6、登校
「おはよう、晴人」
「おはよう、ユイって!? なんで僕の布団に入ってるの!?」
「寒かったから」
僕はユイから慌てて離れると、布団から飛び起きた。
「ふあーあ。眠い……」
「起きて、ユイ。あともう僕の布団に入らないで!!」
ユイは僕のことをチラリと見て、布団をかぶった。
「ユイ、時計読める? 朝ご飯食べる時間無くなっちゃうよ?」
「何!? それは困る!!」
ユイはそう言うと布団から勢いよく飛び出した。
「じゃあ、顔洗って歯を磨いて、制服に着替えて」
「はーい」
ユイが朝の準備をしているうちに、僕は昨日作っておいた豚汁を温めながらプレーンなオムレツを焼いた。
「朝ご飯、出来たよ」
「やった。お腹がペコペコだよ!」
ユイは食卓に着くと僕が椅子に座るのを待ってから言った。
「いただきます!」
「召し上がれ」
ユイは器用に箸を使ってオムレツを食べた。
「この赤いのは何だ?」
「ケチャップ。トマトで出来たソースだよ」
「そうか。美味しいな」
ユイはオムレツでご飯を食べ、豚汁を二回おかわりして満腹になったようだった。
「それじゃ、そろそろ学校に向かうけど、荷物は大丈夫だよね?」
「ああ、この小さなカバンにノートだの鉛筆だの入れてあるぞ」
昨日、僕が使い方を説明しながら、ユイと一緒に学用品を準備していたから心配はしていない。
「食事はどうすれば良いんだ?」
「あ、学食で好きなものを食べれば良いよ」
「学食?」
「うん、お金を渡しとくね」
そう言って僕はユイに五千円札を渡した。
「行ってきます」
「行ってきます」
僕とユイはアパートを出て、駅に向かった。
駅に行く途中、車が急に歩道に飛び出してきた。
「危ない!!」
ユイはそう言うと、僕をかばって車の方に走り出し、素手で車を止めた。
「ええ!? ユイ!? そんなこと出来るの!?」
「ドラゴンに比べれば、こんな鉄の塊は大したことないぞ。毒も無いし、炎も吐かない!」
ユイは車のタイヤの動きが止まったのを見て、持ち上げた車の前面を地面に下ろした。
「うわ、なんだ、いまの女の子!?」
「ヤバい!!」
道ばたの高校生達が騒ぎ出した。
スマホで写メや動画を取っている人も居る。
「ユイ、早く行こう」
「分かった」
ユイは振り返って、見ている人たちに手を振った。
「ユイ、そんなことしないで」
「え!? だって皆見てたから……」
僕は時計を見て慌てた。
「学校に遅れちゃうよ」
「そうか。急ごう」
僕たちは電車に乗って、学校の最寄り駅まで行った。
「ユイ、どうしたの?」
「尻になにか当たってる。人の手みたいだ」
「え!? 痴漢!?」
僕が確かめるより先に、ユイは痴漢の手をひねり上げた。
「痛い!!」
「人の尻を触るな!!」
ユイはそう言って、痴漢をねじ伏せた。
「くそ! なんて力だ!!」
「アンタ、手を切り落としてやろうか?」
ユイが凄んだ。目が本気だ。まずい、ユイを犯罪者にするわけには行かない。
「あの、次の駅で降りるから、駅員さんに引き渡そうよ」
僕は慌ててユイを説得した。
「うん? 私の尻を触ったんだぞ? そんな奴、殺しても良いだろう?」
「ユイ、この世界には警察っていう人たちがいるから。悪い人は警察に連れて行くんだよ」
ユイは不機嫌な様子で、痴漢を睨み付けた。
「命拾いしたな、アンタ」
ユイは電車が駅で止まると、痴漢を駅員さんに突き出した。
「コイツ、私の尻を触った。処分してくれ」
「分かりました。ご協力感謝致します」
駅員さんは頭を下げた後、痴漢を連れてどこかへ行った。
「さあ、学校まで急いで行こう」
「分かった」
僕は小走りで学校に向かった。ユイはその後を大股で歩いてついてくる。
「さあ、学校に着いたよ」
「……結構大きな建物だな」
僕はユイと学校に入って、職員室に向かった。
「じゃあ、僕はこれで教室に行くから。ユイは職員室に入って名乗れば大丈夫なはずだよ」
「分かった」
ユイは職員室の扉を開けると、大きな声で言った。
「伊口ユイと申す! 本日から世話になる!!」
「……」
職員室がざわついたけれど、僕は気にしないことにして自分の教室に向かった。