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噂とは怖いもので、火がなくとも小さな火種さえあればあっという間に広がってしまう。
「おい、聞いたか?団長様の話」
「ああ、相手はキュラサの皇女だってな」
「団長様にはガッカリよォ。よりにもよってキュラサなんて……」
「いや、もしかしたら騙されてんじゃないかって話だぞ」
街へ行けばレオナードとリオネルの噂ばかりが嫌でも耳に付いてしまう。
原因でもあるキュラサの皇女、リンファはリオネルのいるレオナードの屋敷に滞在している。
レオナードの屋敷と変な言い方をしたが、彼女の屋敷でもあるんだった……彼女はレオナードの妻なのだから……
あれからレオナードには会っていない。当初困惑していたリオネルも今頃は母親に甘えているんだろうな……
考えれば考えるほど、胸が抉られるように痛む。
「大丈夫ッスか?」
マルクスが私の様子に気づき声をかけてくれる。
いつまでも傷心に浸っている暇はなく、今日はマルクスと一緒に孤児院を訪れていた。こうして、仕事に没頭していた方が気は紛れて丁度いい。
「聖女様だ!」
「聖女様!」
私の姿を見た子供達が集まってくるのが見え、笑顔がこぼれる。
子供は可愛くて好き。無邪気で嘘がない。
「少しは元気になったっスか?」
「ええ。子供の笑顔は癒しの力以上の力がありますもの」
抱き着いてくる子供の頭を撫でていると、本当に心が浄化している気がするから不思議。
孤児院での務めを終えたのは、日が暮れかかった頃だった。本当はもっと早くに終えていたが、シャルルを慕う子供達が離してくれず、気付けばこんな時間になってしまっていた。
「早く帰らないとルイス先輩のお小言っスよ!」
「分かってますわよ!だから、こうして走っているのでしょう!?」
黙って走れと言いながら全力で街中を駆けていく。
「シャルル!」
教会が見えてきた辺りで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「リオネル様?」
そこにいたのは数日ぶりに見たリオネルだった。いくら慣れ親しんだ道とは言え、日暮れに子供一人で出歩くには物騒でしかない。何かあってからでは遅いのだと、リオネルに言い聞かせようとしたが、何やら思い詰めた様子にポンっと優しく頭に手を置いた。
「どうしたんです?帰り道が解らなくなっちゃいましたか?」
「僕はそんな子供じゃない!」
「ふふっ、そうですわね」
五歳という年齢は立派な子供だが、父であるレオナードに早く追いつきたいという想いが強いのか、彼は子供扱いを嫌う。
「すみません。先に戻ってルイスに遅くなると伝えてくださる?」
「分かったっス。姉御もあまり遅くならない下さいよ」
「ええ」
マルクスの後ろ姿を見送り「さて」と言ってリオネルに向き合った。
「お家に帰りましょう?お母様が待っていますよ?」
「……」
「リオネル様?」
「……だ……」
「ん?」
「嫌だ!僕は帰らない!」
これは想定外……まさかの家出でしょうか?
これは困ったと、自分でも戸惑っているのを感じる。
何が嫌で家に帰りたくないのか。まず理由を知りたいが、顔を俯かせて涙を堪えているようにも見えるリオネルが大人しく話してくれるとは思えない。
「とりあえず、落ち着ける場所へ参りましょう?」
リオネルの手を取り、連れてきたのはリンファを匿っていた小屋。
まだ数日しか経っていないので、中は綺麗に整っている。
「簡単なものしか出せませんが」
体が温まるようにと、ミルクを温めてリオネルの前と自分の前に置いた。
「貴方は何が気に入らないんです?」
「……」
「お母様がお嫌い?」
問いかけには答えたくないが、応えてはくれるようで首を横に振っている。
「この国を出たくない?」
首が縦に振られる。
「ですが、貴方はリンファ皇女の一人息子。次期皇子となる存在です」
「そんな事はどうでもいい!」
バンッと力一杯にテーブルを叩きつけた。
「僕、僕は、母様と逢えたのは嬉しい。それは本当」
「ええ…分かってます」
「けど、違うんだ。僕は、シャルルが良かった!」
「……え?」
時が止まったように感じた。
「シャルルと父様と僕。三人で家族になりたかったんだ!」
「!!」
「家族に」はっきりと聞こえた。一番聞きたかった言葉。こんなにも嬉しいことがあるものか……
胸に熱いものが込み上げてきて、涙で視界が滲んでくる。
それと同時にもう充分だ。とも思えた。
リオネルに自分の存在を認めて貰えた事が嬉しい。本音を言わせてもらえば、リオネルの傍にいたい。レオナードと共に成長を見守っていきたい。
けど、それは私のエゴ。子供は両親と共にいる方が幸せ。私のような紛い者ではない、血の繋がった本当の両親と……
シャルルは爪が食いもんほどギュッと拳を握った。
「その気持ちは大変嬉しいです。本当に……」
目頭が熱くなり涙が溢れそう。だけど、まだ駄目。
「けれど、母であるリンファ様のお気持ちも大事にして下さい。彼女は危険を犯してまで、貴方に会いに来てくれたのですよ?……私は子を持つ母の気持ちは分かりませんが、リオネルを想う気持ちは同じだと思います」
「それは……」
「大丈夫。何処へ行こうと貴方を想う気持ちは変わりませんわ。私のような聖女らしからぬ女を選ぶ様では、困ってしまいますが」
苦笑いを浮かべながら、何とか泣かずに伝えられた。
リオネルは黙って俯いていたが、勢いよく顔を上げたのと同時に睨みつけてきた。
「僕は皇子なんかじゃない!騎士団長の息子のリオネルだ!なんで分かってくれないんだよ……シャルルなんか……シャルルなんか大嫌いだ!!」
ガタンッと音を立てて椅子が転がり、リオネルが外へと駆けて出て行った。
シャルルは追いかけることはせず「これで良かったんだ」と自分に言い聞かせた。




