53 決戦
その時、運転席のドアが慌てた様子で叩かれた。テラトスだった。
「敵が本隊を前進させてきました!」
俺とメガメーデは車を降りて、ワゴンブルグの魔動車の城壁の上に登る。上から敵を望むと、敵は本隊を投石機が置かれていたところまで前進させていた。
戦いの当初はディル家の秘密兵器である魔動投石機によって敵が優勢だったが、メガメーデが投石機を無力化したことで流れが変った。失った流れを取り戻すために、ついに敵は勝負に出てくるのだ。
第一陣は槍と盾を構えた歩兵によるファランクスだった。こっちの射程ギリギリまで密集陣形を崩さないように慎重に近づくと、そこからは吶喊の声を上げつつ突撃して来た。
クロスボウの一斉射撃で応戦する。何割かの敵がそれに倒れて、すぐ後ろの兵がつまずいて転んだ。
迎撃を逃れた歩兵の多数の槍の穂先がワゴンブルグの壁に激しくぶつかった。その衝撃で俺は膝をつき、城壁の上の兵のうちの何人かがワゴンブルグの外側に落ちた。落ちた兵はそのまま槍の餌食になっていく。兵たちの断末魔の声。
メガメーデがこっちを見た。降りて戦いたそうだが俺は首を横に振った。ここが我慢のしどころだった。
俺はメガメーデの腕を引っ張って城壁から降りると、ワゴンブルグの内部に置かれた二階建て魔動車へと移動し、その天井に登った。
間もなく第二陣の攻撃が来た。歩兵たちの手によって背後から押されて加速を付けられた三台の破城槌付き魔動車が、ワゴンブルグの城壁に激しく激突する。
破城槌をまともに食らった魔動車は半壊し、完璧な円形だったワゴンブルグに歪みが生じた。
立て続けに第三陣が来る。再度の破城槌付き魔動車による猛攻だった。今回はワゴンブルグの魔動車同士は鎖で繋いではいない。その状態で破城槌付き魔動車による波状攻撃を受けたワゴンブルグは完全に決壊し、いたるところに隙間が生じた。
いったん敵が引き上げた後にしばしの猶予があり、やがて地鳴りのような音が聞こえてきた。そしてそれに続くように軽い地震のような揺れが響いてくる。
俺とメガメーデは互いの顔を見合い、頷き合った。最後の、そして決定的な戦いがこれから始まるのだ。
「来るぞ!」
緊張が走った。兵たちは生唾を飲み込んで身を固くする。
荒野の蜃気楼の向こうから銀色の鎧がきらめくのが徐々に見えて来た。前回俺たちがなすすべもなく敗れ去った重装騎士団が今からここに来襲するのだ。
騎士たちがあげた野生動物のような雄たけびが辺りにこだました。味方が恐慌状態になりかかる。悲鳴を上げながら頭を抱える者。爪を噛む者。小便を漏らす者もいた。
「落ち着け。私が付いている」
メガメーデが兵たちに言葉をかける。ざわめきがピタリと止んだ。
騎士団が射程距離に入っても迎撃のクロスボウは発射されなかった。撃つことを俺が禁じているからだ。
騎士たちはあっという間に距離を詰めると、喚声と共にワゴンブルグの隙間から中に次々と突入して来た。
騎士たちは次々と勢いよくワゴンブルグの内側に飛び込んで来る。
そして誰もが叫び声を上げた。
雄たけびではない。悲鳴だった。馬が何かに足を取られたのだ。
その場で立ち往生する騎士たち。異変に気付いた者は引き返そうとして馬首を返そうとする。
「撃てぇ!」
俺の下知によって、魔動車の天井から騎士たちに向けて一斉にクロスボウが放たれた。クロスボウの矢では重装騎士の鎧は貫くことは出来ない。しかし高所からの射撃は、鎧に覆われていない馬の背中に次々と突き刺さった。
断末魔のいななきと共に次々と落馬する騎士。
落馬したとき頭から落ちて泥にまみれる者。倒れこんだ馬の下敷きになる者。後から来た馬に踏まれる者。阿鼻叫喚の騒ぎとなる。ワゴンブルグの中は完全に騎士たちのカオスの場と化した。
実はワゴンブルグの内側の地面には、前もってジンジャエールを大量に流し込んで泥沼状態にしてあったのだ。
怪我無く馬から降りることが出来た騎士たちも、まともに動くことは出来なかった。ジンジャエールを含んだ泥には粘着力があり、騎士たちの鋼鉄の鎧と鉄靴を容赦なく地面に張り付けた。
「今だ!」
そして、味方の兵たちがまともに動けない騎士たちに襲い掛かる。先頭はメガメーデだ。兵たちは軽装で靴を履いていない。そのほうがこの状況だと動きやすいからだ。
それぞれが手に持つ武器で手際よく騎士を戦闘不能にしていった。一人に対して数人でかかることも躊躇しない。俺たちが騎士の流儀を守る筋合いなど何もないのだ。
このわずか十五分ほどの戦いで、俺たちはディル家の重装騎士団を完全に壊滅させた。こうなると恐れる物はもはや何もなかった。
俺はワゴンブルグを解かせると、楔型に魔動車の陣形を変化させた。そして南西方面に位置するポロエ村近くにいる敵の本隊を全力で目指した。
途中、進行方向に煙が上がるのが見えた。
「あれは?」
助手席のメガメーデが俺に尋ねた。
「エウメデスたちのギルドの別動隊だ。港に停泊してる敵の船を焼いたんだ」
ポロエ村の敵本隊を敗走させても、海から船で安全に逃げられる恐れがあった。逃がさないために別動隊に港に停泊している船を焼かせたのだ。
「別動隊を出していたのですか?」
「エウメデスたちはこの前の戦いの戦犯みたいにされててな。挽回したいっていうから、一番難しいこの役割を与えておいたんだ」
この作戦はタイミングが重要だった。遅すぎたら意味がないし、早すぎても対応されてしまう。エウメデスと十人のギルドの冒険者たちは前に海水浴をした砂浜からウインドサーフィンで出発し、一旦、半島に上陸するとそこに潜んで、作戦開始のタイミングを計っていたのだ。
そして俺たちにこっそり協力してくれているポロエ村の住民からの信号によって時期を確認し、半島を出て海から港に潜入して魔動バズーカで船を焼くと、追い風に乗って現場から離れたのである。
この作戦に使われたウインドサーフィンは、車の精が残した最後のポイントで作成した物だ。
「さすがは旦那様です。海からの退路を断たれたことで敵の士気も完全に霧散したことでしょう」
メガメーデの言う通りだろう。重装騎士団以外のディル家の兵は徴用兵がほとんどなので、もともと戦闘意欲が低い。そういった兵はちょっとしたきっかけで士気がくじけやすいのである。
そしてついにポロエ村の前に陣取っているディル家軍本隊が見えてきた。敵が浮足立つ様子がはっきりと見てとれた。
船を焼かれたことで動揺していた彼らは、俺たちがここに姿を見せたことで頼みの重装騎士団が敗れ去ったことを今、悟ったのだ。
「かかれっ!」
俺はホットドックカーから身を乗り出して、皆に命令を下した。
魔動車の群れがディル家軍に襲い掛かる。
やる前から結果は分かりきっていた。敵は初めから逃げ腰で、交戦が始まるとあっけなく瓦解した。
ディル家軍は陸路を東へと算を乱して逃げ出した。アンテドン川を渡って本拠地ブラシアの町へと帰るためだ。俺たちはそれを追撃して、散々に撃ち破った。




