36話 フィリィ
「一体何が……?」
名家であったグルズ邸は没落した今となっては無駄に広い。
フィリィはビルズフルから与えられた自室で眉をひそめていた。
バラバラと占盤に呪石を撒くが、呪石の鈍い光が二度目の今回も凶事を示している。
もはや間違いない、とすれば麻薬を密売した昨日に関係するに違いない。
フィリィは溜息をついて呼び鈴を鳴らした。
「へい、昨日は一日さばいてましたがちゃんと言われた通りにしましたし、不審な事もありやせんでした」
「ふむ」
売人はグルズ家の使用人で働きも長い。
それに嘘や裏切りというのもありえない。
「少し見せて貰うわ」
「はい?」
フィリィは立ち上がるとおもむろに使用人の頭を掴み、魔術で脳を探り始めた。
「へ……? あがッ!」
脳を貫く魔力に売人は意識が飛び膝から崩れ落ち倒れそうになるが、フィリィが掴んだままのため頭を吊るされて膝立ちのような状態になる。
「……ふむ」
フィリィは使用人の昨日の記憶を順に見てゆく。
そして最後、グルズ邸の広場でクルリとリディリの顔を見つけた。
「こいつら……? どうやって!?」
使用人に使わせていた認識阻害の呪具は強力な物で、フィリィはこの国に破れる者がいるとは考えていなかった。
当然グルズ家が犯人である事は状況証拠からバレているのはわかっている。
だが証拠を掴めないのに痺れを切らし、イヌ共が強行手段に出てくるのはまだまだ先であるとも目算していた。
しかし現に売人を尾行されている、もはや完全に証拠を掴まれたも同然であろう。
「……口惜しいがここまでか」
最初からグルズ家を使い潰す計画であったが、想定外の事で切り上げさせられるのは業腹である。
「おのれ……どうしてくれよう」
考えを巡らそうとしてフィリィはまだ気絶した使用人の頭を掴んでいたのに気がついた。
床に投げ捨てると呼び鈴を鳴らす。
ほどなくしてメイドが現れる。
「どうなさいまし──」
口から涎を垂らしながら気絶し、床に転がっている使用人を見て動きが止まる。
「適当にどこかで寝かしつけておきなさい」
「は、はい!」
見もせず告げてくるフィリィに怯えた声で返事をしたメイドは多少迷った末、なんとか使用人を引き摺りながら出て行った。
「……さてどうするか」
再び机に戻りフィリィは占盤に向かった。
「何!? 奴らにバレただと!」
「はい」
「はいではないだろうが! 貴様──」
その日の夜、フィリィから麻薬の取引の発覚を告げられたビルズフルは血管がちぎれそうなほど激昂した、しかし。
「これから準備をし、三日目にこの国を離れなさい」
フィリィの指先が額に突きつけられると、たちまちに目が虚ろになりフィリィの言葉に頷いた。
「はい」
「中毒者のハンターや裏仕事を請け負うハンターを雇い集めて護衛に使いなさい、そして──」
次々とフィリィの言葉──命令に頷くビルズフル。
そしてフィリィは最後の命令を告げた。
「これから先、私の事は一切忘れ、認識も出来ない」
「はい」
「では思ったよりも短かったけれど、さようなら──《ドルグダ》」
ビルズフルの脳に魔術を仕込んで終えるとフィリィは溜息をついた。
他の使用人やメイドの脳にも同じ事をしなければならない。
もとよりビルズフルの連れてきた謎の怪しい女としか思われていないが念の為だ。
そして最後の仕込みもせねばならない。
「ごきげんよう」
「ごきげんようじゃねぇよ、いつになったら俺の腕を治しやがるんだ」
グルズ邸の奥の一室、クルリ達を襲撃したハンターはあれからグルズ邸に人知れず移され外に出る事の無い生活を送っていた。
唐突に五人全員集められ、現れたフィリィにウェルとの戦いで片腕を失ったジスギは不満を漏らす。
「いつになったら出られるんだ?」
リーダーのラグルも同様に不満気に聞く、それにフィリィはこともなげに答えた。
「三日後、仕事を終えたら出られるわ
腕は今から治してあげる」
「なに! 本当か!」
ジスギが喜びの声をあげた一方、ラグルはうろんげに見ている。
他の者達も同様である。
「とうとうか」
ラグルの言葉にフィリィが返す。
「ええ、予想外に早まっちゃったけれど一個は用意できたわ」
「うん?」
フィリィの言葉にラグルが引っかかるがジスギの声に掻き消された。
「早く治してくれ! 早く!」
「はいはい、じゃあこれを飲み込んでね」
「なんだそれは?」
フィリィの差し出した数センチ程の黒い宝石をラグルは胡散臭げに見たが、ジスギは引ったくるように取るとすぐに飲み込んだ。
「で、どうするんだ?」
「すぐにわかるわ」
「すぐっていつ……おお!?」
フィリィの言葉に聞き返そうとしたジスギだがすぐに体に反応を覚える。
「おお…あああ!」
「おい、大丈夫か!?」
頭を抱え叫び始めたジスギに他のハンターは警戒し、ラグルが声をかける。
ジスギは反応できる様子に無い、そして一際大きく叫ぶと斬られた断面から腕が生える。
だがそれは人の腕ではなく毛の生えた獣に近く禍々しいものであった。
「ジスギ!?」
そして溢れ出す瘴気、開いたジスギの目の白目は黒く黒目は赤い。
「魔族……!!」
魔術士のリーグラが息を飲み、叫ぶ。
残りのハンター達全員が戦闘態勢に入る。
「フィリィ貴様!?」
ラグルが叫ぶ、フィリィはジスギを満足気に見ている。
「思った以上だわ。手間をかけた甲斐があったわ」
「貴様は魔族なのか!?」
「ええ、そうよ」
ラグルの問いに当然のように答えるフィリィ、その目はジスギ同様に魔族の色に光っている。
「抜け抜けと……なんだ!?」
ラグルは斬りかかろうとするとするが体が動かない事に驚愕する。
動かない、いや動けない。
リーグラが悲痛に叫ぶ。
「支配を受けてる……いつの間に!?」
動揺するハンター達にフィリィは楽しそうに告げた。
「魔族は私とこの子と……貴方達もよ
もう眷属となった貴方達は私に逆らえないわ」
「馬鹿な……!」
「あの麻薬を食事に混ぜてたのね……?」
「あら、察しが早いわ」
「どういう事だ」
苦々しげにラグルがリーグラに聞く。
「食事にあの麻薬を少しづつ混ぜて洗脳や思考誘導を受けやすくなっていたのよ
そして、どうやったかわからないけど私達を少しずつ魔族に……」
絶望の表情で語るリーグラ、だが聞かされた他の者も同様の表情である。
「麻薬を仕込まれていたとはな……通りで軟禁暮らしが苦にならなかった訳だ……くそっ!
最初から俺達を魔族にするつもりだったのか?」
苦々しげに問うラグルにフィリィは目を細め頷いた。
「ええ、そうよ出来るだけ優秀な素体が欲しくてね
薬はイヌ用に調整したものだけれどよく効いたわ
呪法魔導石はもう無いけれど、これから貴方達を完全に魔族化してあげる
おめでとう。喜びなさい、矮小なる人の身から魔界のジルズダルクム大公家の眷属となれたのだから」
屈託の無い笑顔で鷹揚に祝福するフィリィ。
「くそったれ……」
もはやラグル達は人としての生が終わった事を絶望するしかなかった。




