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イヌの国のネコの王子  作者: べしみ仁和
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6話 ようこそイヌの国へ

「フラバナさん遅いですねー。」

 クルリはコーヒーに口をつけながらのんびりと呟いた。

「もう十時だが帰らなくていいのか?」

 と、同じくコーヒーをすすりながらウェルは返す。

「まあ、夜の内に帰れば大丈夫ですよ。」

「そうか。」

(そんなものなのか?)


 いまいち獣人の感覚のわからないウェルはとりあえず適当に返した。

 ギルド内にはクルリ、ウェル、ティーリ(とダルク)がだらだらとだらけて待っていた。(流石にティーリは態度には出てないが。)

 奥には宿直の当番がいるらしい……が、ギルドが閉まる深夜十二時から朝までの夜番なので奥で寝ているそうだ。


 茶菓子を摘まみながらティーリが言う。

「一応今日中には依頼完了の手続きとあと多分荷馬車の返却に来るはずなのですが……というか二人とも待っている必要はありませんよ?報酬は後日受け取れますし。」

「いやー、ここまで来ると気になってしまって……それに出来高によって増えるんでしょう? 報酬。」

「というかゼリーを渡した時点で依頼終了で報酬を渡すべきだろう。後から渡すのもここでは普通なのか?」


 ウェルが質問ともぼやきとも取れない感じでぼそりと言う、他の二人と比べると若干眠そうだ。

 律儀にティーリが返す。

「そのような事は無いのですがとてもお急ぎだったみたいでして……。どうやらあの方は結構有名のようなのですが……。」

 受付嬢が依頼人やハンターの個人情報を漏らす事は無いと言っていい、なにやら言葉をにごした。


「有名人なんですか? あの人。」

 その辺にうといクルリが聞く、がどっちみちティーリも詳しくは知らないようだった。

「中央ギルドのお得意様だったようですが……、あまりよくわかりません。」

「面白い人でしたねぇ。」

 クルリの言葉にティーリは苦笑する、ゼリーが渡されるまで面白いどころじゃ無かったのだ。

「明らかに変人だったな。」

 ウェルも苦笑いしながら身も蓋も無いことを言う、クルリはそこまで思わなかったようだ。

「そこまでですか?」

「あれをその程度で済ますのはなかなか肝が座ってるな。」

 感心した様子でウェルはカップのコーヒーを飲み干した。



「お待たせしました!」

 さらに一時間後、ようやく荷馬車の音が近づいてきたのち、扉が開きフラバナは帰ってきた。

「お帰りなさいませ、御首尾はどうでしたか?」

 ティーリが立ち上がりにこやかに受け答える。

「いやー大盛況でしたよ! どうもありがとうございました!」

 フラバナは大変上機嫌である、ニコニコと笑いながらクルリとウェルにも近づき順番に手を握りぶんぶんと降る、尻尾も嬉しそうに動いている。


「それは良かったですね!」

 クルリも立ち上がりつられたように尻尾も動いている。

「いやーよかったよかった。」

 ウェルはやる気がなかった。


 フラバナは興奮冷めやらぬ様子で笑顔である。

「いやあーもう会心の出来でしたよ! 常連さんたちも大興奮! 依頼料もどーんと持ってきましたよ!」

 若干目の焦点が怪しい、疲労が激しいが相当ハイになっていて自覚が無いのだろう。

「もう怖いものはありません! 中央ギルドの奴らにはもう二度と食わせてやりませんね! ざまあみろ! くたばれ!」

 どんどん言動が過激になっていく、中央ギルド、という単語にクルリが反応した。

「そういえば今までは中央ギルドで依頼なさっていたんですよね? どうして急にここに来られたんですか?」

 ピクリ、とティーリが動いた、彼女も気になっていたようだ。


「そうなんです! そうなんです!」

 目を見開いて叫ぶ、余程鬱憤が溜まっていたのだろう。

「今日の朝、中央ギルドに行ったらいきなり問答無用で出禁できんですよ! あいつら! 毛根死滅しろ!」

「出禁? 何でですか?」


 クルリが不思議そうに尋ねる。

「恐らくは……あの器の小さい中央ギルドのおっさんギルド長の仕業でしょう。器の小さいおっさんですからね。」

「中央ギルド長ですか?」

 思わず、ティーリが口を挟む。

「そうです! あのクソ偉そうに髭をはやしたおっさんですよ!」

「何があったんですか?」


 クルリが無邪気に聞く、正直ウェルはもう関わりたく無かったのだが止める気力も無い。

「そう……事は昨夜の事です。中央ギルドの何たら記念でうちの店でディナーパーティーを開いたのです。」

「恐らく再建十二周年の記念ですね。」

 ティーリが補足する。

「そう多分それです。会食は順調に何事もなく盛り上がって進んでいたのですが……。」

「ふんふん。」

 クルリが相槌を打つ。


「締めのデザートの前にスープを配膳したんですがそしたらあいつら急に吐き出しはじめて……。」


「うん?」


 意味の分からない部分が来た、ウェルは思わず口に出たがフラバナは続けた。

「そのまま大惨事でお開きですよ。 部屋の清掃がどれだけ大変だったか。まったくあいつらは……。」

「まてまてまて、なんだ? なんのスープを出せばそんな事になるんだ?」

 ウェルが問いただす。


「森林大蛙の姿煮に禿頭蝙蝠の目玉をふんだんにあしらった特製スープですが……。」

「おい?」

「は?」

「え?」


 フラバナの言葉に三人の動きが止まる。

「そしたらあのおっさん共は急にざわめき出し始めまして……今まで何の料理だったと聞かれたので。」

「まてまてまて。」


「アペリティフ(食前酒)はナジラ赤サソリを漬けてうま味を移した蒸留酒、付け出しはリキラかぶと虫の幼虫のから揚げ、オードブルが東部洞窟サルの脳味噌のソテー、次の───」

「やめろ! もういい! わかった!」


 たまらずウェルが声を荒げて遮る。クルリとティーリは今にも吐きそうな顔をしている。

「よくわかった……、よくわかったよ。」

 ウェルが疲れたように呟く。


「それまで美味しい美味しいって喜んで食べていたのにあいつらは勝手ですよね! 吐き出すなんて食に対する冒涜です!」

「そうだな……、俺もそう思うよ。」

 ウェルは何もかも諦めて同意した、この女の店では一生食べないことを誓いながら。

「その点、今日の常連のお客さん達のディナーの盛り上がりは最高でした! 皆さんが捕って来てくださったゼリーちゃんも大好評でしたよ!」

「やっぱり食べたんだ……。」


 げっそりとした顔でクルリが呟く、勿論わかってはいたが。

「これからは皆さんがゼリーちゃんを捕って来てくれますからあのクソどもなんていなくても安心ですね!」

「ええ……。」

「いや……ちょっと……。」

 クルリとウェルは全力で返答を濁した、関わりたくない。


「いやー心強いですよ! お二人にはもっと他のモンスターもお願いしますね!」

 聞いていない。

 フラバナは一人で話を進めた。

「ティーリさん! 荷馬車は裏に繋いであります! あ、遅れましたがこれが報酬です! たっぷりおまけしておきましたよ!」

「ありがとうございます。」

 目に光の無いクルリは無感情な声で受け取る。


「じゃあ明日の仕込みをしないといけないので名残惜しいですがこの辺にさせて頂きますね! 今日はどうもありがとうございました!」

 そう言ってフラバナは去っていった。

 あとに残された三人……と一匹はしばし立ち尽くしていたが、やがて動き出した。


「じゃあ……今日は解散ということで。」

「おつかれさまです。」

「はい、二人ともお疲れさまでした。気を付けて帰ってくださいね。」

 ティーリは今までの事が無かったかのような微笑みで送り出してくれた、さすがプロである。



「じゃあ報酬は山分けだな。」

 ウェルの言葉にクルリは驚いた、ほとんど自分は何もしていない。

「え、いいんですか?」

「ああ、よっぽどの事が無い限りハンターは山分けだ。細かく分けようとすると絶対揉めるからな。」

 そういいながら報酬の半分を新しい袋に詰め、渡してくる。

「では、いただきます。なんだかんだ結構貰えましたね。」

「そうだな……二度と関わりたくないが。」

「……。」


 二人して無言となる。わかっているのだ、それが無理だと。

「ではおやすみなさい、僕は実家に帰ります。」

「ああ、おやすみ。 次はいつ会うかな?」

「一週間は掛からないかと……歌う波音亭で会いましょう。」

「ああ、じゃあな。」

 そして二人は別れた。かくして何となく長い一日が終わったのである。



 クルリは夜の街を実家……城の西宮にしきゅうに向かって帰っていった。

 もう三か月で顔なじみとなった守衛兵に通してもらって城壁を通過し城に入る。

(さすがにもうみんな寝ただろうな……)

 もっと早かったら手土産でも買って帰ったかもしれないがもう深夜だ。歓楽街くらいしか開いていない。


 何日かぶりの我が家に足取りは軽かった。

 広いとはいえ勝手知ったる我が家、足音を忍ばせて自室にまっすぐ向かう。

(今日はこのまま寝るか)

 ドアに手をかけると不意に背後からいきなり声がかかった。

「王子。」

挿絵(By みてみん)

「うわあ!」

 振り返るとメイド長のリベルゥだった。

「お静かに。」

「じゃあ背後をとっていきなり声を掛けないでよ……。」

 リベルゥはすっと目を細め慇懃いんぎんに言って来る。

「御早いお帰りにございます。」


「う……。」

 そう言われると反論のしようもないので話題を変えるしかない。

「もうみんな寝てるんだろ?」

「奥様も御二人も王子が帰るのを心待ちにしながら起きていらしてたのですが……さすがに夜遅くなり御就寝なされました。」

 御二人、とは弟妹ていまいの事である、まだ幼く夜更かしは駄目であろうから当然である。母も一緒に寝たのだろう。


「じゃあ僕もこのまま寝るよ、おやすみ。」

「お待ちください、湯浴みで体を清めてからでないと体に良くありません。」

「ええ……今から?」

「もう湯は張ってあり、着替えも用意してあります。」

「どうやって!?」


 帰ってきたばかりなのに何故お湯が?こちらが驚いてもリベルゥは澄ました顔を返すばかりである。

「わかったよ……入るよ。」

 諦め、湯殿ゆどのの方に歩き出す。

「ご承知頂きありがとうございます。」

 わざとらしい返事をするとリベルゥは後ろからついてくる。

「ついてこないでよ!」


 振り返り思わず声を上げるとリベルゥは無表情にこちらを見て

「入ったふりをされても困りますから。」

「そんな事しないよ!」

「今日は遅くならないとの御言葉通り御早いお帰りで……」

「わかった! わかったよ……。」


 生まれた時から世話をされているこのメイドに言い争いで勝てるはずもない。

「疲れる一日だった……。」

 そうぼやくとまた歩き出す。疲れる一日であった。






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