして、壱を睨みつけていた。


「なんだよ、馬鹿。壱くんの役に立ちたいと思ってなにが悪いわけ?」 

「よけいなお世話だって言ってんの」


 好きな人に他の女との恋愛を応援されるなんて、そんな惨めな話があってたまるか。


「よけいって……」


 彼女の頬が引き攣る。それに気づいたけれど、口は止まらなかった。


「真琴ちゃんが入ってくると全部台なしになるから。止めて」


 吐き捨てる壱に、真琴は目を開くと、拳をぎゅっと握った。俯いた顔から雫がポツポツと降る。

 どうして分からないのだろう。泣きたいのはこっちのほうなのに。


「ッ、でも」


「しつこい」


 真琴は楽しいかもしれないが、バレンタインだの、恋の話だの、壱は全く楽しくない。

 壱が睨みつけると、真琴は縋るように腕を握ってきた。


「と、友達じゃんか……」


「友達じゃねえよ!」


 ずっと。ずっと、ずっと、ずうっと、初めて話した時から真琴は壱にとってかわいい女の子だった。なのに。


「友達じゃねえよ、真琴ちゃんなんか!」


 こんなことになるなら、あの日、彼女が作ったチョコなんて食べなければよかった。

 真琴と会った日のことを思い出し、壱は真琴に買い物袋を押しつける。

 どさどさっとチョコレートが流れ出てきたけれど、あの日と違って拾わないまま、壱はその場から逃げ出した。




  *  *  *  *  *




 壱が初めて真琴と話したのは、中一のバレンタインデーだった。

 壱が通っていた中学校は、基本的にお菓子等、勉学と関係ないものの持ち込みは禁止されていたが、バレンタインの日は表向きに禁止だというだけで、チョコレートの受け渡しは黙認されていた。部活の顧問に渡す人までいるくらいだ。

 と言っても、さすがに校内で食べたら怒られるのだが、壱はそんなことは知ったこっちゃない。こういうのは、バレなければいいのである。

 そこらじゅうでチョコのやりとりがされる中、貰ったチョコを手に教室を出た。

 チョコの入った紙袋に鼻を近づけると、わずかに甘い匂いがして、壱は浮き足だっていた。その足を止めたのは、女子の声だ。


「好きです」


 思わず足を止める。人気(ひとけ)のない階段の踊り場に男女の姿が見えて、壱はしゃがみこんだ。まさかの告白の場面である。


(うえー)


 舌を出すと、壱は笑いを堪えながら、少しだけ頭を出してその場面を盗み見た。

 男の方は……三年生の先輩だ。野球部で見たことがある。女子は、と視線をずらして、壱は思わず顔を顰めた。

 隣のクラスの女子だ。西ノ谷(にしのや)真琴。お下げ髪で、ぶりっ子のように甘えた声で話したり、寒いと言いながらスカートを短くしてたり、袖を懸命に伸ばしているのが、なんか気にくわなかった。寒いなら着込め。体育の前には日焼け止めを塗っていたり、リップを常備しているのも、なんだかおかしい。

 最も、これは彼女だけではなくて、女子全体に言えることだ。

 壱は基本的に女子という生き物が苦手だ。なんたって、うるさいから。あと直ぐに泣くのもめんどくさい。

 今茶化しに入ったら、怒られるんだろうなぁ。ムズムズする気持ちを抑えて、壱は二人の観察を続けた。


「ごめん」


 先輩が頭を下げる。お断りの理由は「好きな子がいるから」らしい。さすが三年生は断り方も大人っぽい。

 ふうんと呟いて、壱は再びしゃがみ込んだ。先輩が慌てていたらからがい甲斐もあったのに(先輩に向かってそんなこと出来やしないが)、なんか、興ざめだ。

 階段に座ると、壱はなんとなく天井を見上げる。すると、だだだっと駆ける音がして、壱は急いでチョコを隠した。

 そしてなんだなんだと前を見れば、なんと、真琴が駆け上がってくる。


「え、ちょっ」


 前を見ていない彼女を、慌てて避けようと立ち上がる。だが遅かった。

 どんっと鈍い音がして、二人はぶつかる。真琴の体が揺れて、壱は思わず手を伸ばし、手を握って彼女を引き戻した。おかげで真琴は階段から落ちなかったが、手に持っていた箱を落としてしまった。

 中に入っていたチョコが床に散らばって、壱は頬を引き攣らせる。思わず顔を見ると、真琴はしゃがみ込んで、それからチョコを箱にひょいひょいと入れた。


(……あれ)


 てっきり、泣いてしまうと思ったのだが、彼女はそうじゃなかった。もし泣かれると、壱はどうすれば良いか分からないから、助かったけれど。

 胸を撫で下ろしたところで、彼女はすたすたとゴミ箱に近寄って、手を振り上げる。


「に、西ノ谷さん⁉」


 壱はぎょっとして、慌てて真琴を止めた。掴んだ腕が柔らかくて、反射的に離す。だが、真琴は止まってくれた。


「……なに?」


「学校で捨てたらえらいことになるよ。全校集会だ」


 この階段は、特別校舎に行く時以外は滅多に通らない。だから、先生も的が絞れなくて、全校生徒を叱りつけることになる。わざわざ呼び出して、犯人捜し。それの面倒なことったらない。

 だが、真琴は壱の助言を意に介することはなく、ツンとそっぽを向いた。


荻野(おぎの)荻野くん達だって、しょっちゅう先生のこと怒らせてるじゃん。そんな人に注意なんかされたくないんだけど」


「はあ? 全校を巻き込むのとは訳が違うっての」


「クラスの女子は巻き込んでもいいって言うの?」


 言われてる意味が分からずに眉を寄せる。真琴は大きなため息を吐いた。


「荻野くん達が掃除サボって遊んでるせいで、みんなが怒られて迷惑だって、そっちのクラスの女子が言ってましたけど」


 ああ、こないだ、先生にホームルームで怒られた時のことを言っているのだろうか。

 全く、女子って生き物は、直ぐに噂を広めて、自分に関係ないくせに、みんなで囲んで責め立てる。顔を思い切り顰めた。


「なんで西ノ谷さんにそんなこと言われないといけないんだよ。隣のクラスの女子には関係ないじゃん」


「は? 友達が困ってるんだから、ふつーは心配するでしょ」


「自分のこと自分で出来ないだけじゃん」


 鼻で笑ってやれば、今度は真琴がカチンときたらしい。眉をつり上げ、壱に近寄ってきた。


「自分のこと出来てないのは男子の方じゃん。宿題やってこないから、授業が潰れたって聞きましたけど」


「はい出た決めつけ。男子、じゃなくて俺と田中と」


「自分入ってるじゃねえか」


「……だいたい、宿題やってこなかっただけでその場でお説教するせんせーが悪い」


「それは同感。自己責任だよね」


 まさかの返事に、壱は瞳を瞬かせた。クラスの女子に言っても「お前が悪い」としか言われなかったのに。


「潰れたのって、理科の授業でしょ? 原田先生って、イラついてる時とか、怒る隙を狙ってるじゃん。生徒が逆らえないからって卑怯だよね」


 まさにその通りである。こっちがモヤモヤしていたものを口にしてくれて、壱はすっきりした。


「そう。そう! それ!」


 力一杯の同意が面白かったようで、真琴はふっと力を抜いた。


「まあ、宿題はやってこないとダメだけどね」


 彼女の笑顔が眩しく見えて、壱は視線を落とす。彼女が手にしている赤い箱が目に入って、壱はその手から箱を奪い取った。


「あ、ちょっと、返してよ」


「……捨てたらもったいないよ。それに全校集会だし」


 彼女の手の届かない位置まで手を伸ばすと、真琴は泣きそうに顔を歪めた。


「でもホコリついてるし」


「払えばいける」


 箱を開けて、中のトリュフをつまむ。ぱぱっと手で払うと、そのまま口に入れた。


「わーっ荻野くん、だめ。ぺってして、ぺっ!」


 肩を揺らしてくる真琴を無視して、壱は中のトリュフを全部平らげた。真琴が青い顔をして顔を覗き込んでくる。

 壱は、肩を揺らしたが、避けようとは思わなかった。

 でも、なんだか見ていられなくて、視線をずらす。


「これくらい平気だって。おいしかったよ」


 ごちそうさまと呟いて、空箱を返す。真琴はぱちりと瞳を瞬かせて、それから微笑んだ。


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