さくらの部屋
さくらの下宿は、渋谷にある。
さくらの大学は、渋谷とたまプラーザに校舎があり、経済学部の学生は二年生までは体育の授業がたまプラーザであるため、田園都市線沿線に住むことが多い。
しかし「痴漢が出るかもしれない」という理由で、父親が強引に渋谷に決めた。(体育の授業がある日は、電車に乗らざるを得ないのだが。ちなみに痴漢にあったことはまだ一度も無い)
むろんその代わり、駅から遠く、部屋そのものも決して新しくはない。
センター街での飲み会のあと、さくらが大学のそばを通ったのは、さくらの下宿が、シブヤイーストを通ってさらに向こうにあるためだ。
バスは時間が読めないし、濡れたままのサキを受け入れてくれるかどうかわからない。
下宿までサキと相合傘で、けっこうな距離を歩いた。
あまりにも足が痛そうだったので、たまたま持っていた二枚のハンカチを足の裏に巻いて、甲で結んであげた。
靴の代わりにはなりそうになかったが、ないよりはましだったろう。
部屋につくと、何よりもまずシャワーを使わせた。
本当は風呂に入れたかったのだが、お湯を貯める時間さえ危ぶまれるほど、サキの体は冷えていたのだ。
むろん、学生が入るマンションなのだから、ユニットバスである。
トイレとバスは一体型だ。
トイレに入ろうとすると、サキはカーテンから顔だけ出して、
「見ないで…」
と言った。
「いや、覗かないよ。だってわたし、女の子だし」
と言ったら、顔をカーテンの陰に隠して
「ごめん。気を悪くしないで」
と言った。
自分の下着とジャージを用意して、サキが着ていたものは洗濯機に放り込んだ。
サキがシャワーから出ると、救急箱を持ってきて足の裏を消毒し、傷にはカットバンを貼った。
どうしてサキが学校の博物館の前に裸足で立っていたのか、気にならないわけでもなかったが、聞かない方がいいだろうことはわかった。
「ごめんね、狭くて」
部屋には、ベッドが一つと、机が一つ、床のスペースは人が一人寝られるくらいしかない。
幸い予備の枕とタオルケットがある。六月ならばこれで充分だろう。
「じゃあ、サキちゃんがベッドで寝て。わたしが床で寝るから」
「そんな。いくらあたしでも、部屋主を床になんか寝かせないよ」
「じゃあ、ベッドにいっしょに寝る?」
サキは、かなり時間が経ってから言った。
「へんなこと、しない?」
シャワーでの「見ないで」という発言といい、サキが今までどんなに大変な思いをしてきたか容易に想像がついた。
すぐに返事をした。
「しないよ」
今日、真由子から聞いた話を思い出した。サキが大変な思いをしてきたのは、結局「男の性欲」のせいではないのか。
安普請の屋根を激しく叩く音が聞こえる。
雨は止みそうにない。
ベッドに入って明かりを消した。
しかし、すぐに寝付けそうにない。
「サキちゃん…」
「なに」
どうしてあそこに居たのか、聞くことはできない。だけど、共通の話題などあるのだろうか。
「好きな動物っている?」
「いない」
「そう…」
継ぎ穂を失った。
「ねえ、世界中から男がひとりもいなくなって、女だけになったら、どんな世の中になると思う?」
返事は、なかった。




