4話 ようこそイヌの国へ
「とは言いましたが……。」
「夜までだと帰れる範囲で狩り位しかやる事がないな。」
クルリとウェルは朝からギルドまでやってきたが掲示板の前で立ち尽くしている。
他のハンターの数は少ない、だいたい昼過ぎ位にならないと集まらないものなのだ。
ギルドの掲示板には様々な依頼が張り出されている、だが多くは近隣の街からの魔獣の駆除依頼であったり日時が指定された他の街や国への護衛の募集依頼である。
どちらも日帰りで出来るような依頼はそうそうは無い。
「今まではずっとゼリー狩りをやっていたのか?」
「はい、と言ってもハンターを始めてからだから三か月程ですが。他にはそうですね……ベビーシッターとかもやりましたよ。」
「ベビーシッターか……。」
ギルドを介しているとはいえハンターの仕事というよりはハンターに登録はしている、という孤児やストリートチルドレン、学生などの日銭稼ぎである。
このような雑事がハンターギルドに依頼される事も多い。ハンターの行動をギルドが保証するという依頼者が安心できる仕組みであるのと上記のような年少のハンターの貴重な稼ぎでもある為にギルドが拒まないためだ。
店屋等が短期で依頼して気に入ったら店員として採用したりする職業斡旋の体をなしてる場合すらある。
勿論ギルドも拒まない、見込みのないハンターや限界が来たハンターが別の職業になるのはとても良い事なのだ。
(しかし三か月もゼリー狩りしてよく飽きなかったな)
「あっ、ありましたよベビーシッター!」
「俺とお前でベビーシッターをするのか?」
だいたいの簡単な雑事依頼は年少のハンター達がギルドが開くと同時に奪い合って去っていく。
それにあぶれたら多少のリスクを侵してゼリー狩りするしかない。
ゼリーといえども魔物の一種、たんなる子供にとっては危険である。
ダルクはめんどくさそうにクルリの足元にうずくまっている。
「何かお探しですか?」
と、後ろから受付嬢が持ち場を離れて話しかけてきた。
「ティーリさん! 何かこう……夜までにできて手ごろでなおかつ手ごたえのある依頼ってありませんかね?」
クルリが親しげに受け答えた、内容はかなり無茶苦茶だが。
いかにも暇にあかせて何となく話しかけてきた、という風ではあるがウェルにはわかっていた。
新人ハンターのクルリが連れてきた新しい人物──つまり自分の事だ──を雑談しながら品定めしにきたのだ。
無頼や粗暴であったりしながら戦闘能力が高い場合の人間も多く含まれてるハンターは一歩間違えれば簡単に重犯罪者になる一群である。
当然犯罪者になるような危険なハンターは警戒や排除されなければならない。
最もハンター達と接触する受付嬢はそのギルドの全てのハンターを把握し何事も起こらないようにコントロールしなけらばならず、もしなにがしかの危険があり手におえないのならば上に報告し未然に防がねばならない現場のプロフェッショナルである。
こちらの事は前のギルドから詳細なプロフィールがその内に送られて来るだろうがその前にこちらを先入観無しで探っておこうというのだろう。
「ウェルさん、クルリ君の先生になったのですって? 優しくしてあげてくださいね。」
ウェルが被害妄想気味の考えを巡らしている所にティーリは微笑みながら話しかけてきた。
「ええまあ、それなりに優しくはするつもりです。」
とりあえず玉虫色の返事をしておく。
相手はプロだ───迂闊なことは言うべきではない。
「そんなこと言わずに優しくしてあげてくださいね?」
まったく微笑みを崩さず念を押してきた、返事を避け話題を変える。
「ティーリさん、でしたか。依頼はいつもこんな感じですか?」
「ええ、ごめんなさいね。日帰り出来る依頼はたまにあるけれど今日のあなた達に丁度いいのはないみたいです。」
まあそうだろう、前提として無茶な話であった。
「どうするクルリ、適当に狩りでもするか───いや、鍛錬でもしてみるか。」
「ええ……鍛錬ですか。実家でもしごかれてるんですよ。」
物腰から武術の心得があるのはわかっていたから何かしらの流派を学んでいるのだろう、少し興味があった。
「まあそう言うな。いくら鍛錬しても困ることは────」
無い、と言うところでいきなり大音声が響いた。
「すみません! ゼリー! ゼリーを大至急狩ってください!」
その女性はドアを開け乱入し大声で叫んだ。
「速く!速く必要なんです!」
「緊急依頼ですか?」
クルリとウェル(そしてダルク)は驚いて固まっていたがティーリは冷静に聞き返していた。
「はい! ゼリーを5…3匹、3匹至急でお願いします。」
「ゼリー3匹……ですか? ええと……当ギルドは初めてですね?」
「はい! お願いします! 初めてです!」
よほど焦っているのか食い気味に返事をしている。
一見すると料理人…?のようであった。
帽子をして耳はわからないが尻尾が見えるイヌの獣人であろう。
「ではまず依頼者登録を──」
「そんな暇は無いんです! 中央ギルドで登録してあるのでそれでなんとかなりませんか!?」
「規則になっておりまして当ギルドにて登録されてない場合は登録されるまでお受けできません。別にそこまで時間がかかるわけでも──」
「あっちでやった事あるからわかります! 一分一秒も惜しいんです!」
「そうもうされましても──」
「そっちの人達!」
「えっ?」
「えっ?」
急にこちらを向いてきた。
「私はここで書類を書いてるのでその間に狩って来てください!」
「ゼリーを?」
「そうです!」
「狩る?」
「はい!」
ウェルはじりじりと圧をかけて来る相手に押されながらも訊いた。
「ゼリーの魔石なんてその辺で売ってるのでは?」
「違います!」
だんだん近づいてくる上に音量を下げない女性、若干狂気じみた感にウェルは押されていたが、横からティーリは冷静に質問していた。
「ゼリーの魔石ではないという事はどういう事ですか?」
「なんでわからないんですか!? ゼリーを生け捕りにして欲しいんですよ!」
「はい?」
ティーリも困惑した。
「そんなこと言ったってあいつら生け捕りにするなんてどうすればいいんだ?」
ゼリーは主に森の魔力が凝り固まり自然に発生する魔物である、斬りつけると核になってる魔石を残して蒸散する。
「傷つければ死ぬし、傷つけずに捕まえるなんて仮にも魔物だぞ?」
「大丈夫です! 私が作った特殊な薬草と魔力を練りこんだ麻袋ならゼリーちゃんはたちまち動かなくなります!」
「人体に有害じゃないだろうな?」
「ちゃんづけし始めた……。」
クルリがぼそりと言う。
しかしまったく意に介さず女性は解説を続けた。
「こう…がばっと放り込んで30秒程で大人しくなります!すごいでしょう!?」
「あーはい。」
ウェルはだんだんどうでも良くなって来たがティーリは質問を再開した、流石プロである。
「本来ゼリー狩りは魔石の採取です、特殊な依頼となりますがよろしいですね?」
女性はティーリに向き直り元気に返事をする。
「はい! 報酬は十分お払いします! お願いします!」
薄々気付いていたがウェルは何も言わなかった。
「あの……もしかしてすでに僕たちが行く事になってます?」
薄々気付いていたクルリが聞いた。
「よろしくおねがします!」
「よろしくお願いしますね?」
女性は元気よく、ティーリは今日一番の笑顔でニッコリと告げた。