23話 襲撃
剣を最速最短で相手に振るのならば自然と上段の構えになる。
もちろんそれ以外だと振り上げるという一動作が必要という至極単純な理由なのだが。
それだけで恐ろしいほどの攻撃的な構えになる。
ただそれには威力、速度のために防御を捨てなければいけない。
打ち下ろすためだけに他のすべてを捨てた剣は雷になぞらえて雲耀と呼ばれる。
ウェルは奇声をあげ、斬りかかってくる女を冷静に待ち構えていた。
基本は結局どんな振り方でも目標に到達したときに力、速度が最大になるように振る。
つまり目標に到達するまでは剣は常に不完全な威力でしかない。
相手は愚直なまでに最短最速で打ち込んでくる。
見極める事ができたなら、後はタイミングを合わせるだけである。
その打ち下ろしがこちらの間合いに入った瞬間、ウェルは撃ち合うように剣を振り上げ相手の剣を弾き飛ばした。
一瞬の交差にお互いの剣の魔力に閃光が激しくスパークする。
相手は驚愕に目を見開き、突撃の勢いのまま盛大にすっ転んだ。
「見たか」
横目でクルリに言う。
「あーはい、格好良かったですよ」
「違う、そうじゃない」
まあいい。
襲撃者は倒れたままである。
ウェルは気を取り直して剣を突きつけて聞いた。
「いきなり襲ってきて何が目的だ」
だが相手は呆然としたまま心ここにあらずと言った体である。
やがて我に返ると地面を叩きながら慟哭し始めた。
「ちくしょう……ちくしょううう!」
「ええ……?」
ドン引きするクルリ。
もちろんウェルも一緒だった。
「貴様らが……貴様らのせいで!」
一通り叫ぶと今度は女がこちらを向いて叫んでくる。
まだ若い、二十歳にもなっていないだろう金髪のイヌの獣人の女性、それにしては並の腕では無かったが。
「何をしたんですかウェルさん」
「お前も入ってるぞ、俺だけのせいにするな」
「いや……心当たりないですし……」
「お嬢様が……リディリ様が貴様らの魔の手にある内は何度でも貴様らを撃ち滅ぼすために私が立ち塞がってやる……!」
「リディリ?」
二人で声を揃える。
「気安くリディリ様の名を呼ぶな! お前たちの命はいつか私が貰う!」
「そうか……とりあえず衛兵呼ぶか、クルリ呼んできてくれ」
「えー」
「えっ?」
面倒な事になったとクルリが声を返すと同時に女が驚いたような声をあげる。
「ん?」
「何故衛兵を呼ぶんだ?」
「いや……お前を捕まえて貰うためだが」
「……」
「……」
「見逃してくれないか?」
「なんで?」
またウェルとクルリの声が揃った。
「いや……これはお前たちからリディリ様を取り返す聖なる戦いだし」
「聖なる戦いだと通り魔が許されるのか?」
ウェルが半眼でうめく。
「仕方ないだろう、ほかに方法が無いんだから」
「殺されかれれたら衛兵を呼ぶのも仕方ないと思うんだが……」
「いや、無事だったしそこをなんとか」
「殺人未遂をなんとかって……」
女の想像以上の言動にクルリも半眼になっている。
「そ、そうだ! 私は神殿騎士なんだ! 正義が私にあるのがわかるだろう!?」
そう言って女は左手の甲にある騎士紋章を光らせた。
騎士紋章とは魔術紋章の一種で体に魔術紋を魔力で刻んだものの一種である。
ただ単に簡単な魔術を発動させるだけの比較的簡単なものから、騎士や神官、貴族等に刻まれる高度なものは偽造が困難なため身分証明にもなる。
「いや、俺はこの国の神殿騎士の紋章なんて知らんし」
「いや、ウェルさん。これ本物ですよ……」
クルリがさらに引いたように言う。
ただの犯罪者では無く教団のエリートである神殿騎士が通り魔をしたのだ。
「そうか……スキャンダルだな、神殿も大変だろう」
「えっ? えっ?」
女がさらに混乱している。
「ちょ、ちょっと待って。 今から逃げるから今の事は忘れてくれ」
立ち上がり身を返して逃げようとするがウェルにスカートを踏まれ、また転倒する。
「痛っ! 何をするんだ!」
「頭が痛くなってきた……はやく衛兵に突き出すか」
「や……やめろ! 自分が何をしているかわかっているのか!?」
「それはお前だ……じゃあ連れて行くぞ」
もう面倒どころではなくなってきたウェルは台詞の後半を今まで歩いてきた方を見ながら言った。
「それはちょっと困ります~」
「ガーリヤさん?」
突然出てきたガーリヤにクルリが驚きの声をあげる。
「神殿の関係者だぞ、俺たちに関わるのはこいつの言ってたリディリの他にはガーリヤしかいない」
「……ガーリヤさんずっと見てたんですか?」
「ちがいますよ~、この子を追っていたら丁度いま追いついたの」
「……」
クルリですら怪しんでいる。
もちろん嘘であろう、タイミングが良すぎる。
ウェルは途中から気付いていたが、いつからかはわからない。
だが恐らく最初から見ていたのであろう。
ただ証明する方法は無い、そこを言っても水掛け論になるだけだ。
「ガーリヤさん! 助けてください!」
女がガーリヤに縋り付いて声をあげる。
「ミディニ~、何でこんな事をしたの?」
「ガーリヤさんのせいじゃないですか! リディリ様が自由になるときにばかり私に仕事を必ず振って! そのせいでいつの間にかこんな奴らにリディリ様を!」
「……私が悪いのかしら?」
ガーリヤの声のトーンが一気に低くなる。
「い、いえ! 妄言でした! 撤回させて頂きます!」
「わかってくれればいいんですよ~」
「で、結局なんなんだ」
しびれを切らしてウェルが聞く。
「説明するわ~でもその前に、ミディニ、わかってるわね?」
「うっ」
「ミディニ?」
するとミディニ(という名前のようだ)はウェルとクルリに向き直り頭を下げた。
「このような暴挙を行ない申し訳ありませんでした……」
「はい、よくできました~」
「いや、よくできましたじゃないだろ」
流石にウェルが抗議する。
「殺されかけたんだぞ、こいつはしょっ引いてもらう」
「ええっ!?」
「まだ驚くんだ……」
クルリが呟く。
「そこをなんとか~、この子は神殿の精神鍛錬部屋で心をまっすぐにしてもらうから、ね?」
「ひぃっ! 精神鍛錬部屋ですか!? お、お願いですそれだけは!」
「なんか怖いワードが出てきた……」
クルリがまた呟く。
「この子は先の戦乱の孤児なの」
「ふむ」
「かわいそうな子なのよ……今では立派な神殿騎士になったけれど、やっぱりまだまだ未熟なの」
「立派な神殿騎士が通り魔していいんですか?」
「そしてリディリお嬢様のお世話を任していたのですが……ちょっと熱心過ぎたので離してたのです」
クルリのツッコミを無視して続ける。
「……」
「え、終わり!?」
「ええと~私に免じてどうか許してくれないかしら~」
「ううむ……」
「ね? クルリ君もかわいそうな子だと思うでしょ? この子じゃなくて境遇が悪いの」
クルリを抱き込みにかかったガーリヤ、後ろでミディニがうんうんと頷いている。
正直クルリは境遇以前の問題の問題だと思うが……。
「ね? 私が責任を持ってしっかり反省させるから。 ね?」
ガーリヤがなんか怖い。
「えーとウェルさん、ガーリヤさんが責任を持ってくれるみたいですしいいんじゃないですか?」
「まあ! ありがとうクルリ君!」
圧に負けた。
クルリはともかくウェルは考え込んだ、どう考えてもこの危険人物は牢に入れておくべきだが、仲間であるガーリヤの頼みである。
正直ガーリヤはよくわからない人物だから藪をつつきたくないというのもあるし、ここでまあ恩を売っておくのもいいかもしれない。
それに……。
「わかった」
「やった!」
「いいんですか?」
「断る方が面倒になる気がする」
正直もう帰りたかった。
「ありがとう~、ウェル君ならわかってくれると信じてたわ」
「なんだ! 意外と話が分かるじゃないか、はっはっは」
「ミディニ」
「はい! お許しいただき大変ありがとうございます!」
もう驚きはしなかったが、また面倒な事になる予感のクルリとウェルであった。




