〜別れ〜
母が私にくれたもの…。
それは命…。ただ一つだけだった。
死にたい。死にたい。いなくなりたい。
いまでもその思いは強くある。
「あんたなんか産むんじゃなかった」
これが母の口癖だった。
小さいときから聞かされていた。
傷付いて苦しくて。
小学4年
タオルを首にまき強く絞めた。
体中がビリビリ痺れて意識が薄れる。
その瞬間両手から力が抜けて…。目を覚ました。
死ねなかった…。
これはノンフィクションの私の人生。
母は私の父と喫茶店のアルバイトで知り合った。
お互い愛し合い若くして結婚した。
親の反対を押し切り、母は押しかけ女房で最愛の父と一緒になった。
しかし経済的に苦しかった生活の中、祖母の借金を抱え、祖母は行方をくらました。
その後弟が生まれ、弟を保育園に預け、共働きの生活が始まる。
母は夜の世界へ消えた。
いつも綺麗な服を着て、いつも綺麗な化粧、爪、いい香の香水。
そこで他の男と知り合い、離婚した。
いつも必死に働いている父を見ていた私は、父から離れたくなかった。
夜の水商売の影響で母は家事や育児をしなくなった。
唯一覚えているのは、私が麻疹で苦しんでいるのに母は私を一人で家に残し、仕事へ出かけた。
弟は多分施設に預けられていたと思う。
「あんたを産まなかったら…。」
「あんな人と結婚せんかったら。」
離婚の日、荷物をまとめて外に出ると、一台の白い車が、道路に停まっていた。
母は浮気していたのだ。
ある会社の社長と。
出会いは母の店だろう…。
そのまま、母の実家に行った。
母の実家に着くと祖父が
「あんな奴と一緒になったからや!」
私は泣いた。
(パパはいい人やもん。パパのとこに行きたい。)
そして新しい住居を見つけ新たな生活が始まった。
私と弟と母そして新しい男。
毎晩父を求めて泣く私に母は暴力を振るった。
相変わらず母は水商売。
小学1年の私は家でいつもお留守番。
食べるものとえばチキンラーメン半袋。
母は必死で働いた。
必要最低限以外のものは一切買ってはくれなかった。
母はいつも綺麗な服で綺麗なアクセサリーを身に纏い夜の世界へ…。
ある日一台のピアノが狭いマンションの部屋にあった。
時価200万のヨーロッパ製のピアノ。
私は喜んでピアノを練習した。
母の長い爪で叩かれた時も、母にほったらかしにされた日もピアノを弾くと、辛い事も忘れられた。
ある日、母が別れた父に話しがあると、父の元へ行った。
行きしな
「泣いたらあかんで!パパって呼びなや!」
と強く念を押された。
しかし父の顔を見るなり私は泣いて父に縋り付いた。