七歳公女ヴィクトリアの日常
「はあ?兄様が消えた?」
シュバルツベルト大公家の一室に、ヴィクトリア公女の低い声が響く。しかし、七歳の私の声は、高く聞こえていた。
その不愉快を醸し出している私の質問に、従者見習いのアルフォースがおどおどしながら答える。
「あっ、は、はい……皇太子と共に、深紅の森に入り消息不明だそうです」
貴族の少女の周りに配置している私の専属メイドの三人娘が、先に反応した。
「えーそれって、大変じゃないですかー?」
一番背の低い可愛らしい見た目のチェリアが声を上げる。
「それは心配ですねぇ。お嬢」
大人っぽいエレインが、感情を込めずに淡々と答えた。
「リアお嬢様どうなさいますか?」
その二人をまとめる、しっかり者のジャネットが私に答えを求めてくる。
「――放っておきなさい」
「えっ!!?」
その答えに、反応したのは最近入ったばかりの、アルフォースだけだった。他の皆は、当たり前のように頷いていた。
「なんなの?アル。どうしたのかしら?」
「あっ、いえ……お嬢は心配じゃないのですか?」
不思議そうにアルフォースは、私に尋ねる。
「全然」
短く言い切ると、すごく驚いた顔をされた。すぐさま横に立っているアルフォースの上司である、クロードは注意をする。
「アルフォース。お嬢様に対してその顔はいけませんね。たとえ、お嬢様が冷酷なことを言っていたとしても、我々は頷くしかないんですよ」
なんか引っかかる言い方をしてくるクロードを、呆れた顔で私は見る。なので、失礼な従者に言い返した。
「失礼ね。私は冷酷なことは言ってないわ。あの兄様よ。そのうち帰ってくるでしょう」
「そうですね。ライア様だけならそれで済むでしょうね」
「……何が言いたいの?クロード」
クロードは、かけているメガネをくいっとあげて答えた。
「今回は皇太子様と一緒なのですよ。このまま帰ってこなかったら、我が大公家の責任問題となるでしょう」
「はあ?どうしてそうなるのよ」
「それが権力社会というものですから」
淡々と答えるクロードを睨みつけてから、私はため息を吐く。
「わかったわ。捜索隊を出しなさい」
「それなんですが、ライア様が屋敷を守らせている騎士以外を、全員連れて行かれました」
「それはもう、確信犯じゃない!」
どうしようもない次期当主の兄上に怒りが湧いてくる。あの兄のことだ、私が探しに来る前提なのだろう。そして、探すまで帰ってこない。
「わかった!クロードとアルは、私についてきて」
「はっ」
すぐ返事をするクロードと違い、アルフォースは戸惑った顔をしている。
「お嬢、自ら行くのですか?」
「仕方ないのよ。それが早いから」
「はい。そうですね」
「ああ、行きたくない。どうしてこんなに忙しいのかしら。私はのんびり過ごしたいのに」
私の願いは天には届かない。
◆◆◆
「兄様どこですのー。出てこなくてもいいのですよー」
「お嬢様、出てこなかったら帰れないですよー」
心の声が漏れてしまい、冷静にクロードに突っ込まれた。
この国の森には、猛獣はもちろん魔物もいる。でも、そんなことはお構いなしで、大声を上げる私の周りにはたくさんの死骸が落ちていた。
「ほら、アル。手が止まっているわ」
「お、お嬢……もう無理です……」
私の前に双剣を持ったアルフォースが、肩で息をして立っていた。
「もう無理なの。訓練が足りないわよー。ほら、クロードを見てみなさい」
そこには、アルフォースが倒した倍の死骸が山積みになっていた。武器ももたずに素手で倒しているクロードは、余裕な顔をして立っている。アルフォースは、それを見てすごく嫌な顔をして小さな声で呟いた。
「……バケモノ」
アルフォースの小さな呟きは、ちゃんとクロードに聞こえていたらしく、血のついた顔のまま微笑んだ。
「アルフォース。後で稽古をつけてあげます」
その言葉に、アルフォースは更に肩を落とす。二十八歳の男前従者と血のコラボは、絵になるわね、と私は心の中で満足する。横目でそれを見つめていると、森の奥から巨大な気配を感じた。アルフォースが、急いで私の前で剣を構える。
「お嬢、何か来ます」
「そうね。この森の主かしら?」
目の前には大きな狼の魔獣が立っていた。毛並みは綺麗な白色でふわふわだった。
「これ、気に入ったわ。持って帰りましょう」
「えっ?これは……無理でしょう」
アルフォースの戸惑う言葉は無視して、クロードを見る。
「ダメです!」
「ちゃんと飼うから!お願い!」
「最後まで面倒を見た試しがないでしょう。この間の巨大なヘビも連れて帰ったら、メイドが一人食べられそうになっていました。お嬢様には生き物を飼うなんて、無理なんですよ」
「やだーやだー。か・う・のー」
子供みたいに駄々をこねる私と、親みたいに拒否するクロードを、アルフォースは止めに入った。
「お嬢にクロードさん。今、そんなこと言ってないで……た、助けてくださいー!!」
人の三倍もある狼を相手に、アルフォースは泣きながら一人で戦っていた。それを見て、クロードはため息をついた。
「はあ〜わかりました。お嬢様、今回だけですよ」
「やったー!」
そう言うと、私は狼の前に立った。
「アル、下がりなさい」
アルフォースは言われたとおり後ろに下がり、クロードに尋ねる。
「大丈夫ですか?お嬢は?」
「ああ、お前は知らなかったな。お嬢様はこの国で、一番の魔法使いだよ」
クロードは自慢げに、私のことを説明する。
「容姿淡麗!小鳥のような声!歩く姿は可愛らしい雛のよう!でも、実際はわがまま放題、気が強く、まだ七歳なのに、国一番の魔法使いになり、そのわがままに拍車をかけた、可愛らしいお嬢様なのですよ」
「クロードさん、それ……褒めてます?」
クロードの言葉に言いたいことは山積みだが、たぶん彼なりに褒めているのだろう。
そう、私ヴィクトリアは、七歳にしてこの国の最高魔法使いの称号を、もらっているのです。でも、まだ幼いので、知っている人は少ない。
でも――
「ちょっとクロード!雛ってなによ!」
「えっ!?そこですか!?」
私の引っかかりに、クロードの代わりにアルフォースが突っ込んだ。それを見ている、クロードが満足気に微笑んでいる。すると無視されていたのが、気に入らないのか狼が唸った。
「まあいいわ……後で話合いましょう」
私の意識が狼に戻り、髪を手で靡かせ怒っている狼と相対する。
「さあ、ワンちゃん私のモノになりなさい!」
狼の前に立った私は、手を前に出した。
「ヴィクトリアが命じる――鎖よ、いでよ」
狼の下の地面に魔法陣が現れ、鎖が地面から出て、狼を捕まえる。狼は、動けなくなり、ヴィクトリアに向かって唸っていた。私はこの狼を飼えることが嬉しくて、口角が自然と上がる。
「グウウウウ」
「少しうるさいわね。どっちが上か教えてあげる」
その笑みを見て、アルフォースは恐怖を感じて震えた。
「ヴィクトリアが命じる――雷よ、落ちろ」
空に黒い雲が広がり、雷が狼に向かって落ちてきて気絶したはずだった。
でも、そこには――狼の代わりに、十歳ぐらいの少年が気絶していた。
◆◆◆
しばらくすると、少年が叫びながら目を覚ました。
「……悪魔ああ!」
起きて来た少年に、アルフォースが私の方を責める目で見ている。睨み返すとアルフォースは目を反らした。それを確認してから、少年の方に目を戻す。
「誰が、悪魔よ。あなた名前あるの?」
「えっ?……殺される?」
「はあ!?私が誰かれ構わず殺すように見える?」
会話にならない少年に対して怖い顔をして詰め寄る。それに震えている少年が可哀想なのか、アルフォースは間に入った。
「大丈夫だよ。お嬢は言い方がキツイけど、優しいよ……たぶん」
「なに、たぶんって!?」
「ひっい!すいませえええん!」
フォローが下手すぎて、逆に怒らせてしまったアルフォースは、狼の少年と手を取り合って震えている。私は大きなため息を吐いてから、少年に質問した。
「まあ、いいわ。名前、名前いいなさい」
「……ないです」
「ないの……じゃあ私がつけてあげるわ。光栄に思いなさい。あなたの名前は……そうね、アネスにするわ。これからよろしくね。アネス」
「えっ?これからって……?」
「ええ、さっき雷を落としたときに、従魔契約しちゃった」
「え、嘘?」
「本当よ」
状況がわからず唖然とするアネスを置いといて、クロードと会話をする。
「ほら、クロード。今度のは面倒見れる感じがするわ」
「そうですね。人形の姿になれるなら大丈夫でしょう」
その会話に、アルフォースは小さな声で呟いた。
「……悪魔が二人いる」
聞こえてないと思っているのかしらと、思いながらアルフォースを横目で見る。クロードのメガネもキラリと光った。アルフォースのことはクロードに任せることにして、アネスに質問する。
「ところで、この辺に人がこなかったかしら?」
「え……ああ、そう言えば男が二人、森の奥に入って行ったよ」
◆◆◆
「兄様ー。大丈夫ですかー?」
森の奥に進み、そびえ立つ草をわけながら歩くと、突然開けたところに出た。
そこは湯気がたち上がり、あるのは天然の温泉だった。
温泉に浸かっている、二人の人影が見える。
風で湯気がなくなると、そこには――兄と皇太子は、呑気に温泉に入っていた。
二人は私に気づくと手を振って立ち上がる。私は急いで自分の手で目を隠した。
「に、兄様!何をなさっているんですか?」
「やあ、ヴィヴィ。早かったね。……それ目、隠れてないからね」
指の間から見える、二人の筋肉を見ていたのがバレていた。ちゃんと下は、タオルを巻いていたのでほっとする。
それを皇太子である、フェルディンが私に笑いながら声をかけた。
「くすくす。ヴィクトリアどうかな。私の身体は?」
「見応えが……いえ、見ていないですわ」
心の声が零れそうになるのを、なんとか踏みとどまった。
「そうかい。でも、ライアの言うとおりだな。ヴィクトリアが迎えに来てくれるとは」
「ヴィヴィは、俺のことが好きだからな」
「違いますわ!兄様なんて好き……なわけないじゃ……ない」
最後の方は小声になってしまい、これじゃあ好きと言っているのも同じだと気がついた私は、真っ赤になりながらそっぽを向いた。兄様には、嘘をつけない自分が恨めしい。
それを見て、ライアとフェルディンは小声で話す。
「可愛いなヴィクトリアは」
「そうだろう。あげないけどな」
そんな会話は照れているヴィクトリアには、聞こえていなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




