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僕が死ねば、彼女が助かります。

作者: 竹蜻蛉

 こんな噂がある。

 とある殺し屋がいる。刃物と薬物を使う、凶悪な殺し屋が。そいつに殺されるか、死ぬまで生き続けるかが僕らの人生だ。後者が僕らにとっての願いだが、恐らくそれは叶わぬ願い。ただ、少なくとも僕はそれでも良いと思っている。何故なら、僕に生きている意味など無かったからだ。

 殺し屋の到来時期は、風の噂によって運ばれてくる。誰かが殺し屋を噂すれば、近いうちにそいつがやってくる。どういう形でやってくるのかは知らない。誰も知らない。知っている奴は皆、殺し屋に殺されてしまうからだ。先日も、隣に住んでいた友人の一人が殺し屋によってこの世を去った。悲しいという感情こそ無かったが、彼がいたスペースに大きな空きが出来てしまったことで、そこを虚しい風が通り抜ける事が多くなった。ただ、世の中は上手く出来ているもので、彼がいなくなったスペースには新しい住民がすぐに入ってきた。新しい奴は、たいてい僕ら穢れた存在とは違う、生まれたての赤子のように綺麗な奴だった。いや、実際彼らは生まれたてなのかもしれなかった。

「おい、聞いたかよ。また殺し屋を見た奴がいるらしいぜ」

「マジかよ。今度は誰が殺されちまうんだろうな」

 通りすがりが偶然、僕の傍でそんなことを言った。

 そう、殺し屋の噂をしていた。

 今まで運よく当たらなかったルーレットが当たってしまったようだ。いや、僕もここに住み込んで大分長い。初めは小さかった当たり判定も、知らない間に大きくなっていたのかもしれない。どちらにせよ、時が来る事をある種予感していた僕にとって、この事実は驚く事でも無かった。

 部屋はかなり大きくなっていた。長年付き合ってきたこの部屋ともお別れらしい。殺し屋は、殺害対象の部屋も破壊してしまうらしい。殺し屋というよりは、もっと深い意味での掃除屋かもしれない。そうだな、ここまで部屋を大きくしてしまったのが間違いだろう。そりゃ、殺し屋の目にも留まる。僕がこんな大きな部屋を建ててしまっては、新規加入者がやってこれない。僕は、今こうして生きているだけで、次にやってくる人に迷惑をかけているんだ。笑ってしまう話だった。

 覚悟は決まった。殺し屋に黙って殺されよう。それが良い。僕は老害だ。どうしようもなく生きている意味の無い奴なんだ。それだったら、ここで潔く死んでしまった方が、皆のためにもなるだろう。

 僕はそのまま、部屋で三日の時を過ごした。今か今かと待ちわびながら、その反面緊張で汗は止まらないし、無性に暴れだしたくもなった。身体ががくがくと震え、深呼吸をするので精神が精一杯だった。

 いつだ、いつやってくるんだ。

 そう願っていたら、ついに殺し屋はやってきた。

 僕の部屋の天井を巨大な刃物で切り裂き、音も無く着地した。天井が壊されたせいで、長らく見ていなかった光が部屋中に溢れた。とてつもない光源で視界を遮られた僕から、殺し屋の姿は見えない。これが殺し屋の姿を知っている奴がいない理由だろうか。巧妙過ぎる手口だ。僕らは普段光に慣れていないから、突然の光には急に対応出来ないのだ。せめて殺される前に殺し屋を拝んでおこうと思ったのに、これでは本当にただ殺されるだけである。

「ま、待ってくれ」

 僕は光の中にそう呼びかけた。殺し屋もこの強烈な光のせいで僕の姿を捉えきれないのか、中々手を出してこなかった。だが、時折聞こえるガリガリ、という音は、恐らく僕の部屋を切り崩している音だろう。一手一手、着実に僕を追い詰めようとしている。

「き、君は何故僕らを殺すんだ。僕らが何かをしたというのか!」

 返答は無い。ただ、その代わりに、頭の中で反響するような、声とも音とも言えぬ不思議な『何か』が聞こえてきた。

『お前が死ねば、彼女が助かる』

 それは、ある種天啓にも似た感覚だった。そう、神の御告げ。声の主が男なのか女なのかは判断がつかなかったが、だからこそ尚のこと、それが神の声に聞こえてならなかった。つまり、神が僕に死ねと言っているのだ。

「彼女とは誰なんだ! 僕が死んで、誰が助かるというんだ!」

『お前の知る由ではない。お前が死ねば、彼女が助かる』

「僕は見ず知らずの奴のために死ななければならないのか?」

『お前が死ねば、彼女が助かるのだからな』

 まるで洗脳するかのように、その言葉を繰り返す。僕はあまりの恐怖に、先ほどまで覚悟していた死を拒否しようとしていた。だって理不尽だ。せめてその『彼女』が誰かなのかさえ教えてくれれば決意も濁らずに済んだかもしれないというのに、脅迫のような言葉の羅列に逃げ出したくもなる。

 僕は部屋の扉のほうまで、もつれる身体に鞭打ちながら逃げていった。だが、ついにそれを追うようにして足音が近づいてきた。

「何故だ! 僕は生きていたいだけなのに!」

『お前が死ねば、彼女が助かるのだ!』

 もはやそれは凶器ではない。あまりに巨大過ぎる刃物が振り下ろされる姿は、既に事故の領域だ。僕に回避する術は一切無く、救済の道はどこにも残されていなかった。ただただ、圧倒的な「死」を目の前にして、その理不尽さを呪うだけだった。

 結局、僕は殺された。分からない事だらけだった。殺し屋の正体も、殺し屋の目的も、『彼女』という存在も。

 刃物は僕を無常に貫き、僕は無意識の中数回の痙攣を繰り返した。殺し屋は串刺しになった僕を連れて、切り裂いた天井へと昇り、帰っていった。

 分かる事は僕が死んだ事。

 そして、僕が死ねば、彼女が助かるということだけだった。


  ○


 自動扉が開く。赤いランプが消え、長椅子に座っていた家族が皆、長い緊張から解放された。扉の中からは白衣を着た医師が出てきた。何かをやりきったような顔に、激しい疲労の色を浮かべていた。

「手術は成功しました。娘さんの悪性腫瘍は無事取り除かれました」

 その言葉に、家族は涙ながらに安堵した。弟は初めての家族の危機が救われた事に、小さいながらも涙し、母と父は素直に娘の生命が繋がった事を喜んだ。医師もそんな家族の姿を見て、自身が行った手術が意味のあるものだったと、身体中を襲う疲労に達成感と幸福を感じた。

 そうして、殺し屋は小さく微笑んだのだった。

どうも白鳥です。

SSは苦手です。最近そう思いました。2500字で名作を書ける作者様には本当に敬意を表したい。僕には無理です。


この物語はとどのつまり「悪性腫瘍」を擬人化したようなものです。悪性腫瘍がどういうものなのかも知らずに書きましたが、つまりはそんな感じです。

悪には悪なりの正義がある。いえ、そんな話じゃありませんがね。


5分企画の作品はタグ検索で出てくると思うので、よければほかの作品もお楽しみ下さい。

ではっ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 遅くなりましたが、作品拝読致しました。 着眼点は、良かったですね。 部屋が大きくなったと書いてあったので、「ああ細胞か骨かどっちかだな」と思い、タイトルでネタバレしてしまいましたが……。 …
[良い点]  ネタバレがされるまで、この小説にカフカ的においを感じて、ドキドキいたしました。  特に、覚悟していたはずなのに、理不尽な理由で死ななければならない状況に直面した時、生きたいと願うようにな…
[一言] 読ませて頂きました。 このオチは読めない(笑)。 始めはクスリになる蜂かなにかかなーと思っていましたが、いやはや、絶対に分かりませんね。一番混乱したのは『汗』とか『深呼吸』という言葉でした…
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