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【シリーズ】ちょと待ってよ、汐入

【13】汐入の道 〜後編〜

【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!


【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入

【1】猫と指輪 (2023年秋)

【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)

【3】エピソードゼロ (2011年春)

【4】アオハル (2011年初夏)

【5】アオハル2 (2011年秋)

【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)

【7】贋作か?真作か? (2024年秋)

【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)

【9】探偵になった理由

【10】ちょっと待ってよ、汐入 〜前編〜

【11】ちょっと待ってよ、汐入 〜後編〜

【12】汐入の道 〜前編〜

【13】汐入の道 〜後編〜

            (完)

【スピンオフ】街フェス

   汐入の道 (後編)



   第三章


ここ数ヶ月間、僕は特に予定のない週末は、汐入探偵事務所で過ごす事が多い。汐入と一緒に、圭一郎さんのファイルを調べているのだ。


今年の正月に汐入が、今年の11月は父の十三回忌だ。一つの区切りだ。だから今年はもう一度、父のファイルしっかり見直そうと思う、と言ってきた。そこで僕は、だったらまずはまずはあの事件があった2011年の依頼を調べよう、と提案した。汐入は

「ああ、わかっている。わかってはいるが、それが問題なんだな」

と呟いた。


どういうことか、僕は圭一郎さんのファイルを見て理解した。ファイル名を見てもいつの依頼なのかさっぱり判別がつかなかったのである。ファイル内にも日付の記載はない。


例えば2009年6月の案件なら例えば200906とか0906とファイルに付番したくなるだろう。だが圭一郎さんのファイルには、そんな数字は全く付いていなかった。


付いていたのは、例えば2202、2718、5045、7070、7077などなど。


まずはこの不思議な数字を解読しなくてはならない。そんな次第でまずはファイル名の数字の解読から始めた。

「数字を解析するにはまずは素因数分解だな」

とまた汐入が訳のわからないことを言い出した。いつもの様に放置したが、汐入は真剣に素因数分解をしている。


 2202=2×3×337

 2718=2×3×3×151

 5045=5×1009

 7070=2×5×7×101

 7077=3×7×337


分解された数字と睨めっこをしながら、汐入はうーむーと唸っている。

「4桁で付番するなら年と月の4桁にするもんだよね。圭一郎さんのこの4桁には、どう言う法則があるんだろう?」

と僕は呟く。最初の2桁は年とは思えないし、下2桁も月ではなさそうだ。


「そうか。4桁の年月ありきで考えればいいんだ!それならそんなに複雑ではないな」

ん?何を言っているんだ、汐入は。どう見ても4桁の年月ではないぞ。

汐入は

「つまり、こういうことだな」

と言ってまた数字を書き出す。


 2202=1101×2

 2718=0906×3

 5045=1009×5

 7070=1010×7

 7077=1011×7


「よし!」

「何がよし?さっぱりわからない。汐入は何をしているの?」

書き出された数字を見ても僕にはどう言う事なのかわからない。


「いいか、わかる様に書いているんだからよく見ろ。分解した4桁の数字が依頼の年月だ。それを暗号化する為のKEYが次の数字だ。素数の2、3、5、7をかけている」

「何でそうなるの?2718は1359×2の可能性もあるよね?2も素数なんだし」

「ないよ。13年59月になるぞ。だから4桁の年月ありきで解くんだ。数字の下二桁は01から12になる様な組み合わせを見つければ良いんだ。そうなるように素因数分解した数字を4桁×素数に再構築するんだよ。父の暗号は素数がKEYになっているんだよ!」


我が意を得たり、と得意げに汐入は説明するが、僕の理解が追いつかない。

「でもKEYになってる素数もいくつかあるよね?」

「このルールもわかったぞ。恐らく1〜3月は2、4〜6月は3、7〜9月は5、10〜12月は7を割り当てている。1より大きな素数を3ヶ月ごとにKEYとして採用している。復元した時このルールに適合しなければ4桁×素数の再構築が間違ってる、ってことになる」


ほへぇ〜。何となくわかった。しかし汐入はよくこれに気が付けたな。「暗号といえば素数さ、ハハハッ」と当たり前の様に笑っている。そんなもんなのかなぁ。理系の発想には理解が追いつかない。


「でもこれはなかなか面倒くさいぞ。数字の大小が年月の新旧とは一致してない。例えば2202は2011年1月だが、それよりも大きな数字の7070は2010年10月になる。やれやれだ。自分の父親ながら面倒なことを思い付いたもんだ」


なるほど。確かにわかり難い。でも暗号なのだから、そうでなくては意味がない。

「わかってみればルールはシンプルだから作るのには苦労しない。だが復元に手間がかかるなぁ。仕方ない。それが暗号ってもんだ。先ずは全部、素数に分解して、その後、年月を表す4桁になる数字とKEYになる素数の組み合わせに構築し直すか。ま、KEYは2、3、5、7と分かったし、最初の2桁は父が探偵をしていた09〜11、下2桁は01〜12に限定されているから何とか解読できるだろう。よし、能見、貴様は素因数分解してくれ。中学生の数学だ、できるだろ?それを年月とKEYに再構築するのはワタシがやる」


えっ?僕が素因数分解するの?

「あ、はい。頑張ります・・・」

と、僕は十数年振りに計算ドリルのごとく素因数分解をやる羽目になった。


次にファイル名のアルファベットの記号の理解を試みた。最初の数字を年月に戻して表現するとファイル名は1101M-Pのようなものである。ざっと見ると最初のアルファベットはCFMOの4種類。ハイフンの後ろはACIMPTが使われていた。これはファイルの内容をみると何となく推定できた。


恐らくCFMOはクライアントの属性だ。男性M、女性F、LGBTQはOthers、企業Cと言うことだろう。


ハイフンの後ろは、逃げたペットを探す案件はA:Animal、浮気調査はC:Cheating、の様に依頼内容に紐付けされている様だ。Iは何かの情報の確認や裏取り、Mは金銭絡みの依頼、Pは人探し、Tはモノ探し、と言った感じだ。


ファイル名を解読し、依頼の年と月がわかるようになった。ファイル名を見ると2011年の案件は20件近くある。この内ペット探しとモノ探しを除くと15件程度になる。ここから更に浮気調査を候補から外す。すると5件程度に減る。ファイル名解読の際に内容は全て見ているが、外した案件に特に気になる依頼事はない。


しかし

「なあ、汐入、これでいいのかなぁ?」

「どうした?何か引っ掛かるのか?」

「候補から外した依頼の内容で特に気になる点はない。でも、あからさまにお金がらみの調査で相手がヤバいやつだと圭一郎さんもその場でコイツら反社かもって気がつくんじゃないかな。元警察官だった訳だし」


「うむ。確かに。普通の案件と思って引き受けたからこそ巻き込まれた訳だしな」

「そうだね。だから、むしろ気にならない普通の案件にこそ、関連があるものが潜んでいるのかもしれないと思うんだ」

うーん、確かに一理あるな、と汐入は考え込んでしまった。


「そうなると、依頼の内容を起点に推理して真実に迫ろうと言うアプローチ自体が間違っているってことになるな。せっかく数字を解読し2011年の案件にリーチできる様になったが、あまり意味は無かったと言うことになるな」

と汐入はここに至る思考の経路を反省する。


「逆にある仮説にフィットする依頼があるかどうかを見ていくのは?」

と提案してみる。すると汐入は

「仮説の根拠になる事実がない。ただの妄想をベースに考えていることになる。スタート地点が定まらないから収束点が見えない。妄想が発散するのみだ」

と尤もな理由で却下する。


二人でう〜ん、と唸り行き詰まってしまった。


そうだ!思いついたアイディアを口にする。

「弁護士はどうだろう?嘉文さんが何か知っている可能性はないだろうか?」

「弁護士かぁ。爺さんの伝手ね。聞いてみる価値はあるな」

お、汐入が乗ってきた。もしかしたらこの線は脈ありかも!



   第四章


圭一郎さんの十三回忌を終えた12月も上旬、汐入は僕に本家の屋敷来るように言ってきた。嘉文さんから、悪徳弁護士についての情報を聞き出すつもりらしい。


「なんで僕が必要なの?家族なんだし、フツーに聞けばいいじゃん」

「家族だからだよ。軽く見られて何となくスルーされる。貴様がいてくれれば良い意味で場の緊張感が高まる。こちらの要望を無下にはできないだろう。話はワタシがする。貴様は座っているだけでいい。頼む」


汐入の話でしか聞いていないが、マフィアのボスみたいな汐入のお祖父さんに会うのは気分が乗らない。だが仕方ない。汐入、祖父の嘉文さん、僕の三人で汐入邸で昼食を共にした。食事も終え、食後の珈琲を頂いている。


「で?悠希、心神喪失について聞きたいのか?」

嘉文さんの方から話を切り出してくれた。急だったので珍しく汐入が慌てている。

「あ、いや、正確には、弁護士が作為的に心神喪失を主張するようなケースについて、じいちゃんの周辺でそんなことがなかったか、を知りたいんだ」

「例えば、圭一郎の時のようなケースか?」

ズバリと本論を聞いてくる。やはり弁護士なだけあって聡明な人の様だ。


「もし、父さんのケースがそういった意図で弁護士が心神喪失を主張していたなら、そうだね。そのケースについて教えて欲しいな」

「ふむ。ま、冥土まで持っていくような話ではないから、悠希に話しても差し支えないだろう」

どうやら何か知っている様だ。これは当たりか?嘉文さんの言葉を待つ。


「穿った見方をすれば、あの弁護士は最低だった。モラルのかけらもない。人を殺めた被告人をあそこまであからさまに、いや不当にと言っても良いかもしれんが、擁護するのは、さすがに弁護士としての倫理が足らないと言わざるを得ないな」

「ってことは、通り魔の奴の心神喪失は嘘ってことなの?」

「疑わしい。医師と裏で取引しているような噂も聞いた。だが証拠はない」

なんと!そんなことができるのか?もちろん僕は法律は素人だからわからないけど、汐入のお祖父さんが言っているのだから、やりようによってはできるのだろう。


「そっか。そうだよね。あれはおかしな判決だよね。ね、じいちゃん、その弁護士って誰だったの?」

「糀屋正義という男だ。大層な名前だが完全に看板に偽りあり、だ。営利目的により過ぎている」

「なんであの犯人の弁護人になったの?」

「被告人からの指名だったらしい。ま、これは話半分に聞いて欲しいが、なぜ被告人が糀屋を指名したかと言うと、ある組織の手引きがあったと噂で聞いた」

何か裏があるようだ。やはり単なる通り魔ではないってことか!?


「ある組織って?」

「六郷興業」

六郷興業!?表向きは消費者金融だが、かなりグレーならところもあると聞いている。相当エグい取り立てをしているらしい。

「なるほどな。平気で人攫いぐらいはやりそうだな」

と、汐入。

「人攫い?なんの話だ?」

「いや、ただの例え話だよ」


実は汐入の拉致事件は公にはしていない。時間にして20分程度で奪還できたことと、助けてくれたバイクの集団には無免許、ノーヘル、原付の二人乗り、バイクの違法改造など、法令違反満載だったから警察沙汰にはしなかったのだ。


「糀屋って弁護士は今も現役なの?」

「ああ、糀屋弁護士事務所を構えている。調べればすぐにわかるだろう」

悪徳弁護士が今も弁護士として活動しているとは。なんて腹立たしい!なんとか一泡吹かせてやりたい。

「わかった。ありがとう、じいちゃん」

「ありがとうございました」

と僕。今日、唯一の発言と言ってもいいだろう。お礼だけ言って汐入邸をお暇した。



   第五章


翌週末。僕は汐入探偵事務所にいる。

「汐入、次はどうする?」

「きっかけがそこしかないからな。糀屋センセに接触するか?こっちが何かを探っているのを匂わせば、向こうも何かしら動き出すだろう。それを見張りながら、どこから攻めることができるか考えよう」

「そうか。アポ取る?」

「うーん。立ち話程度でいいんじゃないかな。出勤か退勤の時、道で捕まえて、それとなく仄めかす。ワタシがやっておくよ」


そうか、わかった、と言って、ここは汐入に委ねることにした。


それから一週間後、再び僕は汐入の探偵事務所に来ていた。

「弁護士センセへの仄めかしはどう?上手く行った?」

と聞くと、

「まあ、伝えるべきことは伝えた。明確に汐入圭一郎の名を出したからな。これからどう動くか、お手並み拝見と行こうじゃないか」

と、その時!


ドンッと音がした!事務所の扉に何かがぶつかったようだ。しばし汐入と目を見合わせ、見に行ってみるか、とお互い頷き合う。


恐る恐る事務所の扉を開けると、

「うわぁぁッ!」

僕は思わず叫び声をあげた!


血に塗れた梅屋敷さんが倒れている!

「オイ!大丈夫か!梅屋敷!死ぬな!死んじゃダメだ!!能見、救急車だ!急げ!」


僕は慌てて救急車を呼んだ。その間も汐入は、おい、梅屋敷、聞こえているか?諦めるな!と梅屋敷さんを励まし続けている。


救急車が到着し、病院に担ぎ込まれ処置を受け、とりあえず今は絶対安静です。との医師の見解を聞いたのが、3時間後。そのまま梅屋敷さんは入院した。


汐入の事務所に戻り、ようやく冷静さを取り戻す。

「能見、貴様は救急車を呼んでくれていたから聞いてないかもしれないが、梅屋敷は掠れた声を振り絞ってワタシの父親の名を言った気がする。そのあと意識を失ってしまったが・・・」


そうか。やはり嘉文さんの言うように、圭一郎さんの事件は裏があるようだ。しかもヤバい奴らが絡んでいるみたいだ。13年前の汐入の拉致事件が頭をよぎる。

「なあ、汐入。これは僕らの手に負える話ではないよ。六郷興業の奴らが絡んでいるかもしれない。警察に委ねよう」

「いや、能見、この為に探偵を続けてきた。ようやく見えてきたんだ。ワタシは必ず父の仇を討つ。貴様の協力はもう十分だ。ここからはワタシ一人でやる」


やはりそうか。汐入は探偵をしながらずっと圭一郎さんの仇を打つことを考えていたんだな。

「一人でやるって、何をするつもりなんだ?」

「糀屋弁護士には、父を刺した犯人の心神喪失は嘘だってことを吐いてもらう。それから、それが誰の指示だったか、つまり黒幕が誰かってことも」

「だから、それは警察に委ねようって」

「梅屋敷の暴行については動いてくれるだろう。だがそこで終わりだ。父の件は、新たな証拠が出てこないと動いてくれない。だからそれを獲りにいく」

危険すぎる。思いが強い分、汐入は自分の危険をかえりみず無茶をするだろう。


「そうか。僕が何を言っても無駄なんだね。どうしてもやるんだね」

「そうだ。一人でもやるし、貴様に見張られても、それを掻いくぐって、やる」

「わかった。どうせ止められないなら、一緒にやる。まずは梅屋敷さんが話せるようになったら、何があったのかを聞いてみよう。きっと関連がある。だから汐入の事務所に放置された」


梅屋敷さんが入院して五日が経った。ようやく30分の面会ができる状態になった為、僕らはお見舞いに訪れた。千本松くんや大森さんとは一緒には来なかった。大人数で押し寄せるのは良くないと思ったのと、圭一郎さんの事件との接点について話したかった為だ。


梅屋敷さんは、昔やんちゃしていた頃の先輩-涼さんと呼んでいた-から聞いたことを話してくれた。


話を要約すると、通り魔犯人の心神喪失は捏造でその黒幕は六郷興業であろうこと、圭一郎さんがクライアントからの依頼を受けて六郷興業について調べていたこと、そのクライアントは花月組であること。恐らくは一般の依頼の様に偽装していたこと、そして圭一郎さんが六郷興業と花月組の抗争の巻き添えをくったということ、だ。


なるほどな、と汐入は頷く。

「梅屋敷、ありがとう。でももう父の件で危険な橋を渡らなくていい。前も言ったが、攫われたワタシが悪いんだ。変な責任は感じないで欲しい」

「ああ」

と梅屋敷さんは返事をした。納得したと言うよりは単に話すのに疲れただけのようだ。口の周りや中も切傷だらけで、見てるだけで痛さが伝わって来る。


「梅屋敷さん、お大事にして下さいね。またお見舞いに来ます」

と言って僕らは病室を後にした。


梅屋敷さんを見舞った後、汐入の事務所に立ち寄り、僕と汐入は情報を整理した。


「ことの発端は、花月組から圭一郎さんへの依頼ってことだよね。その依頼内容は六郷興業にとっては隠したい事だった。だから六郷興業が圭一郎さんを妨害した」

「大枠はそうだな。梅屋敷の話にワタシの情報を加えると、六郷興業の指示で動いていた弁護士が糀屋だと言うことになるな。犯人、六郷興業、糀屋に繋がりがあったと言う状況証拠になるな。犯行前から繋がりがあり何らかの取引があったことは想像に難くないな」


「一体、花月組は何を依頼したんだろう?」

と、未だ見えていない点についてぼやいてみる。

「それはワタシも気になっている。父のファイルの解読は出来てきたが、クライアントの氏名などは書かれていない。仮に書かれていたとしても、花月組が一般の市民を装って依頼してきているから、依頼人:花月組構成員、と書いていることはなかっただろうけど」


「当時、この二つの組織が絡む何かがあったのかな。期待薄いけど当時の地方の社会記事なんかを調べてみようか」

「そうだね。なにかきっかけが掴めるかもしれない。ワタシが調べるよ。貴様は自分の仕事をしてくれ。また時間が空いた時に話し相手になってくれればいい」

そう言ってその日は解散した。


三日後、汐入から報告事項がある、と事務所に呼び出された。

「こんな記事を見つけた」

と言って汐入がプリントされたニュース記事をテーブルに置く。


手に取り記事に目を通す。こんな記事であった。消費者金融で多額のお金を借り、そのまま失踪するという事件が立て続けに発生した。借入の際に身分を確認する免許証や保険証の写はとってあるが、それらはどうやら偽造されたものの様で、記載された氏名や住所などは架空のものであった。組織的な犯行が疑われる、と記事は結んでいた。


「読んだか?この記事は社会面の特集記事の類いで、2011年の9月のものだ」

「圭一郎さんの事件が起こる3カ月前だね」

「その様な事件が最近、巷を賑わしています、ってニュアンスの記事だ。借り入れた奴が架空の人物だと把握できるのは返済時期が来てからだから、いつ偽装がなされたのかを特定するのは難しい。だがかなり入念に事前準備をしている様に思う」


「もう少し詳しく知りたいな」

「ああ。既にやっている。もう少しこの記事を調べてみた。被害にあった消費者金融がどこなのかを記事を書いた記者に聞いてみた。記事には会社名は書かなかったが、特に会社名は出さないでくれとは言われてなかったから、と言ってあっさり教えてくれた。フラワーファイナンスという会社だ。花月組と繋がりがある会社だった」


花月組!大事なパズルのピースだ。このピースをどんな構図に組んでいけば良いのだろうか?

「つまり、これが意味することって?」

と、汐入に聞いてみる。


「おそらく、失踪した奴は六郷興業の関係者だろう。ざっくりと言えば六郷の奴らが花月組から金を持ち出して失踪に見せかけた、ということになるだろう。実際、金は六郷興業の手元に入り、失踪も架空の人物が消えただけだから、実際に人は消えていない」

「だとすると、圭一郎さんへの依頼は・・・」

「ああ。花月組から父に、架空の人物に成りすました六郷の関係者を探してくれ、って言う依頼だと思う。勿論、うまく一般市民を偽装して依頼している」


あり得る。ようやく全体像が見えてきた感じがする。

「圭一郎さんのファイルにこの構図に当てはまる案件はあるの?」

「そうだね。ワタシもそう思って2011年の8月から11月までのファイルを全件、見てみた。すると、気になる案件があった」

「それは、どんな?」


「ファイルは5545F-P 、素数の暗号を戻すと1109F-Pだ。つまり11年9月の依頼だ。クライアントは女性。内容は人探しってことだな。夫が消息不明で、もう離婚したいから夫を探して離婚届にサインさせて欲しい、という内容だった。無論、でっちあげだ。探し人の情報として免許証の写しを提示されたが、この住所は既に引越しをしているから顔写真だけ参考にして欲しいとのことだった。他に、まずは競馬場、競艇場などの公営ギャンブル、そして消費者金融を見張るのが良いだろうと助言をされた様だ。そして、消費者金融のメモ書きの下に(例えばフラワーファイナンス)と書かれていた」

「この案件はつまり・・・」


「花月組の奴が一般人を装って、六郷興業の失踪者を探して欲しいって依頼だ。恐らく父はその人物を見つけたんだろう。そして尾行などして六郷との繋がりも。それを六郷の奴らに察知されて、調査の妨害をされたんだと思う」

「繋がるね。直感的には間違いない気がする。この先、どうするつもり?」


「攻め方は変わらない。糀屋弁護士に父を刺した犯人の心神喪失は嘘だということ、黒幕が誰かってことの言質をとる」

そうは言っても、そんな簡単に吐くかな?確固たる証拠が僕らの手元にないから、事実無根だ、と突っぱねられればそれまでだ。

「弁護士センセは吐くかな?」

「吐かないだろうね」


「何か手はあるの?」

「うむ。実は考えていることがある」

と言って汐入は作戦を話し始めた。

「まずはこちらの推理を書き、アポの連絡を入れる」

「えっ?いきなり正面突破?」


「一見、そう見えるが実はそうではない。そのメールをみて糀屋センセならどうすると思う?」

「放置するのは危ないから、何とか封じ込めようとするかな?」

「そうだね。奴らのやり口は13年前と変わらない。恐らく六郷興業に連絡して、ワタシが糀屋に面会に来たところで実力行使に出るだろう」


「汐入、それはかなり危険だぞ。何をされるか分からない」

「わかるよ。暴力振るわれて脅されるんだよ」

そうだよ、脅されるよ。いや、そう言う意味じゃなくて。


言葉を額面通り受け止められると会話にならない。日本語って難しいな。

「危ないからやめて欲しいって言っているんだ」

「まあ、聞いてくれ。作戦がある」


汐入は、自身の見立てを話し始めた。


-奴らは脅した後、ワタシがもうやりません、と言うのを待っているはず。事をそのまま闇に葬り去りたいからな。大事にはしたくないだろう。だから多分話す時間はあると思うんだ。で、そこで奴らにこちらの推理を述べるのさ。奴らはその時、ワタシに相当な圧をかけて精神的に優位に立っている筈だ。だから余裕綽々と聞いてくれるだろう。そして、聞き終わったらきっと言うのさ。確かにその通りだ。だが、だから何だって言うんだ。証拠もないし、お前にできることもない。何かすればまた痛い目を見るぞって。それをしっかりと記録しておくのさ。ボイスレコーダーは3つぐらい仕込んでおけば何とかなるだろう。目的の言質がとれたら、手のひら返しでスミマセン、と謝って解放してもらう。スマホも通話のままにしておくから貴様も聞いておいてくれ-


「そんなこと出来るわけないだろ!汐入が危ない目に遭うのをスマホで聞いてろって言うのか!」

「そうだよ。男の貴様がいくと暴力のレベルが上がる。ワタシだけならほどほどだ」


いや、なんかズレている。僕は汐入を危険な目に遭わせたくないって言っているのに!

「そう言う全体最適化の話をしているんじゃない!行くなら僕も一緒に行く」

汐入はうーん、と考え込む。


「わかった。そうしよう」

僕は汐入と一緒に痛い思いをする作戦を遂行することになった。


そして、遂に決行の日。既に手筈通り、面会の申し入れの際、こちらの推理は伝えてある。


予想を上回る分かりやすさで糀屋センセは貸し会議室と称し面会場所に弁護士事務所とは違う住所を指定してきた。六郷興業の事務所だ。


汐入の作戦が軌道に乗っていることを意味しているが、奴らが僕らを痛い目に遭わせる気満々なのが見え見えなので僕は暗澹たる気持ちになった。


汐入も緊張のためか今日は流石に言葉少なめだ。仕方ない。行くしかない。


意を決して「貸会議室」、つまりは六郷興業事務所の応接室に乗り込む。


糀屋はわざわざご足労頂きすみませんなぁ、ま、まずはお話を聞きましょう、と余裕たっぷりに振る舞う。


「今日、話す内容は先に連絡した通りだ。その真偽の程をはっきりと答えて欲しい。その答え如何ではこちらも毅然と対応をしていかなければならないと考えている」

と汐入が啖呵を切った。


「そう言う態度で来られるとこちらも困るのですよ。ねぇ、組長さん」

と糀屋が言うと、応接室のドアが開き、ガラの悪そうな輩が5名出てきた。


ヤバっ。来た。ホンモノだ。僕はビビり上がるが、なるべく平静を装う。


組長と思しき人が口を開く。

「あまり有る事、無い事、吹聴されるのはウチとしても困るんですよ。分かりますか?お嬢さん」

ガンッと強烈な音。若い奴がテーブルを蹴飛ばした。


テメェ、わかってんのか?アアッ!と僕と汐入に詰め寄る。

「これは脅しか?つまりワタシの言うことが真実だと言う理解でいいのか?」

と汐入が相手を逆撫でする。


案の定、テメェ、何言ってんだ!ぶっ殺すぞ!と若い奴が更にヒートアップする。バンッ!と今度はテーブルを拳で叩く。それにも怯まず汐入は話を続ける。


「13年前、六郷興業は花月組から資金を奪い取った。花月組傘下のフラワーファイナンスからお金を借りるだけ借りて、行方をくらませるという手だ。それに気がついた花月組は探偵を雇い六郷興業周辺を調べた。それを邪魔に思ったお前らはその探偵を殺害した。殺害に関しても事前に取引があったんだろう。実行犯には、心神喪失にして罪を軽減すると約束して金を積んだ。金で雇った代行殺人だな。心神喪失については六郷興業が黒幕になって糀屋弁護士が手引きした」

一気に汐入が捲し立てる。


あァ!テメェふざけてんのか!何言ってやがる!と怒号が飛ぶ。僕は髪の毛を掴まれ、後ろの壁に頭をぶつけられた。目の前に星が散る。意識が飛びそうなほど痛い。


「おい、手荒な真似はするな!」 とナンバー2と思しき男が若い者を制する。

「へい。スミマセン、新田さん!」と若手が応じる。


おもむろに組長が言葉を発する。

「ああ、そうだ。お嬢さんの言う通りだ。だがそれがどうした。何も証拠がないだろ?警察も裁判所も取り合ってくれない。それに心神喪失も認められているんだ。お嬢さんにできることなどない。わかったら痛い目見ないうちに俺たちの言うことに従うことだな。もう二度とこの話を口にしないと約束してもらわないと、今度はそちらのお兄さんを血まみれにして探偵事務所にお届けすることになるかもしれませんよ。なぁ新田よ」

「そうですね。私も手荒なことはしたくはないのですが、うちの若い奴らを抑えるのは大変でしてねぇ。先ほどの様に暴走してしまうこともあるのですよ」


言った!言質が取れた!だがこの状況はどう乗り切る?ここで、すみませんでした、そうせて頂きます、と引き下がれば収まるのだろうか?


汐入を見る。汐入は組長と睨み合っていて微動だにしない。


汐入、どうする?作戦通り手のひら返しをするのか?


応接室に沈黙が訪れる。


その時だ、外が何やら騒がしい。と、応接室のドアが開き十数人の警察官がなだれ込んできた!


「動くな!監禁、傷害、脅迫の現行犯で逮捕だ」

と一緒に突入してきた背広の男が言い、警察官が一気に場を制圧した。


糀屋や六郷興業の奴らも驚いていたが、僕も汐入も呆気に取られていた。


なんで?何で警察が?


「どうも。刑事の弘明寺です。実は梅屋敷刑事から、お二人をケアするように言われておりましてね。お二人を見守っていました」


えっ、梅屋敷刑事!?

「えっ?梅屋敷ってデカなの?」

と汐入も驚いている!


梅屋敷さんはいつも、何の仕事をしているかはぐらかして教えてくれなかったけど刑事だったのか!


「梅屋敷先輩からの厳命でしたので少々やり過ぎなぐらい見守らさせて頂き、今日の行動も事前に把握させて貰っていました。その辺は後ほどキチンと片付けます。ご容赦下さい。今回は先輩もかなり痛手を負わされましたからそっちの傷害も併せて、全て明らかにしますよ。後は我々にお任せ下さい!あ、そうだ。今日の音声の記録、証拠として検察にご提出下さいね」



   第六章


その週末、僕と汐入は圭一郎さんのお墓参りにきた。汐入は墓前に手を合わせ、しばし無言で向き合ったあと、こちらを振り返る。


「能見、ありがとう。お陰で父に良い報告ができた。ついでに今日はフィアンセを連れてきたことも報告したよ」

「そうか。よかったね」


「ああ。あともう一つ、貴様に報告したいことがある。能見、ワタシはもう一度、研究の道を歩みたい。大学に戻って良いか?研究室のポストに空きがあるんだ」


そうか!なぜだか僕は涙が溢れそうなぐらい、とても嬉しい気持ちになった。


「もちろん!ようやく自分の道を取り戻したな、汐入!」

「そうだな。実際のところ、ワタシのことをいつも先で待ってくれていたのは能見、貴様の方だったんだな。ようやく道に戻ってきた。貴様に追いついたよ」



               (汐入の道 終わり)


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