対決
さくらはハラハラしていた。途中から真由子はイライラしている。サキが自分の思い通りの反応をしないことに苛ついているのだ。そんな真由子の反応にサキも苛ついて、尖ったことを言っている。売り言葉に買い言葉だ。これではサキの本音を語らせることなどできないだろう。
もちろん真由子が真面目なことは確かだ。サキみたいな境遇の少女がいなくなるようにと、本気で思っていることは間違いない。しかし相手に、自分の思い通りのことを言わせようとするのはまずいのではないか。少なくとも取材ではない。
それに取材であるなら、「あたしがこういう生活をしてるのは、お母さんのせいだ」という発言をスルーするべきではないだろう。ここに今のサキの原点があるはずだ。
しかしさくらはこの場から逃げ出したかった。ファミレスで怒鳴り声を上げている人の連れであることが恥ずかしいのではない。
怒っている人のそばにいるのが、たまらなくストレスなのだ。自分のことを「やさしい」とか「お人好し」とか言う人がいるが、このストレスから逃げるために、気持ちを曲げているだけなのだ。
しかし、このままではいけないことはわかっている。新聞記者になどなれない。なれたとしても勤まらないだろう。
「上町さん! あなた、いい加減に!」
「真由子さん! 取材をしないのなら、彼女に帰ってもらいますよ!」
ファミレス中が沈黙した。
思った以上に鋭い声が出てしまった。
ずいぶん時間が経ってから真由子が言った。
「ごめんなさい…」
サキに謝ったのか、さくらに謝ったのか、わからなかった。
再び気まずい沈黙が来た。
もう、取材を続けることなどできないだろう。
サキに「帰ってもかまわない」と言おうとしたとき、後ろから女性の声がした。
「サキさん…、さがしたよ」
驚いて振り向くと、あのときの婦警、坂本弘美が私服姿で立っていた。
私服、といっても制服でないだけで、カッチリしたパンツスーツを着ている。
あまりラフな服装は好きではないのだろう。
「座っていい?」
さくらが言った。
「どうぞ」
さくらと真由子側にひとつ椅子が余っていたが、弘美はサキの隣に座った。
「サキさん、今日は婦人警官として来たわけじゃない。個人として、あなたに家に帰ることをすすめにきました」
サキはそっぽを向いて言った。
「やだよ。殺されるし。前に言っただろ」
「お母さんは、病気をしてからたいそう気も体も弱くなっている。いま帰らなければ二度と会えなくなるかもしれない」
「なんの病気?」
「…そこまでは聞いてないけど」
「なんだよ、それ」
「個人情報だから」
「あの人がそれで死んだとしても、あたしには関係ないよ。家にならば、お兄ちゃんがいるでしょ」
「これも聞いた話だけど、お兄さんも家を出たそうで。いっしょに住んでいないみたい」
「それもあの人のせいだよね」
「とにかくお母さんは、もうあなたにひどいことをするような体力はない。家にずっといろとは言わないから、一度だけ帰ってほしい」
「あんた、警官だろ。そんなこと言っていいのか。あたしは施設を脱走してるし、無理にでも家に帰れと言わなきゃならないんじゃないのか」
「だから、警察官としてではなく、個人として説得にきたの。あなたは、お母さんと対決することをずっと避けてきた。その若さでは仕方がないけれど、もしお母さんが亡くなったりしたら、あなたは結局お母さんに勝てなかったことになる。それがあなたの人生に影を落とすことになりかねないと思う」
「とにかくイヤだよ! 人生に影って。もともとあたしがこの先明るい所に出られるアテなんかまるでないんだよ。それも、もとはといえばあのオンナのせいじゃないか!」
「わかった。実はお母さんがここに来てるんだ。会うだけ会ってあげて。わたしも立ち会うから」
弘美はそう言うと、サキの返事も聞かずに立ち上がった。
真由子は、ことのなりゆきの意外さにとまどっているようだ。
「さくら、強くなったな」
サキがこちらをじっと見て言った。
「あたしも強くなる」




