18話 護衛
「リディリお嬢様、皆さん、今日は宜しくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします、リズラト商会長。」
早朝集まったスィラーン商会の前、クルリは商会長自ら出てきたことに驚いた。
(暇なのかな?)
ついでにリディリが敬語を使えたことにも驚いた。
「会長、こちらがウェルさんとクルリ君です。」
「おお、貴方たちが。お二人ともウィーグからお噂はかねがね伺っております。」
「よろしくお願いします。」
ウィーグははたしてどんな報告を上げているのか、ちょっと気になるウェル。
「よろしくお願いします。」
「君がクルリ君か、良い目をしていますね。」
「あ、ありがとうございます。」
(良い目って具体的にはどんな目なんだろう?)
気になる。
「私は歌う波音亭にも行ったことがあってね。もしかたら会ったことがあるかもしれないね。」
「そうなのですか?」
「少々食道楽でね、あそこは穴場だよ。」
「美味しいですもんね。」
「はっはっは、では今日は宜しく頼みます。」
「はい!」
クルリはとりあえず元気よく返事をした。
「あーもう、なんで当たらないのよ!」
輸送は急ぎではないのでゆっくりで良い、と言われたので魔獣を見つけてはリディリの的当てにしている。
当然当たらないのだが。
突然攻撃されて興奮した魔獣が向かって来る。
「おーこっち来るぞ、行けクルリ。」
「はい……。」
撃ち漏らしは(全部撃ち漏らしている)倒せそうならクルリがやらせられている(結局全部クルリが倒している)。
「こんなのなら護衛もいいな。」
必死にクルリが戦っている中、ウェルはのんびりと呟いた。
「まあ……そうですね。」
クルリが必死に戦っているのを心配そうに眺めながら微妙な表情でウィーグが応じた。
「がんばれがんばれ~。」
「はやく倒しなさい!」
普通の依頼なら依頼人の御者等がいるのだがそもそもウィーグが従業員なのでいない。
御者は何故か出来るらしいのでガーリヤがやっている、その隣にリディリが座る。
進行時はウェルが前を歩きクルリとウィーグが後ろについている。
「終わりました……。」
倒した魔獣の耳を切り取ってクルリが帰ってくる、駆除の証としてギルドに持ってくと報酬が貰えるのだ。
本体は肉に毛皮、角、牙と色々金になるが荷物になるし解体するのも面倒なので勿体無いが放置している。
「ケガはしてない? 治してあげよっか?」
「大丈夫だったよ。」
「なんだ……。」
「なんで残念そうなの?」
無傷のクルリにがっかりするリディリ、ウェルが声をかけた。
「いい感じじゃないか。この感じでガンガン倒していこう。」
「なんで馬車の護衛で片っ端から魔獣と戦ってるんですか? 僕が。」
「細かい事は気にするな。」
「気にしますよ! そもそも急がなくていいんですか?」
「まあ……急ぐ要件でも無いし腐るものもないですからね。」
ウィーグが応える。
「何を運んでいるんですか?」
「魔獣の牙や毛皮ですよ。ハンターが狩ったものをギルドで買い付けたりや南で狩られたものを国から卸してもらったものですね。」
「なるほどー。 いや、僕としてはこうもっとのんびりと行きたいんですが。」
「頑張ってくださいクルリ君。」
「そういや最近あの狼見ないな。」
夜営中、ふとウェルが思い出した。
発見出来た魔獣を全て襲っているため自然とペースは乱れ、宿場町になかなか泊まれないのだ。
「あー、ダルクの事ですか、確かに最近ついてきませんね。」
「なにあんた。ネコのくせに狼飼ってるわけ? なまいきねぇ。」
「生意気なの? 別にペットじゃないと思うんだけど……多分。」
物心がついた時からあの巨体なのでペットというよりは保護者に近い。
「ああ、でかい狼が居たんだ。生意気な狼だったな。」
「こんど見せなさいよ!」
「ええ……めんどくさい……。」
ふと、ウェルが突然顔を上げて森の奥を見る。
「どうしました?」
「魔獣がいるな。クルリ、狩ってこい。晩飯は肉だ。」
「ええ……ほっときましょうよ、こんな暗闇で戦ったら怪我しちゃいますよ。」
「そしたらこいつに回復して貰えばいい、怪我してもすぐ回復してもらえるなんてなかなか贅沢な修行だぞ。」
「こいつってなによ! わたしは便利な道具か!」
「ほら逃げられる前に早く行ってこい。」
「はい……。」
「荷物全て受領しました。お疲れ様でした。」
スィラーン商会のアラグスヌ支店の番頭が労う。
「当然ね!」
何故か偉そうにするリディリ、クルリは疲れ果てている。
それはさておきウィーグが皆に確認を取る。
「では皆さん宿を取ってあるのでそこでお休みください。スルフナンには三日後の輸送の護衛で戻る予定なので明日明後日は自由にしてて良いですよ。」
「至れり尽くせりだな。」
「やった、観光するわよ! クルリ! 付き合いなさい!」
「ええ……めんどくさい。」
「お嬢さま、ここの神殿に顔を出さないといけませんからね〜。」
「う……めんどくさいわ……行かないと駄目?」
「駄目です。」
二日後、ウェルとウィーグは宿の酒場で飲んでいた。
商会にウィーグの仕事が終わったら宿の酒場で待つと伝言しウェルが待っていたのだ。
乾杯し、明日の事を確認した後ウェルはおもむろに聞いた。
「で、何か収穫はあったのか?」
ピクリ、とウィーグの動きが止まりウェルを探るように見る。
「……というと?」
「いや、わざわざ二日もあいつらに観光させる為に間を開けたんじゃ無いと思ってな。ついでに何かしてると思った。」
「なるほど……。」
「いや、仕事だろうし喋る必要が無いなら別に話さなくていい。一応気になっただけだ。」
ウィーグは少し考え込み、周りをさりげなく注意してから答えた。
「いえ、お話ししておきましょう。最近この国で麻薬が出回り始めているのを知っていますか?」
「全然知らん。」
「ですよね。」
「……。」
「……。」
しばし無言の間が流れる。ウィーグは咳払いをし、周りを気にしながら続けた。
「まだたいして広がってはいないのですが、尻尾を掴ませない巧妙さからどうもマフィア等ではなく、いずれかの商会が関わっていると上は考えています。」
「それで調べてたのか? だが、そんなのは国の仕事じゃ無いのか?」
「同じ商人が麻薬を捌いているとしたら、この国の商人全体の面子に関わります。」
「ふむ。」
「そこで三商家筆頭のスィラーン商会が事に当たっています、私はハンターに顔が利くのでここでも調べていました。」
「突き止めたら内々に処理するのか?」
「まさか、国に突き出しますよ。あくまで身内の始末はするという面子の問題ですからね。」
「なるほどね、わかった。俺も注意しておこう。」
「気になさる必要は無いですよ、皆さんには迷惑をおかけしないようにしますから。」
「まあそう言うな、何かあったら助けよう。」
「ありがとうございます。」
カチコミ以外には助けにならないだろうな……とは思いながらウィーグは礼を言った。
アラグスヌから戻り道、馬車を護衛しながら進んでいく。
行く道で片っ端から魔獣を狩ったせいか遭遇せず順調に進む。
クルリは晴れやかな気分だった、滅多に出れない王都から離れて気楽に観光まで出来たのだ。
「いやーいい天気だなー。」
いい天気だ。
二日間はしゃいでいたリディリは御者台で気楽に寝ている。
平和そのものである、クルリはこのまま王都に帰れる予感に心が躍っていた。
気分はすでに旅行から実家に帰るときのそれである。
と、先頭のウェルが左手を上げた。
停止の合図である、ガーリヤが馬車を止めるとリディリが目を擦りながら寝ぼけ声を上げた。
「ふぇ?」
「クルリ、ガーリヤとリディリの横につけ。」
「はあ……。」
てくてくと歩いて近づき、普段とは違う真顔のガーリヤとキョトンとしたリディリの横に来る。
「どうしたんですか? 魔獣ですか?」
ウェルは疑問には答えず、じっと前を見ている。
そして口を開いた。
「何だ、いるじゃなないか。盗賊。」
「へ?」




