21話 麻薬
「と、いう訳であの襲撃はリディリさんや他の人間……クルリ君や我々を狙ったものではないと思われます」
歌う波音亭の個室、ウィードは疲労を隠せない顔でウェルとガーリヤに報告した。
「と、いうわけだな」
「と、いうわけですね~」
あの襲撃から帰ってから四日目の夜、ウィードは一人商会内や色んな折衝で駆けずり回って疲労困憊である。
まああの襲撃犯がクルリ達を知らなかったのはやり取りからわかりきっていた。
が、それを組織として正式に認めるには大変なのだろう。
なにせ大主教の孫娘が馬車の護衛に入ったらいきなり手練れのハンターとおぼしき一党に襲われたのだ、完璧な政治問題である。
(何かあればこうなるんだから最初からハンターなんてやらせなければいいのに……)
ウェルは茶をすすりながらちらりとガーリヤを見た。
いつも通りニコニコしていて真意は読めない。
なにか目的があるのか?
まあウェルにはどうでもいい事だったが。
「狙われているのが我々商会だけか……それとも他の商会だけか、まだわかっていませんがしばらくは様子を見るしかないでしょう」
「だな」
「ですね~」
簡単に言うがあのレベルの襲撃を想定して様子を見る、というのは大変な事だ。
もし常態化するのなら国に騎士団を要請するか、そんな事態だ。
むしろ様子を見るだけならいっそ警戒せずにコストと割り切って襲撃を待った方がいいかもしれない。
襲われた馬車は気の毒だが……いや、奴らの口ぶりからすると無抵抗なら危害を加えないと言っていたが。
犯罪者の言などまったく信用するに値しないが。
ただ、その通りでリディリの事も知らなかったとしたら──これは相手の反応からして確実だろう。
リディリの殺害か拉致が目的ならもっと問答無用で襲ってきたはずだ。
恐らくこの事態は相手にとっても想定外の事だ。
襲撃が失敗したのも相手に大主教の孫娘が混じっていたのも、ウィーグも混じっていて精確に脅威度が伝わってしまったのも。
なら成功していたら?
道に出る魔獣の護衛程度では抵抗しても何もわからず蹴散らされて終わりだろう。
こんな大騒動になるのは襲撃をもっと繰り返した後になる。
スィラーン商会だけを狙い、うまく行けばスィラーン商会の個人的なごたごたとして扱われ、スィラーン商会は単独でこれに当たることになったかも知れない。
まあ合っていたとしてもどっちみちその線は大主教様の孫娘が何故か混じっていたことでご破算になったわけだが。
だがまあそんな事を考えるのはウィーグの仕事だ。
「つきましてはガーリヤさん、神殿からも人員を一時的にお貸しする話は大丈夫だったでしょうか?」
「問題ありませんよ~」
ガーリヤが受け答える。
神殿を代表して答えているという事は、最初に言っていた通りの居候ではないのは明らかだった。
まあどうでもいい事だ。
ウィーグはわかってるみたいだし今更聞くのも癪だ。
「確証は無かったのでまだお伝えはしていなかったのですが、今回の件に関して関係を疑っている事があります……麻薬に関してなのですが」
「麻薬ですか~」
ガーリヤが(というより神殿が)知らないはずはないが、内々に伝えるという事は正式には伝え難かったのだろう。
まあ商会が私的に麻薬を追っていたらお宅の大主教の孫娘が襲撃に巻き込まれました、などとは表立っては言えまい。
「ウェルさんには少しお話したのですが──」
「麻薬ですか?」
「そうだ」
次の日の午後、歌う波音亭でクルリはウェルとリディリ、ガーリヤそれとダルク(連れてくる気は無かったのだが最近物騒だからとリベルゥに押し付けられたのだ)とテーブルを囲んでいた。
ウィーグは相変わらず忙殺されている、しばらくはチームでは活動出来ないであろう。
「へぇぇ、ネコのペットのくせにでっかいわねえー、なまいき。名前はなんていうの?」
昼飯時も過ぎ、客もほとんどいない。
ダルクの巨体は座っていてもリディリを完全に見下ろしている。
一口でリディリの頭を食べれそうな大きさだがリディリは全然恐れていない。
リディリはべたべたとダルクを撫でている、ダルクはなんとも言えない表情ではあるが嫌がってはいない。
「ダルクだよ。 ええとウェルさんあれですよね駄目絶対的な」
「そうだ」
ウェルは答えたが大人しく撫でられているダルクの方が気になってしょうがなかった。
動物も子供には甘いのか?
それはともかく。
「絶対に手を出すなよ」
「出しませんよ」
「細かい事も話しておこう、今回の麻薬の厄介な所は中毒性や副作用が比較的低いところだ」
「なんで低い方が厄介なんですか?」
「病気と同じだ、毒性が高ければすぐに周りにわかってしまう。逆に低いと中々気付かれないうちに広まってしまう」
「へええ、そんなものですか」
「そんなものだ」
「後は脳では無く精神や霊魂の方に作用するらしい……まあ逆よりかは厄介じゃない」
「なんですか?」
「法術で浄化できるからだ、まあ完全には無理だが」
「脳だと駄目なんですか?」
「脳が麻薬で壊れる……壊れるというよりおかしくなる、不可逆に変質するということだ」
「?」
「脳を卵に例えて極端に言えば卵の黄身が破けてもある程度なら法術で治せる、だがゆで卵になったのを元に戻すのは無理だ。時間を巻き戻すわけじゃないからな」
「わかったようなわからないような……」
「ここまでわかってるのはスィラーン商会が現物を押収してるからだ……なんでそこまで行って犯人を抑えられないのかわからないが。」
とウェルは言ってガーリヤを見る。
「はいはーい、みんな注目~」
「なになに?」
ダルクを撫でていたリディリも戻ってくる。
「今回の麻薬には独特の匂いがあって……」
ごそごそと荷物をあさって干した果物を取り出すガーリヤ。
「このメッシカツという果物と同じ匂いがするので、この匂いを感じるものがあったら口にせず私たちか周りの頼れる大人の人に報告してくださいね~」
「変な匂いねぇ」
配られた果実をくんくんと嗅ぎながらリディリが言う。
「お嬢様はイヌですからよく憶えて嗅ぎ分けてくださいね~」
「ん? ガーリヤさんはイヌじゃないのか?」
ふとウェルが疑問を持つ。
「私はタヌキですよ~」
「そうなのか? 尻尾が縞々ではないが」
「……」
急に無言になるガーリヤ、リディリはあちゃーという表情になっている。
「え? え?」
「ウェル君」
ガーリヤの目は半眼になっている。
「あっはい」
「尻尾が縞々なのはアライグマです」
「はい」
「巷間ではそこを取り違えた認識がまかり通っている場合がありますが、間違えないでくださいね」
「不勉強でした、申し訳ありません」
なにやらガーリヤの地雷だったらしい、ウェルは深々と頭を下げた。
「……お手! お手!」
さっきからリディリがダルクにお手をさせようとしているが無反応である。
「ちょっとお手しなさいよ! むむむ……クルリ!」
「えー」
リディリがクルリを向くとダルクも向いた。
クルリは自分に言われても困る、という表情をしたが伝わらないようだ。
「ダルク」
とりあえずダルクの名前を呼んでみる。
本当にとりあえず呼んだだけで後はダルクの機嫌次第だ。
ダルクは耳を掻いた。
「? お手!」
よくわからなかったリディリはもう一度要求する。
するとダルクはポンとリディリの手のひらに前足を置いた。
「! よしよしわかってるじゃない!」
とうとうお手をしたダルクにリディリが機嫌の良い声を上げる。
「よしよしよし。おかわり!」
がぶり。
リディリが逆の手を差し出すとダルクがリディリの頭を口にした。
「んおああああー!」
リディリがダルクの口中からくぐもった叫び声を上げる。
流石にガーリヤがクルリに視線を向ける。
「妹も調子に乗ってそれやられてたよ……ダルク」
ダルクはクルリの声を聞くとリディリを開放した。
荒い息をつきながらリディリがクルリに抗議する。
「ちょっと! 死ぬかと思ったじゃない!」
「僕に言われても」
クルリには関係のない事である。
「むむむむむむ」
リディリは唸った後、再びダルクを見上げてにらみつける。
「……お手」
ポンとダルクが前足を置く。
「……」
「……」
「………おかわり」
がぶり。
「んおああああー!」




