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イヌの国のネコの王子  作者: べしみ仁和
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2話 ようこそイヌの国へ


「え、お酒は飲まないんですか?」

「ああ、得意じゃなくてな。麦茶か何かで頼む。」

「大人の人なのに珍しいですね、じゃあ麦茶で、僕はジュースですけど。すいませーん! 冷たい麦茶とオレンジジュース、それにとりあえず適当に二人前おねがいしまーす!」

「はいはーい」


 ウェイトレスが注文を伝えに厨房へ去っていく。

 何はともあれハンターの少年クルリと行き倒れのハンターのウェルは王都スルフナン西地区、歌う波音亭で昼間から飲み会を始めた……酒は飲んでないが。

 もとより西地区は比較的ネコ族その他が多い地区であり、そこにある歌う波音亭は安くもないが高すぎもしないそこそこの店だが、味は良く居心地もよいクルリの行きつけの店であった。

 クルリの行きつけであり……そして大半の客層がネコ族なのはそれは味だけではなく店長──とウェイトレス──がネコの獣人であることが大きいであろう。


 店長は何故かネコ族として生まれながらそのネコの定めに抗い勤労意欲に覚醒(めざ)めたたぐい稀なネコであり、常連から「何を考えているのかわからない。」「中身はイヌ。」「異常者。」「正直怖い。」等と悪態を言われながらも毎日──毎日である! ──厨房で料理を作り続けそれを食べる客たちを眺める事を幸福としていた。


 勿論常連たちはそれを見てさらに店長への恐怖にも似た感情を募らせているのだが。

 だが、そして、ネコはなんとなく群れる。

 ウェルはネコ族だらけの空間で微妙な視線を感じながら麦茶でクルリと乾杯し食事を始めていた、クルリの連れでなかったら奇異の視線が痛かったかもしれない。

 その反面、床に寝そべる巨体のダルクに対して誰も反応していない、この国がイヌの国だからかクルリが常連で慣れているからなのか……。


「? どうしました?」

「いや、なんでもない。ここは行きつけなのかい?」

「ええ、ここの二階は泊まれる部屋があってハンターをやってる日はそこで寝泊まりしたりしてるんです。」

「なるほど。」

(専業ではないのか)

 ウェルからすれば雰囲気、ゼリー狩りしていながらの身なりの良さやこの行きつけの店の格などからまあ分かってる事ではあった、ただハンターにその素性を他人が詮索するのは不文律としておおむねね避けられている。


 それは掟というほどでも無いのだが広く浸透している事であった。

「ええ、自分は商家の三男で暇な時に趣味でハンターをやっているんです。」

 この世界ではハンターは最後の職業という言葉がある。

 基本ハンターは誰にでもなれるため喰い詰め者、他国で罪を犯した者、何かしらからの逃亡者等でもハンターギルドに行けばハンターになれ、ギルドはハンターとしての身分を(よほどのことがない限り)与えてくれる。


 そしてハンターギルドはハンターの犯罪者を絶対に許さない。

 それは国家間組織であるハンターギルドのけじめであり絶対の掟であった。

 それらにより訳ありの者たちの大半は最後の職業となる……もっとも定職がありハンターを副業にしている者、社会的に成功している人物やハンターとして名声を得た者達にとってはその限りではない。


 ハンターの多くを占める者達に脛に傷や落伍した恥があるために何となくお互いの事は詮索する事を忌避する空気になり、また依頼者などにも最小限の名前を伝える事になっていったのだ。

 勿論そのハンターが何かしでかせばギルドがけじめをつけて補償(ほしょう)をするので問題にされることはほぼない。


「俺は……北の中原ちゅうげんの方でハンターをやっていたんだが人間関係のごたごたでチームを別れてね。」

「なるほど……大変でしたね。」

「大変という程でも無かった、人間なんてものは何人か集まれば自然と揉めるものさ。」



 昼を大分過ぎ客層が代わっても店は賑やかなネコ達が七、八割は常に埋めていた。

 分け前を十分に貰ったダルクも目を閉じて大人しく寝始めている。

 ウェルの倒れた程の空腹も流石にもう満杯になっている、むしろ適度に騒がしい店内の空気にあてられて食べすぎたかもしれない。


 過食は戒めるべきだが満足感と心地よさにかなりどうでもよくなっていた。

「そういえばまだ聞いてなかったな……助けてもらったお礼は何がいいかな? 何でもいいよ。」

「えっ? いえ特に考えてませんでした……そうだここを奢ってもらえればそれでいいですよ。」

「いや、それはよくない。あがないを金銭ですます事はまああまりよくない。」


「そんな事を言われても……そうだ!」

「なんだい?」

「師匠になってくれませんか?」

「師匠?」

「はい! ウェルさんはスゴ腕のハンターなんでしょう? 僕はハンターを教えてくれる人がいなくて……まあ別に困ってはいないんですが、ハンターとして色々教えてほしいんです!」

 思いついた途端に食い気味に少年は詰め寄ってきた。

「むむ……困ったな。私は別に大した腕でもないし気楽な旅を続けていたのだが。」

「ええ……じゃああんな事言わなければいいのに……。」

「いや、それはそれこれはこれだ。」


 ウェルはしばし考え込んだ、旅をしていたのはただ単に中原から離れたかったからでここまで来ればそれも果たしたといっていい。

 そして若者に技術を伝えるのは有意義な事である。

「よし、じゃあそうしよう。」

「やった! じゃあチームを組みましょう! 名前はどんなのがいいですかね!?」

 クルリのはしゃぎように店の視線が再び集まってくるのを感じる。

 もっとももう流石に慣れていたが……、ウェルは最後にテーブルに残っていたサラダを食べた。


「じゃあ早速ギルドに行って私の登録をしよう、しばらくここに住むことになるからね名簿をここに移さなければいけない。」

「そうなんですか? ギルドなんてどこも一緒でしょう。」

「本拠地を移さずにいろんな場所を旅するチームもいるがね……基本は主に住んでいる所に籍を置くものだ。手続きなんか便利だからね。籍を置いている場所が遠いと何か手続きのたびに書類が往復するのを待っていないといけない。」

「なるほど〜 勉強になります。」

 すっかり生徒らしくふんふんと頷いているクルリを見てウェルはふと一抹いちまつの寂しさを覚える、自分にもこんな時期があった、だがもう教えてくれた人達には二度と会うことは無いだろう。


 寂寞せきばくを振り払うように立ち上がった、戻らぬ事に思いを馳せるのはよくはない。

「じゃあギルドに行こうか、ここから近いんだろう?」



 スルフナン西ギルド、正確にはハンーターズギルド大陸同盟支部リーディータ国第二ギルド、勿論そんな正式名称誰も呼んでいないし大半は知ってるかどうかも怪しい、みんな西ギルドとしか呼んでいない。


 つまり第一ギルドがある訳だが王都は広く、またイヌ以外の獣族が多く住む西地区に西ギルドが作られたわけだ。

「到着です!」

「ああ。」


 まあ普通のギルドである、もっとこう異国っぽいものを期待していたウェルは少しがっかりしていた。比較的新しいし内戦があったというから建て直したのかもしれない。

 中に入るとお決まりの値踏みするような視線に晒された、新参者がやってきたぜへっへっへ……という訳だ。

 ちなみに各ギルドでは軽食位は出るが酒は出ない、どれだけ揉め事厳禁でも酒が入ると暴れる馬鹿が出るからだ。


 ざっと見た限りではイヌ族はおらずネコを中心にキツネやウシなど雑多な種族だがやはりネコが多い。驚いた事に受付嬢は獣人ではなく普通の人間だった。

(いや…ここでは獣人じゃなければニンゲンと言うのか?)

 口には出さずウェルは目をそらす。


 ハンターらしきニンゲンが珍しいのか大体は横目で見ている、クルリと一緒の所を見て納得したような雰囲気の者もいる。案外使用人と思われたのかもしれない。

「どうしたんですか? 受け付けはこっちですよ?」

「ああ、すぐ行くよ。」


 久しぶりのギルドに立ち止まっていた。ダルクにバシバシと尻尾で叩かれ心持ち足早に受付のクルリの所に行き受付嬢に要件を伝える。

「サフィーズ国のハンターのウェルエン・ルーダだ、ここのギルドに籍を移したい。」

「かしこまりました、ハンター証をお出しください。サフィーズ国と連絡が済み次第移籍を完了しますのでしばらくこの仮証明書でおねがいします。」

 ウェルは荷物からハンター証を出す、一度は捨てる事も考えたがやめた。もしギルドが本気でこちらを探すことになったらなんの意味もないからだ。(まあそんな事態はないだろうが)


「ではお預かりしま……す、あの……本当によろしいのですか?」

 ハンター証を裏返して見た受付嬢が困ったような声を出す。

「ああ、構わない。」

「どうしたんですか?」

 横で見ていたクルリが訊いてくる。

「ハンターは移籍するとランクが落ちるんだ、ほいほい移られると管理が大変だからな。さっき言った本拠地を移さずにいろんな場所に行くチームが籍を移動しない理由がそれさ。手続きなりなんなりは結局帰った時に纏めてやればいいからな。」

「ふーん?」


 多少ひっかかったようだがそれ以上は特に追及してこなかった。

 受付嬢が出してきた仮証明書に記入をして懐にいれる。

「さてこれで俺もここのハンターとなった訳だ。何からしようかクルリ?」

「何から……と言われても僕も最近始めたばかりでゼリーを狩ってただけだしなあ。」

「まあ何でもいいさ若いんだから、定番のゴブリンだっていいし害獣の猪を狩るのだっていいぞ。」







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