10話 狩り
「さて魔獣狩りだが……。」
「はい。」
歌う波音亭、あの後二人は夕食の時間まで適当に打ち合いをして帰ってきたのだ。
店長の作った夕食をつついてる。
「防具が不安だな。」
「防具ですか? 一応胸当てをつけてますが…革ですけど。」
「ああ、それはなかなか良さそうだ……だが足りない。」
「足りませんか。」
クルリは冷肉のサラダを食べながら聞く。
「まず何処を守るべきかわかるか?」
「心臓ですか?」
「ああ……心臓、と脳だ。ただ頭は優先度は低くなる。」
「何故ですか?」
「重要すぎるからだ。的が比較的小さいうえ頭蓋骨は固いし頭部の危険を察知すると無意識に体が魔力のリソースを使って守る。」
「はい。」
「勿論放っておいていいかと言われれば違うんだが……本格的に守ろうとすると兜を被る事になってかえって面倒だ。お前みたいに勘がよく魔力も十分ある人間にとってはデメリットが多く煩わしい。ただ目は絶対に攻撃をかわせ。」
「じゃあ今の胸当てで心臓を守ってればいいんじゃないんですか?」
「問題は次に重要な場所だ。」
「というと……。」
ウェルは腹を指した。
「内臓だよ、内臓の傷は魔法でもポーションでも治しにくい、複雑な臓器だからな。」
「なるほど。」
「というわけで胴体の革鎧でも必要だな。明日武具屋でも見て回るか?」
「は──あ、いいえ一旦帰って実家の者とで色々見繕ってきます。」
「実家は武具でも扱ってるのか?」
「そういう訳ではないんですが親とか詳しくて、そういう事は相談ないというかなんというか手持ちもまあ。」
「じゃあ二日か三日後あたりか。別に急いでないんだ、ゆっくり決めるといい。」
そして三日後後、ハンターギルド。
「おお、中々いいのだな。」
ウェルの言った通りクルリは上物の新品のモノを着けてきた、触ってみると元の革も強靭な上に魔力で強化されている。
「ええまあ……立派すぎますがリベ、じゃなくて親が心配症で。」
実際は魔獣を狩ると言ったらリベルゥに危険だと散々怒られ、それでも引かないと渋々武器庫からサイズの合うものを引っ張ってきて調整してくれたのだ。
お仕着せの立派な防具はクルリには少し恥ずかしかった。
「いやいや似合ってるぞ。お、しかも丁度いい依頼まである。」
目の良いウェルが掲示板の張り紙の中から依頼を見つける。
「単体のググーム──大角猪の駆除だ。大きさも丁度いい。」
この国のポピュラーな魔獣の一種で、まあ大体巨大な猪に凶悪な角が生えている魔獣である。
その角の突進を正面からまともに食らえば生半可な鎧など貫通する。
標準で体長二メートル超で体重は二百キロを超える、体毛も厚く猟師の矢ではまともに通らない。
「へええ図鑑では見たことありますが本物は初めてです。」
魔獣の駆除依頼、というのは各村の近くに森の奥から魔獣が近づいてきた時に出される一般的なものである。
村自体は結界が敷いてあるので相当の魔物でも襲ってこない限り大丈夫だが、狩場が荒らされ村の猟師では退治も危険なのでハンターの出番となる。
ちなみに魔獣は猟師が見つけて先導してくれるのでハンターは戦うだけでいい、まあハンターが死にそうになったら猟師は真っ先に逃げるが。
そして二人は受付へ、今日も変わらずティーリが微笑んでいる。
「あら、今日は久しぶりにお二人ですのね。クルリ君、新しい防具にあってますよ。」
「はい!ジーリアト村の依頼をお願いします!」
「はい、承りました。ええと……これですね。標準のググームですか。」
バインダーを素早くパラパラとめくり判子を用意する。
ティーリはニコリと笑い、判子を押した。
「ウェルさんなら何も問題ないでしょう。クルリ君もちゃんと見学するんですよ。」
「いや、狩るのはクルリだ。」
ウェルがクルリの頭に手を置く。
「は?」
ティーリが真顔になった。
「い、いえ申し訳ありません。今なんと?」
「クルリと一対一で狩らせる。」
「あの……ちょっと仰ってる意味が承服しかねるのですが、危険すぎるのでは無いのでしょうか?」
「俺は倒せると思っている、いざとなれば手助けする。」
「……少々危険すぎるのでは?」
「成長するには危険から学ぶのが一番だ。」
にべもないウェルの言葉にティーリは渋面すれすれの表情である。
そこでようやくクルリは自分がギリギリの相手と戦わせられることに気付いた。
「ウェルさん、あのー強いんですか? ググーム」
「ああ、一人ではなまじのハンターでは死の危険性もある。」
「……相手が僕では?」
「死の危険性もある。」
「えええ?」
「まあ大丈夫だろう。いざとなったら加勢する。」
「クルリ君、断りなさい。」
横からティーリが若干怖い顔で言って来る。
「君は若いんだからこんな危険を冒す必要なんてありません。」
「いや……でも。」
ウェルをハンターの師匠として教わると決めたのだ、教わる側がその内容を否定したら教わる意味など無くなってしまう。
と、リベルゥやファルドから鍛錬を始める時に習っている。
師の教えを否定するのは独り立ちを認められてからだと。
「やらないのだったら別にいい、教えるのはここまでだ。」
「やりますよっ。」
反射的に答える。
ティーリがさらに畳みかけて来る。
「危険です!これは認められません!」
「危険なのが駄目ならハンターの仕事なんてなくなるな。」
「……クルリ君は十三歳なんですよ?」
「危険な事に年齢なんて関係あるのか?それから学ぶことは何よりも多い、それにこれは保護者付きのまだ安全な危険だ。」
怖い顔を隠さなくなっているティーリ、それを意に介さないようにウェルは続ける。
「危険から遠ざかりたいならハンターなんて辞めるのが一番だな。」
「……!」
ティーリが見たことのないすごい顔でウェルを睨んでいる。
今のクルリには自分がこれから行わされるであろう死の決闘よりも眼前のティーリの方が怖かった。
「……。わかりましたクルリ君の安全には細心の注意を払って下さいね。誓えますか?」
「ああ、いいぞ誓おう。」
「かすり傷一つでも残っていたら承知しませんからね?」
「それは難しいな。」
「……。」
「……。」
すごい空気が流れた後、無言で受領印を押された依頼書をティーリがウェルに渡す。
自分が原因の事でどんどんヒートアップした二人にクルリは生きた心地がしない。
「よし、行こう。馬を借りてくぞ。」
「クルリ君、少しでも危なかったら逃げるんですよ。」
「え、あ、はい。」
二人から言われてもしどろもどろになりながらも何とかクルリは答えた。
「正気か?」
イヌ族の猟師の言葉にクルリはティーリがあながち過剰反応では無かったことを確認した。
王都スルフナン北西ジーリアト村北部森林の中、クルリとウェル、それと村の猟師は魔獣を発見し、ウェルがクルリが一人で戦うことを猟師に伝えたところである。
「なんでわざわざそんな事を……この間の仕事であんたの腕は知ってるが。」
どうやら二人は前に仕事をしたらしい。
クルリはこちらにじりじりと近づきながら殺気を放ってくる魔獣に気圧されてそれどころではなかったが。
「鍛錬だ。いざとなったら俺が助ける。」
ウェルが短く答える。
その間にもググームは近づいてくる、猟師はウェルを盾にするように動いた。
「いいかクルリ、まず相手の角には気をつけろ。どんな生き物でも脳と心臓が急所だ。逆に言えばそれ以外は即座に致命傷にならない。」
「は、はい。」
「よし、行け。後はこの間の訓練を思い出せ。」
「わ、わかりました。」
クルリは意を決しググームに対して右に動き始めた、適度に開けていていざという時に盾に出来そうな巨木がある。
ググームは動かない二人から離れたクルリにターゲットを決めたようだ、ゆっくり近づいてくる。
狭まるお互いの間合いにピリピリと火花が散るのを幻視する。
クルリは早鐘の様に打つ心臓を意志で押さえつけようとしながら剣を抜きやる気を絞り出した。
「よ、よーしやっちゃうぞー。」




