11話 闘い
恐怖。
鬼気せまる魔獣を前にそれに塗りつぶされたクルリの心は現実逃避を始めていた。
(そもそも何で僕はこんな事をしているんだろう。)
物心が付いたのはいつだったか……一番古い記憶は自分をのぞき込んでいた母の顔である。
何も知らなかった頃、そして弟と妹が生まれた時……。
体の左側を何かが突風の様に通り過ぎた、そして着地をして自分が無意識の内に魔獣の攻撃を避けた事を知った。
(危ねぇえ!)
冗談ではない、今、確かに死ぬところだった。
クルリの全身が冷え脂汗が出る。
思い出どころではない、この場で相手を殺さなければ殺される。
クルリはようやく心の底まで理解した、今、殺し合っているのである。
本能か、幼少の頃からの修練かクルリは心のどこかが冷静にまるのを感じた。
腰を落としたまま切っ先を魔獣に向ける、ググームがビクリとした後ひときわ高く唸った。
魔獣もまた、目の前の相手が自分を殺そうとしているのを知ったのだ。
クルリの瞳孔が開き、じりじりと間合いを詰め始めた。
魔獣も叫ぶが今度は一気に突進をしない。
本能で相手の殺意を推し量っている。
「始まったか……。」
ウェルは独りごちた。が、すぐに突っ込まれる。
「いや、始まったか、じゃないだろ。」
猟師の言葉にウェルは返す。
「あいつは才能がありすぎる、大抵の事は出来てしまう、すると出来ないことは逆にしょうがないと思ってしまうんだ。」
「というと?」
「いずれ挫折に折れるか挫折を恐れるようになる……荒療治でも早いうちに自分の限界や不可能かもしれない事と挑まなければならない。」
「それがこんな馬鹿げた行為か?」
「そこまででもないと思ってる。」
幾度目かのググームの突進をクルリが避ける。
クルリはすれ違いざまに斬るが体毛に遮られ肉まで届かない。
(訓練を思い出せ……? 剣に魔力は通しているけど……。)
魔獣も単純な突進をかわされるのを悟りじりじりと間合いを詰め始めた。
クルリも間合いを測り一瞬で間合いを詰め飛び込みざまにググームの頭部に思い切り斬りつける。
が、分厚い頭蓋骨と体毛に阻まれ跳ね返される。
(しまった!)
体勢の崩れた所に魔獣の角が迫るが何とかかわす。
普段訓練を付けてくれているファルドやリベルゥ程の鋭い攻撃ではない……。
が、命を賭けていることが、相手の本物の殺意が体をこわばららせ思考を奪っていく。
(どうすればいい……?)
相手は二百キロを超える巨体、体力的に圧倒的に不利だ、いずれ殺される。
ふと思い出す『ただ目は絶対に攻撃をかわせ。』どんな生き物でも目は露出している。
だが。
(狙えるのか?)
何度か狙って剣を振るうも上手く当たらない。
特に戦闘的な生物は戦い構造的に弱点である目は小さく、当たりにくくなっている。
目を狙われ魔獣は興奮して暴れる、たまらず距離を取るとググームから強烈な悪寒を感じた。
(何か来る!)
次の瞬間、魔獣は咆哮をあげた。
「グオオオオゥオ!」
魔力を使った咆哮──〈ハウリング〉と呼ばれる──は破壊力を持つ突風と振動波によググームの放射攻撃である。
クルリは全身を魔力で固め、耐えた。
次の瞬間、危険を感じて飛び退くと空中から魔獣が角をひるがえし一直線にクルリが居た場所に激突した。
切り札を使ってなお逃げられた魔獣が怨嗟ともとれる唸り声を出す。
その地面は角で深くえぐれている。
そこで閃いたものがあった。
また距離を縮め、移動しながら目を狙い続ける。
相手はますます興奮し攻撃を荒げて来る。
巨木の所に来た時にクルリは転んだ──ように見せかけた。
ググームはここぞばかりに角で突撃して来た。
「ふっ!」
転んだように見せかけていたクルリはそれに合わせて全身と巨木を使い、垂直に跳ね上がった。
凄まじい音を立てて魔獣の角が巨木に突き刺さり、ググームは身動きを取れなくなる。
そこにひるがえり落下しながらクルリは全ての魔力を剣に注ぎ魔獣の後頭部に渾身の一撃を爆発させる。
角で頭が固定された所に強烈な一撃を加えられた魔獣は凄まじい雄たけびをあげながらよろめいた。
頭部は陥没し血まみれになっており角は折れ、身を捩っている。
「やった!」
そう言って安心しかけた瞬間、死にかけの魔獣は転身しクルリに突進を喰わせた。
「! がっ!」
吹き飛ばされもんどりを打つ、剣を無意識に盾にしたようだが弾き飛ばされた。
衝撃で肺から空気が抜け体が硬直する。
魔獣は最期の雄たけびをあげクルリを道連れにしようと飛び掛かってくる。
(あ、死ぬ。)
折れてなお鋭利な角、開かれた口に凶悪な牙、今度こそ本物の死の予感が走る。
クルリの体が最後の抵抗をしようとした時、視界を黒いモノが一瞬、横切った。
すると魔獣が声も出せず身を捩り倒れる。
展開について行けなくなり固まっているクルリに、ウェルが歩きながら声をかけてきた。
「お前の勝ちだ。最期のググームはお前に致命傷を与えられなかったろうし──お前の攻撃は十分致命傷だった。」
「え、は、はい。今ウェルさんがやったんですか?」
「その通りだ。」
そこでようやくわかった、ウェルが勝負が着いたとみなして魔獣を屠ったのだ。
「あ、ありがとうございました。」
「怪我は無いか?」
言われ、ペタペタと触ってる見るがとりあえず異常はない。
興奮状態で痛みを感じて無いのかもしれないが出血などは無いようだ。
奇跡のようである。
「ええと……とりあえず大丈夫みたいです。」
「うむ、良かった。」
いきなり死の恐怖から解放され、ほうけてしまって何も考えられない。
「止めをさせ。」
「はい?」
よく見るとウェルはクルリの剣を持っていて差し出してくる。
「いや、でももう死ぬんじゃないですか。」
「まだ息はある、楽にしてやれ。 殺しあったお前の義務だ。」
「しかし……。」
「早くしてやれ。」
わけのわからぬまま剣を持たされ瀕死の魔獣の所に立たされる。
魔獣はこちらを見ている。
その目からは感情を読み取れない。
今だ生きようとしているようにも、楽にしろ、と言っているようにも見える。
死を目の前にしても生きようと望むのが命か、だがまた苦しみから自らの命を絶つ者もいる。
どちらにせよもうじき死ぬだろう……だが。
クルリはウェルが斬った首の断面から脊髄を突き、殺した。
「……。」
ウェルもクルリも何も言わない時間が過ぎたが、猟師が口を開いた。
「終わったようだな。」
そう言うと笛を吹いた。
「これは?」
ウェルに聞くと答えてくれた。
「これから村人が来てこいつを解体する。中の魔石は俺たちが貰うが肉は村が買い取ってくれる。」
「じゃあこれで依頼終了ですか?」
「ああ。」
今度こそ本当に脱力して地面に座り込む。
猟師がググームの血抜きをしていると村人が数人集まってきた。
大きな油紙を敷いてその上に転がし、皮を剥いでいく。
「クルリ、解体している所を見ろ。心臓とその周り骨の位置を憶えるんだ。」
「はい。」
と返事をしたもののクルリは魔獣の死体を見る気にはなれなかった。
が、言われたならば見るしかない、立ち上がって解体を見学した。
さっきまで戦った相手が皮を剥がされ肉塊にわけられていく。
現実感が無かった。
「お疲れさまだ。よくやった。」
帰り道、クルリは元気がなかったが期を見てウェルはねぎらった。
「本当に疲れましたよ……。何度も死ぬかと思いました。」
「そう感じてくれたなら成功だ。実のところああ言ったものの不安は感じて無かった。」
クルリは疑わし気な声をあげた。
「ええ……? 本当に死ぬところだったんですよ? 本当に。」
「最初お前が魔獣の攻撃を避けた時、失敗した、と思った。そのまま横から心臓を貫くか次の突進にカウンターを決めて頭を貫くと思った。」
「何でそれが失敗なんですか!? それに最初のアレは頭がパニックになっていた時にたまたま無意識に避けれただけですよ!」
「何……?!」
「ホント死ぬかと思ったんですからね。」
「……あれが無意識の動きだったのか? 無我の剣というのも聞いたことがあるが……それとも獣人の本能というやつなのか?」
「なにぶつぶつ言ってるんですか? なんかまた変な事を考えていますね?」
「ちょっと鍛錬を考えたんだが。」
「嫌です。」
「意識が飛ぶまで三日三晩ほど打ち合いをするのをやってみないか?」
「絶対に嫌です。」




