9話 訓練
「お久しぶりです。ウェルさん」
「おお、久しぶり。」
クルリは歌う波音亭にて朝食を食べているウェルを見つけ、二人は再開した。
と言っても前の言葉通り一週間は空いてない。
「もう慣れましたか?」
クルリはそう言うとウェイトレスに飲み物だけ頼んだ、朝食はもう王宮で食べてある。
もっとも嫌味を(主に妹から)たっぷり聞かされながらだったが。
「ああ、とりあえず近くの魔獣を狩ってた。」
「どうでした?」
「皆だいたい森にいるんだな……当たり前だが。」
「まあ……そうですね。」
この国ではだいたいそうなる、広大な森の奥から来る魔獣の内、村や街の猟師等が手におえないものがハンターに依頼される。
……というより一般人が手におえないのを大体魔獣やモンスターと呼んでいる。
ウェルは朝食の卵とベーコンのスープを飲み終えるとこちらに聞いてくる。
「どうする?」
「どうするってなにをですか。」
「ハンターの仕事だよ、魔獣狩りでいいのか?」
「そのつもりでしたが……。」
他に無いわけではないがこの国でのハンターの仕事と言えば主に魔獣狩りか隊商の警護などだ。
「よし、じゃあまずはお前の実力を見てみよう。」
ウェルは早速立ち上がった。
「やあ!」
街の郊外の森のそば、二人は木剣で打ち合いをしていた。
掛け声を掛けながらクルリは木剣を打ち込むが全ていなされ、弾かれている。
強い、ウェルが全く本気を出していないのがわかる。
諦めずに打ち込む内に気付いた。
必ず五回目、五の倍数の時に合わせて強く弾いてくる。
ならば……。
「ふっ!」
相手が弾こうとした時に力を抜いた打ち込みを袈裟に放った。
それに反応し見せかけの打ち込みを弾こうとしてスカされたウェルの上体が少し泳ぐ。
こちらは軽く弾かれた木剣をひるがえし逆から胴に全力で切り返す。
「!」
そこには魔法のようにウェルの木剣が待ち構えていた。
もとより寸止めのつもりだったので軽く当たりそのまま二人とも動きを止める。
「えー。」
「ふむ……やはり筋がいいな。」
「じゃあ打ち込ませてくださいよ。」
我儘を言ってみるがウェルは聞いておらず何か考え込んでいる。
「魔獣と戦ったことは?」
「いいえ……ゼリーを狩ってただけです。」
「魔力を剣に流すことは出来るのか?」
「はい、最初に親切なハンターのおじさんに教えてもらいました。」
「他には?」
「いえ……ゼリー相手なら魔力を流した剣で斬るだけで充分ですし。」
「家で剣術を習う時に教わらなかったのか?」
「まだ基礎を固める時期だということで……。」
「ふむ。」
ここでまたウェルが少し考えている。
「?」
「いや、確かに一理あるが例え弱い魔獣とでも戦うのは命のやり取りだ。万が一に備えて最善を尽くさなければいけない。ある程度ここで教えておこう。長剣を出してみろ。レッスン1だ。」
「こうですか?」
言われた通り剣に魔力を流す、これだけでも強度や切れ味は増す(と親切なハンターのおじさんが言っていた。)
ウェルは魔力が流れたままの抜き身に少し触れて離す、無防備に触れたら少し痺れる筈だ。
「どれくらい習った。」
「最初の一日だけですけど……。」
「ふむ……やはり筋がいいな。」
さっきとまったく同じ事を言ってウェルはなにやら得心している。
と、こっちを向き近くの樹を指した。
「あれに突き刺せるか?」
直径一メートル以上はある大木である。しかも硬さのある種類だ。
「ええ……無理ですよ。」
「いや、これだけ魔力が流せればいける。」
二人して樹の目の前に立つ。
「いいかまず切っ先を意識しろ。」
「はい。」
「そこから手、肩、腹、足、足の裏と一本に繋ぐように魔力を引き絞れ。」
「……はい。」
自分でも出来てるかわからないが頑張ってイメージして魔力を巡らす。
「よし……いいぞ。何も考えずに全力で剣を突け。」
剣に触れていたウェルが指を離し促した。
言われた通りにやるしかない、一か八か覚悟を決めた。
「はぁっ!」
全身で飛び込むように剣を樹に突きこむとドッ!と重い音がして長剣は八分以上……鍔の近くまで突き刺さってる。
「ウェルさん!」
「うむ。」
信じられない面持ちでクルリは固まっていたがやがてある事に気が付き声を上げた。
「あのー抜けないんですけど。」
「ああ。」
「ああ、ではなくて……。」
力を込めて引き抜こうとしてもびくともしない。
「レッスン2だ。」
「はい?」
「まず魔力を剣に込めろ。とりあえず体には込めなくていい」
「はあ……。」
言われたように剣に魔力を流す剣の大部分が樹に埋まって接触してるので魔力がそこから微妙に反発しながらも漏れてしまう。
「そして全力で魔力を爆発させると同時に引き抜く、それだけだ。」
「それだけと言われましても……。」
「まあまずはやってみろ。」
「はあ……。」
言われた通りに剣だけに魔力を集中し、全力で引き抜くと同時に魔力を爆発させる!
「は!───うごぉ!」
剣はビクともせずに全力で引き抜こうとした体は反動にビキっときてクルリは呻き声をあげてしまう。
「うぉぉおぁぁ。」
体の筋が痛みをあげている、たまらずに抗議の声を上げた。
「ビクともしないんですけど!」
「うむ。」
「いや、うむじゃなくて。」
「始めてやってそうそう上手くいくわけも無いだろう。」
「ええ……どうするんですかコレ。」
剣は見事に樹に水平に埋まっている。
「俺はこれからそこで昼飯を作ってる。」
「はい?」
「じっくり鍋を作るから二時間以上はかかる、それまでに引き抜いておけ。」
「ちょ、ちょっと!」
呼び止めるがウェルはもう背を向けて歩き出している。
「こんなのホントにできるんですか!?ちょっと!!」
「まあ工夫しろ、それだけを信じろ。」
適当なこと言ってそのまま薪を集め始めた。
本気でこのままにする気らしい。
「ちょっと!無理ですよ!こんなの!」
がしがしと剣を引っ張りながら樹を蹴るが微動だにしない。
「頑張れ。出来るまで続けろ。」
そう言うと今度こそウェルはこっちを無視して昼食づくりに没頭しはじめた。
「ええぇ!?」
ウェルはもう返事すらしない。クルリは途方に暮れて樹に埋まっている自分の剣を見つめた。
鍋の基本はやはり出汁である、うま味自体は具を適当に煮込めば出て来る……それがうま味、出汁という概念に人類が気付く枷となっていた。
空気を発見する事の難しさに似ているかもしれない。
大きい角切りの肉はトロトロに柔らかくなっている……具か出汁か?この柔らかさではまだまだ具だ。
魚は頭の上の上にある空気を知っているが自らが泳ぐ水という概念は無いだろう。
人間が空気という概念を知らなかった時代が長いように……。
鍋に椎茸が浮かぶ、ウェルはお玉で底をかき混ぜた。
当然のものと信じ込んでるものほど気が付きにくい。
例えば失った後に大切なモノに気付く云々とは陳腐な言い回しだが、真理ゆえに言い尽くされ陳腐となったのだろう。
味を見る、薬味、香辛料は煮込む度合いによって香りと味が変わっていく……。
料理人ならば細心の注意を払うだろうが野外の料理は大味なのが一番だ。
雑に薬味を加えた。
「ウーェールーさぁーんぅ。」
そして若者は繰り返された陳腐な言葉を受け止めない、何故なら陳腐だから。
自らの事となった時、それまで素通りしていた陳腐な言葉が自分から漏れ出し、苦笑するのだ。
癒せぬ傷と共に。
「聞ぃーいてますかあ?」
クルリのその言葉でようやくウェルは鍋との対話から帰ってきた。
「出来たようだな。」
傷を負ってるわけではないので満身創痍……ではないがまさしく疲労困憊の様子のクルリの手には剣が握られている、成功したのだ。
「こんなに疲れたの初めてですよ……特に精神的に。」
時計を見ると二時間を過ぎた所だった、だが剣を引き抜く事の難易度を考えれば上出来すぎる。
本当は頃合いになったら途方に暮れているクルリの所に行って格好良く自分で引き抜いて、あわよくば尊敬を集める気だったのだ。
「剣が、全力で引っ張っても微動だにしない時って考えたことあります? すごい悲しいんですよ?」
(思ったようにはいかないものだ)
だがまあ嬉しい誤算だ。
「お疲れだったな、鍋もよく煮えたぞ。パンも用意してある。」
「本当に疲れたんですよ? 特に心が? わかって? くれてますか?」
「ああ、お疲れお疲れ。」
ウェルはパンと水筒を取り出し食事の準備を始めた。
そして食器に鍋からスープを盛る。
「……。」
もはや文句を言う気力も切れたクルリは敷物に崩れるように座り込み、熱々のスープを受け取った。