少女
俺たちはお互い分かれて『神を流布する者』を探すことにした。
そっちの方が効率的だと言われたのだが、連絡手段が無いのに情報の共有はどうするのだろう?
探し出すまでは良くとも、探し出した後に相手が何処に居るのか分からないのは困るんじゃないか?
一応それとなく伝えてはみたのだが…
「心配しなくても同じ相手を探してるんだ。必ず、いずれまた会うことになる」
と言われた。
すこし不自然な感じを覚えたが、もしかしたら俺と一緒に旅をすることが嫌なのでは?という考えが頭に浮かび、答えを知ることを恐れ、深く追求することはしなかった。
数日後、俺はあの人に教えられた村の近くに来ていた。
どうやら神を流布する者の足取り的に、この村を通りそうなのだそうだ。
しかし肝心の情報を村人に聞きたくとも…。
「あの、すみません。ちょっとお話聞きたいのですが…。」
「あぁ、他の奴に聞いて」
「ちょっと話を…」
「うっせぇな、知るかよ!!」
っとまあこんな具合である。
さてどうやって情報を得ようか、と思案していると。
「いい加減にしやがれこのガキ!!」
という怒声が聞こえた。
あまりの勢いに思わず”すみません”と言いそうになったが、俺に言ってるわけでは無いことは理解している。
振り返ると、怒鳴られたであろう少女が地面に転げていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。と繰り返す少女に、怒った男性は、それでも罵声をやめなかった。
さすがに見かねた俺は止めに入る。
男性の怒りはすでに収まってきていたのか。
”もういい”と怒った口調で捨て台詞を吐きながらではあったが、すんなりとその場を去っていった。
少女の方に目をやると、存外小さく、まだ5~6歳のように見える。
俺は断られると分かっていたが、手を差し伸べ、大丈夫?と声をかける。
すると少女は意外にも
「ありがとうございます」
そう言って、俺の手をとった。
俺がやった事ではあったが、相手の予想外の行動に驚き、手を握ったまま茫然と少女の顔を見つめてしまう。
「あ、あのぉ?」
「え?、、ああ!ごめん」
少女をひっぱり起こすと、俺は思わず質問してみる。
「君は、俺の事が平気なの?」
少女は意味が分からないといった顔でこちらを見ている。
そりゃそうだ。突然こんなことを言われても意味が分からないだろう。
「いや、ごめん。いいんだ。それよりホント大丈夫?怪我とか無い?」
俺は少し屈み、少女と目線を合わせ、どこか怪我が無いか探ってみる。
「はい。だいじょうぶです。」
そう言って少女は笑って見せた。
確かに今できたような傷は無い。しかしこの子身体には細かな傷がいくつもついている。
このくらいの子供なら、転んで擦り傷くらいはつくるだろう。
だがそのような傷とは少し様子が違う。特に手のひらは擦れた後が固くなっているところがあり、まるで働く人間の手だ。働き手が足りなくて子供でも働いているのだろうか?それほど困窮した村には見えないが…。
それに髪の毛、仮に働かせていたとしても、まともな親なら髪の毛の手入れぐらいしてあげるだろう。しかしこの子の髪はボサボサで、まるで手入れされた様子が無い。親がいないか、あるいは子供にまるで関心が無いか…。
「いったい、何があったの?」
「わたしが、だいじなお水 こぼしちゃって」
「お水?そっか。お仕事なの?」
「うん。」
少女はうなずきながら答えた。
しかしこの場合の仕事とは、お金をもらう仕事と親の手伝いという仕事、子供にとっては区別が無いかもしれないと考え、つづけてこう質問した。
「さっき怒ってた人はお父さん?」
父親じゃなければ、怒鳴っていたのは雇い主か何かだろう。
「ううん。おとうさんは いない。」
少女の表情が暗くなる。
しまった。この答えは想像以上だ。暗い気持ちにさせるつもりはなかった。この子の事情は気になるが、これ以上の質問はやめて話題を切り替えよう。
「あー、……。」
まずい。なんにも話題が出てこない。なんでもない会話って難しくないか?とりあえず話題を変えるだけでいいんだ。何か言わないとドンドン空気が悪くなってしまう。
焦って言葉を探していると、なぜか少女に笑みが戻っていた。
「おじさん、やさしいひとなんですね」
おじさんという言葉が耳に残っているが、顔には出さないようにした。
俺の焦ってる様子が可笑しかったのだろうか?とにかくさっきの空気を脱することが出来たのなら何でも良い。
「わたしにも こんなやさしくしてくれるなんて」
特段優しくした訳でもない。というか、俺に嫌悪感を抱かない時点で確定だろう。
この子も俺と同じなんだ。