サキと真由子
真由子にとってまず印象的だったのは、サキの美貌だった。白く滑らかそうな肌、隆い鼻、大きな目、ピンク色の唇。これほどの美少女は、滅多にいるものではない。
「さくらーっ。ひさしぶりーっ! スウェットを取りに行った時以来かなぁ」
上町サキは、約束よりもずいぶん遅れてきたにもかかわらず、一切悪びれていなかった。
「サキちゃん、久しぶり。元気だった?」
「まあ、病気はしてないかな」
山本さくらがサキに座るようにうながす。
真由子はさくらと並んで座っていて、サキがその対面に座ったのだが…。
ぎょっとした。
サキはソファーの上に、体育座りをしている。
体が小さいから可能なことなのだろう。
「ねえ、何か頼んでいい?」
サキが早くもテーブルの上のメニューを手に取っている。この姿勢のまま飲食をする気だろうか。
いや、彼女はそういう躾けをしてもらえなかった気の毒な子なんだ。ここで気持ちを引かせたり、腹を立てたりしてはいけない。
「もちろん頼んでいいけど、その前に紹介させて。私の学校と交流している、佐藤真由子さん」
真由子はメニューを開きかけているサキにお辞儀をした。
「よろしくおねがいします」
「よろしく」
「さっそくですが、いろいろ聞かせて下さい」
「うん。あたし、ホットケーキとココア!」
ウェートレスを呼んで注文を済ませた。
「ではまず、なぜ今のような生活を続けているのか、教えてください」
サキがいやな顔をした。それはそうだろう。いい思い出のはずがない。
「施設から脱走したからだよ」
「なぜ脱走を?」
「そのままいたら家に連れ戻されるから」
「家には帰りたくないの?」
「もちろん」
「なぜ?」
「殺されるから」
「お父さんに?」
「離婚して、もうお父さんはいないよ」
「家には誰がいるの?」
「お母さんと、お兄ちゃん」
兄に殺されるということか。
どんな兄だろうか。
幾つくらい離れているのだろう。
ここで注文した料理が来て、食べながら話すことになった。サキは、体育座りのまま食べている。
「ホットケーキ、おいしいね」
サキにさくらが答えた。
「うん」
ホットケーキを食べているのはサキだけなのだが。
「だけど、さくらが焼いてくれた奴の方がおいしかったよ」
「焦げてたけど」
「焦げ目もおいしかったよ」
「ありがとう」
なんとなく、話がそれた。戻そうとしたところで、さくらが言った。
「ねえ、これからどうするの?」
「これから? ずっと泊めてくれている女の人がいるから、そこに帰るよ」
「だけど、いつまでもそういうわけにはいかないんじゃないの?」
「まあね。いつか追い出されたら、また泊めてくれる人を探すよ」
「だけど、もう少し経てばアルバイトも出来るんじゃないかな。そうしたら、部屋を借りることも…」
「聞いた話なんだけど、住所がないとアルバイトもできないんだ。それで、仕事をしてないと部屋を借りれない…」
「そうなんだ」
「だから、風俗店で働けるトシになったら、そこに行くよ。寮があるところなら、仕事とすみかをいちどにカクホできるし」
「大変だよ…」
「今よりもずっとマシだよ」
「それに、結婚とか考えたら、あまりいいことじゃないんじゃ…」
真由子はさくらにぴしゃりと言った。
「山本さん。あなたは風俗で働いている人の結婚事情とかわかっているんですか?」
「いえ…」
「わかりもしないことを言うのはやめなさい。差別です!」
「はい…。すみません」
食べている最中にもかかわらず、サキがスマホを取りだしていじりだした。何をするつもりか。テーブルの上にコトリと置いた。
これは…。
民家の風呂場のようだ。全裸の少女が立ち尽くしている。ふいに扉を開けられたのだろう。顔だけは隠そうとしている。しかし両手を上げているせいで、小ぶりの乳房もくろぐろとした陰毛もはっきりと写っている。顔はわからないが、この体つきは、サキのものではないだろうか。
となりでさくらも息を呑んでいる。
サキは、テーブルの上のスマホを手に取ると再び操作して、テーブルの上にもどした。
顔こそうつっていないものの、全裸の少女がうつぶせになっている画像だった。尻の幅ととウエストにほとんど差がない。背中の肌のきれいさとともに、彼女がまだ未成熟なことがはっきりとわかる。そしてその小さな尻の間には未発達らしい女性器が…。思わず目をそらした。
サキがスマホを取り上げる。みたび操作している。まさか、まだあるのか…。
スマホがみたび置かれる。
全裸の少女が和式便器にまたがっている。はっきりと顔が写っていた。これはまぎれもなくサキのものだ。振り返った顔は泣きそうだ。しかも、裸の尻からぶら下がっているものは…。
胸が悪くなってきた。ここまで胸くそ悪いものを見たのは、生まれて初めてだ。
「あたしのハダカなんて、ネットでタダで誰でも見れる。こんなコをお嫁さんにしようなんていう男がいるわけないでしょ」
それは…、真由子にはわからない。しかしこの画像が、サキの就職にも結婚にもひどく悪い影響を与えるだろうことは、はっきりとわかった。
「すぐに削除要請を!」
「この画像が貼られてるのはこのサイトだけじゃないんだよ。いくつものサイトに貼られてる。それに、全部消させても、自分のパソコンに保存してるヒトがまた貼るだけだ」
「だれがこんな写真を撮ったんですか!」
「しばらく泊めてもらってた男のヒト。追い出されるのがいやでずっとガマンしてたけど、トイレの写真だけはガマンできなくて、飛び出してきた。そのヒトはその腹いせに、保存してたあたしの写真をアップした」
「すぐ警察に!」
「もう捕まってるよ。ナントカポルノ違反とか、インコーヨーギとか聞いたけど」
呼吸を整えるのにしばらくの時を要した。
「サキさん、あなたは平気なんですか!」
「平気じゃないよ。だけど、どうにもならないし」
「こんなふうに、女が男にいいようにされる世の中でいいと思ってるんですか?」
「世の中がどうとか言われてもよくわかんないし」
「あなたのような境遇の少女は、みんなそういう風に考えているんですか?」
「知らないよ、そんなこと」
落ち着け。落ち着け、私。自分が興奮してどうする。この子は知らされていないだけなんだ。もっと、わかりやすい表現をこころがけるべきだ。
「男たちが、女にひどいことをしていることが許せるんですか?」
「男が女にって…。女が男にひどいことをすることもあるし。お母さんはお父さんを家から追い出したし」
「そういうケースもあるでしょう。だけど少数です。それよりも大多数を占める男から女への虐待をどうにかするべきです!」
「そうなの?」
何を言ってるんだ! 自分がその被害者じゃないか!
「当たり前でしょう! あなたがこんな生活をしているのは、男どもの性欲のせいでしょう!」
「いや、あたしがこういう生活してるのは、お母さんのせいだし」
「それでも、男たちに性欲がなければ、こんな写真を撮られることもなかったはずだ!」
真由子はいつのまにか、サキを怒鳴りつけていた。
「あんた、男嫌いなんだね」
「当たり前だ!」
「この写真をアップした男のヒトに、あんたすごく似てるね。あのヒトも、『おれは女が嫌いだ』ばかり言っていた」
「わたしをそんな奴といっしょにするな! 男の性欲は我慢できない。精液は毎日作り出されてるからな! だけどそれを放出するために、女がおびえながら暮らすなんてあってはならない! 人工的に、女だけの地球、女だけの人類になってこそ女はやっと安心して暮らすことができる! 世界から男なんて一人もいなくなれはばいい! あなた、そう思わないの!」
「女が女をいじめる世の中になるだけだと思うけど」
「男女差別が根本的に消える!」
「あたしたちをケーベツしてるのは、男だけじゃないね」
「少なくとも、性的虐待やセクハラはなくなる!」
「言葉がむずかしくてよくわかんないんだけど」
「男の人に変なことや、気持ち悪いことをされなくなるって言ってるの!」
「女にされるだけだよ」
「いい加減にしなさい! わたしは、あなたみたいなかわいそうな子がいなくなるように、頑張ってるんだ!」
「あたしみたいな子って言われても。あたしはあたしだし。他の子なんてどうでもいいし」




