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イヌの国のネコの王子  作者: べしみ仁和
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3話 ようこそイヌの国へ

 朗らかな笑い声がギルドに満ちた。

「ん?」

 ウェルは笑われているのが自分だと気付き困惑した。


 すると近くにいたネコ族の女性ハンターが教えてくれる。

「兄ちゃんこの辺にゃゴブリンはいないのさプクク、あ、モチロン猪は沢山いるぜ!」

 すると、とうとう堪えきれずに爆笑し始めた。

 周りも流石に収まっていったが失笑を隠しきれてないものもいる。


 自分では結構格好良く決めたつもりだったのでダメージも大きい。ウェルは呻いた。

「何……だって……じゃあこの辺のハンターはゴブリンを狩ったり追い詰めたと思ったら落とし穴にかかって逃げられて復讐を誓ったり罠をしかけて追い詰めて追いかけてまた落とし穴にかかって復讐を誓ったりして教訓を得たり成長したりしないのか……!?」


「落とし穴多いですね。」

 と、クルリが話しかけてくる。

「ゴブリンなんかは森林の魔獣に狩られるから人里の辺りまでは来ないんですよ。森林の北部……この国の国境近くなら出没するんですが。」

「その通りなんです。北の国境の街、タタランならゴブリン討伐の依頼が出る事も多いですよ。」


 受付嬢が後を継いで説明してくれた。ゴブリンはいる! その事実はウェルを勇気づけた。

「よし……行くか! そのタタラン?に。」


「今このギルドで申請したばかりじゃないですか……なんでそんなゴブリンに拘るんですか……。」

 だんだん半眼で微妙に目を逸らしながら呆れてきたような様子でクルリが呟く。

 ダルクは完全に馬鹿にしたような目でこちらを見ている。


 自分の威厳──もはやそんなものがあるなら、だが──を必死に保とうとウェルは食い下がった。

「し、しかしゴブリン狩りにはハンターの基礎が全て詰まっているんだ!下準備、偵察、行動予測と対処、奇襲と侵入から最後に追い詰める諸々まで!」

「そうなんですか……?」

 必死の説得も効かずかえってクルリは半眼を通り越してジト目でこっちを見ている、周りもにやついてこっちを見ている、特に最初のハンターのネコ女。

 まずい、泥沼の気配にウェルは今までの人生を経て得た自己コントロールを使い自我を瞬時に沈静化した。



「うん、そうだな、まあゴブリンは機会があればにしよう。」

「え? あ、はい。」

 急に余裕のある笑顔になって方針転換を言ったウェルにクルリは少々戸惑ったが深く考えない事にした、妙な圧を感じる。

「じゃあどうしましょうか、今日は急ぎの依頼も無いみたいだし帰りますか?」

「ああ、明日また出直そう。どうもありがとうございました。」

 受付嬢に礼を言いギルドを後にする、非常ににこやかな受付嬢とハンターのネコ女、そして他のハンター達。

 だが自己コントロールを成し遂げているウェルに精神的動揺は一切無かった。

 ダルクが気の抜けた息を吐いてこっちを馬鹿にしたような目で見ても一切無い。




「どうします? ここに泊まるんですか?」

 道すがら西地区をぶらついたが結局歌う波音亭に戻ってきて夕食を食べている。

「どうするかな……手持ちはあるがここに住むには多少の狩りでは赤字だしな、俺は安宿でも探すかな。」

「師匠ですし宿賃くらいなら払いますよ?」

「弟子にたかるのも何か外聞が悪いしな……というかハンターとして目標はあるのか?」

「え?」


「ゼリーを狩っていただけなんだろう? 本業があっての暇潰しならそれでいいがハンターとして生きるのか、そうでないとしても別にゼリー狩りを趣味でこの先やっていくつもりでも無いんだろう。」

「あー、そうですね……。考えてもいませんでした。」

 本当に考えて無かった。弟子入りしたのも何となくの思い付きの勢いである。

 そもそもハンターをやっていたのも王宮を出てぶらついて遊んでいる一環で、深い考えも無かったのだ。


 無意識にダルクを撫でながらクルリはしばし考える、自分はこの先をどうするのか?

「別に難しく考えることは無いさ、子供の生き方なんて大抵は親が示してくれる、それが嫌だったらそこで考えればいい。若いうちは気楽でいいのさ。」

 考え込んでしまったクルリにウェルは声を掛ける、人生に悩むなどモラトリアムの特権であろう、贅沢に悩むべきだ。


 ウェルはクルリが撫でているダルクに手を伸ばして撫でようとした、狼は素早い反応で顔を向けると牙を見せて低く唸る。

 ダルクは無情であった……というより狼が身内以外に撫でさせるはずがない。

 しかし諦めきれないウェルは卓上から肉を一切れ見せ、そっと差し出す……ダルクは迷う、主人に目を向けるが目を閉じて考え込んでいる……食うべきか食わざるべきか? 狼の矜持きょうじが問われる。


 食べた。

 今だ! しかし焦るな……ウェルはそろりそろりと手を何気なく伸ばしダルクの首筋へ近づける。

 ダルクは唸った。

「ええ……ちょっと傷つくんだが。」

 ヒトと狼の尊厳を賭けた無意味な攻防の間にクルリはひとしきり唸っていたが口を開いた。

「えーとじゃあハンターとして一人前に生きていける位……ですかね?」

 妥協と折衷せっちゅうを折り合わせて混ぜたような答えだったがとりあえずの目標として別に悪くはない、どうせ急ぐような歳でもないのだ。


「よし、じゃあそれで行こうか。目標はハンターとして中堅以上ということだな。」

「え? ええ。」

 さりげなくハードルを上げたがウェルはこの少年なら問題ないと見ていた。

 余人には無い才気がある、買いかぶりでは無いはずだ。

「じゃあ俺も今日からここに泊まろうかな、明日からバンバン行こう。」

「え、えええ? ちょ、ちょっと待ってください、僕は家の都合で週に三日位しか外に出れないんですよ。」

「そうなのか? じゃあ居ない時は一人で適当に狩ってるか……。明日は大丈夫なのか?」

「はい、明日の夜までは大丈夫です。」

「じゃあ早いが今日はここでお開きにしよう、さすがに疲れたよ。泊まるにはカウンターでマスターに言えばいいのかな?」

「はい、日にち分を前払いすれば部屋のかぎを渡してくれます。」

「よし、もう寝てくるよおやすみ。ダルクもな。」

 ダルクは首も動かさなかったが目と耳をピクリとむける位はしてくれた。






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