表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/55

4 開店

 猫人の里を出た俺は、思い切って街道沿いに店を出してみることにした。行きかう旅人を相手に商売するつもりだ。けれど、道行く人たちはこの車に興味深げに目をやっても、足を止める人はいなかった。

 しかし、それも仕方ないかなとも思った。

 この車がホットドッグ販売車であることは、現地の言葉でデカデカと車体に書かれてはいるが、そもそもこの世界の人はホットドッグとは何であるのかを知らないのだ。


「どうすれば……」


「魔物を狩りをした時を思い出してください。どうやって魔物をおびき寄せましたか?」


 運転席での俺の独り言に、車の精が答えた。


「なるほど、そうか」


 俺はすぐにホットドッグをいくつか作ると、窓の横に付いている換気扇を回した。出来立てのホットドッグの美味そうな匂いがあたりに漂った。


 一番最初に足を止めたのは冒険者らしい若い男だった。その冒険者はホットドッグとは何かと聞いてきた。

 質問に答えて説明すると、その男は一度試してみるかとセットを注文した。

 本来の価格はホットドッグが銅貨3枚でジンジャエールが銅貨1枚なのだが、今は開店セールとして、ホットドッグとジンジャエールをセットで銅貨2枚にしてある。


 彼を皮切りに、通行人や旅人がちょくちょく立ち寄るようになってきた。結局その日は20セットほどが売れて銅貨40枚の売り上げだった。原価はゼロなので丸儲けだ。

 それからというものホットドッグは冒険者や旅人たちの間で評判になったようで、客は徐々に増えていった。

 開店10日目には一日に50個ほどが売れるようになったので、そろそろ開店セールを止めてもいいかなと思った。あまり安く売ると、他の食べ物屋なんかとトラブルになりやすいからだ。

 街道では他にも魔動車を改造した移動式の食べ物屋はたまにだが見かける。パン屋にケーキを出す店、それにぶどう酒を出す店などがあった。それらの店もそれなりに盛況のようだった。



 そんな頃、営業を終えて店を片付けていると、10代後半くらいの若い女性が俺のところに駆けこんで来た。エスニックな感じの柄のチェニックを着た、茶髪でスタイルのいい綺麗な女の子だった。


「ちょっとあなた! 迷惑なのよ。あなたのところ安く売りすぎでしょ。おかげでこっちの店からお客さんがいなくなったわよ! どうしてくれんのよ!」


「ご、ごめん。もう開店して10日経ったんで、セールはやめるつもりなんで勘弁してもらえるかな」


 俺は彼女の剣幕にたじろぎながら何とかそう伝えると、彼女は途端に機嫌を直した。


「それならいいのよ。怒鳴って悪かったわね。私はここからちょっと離れたところでジュースパーラーをやってるんだけど、最近お客が急に減ってきたんで不思議に思って常連のお客さんにたずねたらここのことを教えてくれたものだからさ」


「ジュースパーラー? 魔動車でかい?」


 そうたずねると彼女は身を乗り出してきた。


「そう。ジューサーって言うんだっけ。よくわかんないけどドワーフの機械がたまたま手に入ったんで、中古の魔動車を買って3カ月ほど前に店を始めたのよ。お客さんもたくさんついてなかなか評判いいのよ」


 そう言うと彼女は何かを思いついたような顔になり、突然どこかに走っていった。

しばらくするとカップに入れた飲み物を持って再び帰ってきた。そしてそれを俺に押し付けて言った。


「ちょっと飲んでみてくれない?」


「あ、ああ」


 俺は彼女が作ったジュースを飲んでみた。悪くはない。悪くはないけど。


「どう?」


「え? 美味しいと思うよ」


「ウソでしょ。感じたことを正直に言ってもらえるかな? アドバイスだと思ってさ」


 少し迷ったけど、ここは正直な意見を言うことにした。


「ちょっと酸っぱいかな」


「やっぱり? あたしも実はそうじゃないかと思ってたんだけどね」


 彼女は体の前で腕を組んだ。胸の大きさが強調される姿勢だ。


「どうすればいいと思う?」


「砂糖でも入れたらどうかな?」


「高すぎるわよ。それじゃあ元が取れないわ」


 彼女は眉間にしわを寄せて言った。この世界ではどうやら砂糖は高級品らしい。


「じゃあ蜂蜜は?」


「蜂蜜は入れてみたことあるんだけど、ちょっと違うんだよね」


 そう言えば昔、実家にミキサーがあったな。それでよく祖母がジュースを作ってくれっけ。確かあの時は……。


「牛乳……」


「牛乳! そ、それよ!」


 彼女は俺のつぶやきに反応して手を打った。


「あなた名前は?」


「トモノリだけど……」


「トモくんね。ありがとう。私の名前はテオフィリアよ。また来るわ!」


 彼女は早口でそう言うと、すごい勢いで俺の前から走り去った。この世界の女性には年上への敬意みたいなものは全くないらしい。

                                        

◆ 


 俺は翌日からしばらくの間ホットドッグ屋を休むことにした。5日後くらいしたら再び開店して、その機会に値段を定価に戻すつもりだ。


 休んでいる間は主に魔物狩りをして過ごした。猫人の里でもらった磨製石器の槍は非常に強く、おかげでゴブリンに苦戦するようなことはなくなった。猫人からは物々交換で盾も手に入れたので今の戦闘スタイルは槍と盾だ。

 運転にも慣れてきた。今では多少荒れた道でも真っすぐなら60キロくらいまでなら飛ばせるようになっている。ただ、RRなので曲がる時に後輪の横滑りが大きかった。それにはまだ慣れず、曲がる時はかなりスピードを落とさないと怖くて曲がれない。   


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ