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東京時代(「水槽の街」改題)  作者: 恵梨奈孝彦
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取材


「…お客さん?」

「うん…」

 さくらが気まずそうに言った。なんだか、早く退散した方がいいような気がする。

「大学の友達?」

 さくらが答えられないでいる。いくらなんでも、大学生には見えないだろう。

「実は昨日、こっちはひどい雨が降って。学校のそばで傘も靴もなくて困っていたみたいだから、一晩泊めたんだよ」

 女が鬼の形相になった。

「あんたは! 身元がわからない子を部屋に上げたら駄目でしょう! 女の子だからって油断はできないんだよ! 貴重品は隠した? 高校生のころに寸借詐欺に遭ったのに、まだ懲りてないの!」

「あれはちゃんと、返してもらったし」

「まだそんなこと言ってるの! 様子を見に来て良かった。こんなことを続けるようだったら、下宿を引き払って、家から通わせるよ!」

「サキちゃんは、もともとそんな子じゃ…」

「サキちゃん? 名前を聞いたの? なんで警察に突き出さないの!」

 サキはいたたまれなくなった。ここも、長くはいられない場所だった。

 ベッドから立ち上がると、母親の脇をすり抜けて玄関に向かった。

「さくら、サンダル借りるよ!」

「あ、待ちなさい! あんたはいったい…」

 母親の声が追いかけてきたが、かまわずドアを開けて外に出た。

 さくらと母親が何か言い争っている声が聞こえる。

 そのまま繁華街に向かって歩き出した。

 無一文で、身に着けているものは、借り物の下着と借り物のジャージと借り物のサンダル。

 返したら、パンツ一枚残らない。

 丸裸に、スマホ一つ。

 そのスマホでさえ、充電が切れたらただの板だ。

 これで股間でも隠すか。

 自分をみじめにするようなことを考えていると、スマホが鳴った。

 メールだ。さくらからだろうか。

 立ち止まって、開いて見た。

 のぞみからだった。

 昨日からスマホを見ていなかったが、のぞみからの着信とメールが山のように来ていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「すぐに迎えに行くから、どこにいるか教えてちょうだい!」

「雨に濡れてない? ちゃんと建物の中にいる? 風邪をひいてない?」

「絶対にもう、変なことをしない。約束するから!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「変なことをしないから、お願いだから帰って来て!」

「ひどいことをたくさん言ってごめんなさい! あんなこと考えてたわけじゃないの! 信じて!」

「お願いだから、帰って来て!」

「あなたの言うことならなんでもする! 絶対にあなたのいやがることはしない!」

 …「変なことをしない」という約束は、きっと守られないだろう。今はそのつもりでも、きっと我慢ができなくなるだろう。

 そんなことはわかっている。

 それでも、のぞみの部屋に戻る以外の道は、サキにはない。

 昨夜は、「信じていた女性に裏切られた」のがショックだった。しかし、のぞみをあの男たちと同じだと考えれば、今までと同じことだ。

 サキは、ゆっくりと歩き出した。




「だから、男たちに取材させちゃ駄目なんだよ! 山本さんもそう思うでしょ?」

「ええまぁ…」

 さくらのもとに、真由子からいきなり電話がかかってきた。

 あの飲み会での、義彦の発言を受けてのことだろう。

 そろそろ梅雨もあけるというのに、今でもあれを覚えているらしい。

「何が『おれの家に泊めますか』だ! 男どもは、女を性の対象としか見ていない! あんな奴らに、『神待ち少女』の取材なんかさせたら、どんなことになるかわからない!」

 「あんな奴ら」というのが、この世の全ての男性のことを指しているのか、義彦のような男たちと言っているのか、よくわからない。しかし確かめようとは思わなかった。義彦自身にしても、普段から女性を軽視した発言をしているわけではない。あれは、酒の上でのただの冗談だったのだろう。いつもゼミで彼の世話になっているさくらとしては、真由子のそんな言葉を聞くのはつらかったが、何も言えずにいた。

「そこで、あなたといっしょに、渋谷の街で取材をしたいんだけど。どうかな」

「どういう段取りでですか?」

「とりあえず、センター街あたりで、それらしい少女にインタビューすればいい」

 …「あなたは神待ち少女ですか」って聞いて回るのか?

「違ったら、怒られそうですね」

「怒るということは、そういう少女たちに差別意識を持っているということだから、逆に説教すればいい」

 知らない人に説教するのか?

「だめだよ。そんなに引っ込み思案じゃ。新聞記者になりたいんでしょ」

「考えさせて下さい」

 そこで電話を切ったものの、真由子は幾度も幾度も電話をかけてきて、もはや断り切れないところまで来ていた。

「わかりました。実はそういう女の子の知り合いが一人います。彼女に取材してください。ただし、わたしも同席することと、彼女の連絡先はあなたに教えないこと、本人が断ってきたらきっぱりあきらめることだけは条件として呑んでください」

真由子が条件を飲んだ数日後、さくらは渋谷のあるファミレスでサキを待っていた。

 真由子はメモのほか、ボイスレコーダーまで準備している。

 約束の時間を過ぎているのに、サキはまだ来ない。

 さくらは、サキが来ないなら来ないでもいいような気がしてきた。

 真由子の、このやる気満々な姿勢に、なにか不穏なものを感じ取ったからである。

「もしその…、上町さんがここにこなかったら、センター街でいっしょに取材しましょう」

 やっぱり来てほしくなってきた。

 サキは、約束の時間から30分遅れてやってきた。




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