12話 狩りの後
「ただいま戻りました~。」
ギルドにクルリの疲れて気の抜けた声が響いた。
それを聞くなりティーリは受付を出て来て、つかつかと早足で近づいてきた。
「おかえりなさい! クルリ君、怪我はしてない?!」
「あっはい大丈夫でした。」
するとティーリは返事が終わる前に真剣な目でクルリの両手両足を触り怪我を確認した。
「いや、大丈夫でしたって。」
「クルリ君、何処も痛くない? 口を開けて。」
「あの大丈夫で」
「いいから。」
「はい。」
大人しくクルリが口を開けると中をにらみつけ、そこでやっと大きく息を吐いて気を抜いたようだ。
「依頼書はクルリ君が?」
「いえ、ウェルさんが持っています。」
「じゃあ奥の食堂で休んでててね、フィーウ!」
すると受付手伝いのフィーウが出て来てクルリを奥へ誘導しに来た、ちなみにイヌ族である。
「はいはいクルリ君お疲れ様~。お菓子もあるよ~。」
「あっはいどうもフィーウさん。」
受付でティーリは完了のサインが書かれた依頼書を受け取りながら、ウェルを労った。
ただ、目も笑ってないし若干声が低い。
「ウェルさん、お疲れ様でした。」
「ああ、どうも。」
ウェルの方はどこ吹く風という雰囲気で応える。
「お願いがあるのですが。」
「なんですか?」
「今後このような危険な事をクルリ君に強制しないでください。」
「別に強制はしてない。」
「強制してなくてもクルリ君が受け入れれば同じです。やめてください。」
「断る。」
「……!」
ティーリの怒気に。聞き耳を立てていたハンターが思わず席を遠くした。
「やめてください。」
明らかに激昂しながらも丁寧に喋る目の前のティーリの迫力に思わず感心しながらもウェルは平然と答えた。
「必要だと思ったら何度でもやる。」
「何故ですか。」
「鍛錬のためだ。」
「危険な事をする必要はないでしょう。」
「鍛えるのは若いうちが一番いい。」
「限度があります。」
「ハンターをやってればいつ何が起こるかわからないだろう? ハンターをやっていれば。」
「……私は必要な程度を越えていると思います。」
ティーリの視線は目で殺そうとしているとしか思えないがウェルは平然としている。
「俺は助けられた恩としてあいつを鍛える、そう自分に誓った。誰に言われようがやめるつもりはない。」
「……。」
会話が止まる、終わったと判断したウェルは軽く手をあげた。
「じゃあ、これで。」
クルリのいる食堂に向かおうと背を向けると後ろから声をかけられた。
「ウェルさん。」
「?」
「神には誓わないのですか?」
足を止める。
肩越しに振りかえるとティーリと視線が合う。
「……。」
ティーリは静かに目を閉じ深く頭を下げた。
「出過ぎた事を申しました。申し訳ありません。」
頭を下げている相手に身を斜めにしているわけにはいかない。
ウェルは向き直った。
「いや、別にいい。気にしないでくれ。」
「ありがとうございます。」
今度こそウェルは食堂に向かった。
自分の事は前のギルドに照会するのと一緒に、プロファイルも送られて来ているのであろう、当然の事ではある。
それに周りにいたハンターも何の事かわからなかったろう。
ウェルは自分の前歴などどうでも良かったが、ギルドがハンターの個人情報を集めて纏めているの半ば公然とはいえ公表してはいけない秘密だ。
思わず口にしてしまったティーリは余程激昂していたのだろう。
(少々口が過ぎたかな……。)
少々では無かったのだがウェルは少し反省した。
ティーリがクルリに過保護になっている理由はわかっている。
クルリはいかにも中くらいの商家の子供が暇潰しにギルドに来ている。
格好も口調もそれでおかしな所は特にない。
……本人はそんな雰囲気を出そうとしている。
だが恐らく違う、上級の貴族の子弟であろう。
このイヌの国に獅子族の貴族がいるか知らないが、隣国かもしれない。
いずれにせよ、そんな子供がギルドにいたらそのギルドは有形無形に非常に大変なメリットがある。
例え本人がお忍びでバレてないと思っていても、である。
ティーリが些細な危険でも目の色を変えるのも無理はない。
大きな怪我などしたら……もしクルリがハンターを辞めただけでも場合によってはティーリの責任問題になるかもしれない。
ただあの様子だと本気で可愛がってるのもあるかもしれない。
だがウェルはそんなクルリの周りの人間関係などどうでもよかった。
クルリの才能を伸ばす事に比べればどうでもいい。
ウェルの心境は巨大な原石を見つめる職人のそれである。
(まずは俺くらいを越えて貰わないとな……。)
ウェルの目標はいつの間にかどんどん高くなっていた。
「ただいま~。」
「あ、お兄ちゃんお帰り。今日は帰ってこないんじゃなかったの?」
『家族の間』──ようするに一般家庭の居間でありクルリ達一家四人は何もないときはここに集まる事になっている(集まらないとルフラが嫌がる)──にクルリが入ってきた時、狼のダルクは血の匂いを嗅ぎ分けた。
クルリは一旦歌う波音亭で入念に体を洗ってさらに着替えたのだがダルクを誤魔化すことは出来なかった。
「いや、今日はすごい疲れてさ。母さんは?」
「今日もパパのところよ。」
「そうか。」
「じゃあ今日は寝るのはお兄ちゃんの部屋ね」
「あー……まあいいか、わかった。」
イヌでは無いクルリは群れて寝たがるというのが良くわからない。
が、まあいい今日は一仕事して疲れたのだ、細かい事はどうでもいい。
一方ダルクは感慨に浸っていた。
クルリから血の匂い……そして雰囲気からわかる、強敵と闘い勝ったのだろう。
あの幼子が成長し、とうとう狩りを成し遂げたのだ──ダルクに誇らしい感情が溢れる。
祝福する。
「ヴァッ!」
「えっ!? なになに!? ダルクなんだよ。」
クルリはいきなり鳴かれてすごいびっくりした。
ダルクが鳴くことは滅多にない、クルリは目を丸くしている。
自分の祝福が通じていない……ダルクはちょっと悲しい。
ダルクはしょうがないのでフィーリとフィルクをじっと見つめた。
フィーリとフィルクがダルクの視線に気づく、フィルクが先に口を開いた。
「『頑張ったな!』 ……かな?」
「えー? 今のは『良くやったぞ!』でしょ。お兄ちゃんなんかしてきたの?」
「お前らなんで言ってる事わかるの? というか本当にあってんの、それ?」
寝台の中、クルリは狩りの事がようやく実感が湧いたような……まだ夢の中の出来事のような不思議な感覚であった。
殺されかけた、殺した事の両方がグルグルと胸の中をまわる。
恐ろしい事であると同時に生き物として当然という感覚もある。
村人が魔獣を解体していた……食べるのであろう。
クルリ自身、今まで肉を食べたことなどいくらでもある。
だから今までどこかで生き物が殺され、それを食べていたのだ。
ただそれが自分が殺すというだけで何故こうも心が搔き乱れるのか。
自分も自分を殺して食べるようなモノが現れたら殺されるのか?
目を閉じても終わらない自問自答に心が動き続ける。
一緒に寝ている弟と妹の体温が暖かった、寝台の横にはダルクもいる。
少しイヌ達が群れて寝るのがわかったような……その内にクルリは眠りに落ちた。
「おめでとう、クルリ。」
「……? あ、ありがとうございます。リヤンサさん。」
……図書室?に月明かりに照らされたリヤンサが微笑んでいる。
「大変だったみたいだね、無事に君の初めての戦いが終わって嬉しいよ。」
「なんというか……無我夢中で、なんだったのかすらよくわかりません。」
「別にそれでいいんだよ、わからないならわからいままで。誰かに聞いたってそれはその人の答えでしかないからね。」
「はあ……。」
「しかしクルリが初の狩りか……ルフラは目を丸くするだろうね。」
「あ! 特に母さんには絶対内緒にしてくださいよ! 外に出れなくなっちゃう。」
「喜んでくれるとおもうけどね、まあルフラは君たちには心配性だからね。」
「過保護なんですよ、母さんは。あとリベルゥも。」
「ふふふ。」
「あと魔獣って食べるんですね、知りませんでした。」
「あれ、知らなかったかな。」
「ええ、食事のメニューとかでも見た事ありませんし……。」
「ああ……魔獣は正式に食べる時には名前を言いかえるんだよ、ググームはここでは……なんだっけな、忘れちゃった。」
「え、じゃあ今まで僕も食べてたんですか?」
「多分ね。」
「……。」
「どうしたの?」
「どうなるんでしょう。」
「どうって?」
「ハンターを始めて……ウェルさんに出会って……命がけの戦いをして……どこに向かってるのか。」
「それはその内わかるよ。」
「そりゃそうでしょう。」
「そしてわからなかった頃が懐かしくてたまらなくなるんだよ。」
「そんなこと言われても、いま悩んでるんですよ。」
「ふふふ、そうだね。じゃあまたいい夢を、クルリ。」
「おやすみなさいリヤンサさん。」




