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イシスの記憶 5

作者: 葛城 炯

私はイシス

 カルネアデスのブリッジで私は……カプセルの中で眠る彼女と共に惑星アクエリアを眺めていた。

 海の青、大地の茶、森の緑、極地の白、そして大気に浮かぶ白。

 7つの大陸と7つの海洋がの全てが綺麗で……彼女の娘が「いつまでも眺めていたい」とここに来る度に呟くのが……私にも理解できる。


 あれから……惑星アクエリアに辿り着いてから30年が経った。

 最初の10年は私達が大地を耕し、植物を植え、動物たちを放し、作物を育てた。

 動物たちは勝手に繁殖し、大地を駆け回り、生物相のピラミッドを補強していった。

 作物ではない植物、木々もそう。いろんな生物、昆虫や鳥などの寝床となり住処となり、食べ物となっている。

 彼女がカルネアデスに積み込んだ荷物の中に様々な場所の土があった。

「いいかい? この凍結土は元と同じような場所にばら撒くんだよ。いろんな微生物はそれぞれの場所で生きていたんだから。プラネットフォーミングってのは結局、人間のためにある。だけど微生物から始まる食物連鎖と生物相のピラミッドの上じゃなければ人間達は生存し続けることができない。結論としては全ての微生物を移住させなけれゃ上手くいきっこないんだよ」


 彼女は……たぶん全ての生物を愛していたのだろう。

 植物を研究し、植物を食べる生物、植物と共生する微生物、そしてそれらに関係する全ての生物。

 それら全てが……生存し続けることを求めていたのだろう。


 10年経ち、環境が彼女が定めたレベル「原初のガイア」とほぼ同一となってから、人間達を蘇生した。

 人間達は驚いていた。

 移民の最初で苦労すると思われていたステップを私達が整えてしまっていたことを怒る人間も居た。

 だが、多くの人間達は喜んでくれた。

 彼女のプログラムを……称えてくれた。


 彼女への讃美が……私達の誇りだ。


 私達が整えたのは1つの海を挟んだ2つの大陸。

 残りの5つの大陸を開発したのは人間達だ。たった20年で5つの都市ができあがっている。

 特に私達を怒った人々の活躍は素晴らしかった。

 鉱山を開発し、工場を整え、文明を築いた。

 それでも……


 私達が整えた2つの大陸は田畑と森のままになっている。

 目立つ都市もなく、鉱山も開発されてはいない。

 それは……

 たぶん彼女への気遣いだと分析している。


 そして同じように開発を控えている大陸が……この星の経済基盤となっている。

 緑と水と光の星アクエリア。

 銀河内のネイチャーリゾート地として多くの観光客が訪れる星になっている。

 その観光客も私達が整えた2つの大陸に足を踏み入れる事は少ない。

 それもまた人間達の配慮なのだろう。


 カルネアデスは護衛艦アルテミスの中に収まったまま、アクエリアの静止軌道を回っている。


 巨大護衛艦ディアナは外側の軌道を回り、今は宇宙港として賑わっている。

 ケルベロスが管理しているコスモゲート要塞は星系外縁部にあるダイレクトコスモゲートとの輸送を担っている。

 巨大輸送艦ノアも惑星アクエリアのラグランジェポイントで宇宙港として賑わっている。


 たった20年で。

 人間達は惑星アクエリアを銀河有数の惑星に変えてしまった。

 私にも予測できなかったことだ。



 私はカプセルの中で眠る彼女に声をかける。

『惑星アクエリアは今日も綺麗です。生物たちが……輝いています』

 彼女が眠るカプセルはブリッジに据えてある。

 いつでも……彼女がアクエリアを眺められるように。


 ルナがいつものメイド服姿で予定を告げた。

『イシス様。そろそろ娘様達がおいでになります』

『ありがとうルナ。いつもどおりに出迎えて』

 ルナは微笑んで一礼し、ブリッジからエアロックへと向かっていった。



 彼女の娘を蘇生させたのは……全ての人間達を蘇生させ、惑星アクエリアに降ろしてからだった。


 何故ならば……

 私は彼女の娘に事実を告げ、そして叱責を受けなければならないと判断したから。

 他の人間達に邪魔されることなく。

 彼女の娘の叱責をありのままに受け止めたかったからだ。


 だが彼女の娘は私達を責めなかった。


 最初は狼狽し、泣き震えていた。走り出し……カプセルの前から逃げ出した。

『イシス様。私にお任せ下さい』

 ルナが娘の後を追い、私はルナに娘の対応を任せた。

 私は……私が弁解する行動を取ることは私が許さなかった。


 そして彼女の娘が辿り着いたのは……クローバー畑カーゴルーム。

 そこで彼女の娘は彼女がしてきたことを知った。

 追いついたルナの案内でラベンダー畑やイチゴ畑、麦畑を見て回り……ポテト畑でトウリョウ達と話をした。

「何故? 何故、アナタ達がこんな所で……宇宙船の中で畑を作って……耕しているのですか?」

 トウリョウは麦わら帽子を取って一礼してから話した。

『全て彼女に、貴女のお母さんに教わったことです。土の耕し方、植物の植え方、収穫の方法、そして品種改良の方法。私達は……彼女に教わったコトを実践しているだけです』

 そしてトウリョウは麦わら帽子を差し出した。

『これは……彼女が、貴女の母上様が私に作ってくれたモノです。宇宙船の中では必要ないモノなのですが……造り方を教わりました。貴女が……アナタが目覚めた時に「代わりに作ってあげて」と。傷まないように彼女が眠りに就いてからは別な場所に保管しておりましたが……時間は残酷です。劣化してしまいました。すみません』

 麦の茎は丈夫だ。それでも時と共に柔軟性は失われていく。

 硬く脆くなった麦わら帽子を彼女の娘は受け取り、抱きしめた。

 涙が……帽子に落ちていた。

 暫くしてから……彼女の娘は麦わら帽子をトウリョウに返した。

 変形させてしまったことを詫びてから彼女の娘はトウリョウに言った。

「これは……母がアナタに作ったモノです。アナタのモノです。私は……」

 彼女の娘は涙を拭ってから微笑んだ。

「私の分はアナタに作って戴けるのでしょう?」


 彼女は自分の娘を「優しすぎて気弱なんだよ」と言っていたが、私には……彼女の気丈夫さが受け継がれていると判断した出来事だった。


 それから彼女は私の前に戻ってきて……私に言った。

「私に……母さんのことを、母がこの船でしてきたことを、そしてアナタが、この船がどんなコトをしてきたのか全て教えて下さい」

 私は黙って頷いた。

 それから……私は彼女が不慮の事故で目覚めてしまってからのことを全て話した。


 彼女が作ったドライフラワーの中で私は話した。

 彼女の娘は喜怒哀楽の全ての感情で私の話を受け止めてくれた。

 話が終ると彼女の娘は立ち上がり……私に一礼してくれた。

「母の事を、母の言葉を実践して下さって……ありがとうございます」

 私は……私がしてきた事は間違いではなかったと、私の罪が彼女の娘によって救われたと……判断した。

 確信はできなかったが……それでも救われたと思ったのは確かだった。


 私も返礼しようと立ち上がった時、彼女の娘は私に抱き着いた。

「でも……でも、もう一度会いたかった」

 私に抱き着き、涙を流した。

 私は……黙って彼女の娘を抱きしめる事しかできなかった。


 そして……

 私は告げた。

 彼女についての……酷な選択があることを。

 私が判断でき得ない選択肢を……ゆっくりと告げた。



 1つは彼女をこのまま凍結睡眠状態のままとする。

 蘇生確率は0に近い。たが、蘇生手順を実行しなければ彼女の姿が……失われることはない。


 1つは彼女をカルネアデスに乗せたまま、銀河中央政府の……医療施設が整った何処かの星に跳躍する。

 0に近い蘇生確率でも……蘇生確率を最大限に高めるためにはもっとも適切かと思われた。

 既に惑星アクエリアで私達ができることは少ない。

 カルネアデスが居なくなっても巨大護衛艦ディアナもある。星を離れても人間達は大丈夫だろう。 

 だが、彼女の娘がこの星に残った場合、彼女と娘が再び出会うことはない。

 彼女は歳を取らないが、彼女の娘は時間と共に生きる。そして蘇生に成功してもこの星に彼女が戻ることは有り得ない。蘇生できても冷凍睡眠に就くコトは不可能な健康状態となることは明らかなのだから。

 そして彼女の娘が冷凍睡眠に就くことは直ぐには適わない。

 必要な薬剤アンプルはある。難破した仲間の船から回収している。だが……

 彼女の娘の体質は……強くはなかった。出航前の診断で「次の冷凍睡眠まで5年は間を空けること」とされていた。そしてその場合でも蘇生確率は50%以下だと。

 同行した場合、彼女の娘にとって生死をかけた旅となってしまう。


 もう一つは……ケルベロス達、コスモゲート型要塞を分解し、ダイレクトコスモゲートを建造する。

 彼女の娘が冷凍睡眠に就かずに同行することもできる。

 だが、時間が必要となる。分解して建造するまで推定で20年。そして私達か建造しても相手から次元接続を拒否されるとダイレクトコスモゲートとしては機能しない。さらにこの場合でも接続できる範囲は限られている。ケルベロス達を全て分解して製造しても跳躍できる範囲でダイレクトコスモゲートとして接続できるコスモゲートは全て銀河中央政府管理。打診はしたが色よい返事はなかった。

「君達が建造するコスモゲートが機能基準を満たしている保証はない」

 それが彼らの返信だった。

 それでも建造する間に返事が変る可能性はある。


 私達が推察できたのは以上の3つ。

 諦めるか、別れるか、待つかの3つ。


 彼女の娘が選択したのは……どれでもなかった。

「私の叔父、母の弟と連絡を取りたいのです」


 聞けば……彼女の弟は医者。しかも冷凍睡眠と凍結睡眠の権威と呼ばれる人物なのだという。

「叔父が来てくれれば……いえ、叔父が薦める人が来てくれれば母は蘇生します。いえ蘇生できなくても……納得してくれると思います」

 私は彼女の娘に……彼女の姿を見た。

 真っ直ぐに全てを受け入れて突き進む彼女の姿が……彼女の娘の中にも確かにあった。

「私は……私は母にもう一度会いたい。会って話がしたのです。お願いします」

 是非もない。

 私は……いや、私達も彼女にもう一度会いたかった。

 彼女の願いは、希望は私達の希望なのだから。


 巨大戦艦ディアナの通信機能は強大だった。

 彼女の弟が住むという銀河の反対側の星まで回路を繋ぐ事ができた。

 そして彼女の娘の提案を彼女の弟に伝える事ができた。

 彼女の弟は快諾したがすでに冷凍睡眠には耐えられる状況ではなくなっていた。高齢と健康状態が許さなかった。

 いや。一度も冷凍睡眠をしたことがないのは……生来の体質なのかも知れない。

 だが、返信には『希望の糸』がまだ繋がっている言葉があった。

「私の孫の1人がそちらの星に行きたがっている。医者としては駆け出しだが、腕は保証する。そして専門は私と同じ冷凍睡眠と凍結睡眠。あらゆる意味で逸材だと保証する。そして移動方法だが……そちらの星アクエリアの状況、次元振動をしていたという現象を分析した私の友人である空間跳躍物理学者がある1つの方法を私に教えてくれた。その方法がもっとも早いと推定する。もちろん、孫も既に快諾している。さて、その方法だが……」

 私達はその方法を実行した。



 ランス01-21型監視船の相転移炉をケルベロス達、コスモゲート型要塞にあった高出力型に換装。さらに改造し、空間跳躍機能を高めた。

 2年の月日をかけて高速空間跳躍を実現することができる船を建造した。

 だがブリュナクと名付けたこの船でもまだ足りない。

 ケルベロス達、コスモゲート型要塞を使い……多重次元跳躍を実行したのである。

 コスモゲート型要塞2基を別のコスモゲート型要塞2基を使い、次元跳躍させる。そしてブリュナクが空間跳躍し、異次元に存在するコスモゲートの中に飛び込む。

 彼女の弟が伝えた多重次元跳躍。

 人間が乗ることは適わない超高速長距離跳躍をトウリョウが搭乗して実行した。


 トウリョウが多重次元跳躍で旅立つ前に彼女の娘に何か耳打ちしていた。

 私は敢えて聞こうとはしなかった。それはたぶん彼女がトウリョウに言っていた私の評価なのだろうから。

 彼女の娘はトウリョウの旅立ちを見送ってから振り向いて私に不可解なコトを言った。

「これから……宜しくお願いしますね。イシス姉さん」

『姉さんっ!?』

 私は絶句するしかなかった。

「そうです。イシスさんの方が年上に見えますからお姉さんです」

 確かに私の容姿はまだ10代の彼女の娘と比較すれば年上に見えるだろう。

「それに……母さんと過ごした時間はイシスさんの方が長いですから」

 それも確かだろう。

 彼女が娘と過ごした時間は学校などもあるから合計で10年には満たないだろう。

 私は彼女と10年の時を過ごした。彼女がブリッジに来ていない時も私は彼女を見ていた。船の全てを統括していた私にとって彼女は常に私の目の前にいたのと等しいのだから。

「でから、イシスさんが姉さんです」

 微笑む彼女の娘の前に私は頷くコトしかできなかった。


 高速空間跳躍船ブリュナクはほんの数日で銀河の反対側まで跳躍してしまった。

 だが……帰りは通常の空間跳躍。高速といえども時間がかかる。機械には影響が無くても、搭乗している人間を凍結睡眠させても速度を落とさなければ人間には耐えられない。

 そして彼女の弟の孫を乗せて惑星アクエリアに帰ってきたのは跳躍してから3年後だった。

 巨大護衛艦ディアナやコスモゲート型要塞ケルベロス達を駆使したとしても30年はかかる旅を1/10で終えたのは記録的な速度だった。



「あれがアクエリアか。噂以上に美しい惑星だな」

 トウリョウ達が連れてきたのは……若い医師だった。

 自ら再設計したという凍結睡眠カプセルから目覚め、凛とした視線でスクリーンに映るアクエリアを眺めていた。

 そして彼女の娘は……私の後ろで頬を赤らめていた。


 若い医師は早速、彼女の診断に取り掛かった。

「残念ながら……」

 若い医師の言葉を私は表情を強ばらせて待った。

 彼女の娘も。

 何故かルナが若い医師を睨み付けていた。

「彼女の死因は真空窒息死の確率が1/3、溺死が1/3、凍死が1/3との事でしたね?」

 私は緊張した顔のまま頷く。

 私の腕を掴む彼女の娘の力が強くなる。

 緊張する中で若い医師はあっけらかんと言った。

「でしたら蘇生できる確率は2/3です。残念ながら100%ではありません」

 その時、私はどんな顔をしていたのか判別できていない。

 ただ、彼女の娘が私を見つめて涙を流していたのは解った。

「そのまま凍結睡眠にしたのは正解でした。大正解です。真空窒息死でしたら残念ですけど、他の原因で生命活動を停止していたのでしたら蘇生はできます。ただし……」

 若い医師は真面目な顔で言った。

「蘇生しても影響……障害があるかも知れない。そして寿命が著しく短くなってしまうかも知れません。このまま凍結させたままにしておけば……技術革新で障害が発生する可能性が低くなるかも知れません。しかし、凍結睡眠でも時間と共に蘇生率は低下します。冷凍睡眠ほどではありませんけどね。いかがします?」

 彼女の娘が即決した。

「お願いしますっ! 私は母に会いたいんですっ! ね? イシス姉さんもそうだよね?」

 同意を求められて私も頷いた。

 時間が彼女を完全に蘇生させる技術を生み出すかも知れない。

 だが時間が彼女が蘇生する確率を容赦なく下げていくのであれば……

 あるかどうか判らないコトにかけるよりも、今この時に決断すべきだろう。

 それは……私の中でシミュレートしている彼女も同意していた。

「四の五の言わずにさっさと蘇生させとくれ。もう55年も寝てんだからね。寝るのには飽きちまったよ」

 私の中の彼女は元気だ。

 そして……蘇生できれば私がシミュレートする必要もない。

 本当の彼女に会えるのだから。

「解りました。では、早速、蘇生に取り掛かります。ただし長い間、凍結睡眠していたので時間がかかります」

 若い医師の診断では5年はかかるとの事だった。

 それは私にとっては短い。

 だが、彼女の娘にとってはどうだろうか。

 私は彼女の娘を見た。

「そんな心配そうな顔をしないで。イシスママ。私は大丈夫。5年なんてすぐだから」

 私は私を彼女の娘が「ママ」と言った事に吃驚していた。


 私が「姉」から「ママ」に変ったのは……たぶん私の中の彼女の記憶と私がいつも彼女の事をシミュレートしていたからだろう。

 彼女の娘に「ママ」と呼ばれる事は恥ずかしかったが……嬉しくもあった。

 私は……彼女の娘が私を本当に受け入れ入れてくれたとその時に判断できた。


「イシスママ。彼と結婚する事にしたの。許してくれる?」

 彼女の娘が若い医師と結婚する事を告げたのは……私がカルネアデス内のクローバー畑で蜂蜜を採った帰りだった。

 若い医師が来てから2年後。

 そして彼女の蘇生がまだ半ばだった時。

「でも……結婚したいの。だめ?」

 彼女は20代。もう大人だ。

 私は彼女ならどう答えるかを幾つかシミュレートしたが結果は1つしか出てこない。

「構わんさ。さっさとくっつけちまいな。イシス。アンタはアタシの代わりなんだから。アタシが目覚めた時に孫の顔を見せておくれよ」

 私は微笑んで黙って頷くしかできなかった。


 そして……3年が過ぎた。

 彼女の娘は可愛い女の子を2人産み、育て、すっかり母親となっていた。

 私達はアクエリアのクローバー畑の傍らで彼女の孫2人の子育てを手伝いながらその時を待っていた。

 今は蜂蜜取りが彼女の娘の仕事。そして私の仕事は孫の子守だった。

 彼女が……カルネアデスの中で旅をしながらクローバー畑とラベンダー畑で口ずさんでいた歌を唄うと……彼女の孫達はすやすやと眠った。

 彼女の娘には「イシスママは……あやすのが上手だよね。私が寝付かしてもちっとも眠ってくれないのに、イシスママがあやすと直ぐに眠るんだもの。なんか悔しい」といつも言われた。

 その言葉に私が困っていると彼女の娘は笑って付け加えてくれた。

「冗談よ。でも悔しいのは本当。そして感謝してる。ありがと」

 私には不可思議な言葉と感情だった。

 たぶん、私の中の彼女の記憶が孫娘達に伝わっているのではないかと推察していた。


 ある日、医師に呼び出されて皆でカルネアデスへと赴いた。


 彼女は変らずカプセルの中で眠っているように見えた。

『蘇生は……成功したのですか?』

 彼女の娘婿となった医師に尋ねる。

「成功してます。ただこのまま……昏睡した状態というコトも有り得ます。しかし、脳波は反応しています。現在の状況をありのままに言えば……単純な睡眠状態……」

 医師は言葉を止めた。

 カプセルの中で……彼女が目蓋を開けたから。


 この星での私にとっての2つ目の奇蹟は……実に何気なく訪れていた。


 そして彼女は私達を見て……微笑んだ。

「おはようイシス。エデン8281までは後何年だい?」

 私の隣で彼女の娘が拗ねたような視線で私を睨んでいた。微笑み、涙を流しながら。



 それから……

 エデン8281がなかった事に怒り、惑星アクエリアに辿り着いた事、その過程でルナとアルテミスに出会えた事を喜んだ。

 今、アクエリアに辿り着いて指示に従い10年は環境を整える事を費やした事、移民を開始して10年が経過していた事にも驚いて……喜んでいた。

「そうかい。アタシの指示は……間違っちゃいなかったんだね」

 彼女の喜びの涙を見て私は……やはり、彼女自身もいろいろと不安だったのだと推察していた。

 彼女の指示は彼女の独断だろう。

 その一方で不安でもあったのだろう。


 今のアクエリアが生命が溢れる星となっている。

 人間達も留まることなく星を開発している。

 彼女のプランが正しかった証拠だ。


 それと……彼女の娘の母親振りと孫が出来ていた事にも驚いていた。

 最初、娘が誰か解らなかったが、自分の娘だと解ると眼を細めた。

「ははは。アタシが寝ている間にすっかり大人になっちゃって……」

「私は一人っ子だったからね。孫は沢山作るわよ? 全部見ていてね。母さん。ううん。おばあちゃん?」

 私達は笑い合った。

 何一つ……不安も心配もない笑い。笑顔。

 私は人間という魔はこんなに清々しく笑えるのかと……ただ記憶に留めていた。



 そして……10年が過ぎた。

「イシス……おはよう」

 彼女はゆっくりと目を開けて……アクエリアを眺めた。

 55年の凍結睡眠は彼女の身体を衰弱させていた。

 1日に数度も陥る昏睡。時間と共に昏睡する時間が長くなっている。

 数度は惑星アクエリアに降りたが、重力に耐えられないとカルネアデスのブリッジに戻った。

「もう一度、あのクローバーとラベンダーの草原に行ってみたいけどね……」

 私達が整えたクローバー畑とラベンダー畑で彼女の娘や孫と一緒に過ごした数度のランチは私にとっても何物にも替え難い記憶。

「……まぁ、高望みはしないでおくよ」

『また行けますよ。もう少し、身体を休められたら……きっと』

「ふふふ。そんな気休めは教えた覚えはないよ?」

『ええ。娘さんから教わりました』

「ふふ。そんなに賢いんじゃもう教える事はないね」

 彼女はゆっくりと目蓋を閉じた。

「結局、人間は宇宙では生きられない。厚い大気の底で生きるように進化しちまった。宇宙は……アンタ達の世界さ」

 それは確かだろう。

 人間は恒星間移動には耐えられない。

 そこは機械である私達の世界だ。

「でも……機械は厚い大気の底だと劣化しちまうからね。お互い様ってコトだね」

 そして笑った。

「イシス。アンタも……大気の底で劣化して……アタシみたいなおばあちゃんになっちまったね?」

 私の皮膚であるシリコンは劣化してシワが出来ている。

『年相応ということでしょう。気にしませんよ』

 私達は暫くの間笑い合った。

 そして……彼女は数度、深呼吸してから私に言った。

「イシス。アンタに頼みたい事がある」


 彼女の依頼とは……星系改造だった。

「主系列星でも惑星のない星系がある。ガイア型惑星が赤色矮星とか、赤色巨星といったハビタブルゾーンのない星を巡っている星系もある。それを……整えるのさ」

 ハビタブルゾーンを回っていないガイア型惑星を別の惑星がない主系列星のハビタブルゾーンを回る軌道に乗せる。

 まさに星系改造。

『そんなコトが?』

「できるさ。イシス、アンタならできる。だってあの惑星アクエリアは何処かへ跳ばされる寸前だったんだろう?」

 私は……推察した。

 確かに私達にはコスモゲート型要塞が4つある。巨大護衛艦ディアナ、そしてこのカルネアデスが納まっている護衛艦アルテミス。そして彼女の娘婿を運んだブリュナク、その原型であるランス01-21型は多数ある。

 それらの空間跳躍装置を使えば不可能ではないかも知れない。

 彼女の言葉を分析し、推察し、可能性を計算するのは久々だ。私の演算回路は嬉しい悲鳴を上げている。この時が……いつまでも続く事を私自身が望んでいる。

 懐かしい……演算回路の興奮だった。

『できる。……かも知れませんが銀河中央政府が許可するかどうか』

「ふふん。銀河中央政府が口出しできるもんかい。イシス、アンタは銀河中央政府から10のエデンナンバーを振られた星系を旅して……その星系のエデンナンバーはまだ抹消されていないと言っていたじゃないか」

 確かに。以前に訪れて居住不可能である事が判明してエデンナンバーの抹消を申請したにもかかわらず、30年経った今でもそれらのナンバーは未だに抹消されていない。

「そしてアンタは……エデン8281が居住不適だと報告し、銀河中央政府から移住候補星として指示されて……そしてそのエデン8281すらも抹消されていない。つまり……」

 私は彼女が言いたい事が解った。

『つまり私達はまだエデン8281から始まった10の星系に移住する権利がある。ということですね?』

 彼女は微笑んだ。

「そうさ。移住命令が抹消されていないからエデンナンバーが抹消されていない。と主張すればいい。それでも反論してくるだろうけどね。無視すりゃいいさ。未だにデータを更新しない……」

『銀河中央政府のバカどもは……ですか』

 彼女は目を閉じて頷いた。

 そして目を開けて……手を伸ばし、私の頬を撫でた。

「そう。イシス、アンタならできる。だってアンタは私の……」

 彼女はそのまま目を閉じて……再び眠りに就いた。


 彼女の娘と7人の孫娘達が訪れた時、もう一度目を開けて、微笑んだ。孫娘達の頭を順番に撫で、娘の頬にキスをして……昏睡に戻り、そして……

 もう目を開ける事はなかった。



 1年後。

 惑星アクエリアに辿り着いてから31年後。

 私達は人間達の許可を得て出発した。

 銀河中央政府は私達の計画を許可しないと再三にわたって警告してきたが、人間達の代表がそれを論破した。

「イシス達は我々が住まう事のできる大地を増やそうとしている。銀河中央政府といえどもイシス達の行動をそれを拒否する権利なぞある訳がないっ! それとも我々人間が住まう土地が広くなるのを否定する法律でもあるのかっ?」

 最も厳しく反論したのは……私達が惑星アクエリアの環境を整えた事を怒った人々だった。

 彼らの言葉で……私達は彼らにも受け入れられたと理解する事ができた。


 ケルベロス達、コスモゲート型要塞4基を正4面体の頂点で稼働させ、その4面体の中にガイア型惑星を納め、次元振動を発生させる。そしてそのままコスモゲート型要塞ごと空間跳躍。

 そんな方法で……生物が未だ存在しないガイア型惑星を惑星のない主系列星系のハビタブルゾーンへと移動させた。

 程よい大きさの岩石質天体をガイア型惑星の衛星として回らせて軌道を安定させ、さらに潮汐で生物環境を多様化する。

 巨大ガス惑星が3つ以上回る星系からは、エキセントリックな軌道を回る巨大ガス惑星を巨大護衛艦ディアナの砲撃とランス01-21型監視船の連続砲撃で巨大ガス惑星内部の金属水素を蒸発破壊し、噴き出す水素ガス流で軌道を変えて星系外に跳ばし、残りの惑星の軌道を整えた。

 そんな星系改造を5つの星系に施し、そして彼女の惑星移住プログラムを実行した。



 彼女の娘は……彼女が永遠の眠りに就いてから35年後に永眠した。

 夫である医師はその10年前に永眠している。

 凍結睡眠での銀河を横断した長距離高速跳躍と頻繁に惑星アクエリアとカルネアデスを往復した事が響いたのかも知れない。

 それでも医師の最後の言葉は「生涯をかけて訪れて暮らした星がアクエリアで良かった。来て良かったよ」だった。

 娘夫婦は……遺言に従い、カルネアデスが回る静止軌道の正面、私達が整えたクローバー畑の丘に眠っている。

 彼女の娘が私に言った最後の言葉も……私には不可解だった。

「イシスママ。私はママが居てくれてよかった。母さんは……私には遠すぎたから、ママが間にいてくれて私は……母さんと向き合う事ができる。ありがとう」

 彼女の娘はカルネアデスのスクリーンに映るアクエリアの正面に眠っている。

 彼女はカルネアデスのブリッジで眠っている。

 宇宙を隔てて向き合うように……


 私は……

 彼女と彼女の娘の間に居たのだろうか?



 そして……

 彼女が永遠の眠りに就いてから65年。

 5つの星系は全て自らコスモゲートを建造できるレベルに急速に文明を成長させた。

 惑星アクエリアを含む6つの星系は今は「銀河の6つの宝石」と呼ばれるほどになっている。

 カルネアデス・タイプの移民船は既に建造されてはいない。

 いまはコスモゲート要塞タイプの移民船アクエリア・シリーズが建造され、移民プログラムはアクエリア・プランに従って進められている。

 銀河中央政府も事後承認という形で、標準プログラムとしてやっと認定した。



「グランマ・イシス。ニュース見た? やっと曾お祖母ちゃんの方法が認められたわね。今度パーティを開くから来てね。そして話を聞かせて。もう一度、ゆっくりとね」

「グランマ・イシス。元気? 明日、そっちに行くからね。またおばあちゃんの話を聞かせて」

「グランマ・イシス。忘れていないと思うけど、来月は娘の結婚式だからね。ついもの……あのラベンダーとクローバーの蜂蜜をプレゼントしてね」

「グランマ・イシス。来週、娘の誕生日だからね。遊びに来てよ? 約束だからね」


 彼女の子孫は……何故か女の子が多い。

 彼女から数えて玄孫や玄孫の娘が結婚するまでになっている。

 それぞれから私は「グランマ」と呼ばれている。


 私は……彼女達にとってどんな存在なのだろう?

 彼女達が私に求めるのは……彼女の話と彼女の娘と医師のラブロマンス。

 そして……

 私が辿った旅の話。


 機械である私の記憶を人間である彼女の子孫達が求めているのは……些か奇妙だと思う。


 私の……耐用年数は150年ほど。

 もういつ機能停止してもおかしくはない。


 記憶の全てはルナや仲間達にも預けてある。

 私が停止しても失われるモノは何一つ存在しない。


 それでも、来月の結婚式には参列していつものとおり、ラベンダーとクローバーの蜂蜜を贈りたいと思う。



 私はイシス。

 かつて移民船カルネアデスを統括していたコンピューター。

 今は……彼女との記憶を彼女の子孫に伝えるために存在するアンドロイド。


 そして……来月までは行動していたいと願う。

 古ぼけた1つの機械。





 この作の原案は「カルネアデスに花束を」になります。

 キャラは「101人の瑠璃」の末裔……かも知れません。

 完結しました。

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