サヨナラは雪景色
小説を始めて書いてみました。
面白い!というお話ではないかもしれませんが読んでいただけたら幸いです
「始めまして。相川勇人と言います。よろしくお願いします。」
慣れた口調で自己紹介をした相川くんは先生に勧められるがままに自分の席に着いた。
転校生として新しいクラスメイトの注目を集めることにも慣れている様子だった。
この日、僕が珍しく学校に行っていたのも、相川くんと出会うためだったのかもしれない。今はそう思える。
相川くんが転校してきたのは小学校4年生の秋だった。
2学期の頭からではなく、1ヶ月くらい経ってから、少し変わった時期に転校してきた相川くんはなかなか友達ができなかった。今にして思えば、それは相川くん自身が友達を作らないようにしていたからなのだということは、分かる。当時の僕とは違い、相川くんは友達が欲しくなかったのだから。
今はもう病気に悩まされることはない僕だが、当時の僕は難病指定されていた病気のせいで、体育の参加はもちろんながら、学校への十分な登校日数さえ確保できていなかった。だから僕も友達がいなかった。そんな僕と相川くんが話をするようになるまでたいした時間は必要なかった。
学校というところは本当に社会の縮図で、基本的には仲良しグループができる。ちょっと怖い子のグループ。運動ができる子のグループ。面白い子のグループ。頭が良い子のグループ。だいたいきっとどの学校でも階級が上から順にこういう感じだろう。僕は男なので女子のグループ格差はわからないが、男子は全国各地大差ないだろうと思っている。でも実はこの下に最下層ヒエラルキーがいる。どのグループにも属せない子の集まり。これが最下層だ。
僕の学校は、3日に1日は学校をお休みする僕が1人で最下層だったため、僕以外の子で孤立する子がいない学校だった。最下層が病弱で相手にできる感じでもないので、ただただ無視されるだけで陰惨ないじめがあったわけでもなかった。もし仮に、僕がお休みすることを気にかけたクラスの優しい女子が、怖い子のグループの子が好きな子だったら、いじめが起きていたのかもしれないが、幸いにもそういうことはなかった。僕を気にかけてくれた女子は、下層グループの勉強ができる女の子で美人ではなかった。今は会っていないので分からないけど、当時は少なくとも、告白されたり付き合ったりとそういう話と縁があるタイプではない子だった。
そんな学校に相川くんが入学してきたが、後に相川くんが僕に語った通り、相川くんは友達を作らないようにしていたのだから、相川くんも自然と最下層になった。
もしかしたら相川くんも、いや、もしかしなくたって環境が悪ければ相川くんはいじめられた。でもこの学校は僕がいたから、相川くんはいじめられなかった。
今までは転校生が来ても5回会う頃にはどこかしらのグループに入っていたが、相川くんは僕が何度登校しても休み時間を1人で過ごしていた。だから僕は勇気を出して珍しく自分から話しかけたんだ。
初めて声をかけたのは「やぁ」だったか「こんにちは」だったかよく覚えていない。でも少なくとも「一緒にご飯食べない?」みたいな気の利いたセリフじゃなかったことだけは確かだ。ほとんど友達と話したことがないというかまず友達というものがいなかった僕にかけられる言葉の選択肢なんて極めて狭かったはずだから。
相川くんは僕と話すようになってしばらくすると、運動ができるグループに所属するようになった。きっと僕がいない間に、「なんだよ相川、誰かと喋ったりするんじゃーん。」なんてやりとりがあったか、体育の時間にヒーローになるようなきっかけがあったかでもしたのだろう。僕と話すようになった相川くんは、初めのうちこそ、休み時間に僕の席の近くにきて、挨拶をして、特に何を話すでもなくチャイムがなり、席に戻る。そんな休み時間の使い方をしていた。でも段々と僕の席に来て、誰かに話しかけられるようになった。そして、僕の席にくるより先に誰かから話しかけるようになったんだ。
それでも相川くんは僕の席にくることをやめなかった。下校時も僕と一緒に帰るようになった。相川くんは実に絶妙な立ち位置で、多分、僕と運動ができるグループを繋いでくれようとしていたんだ。正直僕はそんな相川くんが羨ましかった。羨ましいを通り越した、よりネガティブな感情さえも抱いていたのかもしれない。学校にほとんど来なくてもいじめられることさえない。人との関わりがほとんどなかった僕にとって、相川くんの存在は眩しすぎて計り知れなかったんだ。だからどういう感情を持っていたのか正確にはいまだに分からない。
相川くんは徐々に、運動ができるグループに入った人から、クラスの中でも人気のある人になっていった。下校時の人数は2人からだんだん増えて行き、最後には運動ができるグループの中で家の方向が同じ人全員と下校するようになった。不思議なことに2人で下校してる時より、大勢で下校しているときのほうが僕ら2人の会話は増えた。
当時は友達ができた相川くんが、僕をグループに紹介する目的で話しかけてくれているんだと、卑下した見方をしていた。今は、周りがおしゃべりをしていることで話しやすい環境ができていたのかもしれないな、とも思っている。当時のように卑下して、相川くんが僕のような人間の役に立ってやろうと上から目線でお節介を焼いて偽善な自分に浸っているという見方ではなく、純粋にあの時の相川くんの優しさに感謝している。
でも話せば話すほど僕は空っぽな人間だった。生きることに必死だから、好きなこととか楽しく喋れるような趣味もない人間だった。毎週少なくとも1回は病院に通っていたし、入院も数え切れないほどした。そんな僕には周りの子が楽しいと感じられるような話はできなかった。それでも相川くんは僕と話してくれたが、次第にどう考えても周りにこの話の方が楽しいと、僕は積極的に口を閉ざすようになってしまった。
そしてそれは、たまたま下校時の人数が少ない時でも、尾を引いたんだ。そしてそれは僕が今も後悔してるあの言葉の引き金になってしまう。
秋も深けて冬になろうとしてる頃だった。寒い日に2人で下校した。この頃になると相川くんと、あとは運動ができるグループの子たちとも、僕は少しだけ話すようになっていた。本当に挨拶程度だったけど、それでも僕にとっては大きな変化で、学校に行くのも嫌じゃなかった。その日は、少し調子が悪かったけど無理して登校したんだ。帰り道の寒さは僕の体調に響いた。
相川くんは黙る僕にずっと話しかけてくれていた。ただその日、何を話してくれていたかはよく覚えていない。僕は歩くことだけでも精一杯だったから。だから何をきっかけにあんな会話になってしまったのかも良く覚えていない。でも、これだけは何故か確かに覚えてるんだ。
「相川くんはもうクラスの人気者なんだから、僕なんかと話していてもつまらないだろ?いつものグループの仲間といればいいじゃないか。僕なんか放っといてよ。」
僕がそう言ったことだけは、今でもはっきり覚えてる。すごく恥ずかしくて辛い思い出だ。学校に行っても無視されていた頃のどんな惨めな思い出より、この言葉を言ったことを後悔している。
そしてこの日を境に僕は学校に行かなくなる。僕はこの言葉を言った後に道で倒れてしまい、相川くんに家まで運んでもらい、そのまま入院した。退院して次に登校した時、相川くんは転校してしまっていた。
学校に行くと運動ができるグループの子たちが心配そうに寄ってきてくれた。僕が入院したのは初めてではなかったが、入院後に温かく教室に迎えられたのは初めてだったかもしれない。とても嬉しかったがそこに相川君の姿はなく、そこで転校してしまった事実を知った。ショックがショックであるということを理解できないままに、入院後のお決まりとして職員室へ行った。先生に提出する書類や受け取る書類があるからだった。
そこで先生から手紙を受け取った。相川君からだった。
放課後、僕は足早に教室を後にして帰宅した。自分の部屋に入ると机に向かい、封筒の封を切った。
『如月君へ
本当は直接あいさつをしたかったけど、手紙になってしまってごめん。そして、ありがとう。まずはありがとうを何よりも伝えたい。気づいているかもしれないけど、僕は何度も転校を繰り返してるんだ。だからはじめましてのあいさつもさようならのあいさつも僕にとってはもう慣れたものなんだ。手紙も手慣れた感じでしょ?書き慣れてるんだ。でも、今回のさようならのあいさつは大変だった。みんなと仲良くなれたから。いつもは僕も泣かないしクラスメイトも泣かないんだ。僕がいてもいなくても、クラスは変わらない明日を迎えるから。如月君はきっとわかってくれると思う。今回はクラスメイトがすごく泣くし、僕も困った。僕もちょっと泣いた。すべて、君がくれたものだ。どうもありがとう。
2か月という僕がこの学校にいた期間はみんなにとってはわずか2か月だと思う。でも僕は2か月って結構普通なんだ。その2か月で友達ができて、楽しく笑って毎日学校に通えたことを、僕は決して忘れないよ。この2か月の思い出は多すぎて、とても長い2か月だったよ。いつもの2か月は振り返っても学校に行って帰ってくる記憶しかないから。友達と過ごす2か月が長いという感覚はみんなに理解してもらうことは難しいのかもしれない。でもこれもきっと君はわかってくれる。君にとって学校に通う60日は2か月じゃないもんね。60日間友達と過ごす思い出はきっと何年分の思い出と一緒くらいの価値があるんじゃないかな。僕もそうだよ。思い出をくれてありがとう。
転校して最初は、友達はいらないと思ってた。どうせすぐに分かれる友達なんだから。
如月君が話しかけてくれたときは、正直に言えば少し迷惑だった。僕は友達を作る気がなかったから。でも話しているうちにどんどん興味がわいてきた。君は僕と似てると思った。如月君が話すことはほとんどなかったけど、僕が話す内容に如月君がうなずいてくれる時はだいたい僕が強く伝えたいことを言った後だったんだ。僕はうれしかった。僕を理解してくれることが。
僕は、友達はいらないと思い一人で寂しくつらい2か月を過ごそうとしていた。その2か月を温かい思い出に変えるきっかけをくれたのが如月君だよ。本当にどうもありがとう。
でも、だからこそ最後の下校のことは忘れられない。
本当にごめん。
如月君の病状が良くなくてつらい状態にいたことに気付けずに、僕は僕が話したいことばかりべらべらとしゃべり続けてしまった。怒らせて、倒れさせてしまった。
転校が多くて友達ができなくて泣いてた小さい頃の僕にお母さんが教えてくれたことがある。友達はすぐにできる。でも、友達はすぐにいなくなる。本当につらい時に手を差し伸べて支えてくれる人が本当の友達なんだよ。友達なんて作らなくても大丈夫。本当の友達ができたらその人を大事にしなさい。って。
僕が勝手にそう思い込んでるだけで、如月君はそんな重たいつもりで話しかけてくれたんじゃないってことはわかってる。だけど、僕にとって如月君は今まで繰り返した転校の中で出会った数多くの友達の中で唯一の本当の友達なんだ。僕はつらかった如月君を支えたかった。
何もしてあげられなくて、ごめん。
次に会うときは、仲直りしてもらえるかな。如月君と仲直りできないまま引っ越すのが心残りだよ。
また、会いたいな。次に会うまでに僕は君がつらい時に支えてあげられるような人間に成長しているように頑張るよ。
また会おう。
相川勇人
大阪府西成区○○ー△△ メゾン○○201』
あの日流した涙の量より一度に泣くことはもうないだろうな。泣き止むまでにずいぶん時間がかかったけど、その後で顔をあげて見上げた窓に降っていた雪は、とてもきれいだったよ。
翌日僕は勇気を出して声をかけた。
「ねぇ、僕も一緒に帰っていいかな?」
「ふぅ。」
おれの気持ちはとても重かった。
転校は慣れてるとはいえ、挨拶に緊張したのを覚えている。
「転校生の紹介をします、相川君、入ってきてください。」
おれは意を決してドアを開けた。ドアの向こうにはいつものように興味を持ったまなざしがおれを見ていた。
「始めまして。相川勇人です。大阪から来ました。よろしくお願いします。」
おれは言いながら必死に見知った顔を探した。何度か手紙と写真をもらったからすぐに見つかるだろうと思ったが、見つからなかった。
もう4年も経ってるんだから当たり前と言えば当たり前だが、忘れられてるんじゃないかという気持ちが非常に強かった。
だけど、1席だけ空いてる机を見つけて、あいつの机だ!と思った。
「それじゃ、相川君はそこの机に座ってくださいね。」
先生に指さされた席を見ると、そこはあいつの席だと思ったところだった。
(おれの席かー!!)
思わず失笑したおれを先生が変な奴だと思っていたとしても、先生に一切の落ち度はないだろう。席に着いたおれは思わず顔を覆った。
中学生での転校生というのは珍しいのか、周りが噂しているのが聞こえた。
隣の女の子がそっと話しかけてきた。
「あの…相川くん…だよね?4年の時にマダ小にいた。」
おれは、残念ながらその女の子を覚えていなかったが、話しかけてくれたことは素直にうれしかった。たぶん、ほかの中学だったらちゃんと喋ってもいなかったし、こんな風に覚えてもらえてはいなかっただろう。
「あ、うん、そう。」
ちょっとぶっきらぼうだったがおれがそう答えると、女の子は友達と何かを話していた。きっとおれのことを紹介してくれてるんだろうと思った。
そしてその噂はものすごい勢いで走っていった。
次の休み時間になるや否やものすごい勢いで教室のドアが開いた。
「相川くん!!!」
大声で入ってきた顔には見覚えがあった。
「如月君...」
はじめはおれがどこに座っているかも確認せず、とにかく入ってきたという感じだったが、おれの声に反応した如月君はこっちを見て、手を振りながら近づいてきた。
「よかった、覚えててくれたんだね!また戻ってきたんだ!!会えてよかった。僕は隣のクラスなんだ!」
一気にまくしたてる如月君にかなり驚いたが、4年もあればそういう変化があってもおかしくはないのかと納得した。
学校に来る途中は、前の手紙のやり取りを思い出していた。
「運動ができるグループ」の子と仲良くなったこと。運動はできないけどスポーツ鑑賞が趣味になったこと。病状が良くなって入院したり欠席がちだったりしなくなったこと。中学に入ってサッカー部のマネージャーになったこと。
いろんなことを手紙につづってくれたが、おれが手紙を送らなくなってしまい、いつしか届く手紙も途絶えてしまった。不義理をしたおれだったが、ここに来ればまた受け入れてくれるような気がしていた。そして思った通り、おれは如月君に話しかけてもらい、クラスに馴染み、サッカー部に入って楽しい毎日が続いていた。転校もなく中学3年になったが、その足音は思いもかけぬところからし始めていた。
「相川くん、今度おうちに遊びに行ってもいいかな?」
中3の部活引退が近づいたころ如月がおれに久しぶりにそう言った。実はこういう話は何度か出ていたが、都度なんだかんだ言って断っていた。おれは何度か如月の家に遊びに行っていたから、如月がおれの家に遊びに来たいというのも理解はできた。この頃にはおれが断りすぎたからかおれが少し間を置くと如月は察して違う話をするようになっていた。
「なんか最近相川くん、元気なくない?」
おれはハッとした。今回遊びに行くといったのは如月が遊びに行きたいからじゃなく、おれのことを心配したからだったのか、と。
「そ、そうか?やっぱなんだかんだ受験が近づいてきたからな。」
「そっか!じゃあ大会終わって引退したら、勉強合宿しようよ。うちでもいいよ?」
「そう!?じゃあお願いしようかな!如月先生は頭がよろしいですからな!!」
おれはわざとふざけた調子で言ったが本当のことだ。如月は小学校のころ休みがちだったなんて誰も信じられないほど勉強が良くできた。本人曰く病院じゃ勉強以外することがなかったからというが、独学でもひたすら勉強していたらここまでできるようになるなら、小学校の先生というのはいったい何のためにいるのかと思うほどだ。おれが転校してきた後の中学の中間期末では3位以内を逃したところを見ていない。一応おれもできない方じゃないが、如月の前じゃおれの「できる」なんてのはむしろ虚しくなるようなもんだ。
「えー!やめてよ!でも僕でお役に立てるなら先生役やるよ!相川くんのおかげで今の楽しい中学生活があるようなもんだからね!」
人によってはちょっと鼻につくところだが、如月のはそういうところを一切感じない。立場が弱い時のつらさを良く知っている人間が言うからなのか、そういう如月をおれが理解しているからなのか、とにかくおれたちはおれの転校を一度挟んでも気が合った。
「じゃあ勉強合宿のこと、親に話しておくね。」
「あぁ、おれも話しとくよ。おれの方はいつでも大丈夫だから、ご都合のよろしい時でってご両親に伝えて。」
話してるうちにいつも分かれる交差点まで歩いていた。
おれは如月と別れて自宅の方向に向かって歩いた。
「・・・ただいまー。」
おれは家に入るといつものようにそそくさと自分の部屋に入ろうとした。だが、今日は勉強合宿のことを親に話さなければということを思い出し、途中でリビングに折り返そうとしたところで
「はやとぉ。」
母親の呼ぶ声が聞こえた。ちょうど良かったか面倒くさいか感情が入り混じる中リビングに入った。
最後の大会で、おれはそれなりの活躍ができてチームは地区大会で優勝した。おれのポジションは活躍が目立つポジションじゃないが、よく走ってくれたとチームメイトからも感謝していい気持だった。如月も喜んでいた。県大会では2回戦で0-8の大敗を喫したが、本当に強いチームってのはこんなにすごいのかと実感した。そのチームが全国大会の準決勝に挑む日に、おれは如月の家で勉強合宿をしていた。
「あんたたち、勉強するんじゃなかったんかね。テレビにかじりついて。」
如月のお母さんに叱られながらも、
「いや、ちょっとこの試合だけ!おれらが負けたチームなんですよ。」
そう言いながら二人で盛り上がった。おれらが負けたチームも結局準決勝ではPK戦の末に負けてしまい、上には上がいるもんだという話をした。
夕飯の時もサッカーの話をしていて、「あんたたち勉強」というお母さんの話をまた聞く羽目になった。でも、家族が仲良く食卓を囲む如月家の団欒はとても楽しかった。そして羨ましかった。
あと、この日、如月のお父さんと初めて話した。如月には内緒だが、如月がお風呂に入ってる間にお父さんは目を真っ赤にしておれに何度もお礼を言ってくれた。如月に友達ができたのも、如月がスポーツに興味を持ったのも、しまいには如月が元気になったのまでみんなおれのおかげみたいになってて、恥ずかしかったが嬉しかった。
「お父さんそろそろ翔がお風呂からあがってきますから。」
というお母さんの顔の方がくしゃくしゃで涙の跡がひどかった。
そしておれも泣きそうなのを我慢してたので、先に入らせてもらったのに、もう一度お風呂に入らせてもらった。
「うちの風呂なんかでよければ何度でも入っててくれ。」
とお父さんがごまかしてくれたが、おれの様子が変だったことは間違いなく如月に伝わっただろうと思った。おれも風呂で号泣した。嬉しかった。そして、羨ましかった。
その夜、勉強を終えて、布団に入って、電気を消して、おれは如月に話しかけた。
「如月んち、良いご両親だよな。」
こんなこと言っても照れ隠ししか返ってこない。いや相川くんの前でいいカッコしてるだけだよ。普段の内の親なんてひどいもんだよ。そういう話が普通だ。
「うん。すごく感謝してる。僕なんて、生まれてきただけで、ほかの家のご両親より親に迷惑をかけてる。病弱で入院繰り返して医療費…ううん、お金の問題だけじゃなくて精神的にだったりいろんなところで負担かけてる。」
こういうところが如月は違う。おれだったら、どんなにいい親でもこんなことは照れくさくて言えない。如月の話にはいつも純真さがある。そう思った。
「それでも、だからこそなのかもしれないけど明るく楽しい家庭を築こうっていう気持ちがすごく出てる。ちょっとほかの親より口うるさいのかもしれないけど、でも親なんて口うるさいもんだろうって思ってるし、それも含めてありがたいかな。」
「相川くんは?」
暗闇が増幅させたのか、感覚的にはかなりの間があった。ずっと如月がしゃべってて、おれは言葉を挟まなかったが、ホントにかなりの間をおいて如月はおれに話を振ってきた。おれの親は?家族は?という質問だということはわかっていた。
「おれは…。片親っていうか単身赴任なんだよ。家には母親しかいない。」
「まぁ母親もパートとかあってあんま家にいないから一人のことも多いんだ。いいよな、お前んち。このままずっと泊めてもらいたいくらいだ。」
思わず口をついていた。
「…なにか、あったの?」
如月がゆっくりと聞いた。
「最近、元気ないよね?…なにか、あったの?」
如月は、今度はあまり間を置かずに、もう一度聞いた。
「いや、おれ、結構無理言ってこっち引っ越してきたんだよ。もう転校はいやだって言って。楽しい思い出があるここが良いって。なのに、なんかやっぱ父親いないといろいろ大変で。如月んちに泊まって親父さんがいて、良いなって。ちょっと寂しくなっちゃったんかな。」
「そっか、じゃあちゃんと帰らないとね!お父さんがいなくて寂しいのは相川くんだけじゃなくてきっとお母さんもだもの。」
今度は間髪おかずにおれの話に如月が答えた。普段からこういうことを考えてるんだろうな、と思わされた。
「おれたちって似てるんだな。境遇というか。」
そうおれが言うと如月も同意して
「そうだね。僕たちはきっと『普通』になりたいんだ。でも、僕らが求める『普通』はどうしても親に迷惑をかけてしか得られない。だから親に感謝だよね。」
如月の純真がおれにはまぶしかった。
「でも、うれしかったな。」
唐突な如月のつぶやきに理解が追い付かなかったが如月はすぐに理由を付け加えた。
「相川くんがここでの思い出が楽しくてここにもう一度引っ越してきたって聞けて。ほら、手紙途中で来なくなっちゃったから、もう僕との思い出話はめんどくさくなっちゃったのかなって、ちょっと気にしてたんだ。」
(あ。)
不義理をしてでもここならと思っていた気持ちをすっかり忘れていた。もう一年になる。一年間如月はその気持ちを隠してきてくれていたのかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめん。あの時はちょっといろいろあって手紙書けなくなっちゃって。でも決してここの思い出が色あせたりそういうことじゃなかったんだ。いつでもここの思い出にすがってたよ。他では、まぁいつも通りというか友達あんまりできなかったから。」
「あ、いやごめん。嫌なこと言ったね。そういうつもりじゃなかったんだ。」
「何言ってんだよ。先に手紙やめて嫌な思いさせたのはおれの方なんだからおれが謝っとくべきだったのに、楽しさにかまけて忘れてたんだ。うやむやにするんじゃなくてちゃんとごめんっていうきっかけくれてよかったよ。」
ちょっと照れくさい話が続いて二人して黙っていたらいつの間にかおれは寝ていた。
次の日も少し勉強して、おれは家に帰った。
どれほど言葉を失っただろう。
「相川くんは転校しました。」
そう先生が言ったことで。
今回は手紙もなかった。僕が入院していたというわけでもなかった。挨拶もなく、先生も理由を話さない中で、やっぱり何かあったんだという直感だけが僕から落ち着きを奪っていた。
その直感が確信に変わるまで時間はかからなかった。その日に夜のニュースでA君に関するニュースが流れたからだ。
ママ友によるいじめに耐えきれない母親。息子にDVで逮捕。
という内容だった。初めは相川くんのこととは家族の誰も思っていなかった。ただニュースに流れた母親の顔と警察に保護されるA君の映像が映った時、僕はなぜかそう思い、つぶやいた。
「相川...くん?」
母親も父親もものすごく驚いて高速でテレビの方へ振り向きテレビを凝視した。
翌日僕は学校を休んだ。病気ではなくズル休みをした。朝から母親とワイドショーを見続けた。A君に関する情報を集めるためだった。
ワイドショーによるとA君は
大阪西成区の学校でいじめられていた。西成という地域は非常に治安が悪く、いじめの程度も酷いものだった。A君はいじめに耐えられず仕事で西成区に残る父親と離れ、母親とともに神奈川へ引っ越した。
神奈川の中学では楽しく過ごしていたが、家には執拗な嫌がらせが続いた。最初は治安の悪い地域から引っ越してきた親子に対する心無い一部の人によるものだったが、徐々に母親は精神を病み、それによる奇声や騒音が迷惑であるとして地域に住む人は母親に対する警戒を強め距離を置いた付き合いをするようになった。
近所の人のインタビューによるとDVは日常的に行われていただろうということだった。
「あんたがあっちでいじめられなければこんな目にあってないのに」
「なんでお父さんと離れ離れでこんなに心細く暮らさなきゃいけないの」
「今日もパート先でいじめられたわよ。誰のせいなの!」
母親の息子に向けられる罵声は週に2-3度は鳴り響いていたという。
そしてA君が通っていた中学として僕の中学が映った。
僕に直感は確信に変わった。
翌日学校に行くと校門には多くのカメラが並びマイクを持った大人が校門を通る生徒に向けてマイクを出していた。警察と先生たちが生徒をかばいながらインタビューを受けないように校舎へと誘導していた。
僕は職員室へ行き、先生にお願いした。相川くんに手紙を出したい。と。
先生も相川くんの転校先や住所は知らないとのことだったが、保護した警察に頼めば送れると思うから書いたら持ってきなさい。と言われ、僕は届くかわからない手紙を書くことにした。
その日は家に帰ると部屋に閉じこもり夕飯も食べずに黙々と手紙を書いた。
『相川くんへ
元気ですか?この手紙が届くのか分かりませんが、届いたらお返事をもらえたら嬉しいです。
本当に辛い時に支え続けてくれるのが本当の友達だと、僕は相川くんから教えてもらいました。だから今、手紙を書きます。
相川くんが泊まりに来てくれて、僕は相川くんに酷いことをたくさん言ってしまいました。ごめんなさい。相川くんはもう、十分に頑張っていたんだね。ずっとうちに泊まっていってよと言えば良かったのにと思っています。
とにかく相川くんの無事と平穏な生活を祈っています。
色々考えたけど、結局書けることもあまりなく、こんなお手紙になってしまいました。
僕にできることがあればお返事ください。
神奈川県藤沢市〇〇ー△△
如月翔』
朝まで書いては消してを繰り返してようやく書きあがった手紙は凄く端的なものになってしまった。いろんなことが自分のせいで引き起こされたんじゃないかという気がした。でもそんなことを書いても相川くんを追い詰めるだけかもしれないと思うと、僕に書けることがいかに少ないかを知った。
翌日学校で先生に手紙を渡した。夏が過ぎ秋が始まろうとしていた。
1ヶ月と少しが過ぎて、返信が届いた。僕が、自分の手紙は届かなかったのだと諦めかけた頃だった。
『如月へ
返信遅くなってごめん。
そしてそれ以前に隠し事をしていてごめん。ニュースやワイドショーで色々知ったと思うけど、おれからも今までのことを話させて欲しい。
おれは小学校を転校して大阪に引っ越した。向こうじゃ例によって友達ができなかったというのは嘘だ。おれはあの時強がりで、作ろうとしなかったような言い方をしたつもりだった。そう伝わっていたのならそれは嘘だった。如月と一緒に過ごした2ヶ月はおれに友達の大切さを教えてくれた。だから積極的に友達を作ろうと周りに話しかけたりした。だけど友達は作れず、いじめの対象になってしまった。おれが引っ越した地域はなにかと貧しい家庭の多い地域だった。おれは周りから、裕福な家に育った子が上から目線でモノを言っている、という風にとられてしまった。それが原因でひどいいじめを受けた。
中学校に上がって、貧しくない地域の小学校とおれの小学校が同じ中学に上がった。ここでいじめは無くなるだろうと思ったがそうはならなかった。おれが通っていた小学校出身の生徒は全般的に下扱いで、その中でもいじめられていたおれへの当たりはさらに強くなった。
おれはそれを耐えきれずに、神奈川に戻って来たんだ。
でも、そしたら、今度は母親が周りからいじめられてしまった。西成から来た不潔な家族。父親に捨てられた家族。ひどい妄想で色々言われた。母はどんどん狂っていきあの日を迎えた。
あの後、おれが家に帰ると母が電気もつけずにリビングで机に伏せていた。どうしたんだと思い声をかけたら、聞いたこともない低い声が返ってきた。
「楽しかったかい?」
と。おれは心臓が縮み上がるような思いだった。そのあとは大体報道の通り。おれは母に首を絞められて、本当に死ぬかと思った。手当たり次第その辺のものを掴んで、その中にテーブルクロスがあった。皿が机から落ちて、何枚も割れた。その物音で近くの住民が警察を呼んでおれは匿われた。
如月のいう通りだ。おれは普通が欲しい。普通の家庭に戻したい。転校もないに越したことはないが、あったって構わない。普通の家庭が欲しかった。
でも、すぐにはもう叶わないから、時間をかけて作っていけたらいいと思う。
今おれは父方のじいちゃんちにいる。北海道のど田舎なんだ。ここには西成も母の事件も知ってる人はいない。凄く気楽に過ごせているよ。入院中の病院じゃないけど勉強しかすることがないんだ。今に如月より勉強できるようになるから次会った時は驚かすことができると思う。
最後に、如月が「僕にできることがあれば」と書いてくれたから、甘えることにする。今度はおれが手紙を出さなくなることはないから、また返事を送って欲しい。お前と話していた時間がおれのいままで生きてきた時間の中で一番幸せな時間だったんだ。手紙という形で今後もその時間を望んでもいいかな?
じゃあ、また。
北海道小樽市〇〇ー△△
相川勇人』
「あれから長い間、よく続いたよな。手紙。」
誰にともなく相川が呟く。
「お前から手紙が来なくなった時は、何かあったんだろうって直感的に分かったよ。」
相川の話は途切れ途切れだ。それはまるで会話の相手の返事を待っているのか、もしくは相手の返事を聞いているかのようでさえある。
「最初の手紙に書いたよな。おれは頭良くなってお前を驚かせるって。まさかこんな形でくるとはな。」
相川の視線がすっと置き時計を見た。
「じゃあ、そろそろ行くぞ。準備はいいか?」
相変わらず返事があるわけじゃないが、相川は歩き出した。
殺風景な部屋だ。ベッドと時計と少しの生活感があった。その部屋から相川が出ると外には何人かが相川を待っていた。
「よろしいですか?」
そのうちの1人が尋ねる。
「あぁ。」
相川が手短に答えると待っていた人たちが部屋に入って行く。そして可動式のベッドを押して部屋から出てきた。その部屋の入り口に段差はほぼなかったがそれでもカタンカタンと振動が伝わる音がした。
「...。」
小さくとてもか細い、注意していなければ聞き漏らしてしまいそうな声。声というよりは吐息に近いような声がして、直後に1人の女性が
「如月さん?」
と怪訝そうに呼びかけた。女性はベッドに寝ていた男性の手を握ると今度ははっきりと
「先生、如月さん意識あります。」
と呼びかける。1度目の呼びかけに応えはなかったが2度目の呼びかけに応じるように相川が寝ている男性の枕元に歩み寄った。
「如月、分かるか?おれだ。相川勇人だよ。」
呼びかけられた男性はうっすらと目を開けたようだ。
「あい...か...わ...くん。」
「如月!」
「ま...た...あえた...ね。」
「あぁ!無理するな!すぐに普通に喋れるようになる!」
「ねぇ...ゆき...は...ふって...る?」
「あ?雪??そんなもん降りまくりだ!北海道だからな。あ。でも今日は少し弱いな。あんま降ってないな。」
「ハハ...ケホッ...。僕...雪...好きだ...。」
「そうか!じゃあ治ったら2人で外に出よう。この季節ならいつでも積もってる!あと、あんまり無理するな。寝てて大丈夫だ。」
相川がそう言うと、如月は静かに目を閉じた。
一行が歩む廊下の正面に物々しい扉が控えている。
扉に向かい歩む中、相川はベッドに横たわる如月に、いや、誰にともなく話しかけ続けている。
「如月。お前はおれが辛い時に2度もおれを助けてくれた。今度こそおれがお前を助ける番だ。お前の30年間の闘病生活も今日で終わりだ。おれの医療人生の全てをかけておれがお前を必ず治してやる。手紙が途絶えてからの2年半で話したいことも募った。お前がおれを応援し続けてくれたおかげで、おれはこないだ母親と父親と3人で食卓を囲えた。普通を手に入れた。お前にも必ず普通を!おれが!!」
話し終わる頃には既に扉は開き、部屋の中へと入っていた。
扉が閉まると、廊下には静寂が横たわり、窓には静かにか細く降る雪だけが映っていた。
その雪の数が一層少なくなりついには雪の粒が落ちて来なくなると、扉の上のランプが赤く灯った。