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宿泊客の少ない宿屋のとある工夫

作者: 櫻月かのこ

初めまして。

思いついたことを勢いで書いてみました

 街の近くにダンジョンがあるおかげで、毎日大勢の冒険者や商人たちがやって来る。

 そのおかげでこの街は賑わっており、どこのお店も忙しそうに商売をしている。


「はぁ…退屈」


 カウンターに肘をついて、ミリヤはポツリと呟く。

 本来ならこの宿も大勢の宿泊客で賑わっているのだが、なんでも街道沿いに立派な宿が出来たとかで、この街の宿に泊まる冒険者や商人たちは少なくなっている。

 それでも週に二、三組の冒険者と二組の商人たちが泊まってくれるので、なんとか営業を続けられているが、他の宿も宿泊客ゼロの日が続いているらしく、どこも経営状況に悩んでいた。


「どうしたらお客さん来てくれるかな」


 原因となっている街道沿いの宿はとにかく広くて、内装は綺麗でおしゃれ、料理の見た目も綺麗で種類も豊富。珍しい料理もあるらしく、それを食べるのが楽しみらしい。そして宿で働いている人たちが皆美男美女…という話を聞いたミリヤは、それじゃ勝ち目はないと敗北を悟った。

 まず内装。昔からの宿なので、木の温もりこそあるが少し殺風景で、各部屋はベッドと机、椅子と最低限の物しか置いていない。

 料理も冒険者たち用にとにかくボリュームがあって美味しい料理を作っているので、見た目は…あまり気にしていなかった。

 宿で働いているのはミリヤの家族だけなので、体格のいい父と元気いっぱいの母、そしてそばかすのあるミリヤ。美しい人なんて一人もいない。せめてそばかすがなければ…と思うミリヤだが、こればかりは仕方がない。

 溜め息ばかり吐いているミリヤに母は呆れたように声をかける。


「嘆いていてもお客さんは来ないよ」


「それは分かってるけど…」


 外で呼び込みをしても、多少高くても街道沿いの宿に行くと云われてしまい、それが何人も続くとだんだん落ち込んでくる。


「今日はお客さんもいないから、自由にしていいよ」


 母に追い出されるようにして裏庭に出る。

 裏庭には井戸や簡易風呂、物干しなどがあり、宿泊客にも解放している。


「どうしたら人が増えるかな…」


 このまま宿泊客が少ないと廃業になってしまうかもしれない。物心ついた頃から両親を手伝い、宿泊客らと明るく元気に宿を盛り上げてきたミリヤ。

 そんな場所がなくなってしまうのは悲しい。

 ミリヤはパチンッと両頬を叩き、気合を入れる。


「よしっ! 失敗してもお客さんが少ない今なら、そんなに痛手はないはず。出来ることから少しずつ試してみよう!」


 改善出来るポイントは少しずつ変えて宿泊客の反応を試してみようと思った。




 といっても、宿自体を改装する予算も時間もないので、まずは入り口に花や手作り小物を置いてみた。

 手作り小物は手先が器用な幼なじみのリアンから貰った物であり、毛糸で作ったぬいぐるみやカゴなどを並べてみた。すると少し華やかになった。

 ロビー兼食堂のテーブルには小さなガラス瓶を置く。その中に色とりどりの鉱石を入れた。

 これはまだミリヤが幼い頃に冒険者たちがお土産でくれたものだ。あの頃はお土産を貰えたことに喜んでいたが、今考えればサイズが小さかったり、在庫が多くて売れなかった物だが、それでも当時のミリヤは喜んで集めた。

 それらを瓶の半分ぐらいの量を入れ、各テーブルに置いた。すると鉱石がキラキラと反射して、いつものテーブルが少し上品に見えた。

 料理も今までは一品ずつオーダーを受けて作っていたが、今の状況では仕入れも厳しい。なので「本日のメニュー」として、メイン料理とデザートは日替わりにして提供することにした。日替わりでも二種類の中からどちらかを選んでもらう。

 そこにパンやスープもつけ、更に足りないという客からのオーダーを受けられるよう、簡単に作れる物、日持ちする食材を使った物をメニュー表に書き、そこから選んでもらう。今までのように好き勝手に選ぶことは出来ないが、そこはお酒などで我慢してもらおう。

 宿泊部屋の内扉にはポプリを入れた袋をかけ、寝具にも少量のポプリを入れた。これで少しは疲れを取り、ゆっくり眠ることが出来るだろう。

 この改革案を両親は黙って聞き、そして了承してくれた。家族皆で力を合わせ、やれることはやってみようと気合を入れた。

 そして週に一度の常連客がやって来る日が来た。

 扉につけてある大きなベルがカランッと音を立てた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターにいたミリヤは元気いっぱいに客を出迎える。


「おう、ミリヤ」


 手を上げてミリヤに挨拶をするのは、この宿常連の冒険者ボクスたち。


「いらっしゃい。今回も一泊?」


「ああ」


 ボクスが宿泊手続きをしていると、ボクスの仲間であるジュアンナが宿を見回して驚いていた。


「ちょっと、この宿随分可愛くなったじゃない。特にこのぬいぐるみ、可愛い」


「本当だ。テーブルも綺麗に…ってこれ鉱石か?」


 ジュアンナの声にテリーも驚いていた。


「うん。ぬいぐるみとか鉱石とかは貰い物だけど、折角だから飾ろうかな?って」


「可愛い。あとお洒落になった」


 そう云ってくれたのはいつも物静かなホワンだった。


「ありがとう。あと料理なんだけど…この中から選んで」


 さり気なくメニュー表を渡す。


「ほう? メインとデザートはどっちかを選ぶのか…」


 ボクスの声にメンバー全員でメニュー表を見る。そして相談した結果、肉が二、魚が二、デザートは皆同じでアップルパイとなった。


「部屋はいつものように二部屋でいいの?」


「ああ」


 食事の時間を確認してから部屋の鍵を渡す。これで手続きは終わり、ボクスたちはそのまま部屋へと向かって行った。

 ミリヤは厨房へ向かい、父にボクスたちが来たこと、料理の内容を伝えた。


「分かった」


 父はそれだけ云うと、料理の支度を始めた。

 暫らくカウンターの中にいると、部屋から出てきたジュアンナとホワンがミリヤに声をかけてきた。


「ねぇミリヤ、いつもと同じ部屋なのに、なんか落ち着くんだけど」


 ジュアンナの言葉に思わず苦笑してしまうが、どうやらポプリの効果が出たようだ。


「入り口、ポプリ?」


「そう。少しでも宿でリラックスしてもらいたくて、ポプリをつけてみたの」


「いい匂い」


「あれだったら疲れがとれそう!」


 どうやらポプリも好評のようだ。

 その後二人は買い物に出かけて行き、食事の時間には戻ってきた。

 いちおう食事時には街で働いている人たちも食べに来たりするので、それなりに賑やかだ。

 街の人たちには三日前から日替わりメニューの説明をしていたので、オーダーはスムーズだった。


「お待たせしました」


 ボクスたちのテーブルに母と二人で配膳する。


「おおっ! 美味しそうだ」


 ボクスとジュアンナには肉を。テリーとホワンは魚を。そしてパンとスープを配膳し、ミリヤたちは次の客のためにまた動き始める。

 その後ボクスたちから追加注文を受けたり、お酒の注文を受けたりと久しぶりに忙しく動き回った。



 翌朝、ボクスたちは満足した顔で鍵を返却してきた。


「いや~、今までと同じ宿かよ?って思うぐらい快適に過ごせたよ。ありがとな」


「満足してくれたなら嬉しいよ」


 ニコッとミリヤは笑う。

 帰り際にジュアンナがミリヤに駆け寄り、お願いと手を合わせる。


「ミリヤ、あのぬいぐるみ欲しいんだけど、売ってもらえない?」


 ジュアンナはどうしてもぬいぐるみが欲しいようだ。


「ごめんなさい。あれは誕生日に貰った物だから…。でもぬいぐるみの販売が出来るか聞いてみるから」


 ミリヤのためにと作ってくれたぬいぐるみを渡すことは出来ないが、もしかしたら販売する手伝いは出来るかもしれない。

 するとジュアンナはかけ合うだけでも嬉しいらしく、ニコニコしていた。


「そっか…。同じ物じゃなくてもいいから、販売するようになったら教えてね」


「うん」


 いつもは「ありがとう」と一言で去って行くホワンもミリヤに近づいてきた。


「ポプリ、いい匂い」


 ホワンはポプリが気に入ったようだ。


「匂いだったら、キャンドルとかいいかも」


 そしてポツリと提案をくれた。


「キャンドルか…。うん、やってみる」


「今度手伝う」


「ありがとう」


 どうやらホワンがキャンドル作りを手伝ってくれるらしい。

 仲間が皆感想を述べているので、テリーも何か云わなくては…と慌てたらしく、出てきた言葉は「今度お土産持ってくるよ」だった。


「鉱石はもういっぱいだから、鉱石以外なら貰うよ」


 ミリヤは苦笑しながら云うと、他のメンバーもテーブルの上の鉱石を見て笑っていた。



 ボクスたちが去った後、各部屋の掃除と寝具を洗濯し、次の宿泊客を待つ。


「いつもなら…パトルさんたちが来る頃なんだけど…」


 この街周辺の街や村を回っている行商人のパトルたちが泊まりにくる日が近づいている。


「もしかして、あの街道沿いの宿に…」


 ボクスたちだけでなく、常連のパトルにも宿の感想を聞いてみたかった。

 そう思っていると、大きなベルがカランッと鳴った。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは」


 宿に入ってきたのは、ミリヤが丁度考えていたパトルだった。


「おや? 随分賑やかになりましたね」


 パトルは物腰が丁寧な商人で、自然とミリヤの口調も丁寧になる。そして宿に入るなりいつもと違うと気付いたようだ。


「はい。少し殺風景だったので飾ってみました」


「お店の中を少し弄るだけで印象が大分変わりますからね」


「ありがとうございます。今回も一泊で?」


「ええ。いつもの護衛たちの分もお願いします」


 パトルは父より年上で「もう年ですから」と云いながらも護衛を雇ってあちこち回っている。


「鍵はいつも通り三つで?」


「ええ」


 鍵を渡し、食事のメニューも聞く。

 するとパトルは目を細め、「随分思い切りましたね」と云ってきた。


「街道沿いの影響でしょう? 今までの状態ですと、いずれ赤字続きになってしまうので、いい案だと思いますよ」


 パトルが褒めてくれた。それが嬉しくて、ミリヤは心の中でガッツポーズをした。

 その後パトルは護衛にもメニューを聞き、肉が四、魚が一、デザートはシャーベット三つ、パンプキンパイ二つと告げると部屋へ向かって行った。

 父にパトルたちが来たこと、料理の内容を伝えて、母に「少し出て来る」と告げて宿を出た。

 朝ジュアンナが云っていたぬいぐるみの件で、リアンの家に向かう。リアンの家は服飾屋で、祖母と母の二人で洋服を作っている。


「こんにちは」


「おや、ミリヤちゃん。リアンなら奥にいるよ」


「ありがとう。おじゃまします」


 お店のドアを開けると、リアンの父が出迎えてくれた。教えてもらった奥の部屋に行くと、祖母と母が洋服を作っている部屋の隅でリアンが縫い物をしていた。


「リアン」


 声をかけると、リアンが笑う。


「ミリヤ」


 縫いかけの物を置いて、リアンが駆け寄ってくる。


「どうしたの?」


「あのね、前に誕生日でもらったぬいぐるみあるじゃない? あれを見たお客さんが欲しいって云ってきて…」


「え?」


 驚いているリアンにミリヤが慌てる。


「あげてないよ! 同じのじゃなくていいから販売して欲しいんだって」


「そっか…どうしようかな…」


 悩んでいるリアンにリアンの母が声をかける。


「あら、お客様の声を聞くいい機会じゃない。それに縫い物の練習になるし、売ってみたら?」


 その母の声を聞いた後、リアンは考えた末、了承してくれた。


「分かった。出来た物から少しずつ持っていくね」


「ありがとう。値段も考えておいてね」


 それだけ伝えるとミリヤは宿へと戻って行った。



 パトルたちもボクスたち同様満足してくれたようだ。


「いい工夫だと思います。あとは…そうですね、時間がなくて洗濯できない人、洗濯が苦手な人なんかもいるので、追加料金で代行サービスなんていうのもありかもしれませんね」


 鍵の返却の際、アドバイスをくれた。


「ありがとうございます。色々試してみます」


「頑張って下さいね」


 ニコッと笑いながらパトルは宿を出て行った。護衛たちもペコッとお辞儀をしてパトルの後を追いかけて行く。


「そっか…そういうサービスもいいかも」


 早速両親に提案すると母が頷く。


「そうね。冒険者たちは時間がないから、そういうサービスもいいわね」


 料金を決めて、早速実施することにした。





 あれから色々と試行錯誤しながら出来るところは工夫し、そのサービスが少しずつ噂になり、街の周囲では評判になって行った。

 街の宿はミリヤのところを少し真似し、なんとか廃業から逃れたところもあるらしい。

 そんなある日、街道沿いの宿が壊されたという話が飛び込んできた。


「え? どうして!?」


 街の宿とは比べ物にならないぐらい綺麗でお洒落な宿だったのに、一体何が起こったというのか。


「それがよ、実は魔物が人間を呼ぶために始めた宿らしい」


 泊まりに来ていたボクスが教えてくれた。

 なんでもヴァンパイアが血を吸うために知恵を使い、宿を経営して人を呼び込んで、眠っている無防備なところを狙って血を吸っていたとか。

 そこへたまたま泊まりに来ていた教会の人がそれに気付き、その場に居合わせた冒険者たちと力を合わせてヴァンパイアを退治したらしい。


「その激しい戦いで宿も壊されたとか…。あんなところにポツンと一軒、立派な宿があること自体不思議だったんだが、まさか従業員全員魔物だったとはな…」


 噂の美男美女軍団も魔物だったらしく、全員討伐されたらしい。


「一度ぐらい噂の宿を見てみたかったな…」


 ミリヤはこの宿を持ち直すのが精一杯で、繁盛していた街道沿いの宿を直に見る機会がなかった。そんなことをポツリと呟くと、ボクスたちは「立派な職業病だ」と苦笑していた。

 街道沿いの宿が出来てから落ち込むミリヤを見ていたジュアンナは「お客さん呼ぶために益々頑張らないとね」と応援してくれた。


「ミリヤたちが頑張った宿。評判いい」


 ホワンがニコッと笑ってくれる。

 皆が街道沿いの宿に泊まっても、ボクスたちやパトルたち常連客が泊まってくれたからこそ、この宿は存続できた。


「これからもいい宿になるように頑張るよ!」


 宿泊客を呼ぶために始めた工夫だが、これからも出来る範囲でおもてなしして行こうとミリヤは思う。

 この宿はミリヤたち家族、そして常連客であるボクスやパトルたちと工夫と試行錯誤を繰り返すことで経営出来た。これからも賑やかで明るく居心地のいい宿を保てるために頑張ろうとミリヤは気合いを入れた。


END



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