15話 師弟
「そこまで。」
スルフナンの最高級レストラン、グラズフルの厨房にて、料理長ダズラフ老の声が響く。
「はい、料理長。」
それぞれ料理を持ってきたのはグラズフルの副料理長二人とすでに弟子ではあるが独立しているフラバナである。
国一番の料理人と名高いダズラフはたまに王宮にて料理を供する。
しかし今日はダズラフの体調思わしくないとの事で、高弟三人に同じ料理を作らせ、競わせて代理人を立てる事になった次第である。
三人の料理を味見したダズラフは告げた。
「……今日の代理はフラバナとする。」
「わかりました。」
兄弟子達の前で当然、とした顔でフラバナが応える。
他の二人は憮然とした顔を隠せない……が口を挟むことは無かった。
その顔を見たのかダズラフが口を開く。
「お前たち、フラバナの料理を食べてみろ。」
三人が作ったのはシンプルな挽き肉のソースのスパゲティである。
フラバナの料理を味見した二人の副料理長に動揺が走る。
三人の料理を食べ比べても普通の人間には差がわからないだろう。
だが才を持ちて料理に人生を捧げている彼らの舌は明らかな差を味わってしまったのだ。
「これは……。」
飲み下した料理の味を脳内で反芻し自分の料理との差を必死に探す。
「……麺の仕込みですか?」
かろうじてだが正解にたどり着いた。
が、それでも相当のものである。
「そうだ、昨晩季節外れの雨が降った。それが大気を乱した。フラバナはそれに合わせ麺を作り他もそれに合わせたのだ。」
声も無く呻く二人。
「これから今夜の打ち合わせをフラバナとする。お前たちは仕込みに戻れ。」
「……はい。」
実力が全ての世界である、不服は無い。
だが自分への不満をやるせなく抱えながら兄弟子たちは部屋を出て行った。
それを黙して見送ってからフラバナは口を開いた
「師匠、どうして私なんですか? 別にあの二人でも良いでしょうに。」
「儂の師を知っているか?」
「はい?」
唐突な話題の変化に付いて行けない、だがダズラフはじっとこちらの返事を待っている。
「知りませんが……。」
懐かしんでいるのかダズラフは少し遠くを見るような目になった。
「当代一の料理人で隣国から貴族がお忍びで食べに来るほどであった。」
「はあ……。」
「お前が知らぬのも無理はない、生まれる前にはとっくに亡くなっていたからな。」
「そりゃ知りませんよ。」
「当時は知らぬものはいなかった、だがそんな人間でも時が過ぎれば忘れれられてゆく。歴史には名を水で記されたという訳だ。」
「まあ料理人ではいくら名人と言ってもそんなものでしょう。」
「儂もまた同じであろう、だがお前は違うやもしれん。」
「は?」
「お前の才と野心なら歴史に名を残せるやもしれん、と言ったのだ。そうなれば儂もお前の師として歴史に記す名が水からインクに変わるかもしれんな。」
「ちょ、ちょっとまって下さい。死期を悟ったとか言わないでくださいよ。」
動揺するフラバナ。
常に厳しすぎる師が自分を褒める事など滅多に無かった、どうにかして言われた以上の事をして鼻をあかすのが修行のモチベーションだったほどだ。
「馬鹿を言うな、お前はもう儂の手を離れた。独立して五年、料理だけしていればいい時とはもう違うとわかっただろう。」
「はあ……。」
ジロリと見て来るダズラフ。
「人が事を為し名を残すにはどれだけ才も野心もあっても、一人で好き勝手やるだけでは不可能だ。」
「そのために今回の王宮の仕事を回してくれたのですか?」
ようやく話が見えてきた。師は今回、わざわざ自分の為に呼んでくれたのだ。
「そうだ、他人の助けあってこそ大業を為す事ができる。お前は客を見ない癖がある、料理とはまず相手あってのコミュケーションだ。」
中央ギルドのなんちゃらパーティをぶち壊したのを耳にしたのかもしれない。
しかしあの師が老婆心を出すとは……。褒められても感慨というか違和感しか憶えない。
「あの二人を見てどう思う?」
「まあ私に追いつくまで十年はかかりますね。十年後の私に追いつくのはいつかはわかりませんが。」
「十年で今のお前に追いつくなら十分だ。」
と、そこで師は溜息をついた。
「弟子の師に似るは師の不足と云う。だが似た弟子を作るだけでも容易にできるものではない。儂も師の技を受け継ぐのが精一杯であった、それでも師はようやく継ぐ者が来てくれたと喜んでくれたよ。儂がお前を弟子に出来てのは僥倖と言うほか無い。」
「もうやめてください、背中がムズムズして仕様がありません。仕事の話をしましょう。」
師の褒め殺しに傲岸なフラバナでも流石に根をあげた。
「ふん、歳を取ると褒めるのも長くなってしまうか。これが献立だ。」
「私が用意しては駄目ですか?」
「駄目に決まってるだろう馬鹿め。」
ギロリと睨まれる。
やはりなんちゃらパーティはバレていたらしい、フラバナはダズラフから受け取ったメニューを受け取るとざっと目を通した。
「エスニックですか? 全て西の国の料理みたいですが。」
「今回は王妃様の生まれにあわせた。」
「? 王妃様はイヌでは?」
「正妃様はな。」
「ああ……そういえば第一妃様が西の方でしたね。」
「普段滅多に表に出ていらっしゃらないから目立ちにならぬとはいえ、お前も料理人なら忘れるな、まったく。」
もう褒めるのは終わったらしい、師からは小言のほうが馴染む自分に苦笑しながらフラバナはメニューを見ながら言った。
「食材は向こうが用意してくれるんですか?」
「当たり前だ。」
「少々アレンジして良いですか? その為にはいくらか調味料を持ちこまないといけないのですが。」
「……まあいいが内容次第だ、後で聞く。少しだからな? 持ち込んだものは絶対に全部毒見をしてもらう事。王宮では何が起きるかわからん事を絶対に忘れるな。」
「はい。」
「ルフラ王妃様は気さくな方だ、御子の王子様方もな。食事が終わったら呼ばれるだろう。今から話す事でも考えておけ。」
「はい。」
「くれぐれも失礼のないようにな、絶対だぞ。」
「わかってますって。」




